稽古場

2013年06月30日 23:25

厩橋

地下鉄の蔵前の駅で降りて、地上に出るとすぐに隅田川に架かる厩橋が在ります。

その厩橋の長さは100メートル強もあるでしょうか、
歩いて橋を渡ると、気持ちよく風が川面を吹いています。

この辺りに、江戸時代、幕府の米の蔵が在り、それに付随して
厩(厩舎)が在ったことから、この橋が厩橋と名付けられたのだそうです。

その厩橋の下を、乗ってきた地下鉄大江戸線が通っているはずなのですが、
地図で見ると、上下線が厩橋の真下を避けて、左右に迂回しているのが判ります。

これは、戦争で仮に橋が攻撃されたときに、橋の下の地下鉄に被害が及ばぬように、
という戦時中の都市計画の鉄則を踏襲しているからなのだそうです。

厩橋のレリーフ

厩橋を渡ると、隅田川の東岸は墨田区の本所1丁目です。
路地を一回ずつ右折・左折すると稽古場が在ります。

きょうは、一週間後の催しに向けての稽古があったので観に行ってきました。

稽古は、トランク・シアターという、
わたしの先輩が主宰する劇団の稽古場をお借りしています。


梅雨休みでも湿気が多く、気温が高いきょうこの頃ですが、
稽古場は、ノーギャラでも出演したい貢献したいという俳優で一杯になりました。

プロ・アマ問わず、何十年も前に俳優を辞めた人も含めて
20代から70代までの30人以上の出演者たちが集まって、汗を流していました。

稽古





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三十路

2013年06月29日 17:47

まぁ、人生のひとつの通過点ですが、やはり、感慨も一入であります。

息子Kが、きょう三十路を迎えたからです。

這えば立て、立てば歩め、歩めば転ぶな、転んだら起きろ、起きたら走れ・・
いろいろ云いながら育てた息子も、4年前には結婚し、3年前には子も生まれ、
曲りなりにも、子どものときからやりたかった職につき、糧を稼いでおります。

しかし、
わたしたちが、まだまだ子ども扱いしてしまう悪癖がありまして、
老婆心ながら、甘い親ですから世話を焼いてしまいますが、
正直云って、わたしたちがいなければダメだとは思っていません。

万が一ですが、わたしたちがいなくなっても大丈夫だろうと思います。
息子には、やりがいのある仕事があり、家族がいるからです。

但し、やはり親ですから身体のことだけは気になります。
30歳と云えば、まだまだ若い青年期とも捉えられますが、
むかしの日本人から謂わせれば、壮年期とも申せましょうし、
身体が成長するのは25歳の朝飯までと謂いますから、
30歳でしたら、身体的には下降線を辿っていることでしょう。

それを云うなら、わたし自身はどうなんだということもありますが・・・


さて、
ひとつだけ、いまのわたしから息子に云えるのは、
「ソコからココまではすぐだぞ!」ということです。

生まれた日から三十路になった日までの30年間と、
きょうから後の30年間は、同じ時間のハズですが、
体感で云えば、倍速です。

1年や2年は、スグです。
お盆休みかと思えば、メリークリスマス、桜が咲いたと思ったら、紅葉に、
「こないだね」と云っていることは、既に3年くらいは経っています。

光陰矢の如しと申します。
これは、どういう意味かと申しますと・・・、
「光陰というものは、矢の如しだなぁ・・」
まぁ、そんな意味なんでありますが・・

とにかく、その矢がビュンビュン飛んでゆきます。
わたしくらいの年齢になりますと、
もう、4・5年まとめて飛んでゆくのであります。

人生は、あっと云う間だということであります。


テリトリー

2013年06月28日 21:48

プーさんワールド

いつの間にか、プーさんワールド化した、わたしの手帳です。

仕事の相手と予定をすり合わせするときには、気を遣います。

また、

朝食を終えて、保育園に送ってゆくまでの慌ただしい時間帯に、
油断していたら携帯電話にロールパンナちゃんが貼られていました。

おかげで、人前で携帯電話を使うことが躊躇われます。

ロールパンナちゃん

なんでしょう?・・・
なんなんでしょうねぇ?

貼ることがスキなんでしょうか?

そういえば、バンドエイドのような救急絆そう膏がスキです。
特に大したこともないのに、「イタイから~」とか「かゆいから~」と云って、
絆そう膏を貼っております。

それとも・・・

自分のテリトリーに印をつけているんでしょうか?

私物化?・・・

わたしを、私物化しとるんでしょうか?
これも一種のマーキングなんでしょうかねぇ?

2013年06月27日 23:59

夢を見ます。

「いつか4,000本安打を打つ」というような、壮大な「夢」じゃなくて、
いまだに俳優として舞台の本番を迎えているというような夢です。

しかし、その手の夢の内容は、
大概なにか大きな不安を感じたり、トチったりしているもので、
セリフが出てこないとか、セリフを確認したいのに台本が見つからないとか、
そんな状況の夢なのですが、昨夜見た夢は・・・、

当初は、ダンディーにきめたスーツ姿で舞台に登場したわたしが、
他の俳優のセリフにリアクションしながらも、
自分のセリフに不安を感じているというシチュエーションでしたが、
ソファーに腰かけて足を組んだら、白足袋に雪駄を履いていたという夢でした。

こういった夢をナゼ見るのか?
わたしは一つの仮説を立てております。 

実生活や仕事で、
なにかの準備をしているときに、こういう夢をみるからです。
準備不足や失敗をする夢というのは、緊張感の現われだと思うのです。

いまも、或るイベントを前に準備をしています。
お芝居の公演と違って、一回しか行われないイベントです。
それも、或る人の人生をまとめるというような、“一生”に一度しかない
イベントだと云えるでしょう。

そんなイベントを担うという大役が、わたしに回ってきました。
野球で云えば、同点の9回裏2アウトで打席が回ってきたようなものでしょうか?

「準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく、
 そのために考え得るすべてのことをこなしていくことです。」


これは、イチロー選手のことばです。

おふざけのススメ

2013年06月26日 18:10

ふざけるな!・・とか、
ふざけたこと言ってんじゃねーよ!・・とか、
ふざけてばかりいると、危ないよ!
などという、「ふざける」という言葉ですが、充て字では「巫山戯る」とも書きます。

じゃあ、「ふざける」ことを、なぜ「巫山戯る」と書くのか調べてみました。
巫山」という山があって、そこで「戯る」コトかと思ったのでした。

すると、
中国の湖北省の西に位置して「巫山(Wushan)」という山々があるのだそうです。
上流部を金沙江、下流部が揚子江と呼ばれる中国一の大河・長江の流れによって、
山脈が浸食され削りとられた巫峡と呼ばれる峡谷の絶景が有名なのだそうです。

そんな深山幽谷で戯れるのは馬鹿らしいよ、というような意味と捉えました。
それで合っているでしょうかねぇ?べつにふざけてないし・・。

それにしても、概ね「ふざける」ということは戒められているんですね。

まぁ、確かに「ふざけるな!!」と思うことの多い昨今ではあります。
べつに本気でふざけているワケではない事だとは思っているのですが、
ニュースなどを見ていると、「ふざけんなよ!!」と、
つい口を衝いて出てしまいそうなことがよくあります。

変顔

さて、
まいど、うちの孫娘です。

ふざけるのが大スキです。

保育園にお迎えに行って、わたしの顔を見たとたんに、
「キャッキャッキャッー」と云って、ふざけはじめるのです。

バァバの後ろに隠れて、わたしが捜すとキャッキャッ云って逃げ惑います。

わたしをくすぐって、じぶんもくすぐられてキャッキャッ云って笑います。

ダッコされながら、わたしに変顔を向けておどけます。

逆さ吊りにされて、歓びます。

昨夜も、
なわとびの片方をソファーの隙間に固定して、わたしがもう一方を持って、
なわとびの練習をしました。
縄を回しても、跳ぶことができませんから、縄を左右に揺らせながら、
これは海の波だと云いながら、その波を跳ぶように促しました。

すると、一応跳ぶのですが、タイミングが全く合いません。
しかし、それをなんども何度も繰り返すのです。
そのあいだ、ずっとキャー!キャーー!!と叫びっぱなしです。

あまりの叫声に、ご近所から虐待を疑われるかと思い、窓を全て閉めたのでした。

跳んだとたんに縄に足をとられて転ぶと、縄が身体に絡みつきます。
わたしが、すかさず「ヘビだぞぉ・・」と云うと、
「ヤメてぇー」と云いながら、キャッキャ、キャッキャ歓んでおります。


わたしは、こうして感情の振幅を広げたほうがいいと思っています。

ですから、
ご近所に疑われない程度に、ふざけたほうがいいと、わたしは思います。



巡業公演

2013年06月25日 23:47

松竹大歌舞伎

平成25年度 公益社団法人全国公立文化施設協会主催 東コース
市川亀治郎改め 四代目 市川猿之助襲名披露「松竹大歌舞伎」
7月1日(月)~29日(月) 公演地はココをクリックしてご参照ください。

一、歌舞伎十八番の内 毛 抜 

二、四代目市川猿之助襲名披露 口 上

三、三代猿之助四十八撰の内 義経千本桜 川連法眼館の場


さて、
昼はスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」夜は古典歌舞伎と、
慌ただしかった福岡・博多座の公演も、早いもので明日が千穐楽です。

昼公演が終わってからスーパー歌舞伎使用の舞台を古典使用の舞台に転換し、
夜公演が終わったら翌日の昼使用の舞台に戻すという、重労働を課し、
スーパー歌舞伎で使う巨大な装置と、古典歌舞伎の道具を仕分けるという
スタッフの難易度の高い段取りが要求される、博多座公演でした。

明日の夜公演終了後の搬出作業が終わるまで、どうか無事であってほしいものです。


そんなスタッフや俳優たちではありますが、
あまり休んでいる時間もなく、7月1日から巡業公演に出掛けてゆきます。

全国津々浦々の公共施設の主催公演を巡演するのですが、
ことし一門は、東コースが担当です。

どちらかと云えば、日本の東側が中心で、
北海道・東北・関東辺りから、西は愛知と岐阜へ伺います。

梅雨の季節から夏の真っ盛りの時季を、
毎日場所を移動しながら、劇場に仕込んで、上演して、バラして搬出する。
それをつづける、正直シンドイ旅公演でしょう。
しかし、それも歌舞伎の魅力を全国に出前する、貴重な活動と云えましょう。

そんな今回の巡業でも、
多分みんなが特別のミッションを感じているのが、
福島県南相馬市での公演ではないかと思います。


復活祭の準備

2013年06月24日 23:59

正門

残された時間は、2週間を切りました。

岩淵達治先生追悼「ブレヒト演劇の現在―ブチ氏のアンコール」

献花や献杯で、恩師の人柄を偲ぶような集いでは、恩師らしくないだろうということで、
いっそ、批判し合っていた演劇界の異端児たちを一堂に会してシンポジウムをやろう、
いや、ブレヒトソングのコンサート形式はどうだろうか、などと議論した結果、
恩師自ら書き遺された戯曲を上演することに決まりました。

その戯曲、自分が死んだあとで上演されたら面白かろうが、
多分上演されることもないだろうと、思っていらしたことでしょう。

それが上演されることになって、恩師も存外驚いていらっしゃるだろうと思います。

その公演では、
恩師自ら登場し、恩師が関わった舞台作品のエピソードが語られます。
すると、その作品の映像や、その場面を演じた芝居が再現されるという、
モノローグと映像と芝居から構成された演劇作品です。

入口

舞台から遠ざかったいた元・俳優や、若い俳優も参加して、
芝居の稽古が進んでいます。

ブレヒトソングを練習する人たちもいます。

ホワイエの受付周りの段取りや、
貴重な映像を集めた展示の準備も整ってきました。

配布するしおりの校正も終わりました。

当日の人員配置も確認しました。

飾る供花の手配もすみました。

座席表

数えてみたら、出演者訳30名、スタッフ訳20名、
そしてこの催しの準備を進めてきた有志が約10名、
60人もの人たちが、動いていることになります。
モチロン、仕事でそれをしている人はいません。

そして、この催しの開催に外から協力してくださる個人や団体、
金品の提供に協賛してくださった個人や団体の存在もあります。

もはや、これは追悼の会の域を超えたイベントであり、おまつりです。
言ってみれば、これは恩師の復活祭かもしれません。

ホワイエ

「テレビが一番つまらなくなる日」

2013年06月23日 23:20

テレビが一番つまらなくなる日

きょうは、劇団東京フェスティバルの公演を観てきました。

一昨年の12月以来でした。

あのときはタイトルに反応して、
スピンドクター」というお芝居を観たいと思い、
残り少ないであろう当日券を求めて、劇場の受付の前に早くから並んだのでした。

幸い、わたしが一番目だったので座布団席でしたがチケットを購入しました。
しかし、二番目の方はキャンセル待ちだと言われていましたから、
小さな劇場での公演だったこともありましょうが、人気のある劇団です。

きょうは、
面識がなかったのに、フェイスブックで友だち申請されて知り合った
俳優さんが出演していたこともあって、観に行かせていただきました。


さて、
きょうのお芝居のタイトルは「テレビが一番つまらなくなる日」です。

このお芝居は、
選挙が行われた日の夜に生放送されるテレビ各局の「選挙特番」を背景にしています。

政治や選挙に興味がない人たちにとってそれは、
「テレビが一番つまらなくなる日」ということになるというワケです。

時代と社会を、タイムリーに且つユニークな視点から、
切り採ることに長けた作者の戯曲第1作だと思われる作品の改訂版です。


ところで、
うちの息子K夫婦は、大の選挙フリークです。
選挙のあった夜は、二人してビールとつまみを用意、
新聞の候補者リストを広げて当落を予想しながら、
テレビを点けて8時を待つのを楽しみにしているようなのですが、
歌舞伎役者の宿命でしょうか、息子は滅多にそんな機会が得られません。

今月も、息子は博多座の舞台ですから、
今夜の東京都議会議員選挙の選挙特番の生放送は、
残念ながら、観られなかったことでしょう。

そして、リボーン

2013年06月22日 23:59

芝

大学生と高校生のお嬢さんお二人と、
なによりも大切な奥さんを残して、
旅立った59歳の医師がいました。

わたしは、
ご生前お会いしたことはなく、
きょうの、彼のお通夜が“初対面”でした。

去年12月27日、
彼の診療所の年末の診療を終えた翌日、彼が受診した病院で、
すい臓ガンの末期と告げられたのだそうです。

開業して20年。
午前の診療を終えると、愛妻弁当をかき込んで、
足が弱った患者さんのところへ、自転車で往診し、
午後の診療を終えると、事務仕事を片づけて夜9時頃帰宅。
そんな繰り返しの毎日をおくっていらしたのだそうです。

告知された彼は、一つの決断をします。
代替医師を頼み、事務長の仕事を妻に委ねて、
自身は、診療所からフェードアウトすることにしたのです。

彼は、抗ガン剤の治療を受けながら、
診療所の上階から、診療所のエレベーターが動く音を聴き、
夜、スタッフが帰ったあとの診療室に一人入って、
自身が少しずつフェードアウトしていることを確認していたのです。

「本当は、白衣を着て出たい。仕事をしたくて、したくてしょうがない。
 でも、出ちゃあ、いけないんだ。
 医師が患者になっちゃったんだよ。患者が患者を診るわけにはいかない。
 患者さんがぼくのやせた姿を見て、心配するようになっちゃあいけない。」

彼は、奥さんにそう言っていたのだそうです。

そして、
「今日のこの場は、告別式の場であると同時に、
 診療所が新しく生まれ変わるセレモニーの場でもあります。
 わたしは旅立ちますが、診療所は生まれ変わる、
 リボーンのお披露目です。」

そんな言葉をしおりに遺して、彼は旅立ちました。


初対面の彼に、わたしはこう伝えました。

「これからも、奥さんやお嬢さんたちと、仲良くおつき合いさせていただきます。
 それにしても、生きている間に一度お会いしたかったですね」


「泣いた赤おに」

2013年06月21日 20:34

ないた赤おに

かみさんが孫娘に読み聞かせようと、
浜田廣介の、ひろすけ童話「泣いた赤おに」の絵本を買ってきました。

泣いた赤おに」は、かみさんにとって大好きな童話ですし、
日本の創作童話の中でも、名作中の名作と謂われる「泣いた赤おに」ですが、
どうしても孫娘に読み聞かせたいと買ってきたのでした。

泣いた赤おに」をご存知ない方もいらっしゃらないでしょうから
あらためて、ネタバレを承知で内容を記しますが・・・、

人間と仲良くしたいと願っているのに、人間と親しくなれない赤おにの話を、
赤おにの親友である青おにが聴いて、青おにが思いついたのは、
青おにがわざと人間を怖がらせたところを赤おにが青おにを懲らしめることで、
赤おにが人間と仲良くなれるように一芝居打つという計画でした。
計画通り赤おには青おにを退治して、人間と仲良くなります。
しかし、それ以来青おには赤おにのところに姿を見せなくなりました。
気がかりになった赤おにが青おにの家を訪ねてゆくと、

「ボクハコレカラ タビニ デル コトニシマシタ。
 ナガイ ナガイ タビニ ナルカモ シレマセン。
 ・・・
 サヨウナラ、キミ、カラダヲ ダイジニシテクダサイ。
 ドコマデモ キミノ トモダチ アオオニ」

と書かれた貼り紙が残されていて、赤おには声を上げて泣いたというお話です。


人間と友だちになりたかった赤おに。
友だちの望みを叶えるために、ワル者になった青おに。
友だちをワル者にしてしまった赤おに。
友だちをワル者にしてしまったことを悔やむ赤おに。
友だちが悔やむようなことをしてしまった青おに。
人間よりも大切な友だちの存在に気づいた赤おに。
そして、赤おにの気持ちにも、青おにの気持ちにも気づかなかった人間。

最後に赤おにが泣いたのは、ナゼだったんでしょう?


貴方は、赤おにですか?青おにですか?人間ですか?



ないた赤おに (大人になっても忘れたくない いもとようこ名作絵本)ないた赤おに (大人になっても忘れたくない いもとようこ名作絵本)
(2005/05)
浜田 広介

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紫陽花の季節

2013年06月20日 22:54

あじさい

紫陽花の、この季節になると、思い出します。


一昨年の5月、
勤務先の離島から戻ってきたときに胃痛を覚え、
開業医のところで、胃カメラで検査をしました。

しかし、特に問題は見つからなかったのだそうです。
逆流性食道炎が疑われたくらいだったのだそうです。

ところが、
6月上旬に離島の仕事に戻ってからも、胃痛は改善されず、
横腹や背中なども痛み出したので、周囲からも勧められて、
再び帰省して開業医のところで再受診したところ、
急遽、エコー検査をしようということになり、検査した結果、
その足で総合病院での精密検査をするように勧められ、
こんどは総合病院でCT検査と血液検査をしたというのでした。

その結果・・・、
「胃と膵臓のガンで、多分肝臓にも転移していて、手術不能な末期ガンです」
と告知???されてしまったのでした。

いま考えても、ひと月くらいは前から胃の不調は感じていたであろうけれど、
胃痛の原因は逆流性食道炎くらいに考えて、大事に至るとは思っていなかったでしょう。

この次の休暇はどう過ごそうか、今度子どもたちに逢ったらナニを食べさせようか、
普通の生活の中で、自然と明日の朝がくることを信じていたでしょう。
来年になったら・・、来年の今頃は・・と漠然とかもしれませんが考えている、
そんな普通の日常が、突然の告知で非日常へと変わってしまったら、どうでしょう?

それが、二年前の今頃、わたしの友人の身に起きたことでした。


その告知から約2ヶ月半経って、友人は亡くなりました。

その2ヶ月半という時間、
体調に関しては、ほとんどは穏やかなものだったようですが、
その心中は、いかばかりだったでしょう・・・。

毎日ブログを読んでくれていました。
ブログに彼のことを書くと、喜んでいました。
メールや電話も交わしていました。
携帯に残った彼のメールが消せないので、
すぐに、容量が一杯になってしまいます。


青天の霹靂とか、諸行無常とか申しますが、
それを言葉のとおり、受け容れることはむずかしいものです。

それよりも、
花は、儚く、壊れやすく、散りやすく、うつろいやすいもの、
そして、人の一生もまた・・と云ったほうが、実感があります。


紫陽花の季節の、想い出・・です。


ヘアカラー

2013年06月19日 22:26

後頭部

ドラッグストアーで、洗剤やらを物色しておりましたら、後ろから

「ヘアカラーつかってらっしゃいますぅ・・?」

と訊ねながら、商品を持った若い店員さんが立っておりました。

「わたしですか?白髪染め?・・いや使ってませんケド」

そう応えると、その店員さんは更に近づいてきて、

「使ってみませんかぁ?」

と薦めてくれるではありませんか。

「いや、必要ありませんから!」

と断わって、洗剤を選び始めました。



わたしも、

ことし齢57を迎えるにあたり、さすがに頭髪に白髪が増えました。

もみあげのところなど、目立っております。

あと数年もしたら、確かに白髪染めを使いはじめるかもしれません。


しかし、

いま現在は、遠目に見ればまだ黒い頭をしているので、

白髪染めなど、考えたこともなかったのです。


つまり、使う必要を感じていないから使っていないのですが、

店員さんは、なぜ「使ってみませんか?」と訊いたのでしょう?


「わたしは、気づいていないけれど、

 傍目には “ 白髪染めしたほうがいいのに ”

 と思われているということなのか?

 イヤ!それはないだろう・・・」

「白髪でなくてもヘアカラーするのが流行ってるのかしら?」

いろいろな疑問が湧いてきます。


帰宅して、夕食の支度をしているかみさんに、その話をしてみると、

「それって、わたしに対する当てつけ?」

かみさんは、美容院から帰ってきたばかりだったのでした。 




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