ぴるく

2013年05月31日 23:59

おおうけ

みなさんは、「ぴるく」をご覧になったことがありますか?

わたしは、ことし57歳ですが、
「ぴるく」を見たことが・・・たぶん、まだないと思います。

そもそも、「ぴるく」は、「ぴるく」と記すものなのか、
「ピルク」と表記するのが妥当なのかも、よく判りません。

バナナ

先日、所謂100円ショップで、粘土を買いました。

「こんどお泊まりする日にやろうね」と約束しました。

きょう保育園に迎えに行ったら、
逢った途端に「ねんどやりたい!」と云われました。

保育園でも、ねんどあそびをやったことはあるようです。

「保育園では、ナニ作ったの?」

「もも・・」

「桃を作ったの?」

「おだんごもつくったよ!」

その二つを見せられたら、どちらが桃か、判断する自信はありません。

創作

さて、
わたしが注文すると、「いいよ!」と云って、即座に作ってくれました。

わたしの家と、飛行機と、新幹線ですが、
モチロン・・判りますよね?

さくひん

ところで、「ぴるく」ですが、
訊けば、どこにでも現われるようなのです。

町のどこにでもいるし、家のなかにもいるし、
テレビにも映っているようなのですが、
人間でもなく、動物でもなく、魚でもないようです。

気がつくと、そこにいたりするようなので、
神出鬼没といった感じで登場するようです。

それは、コワイ存在らしく、
「うしろに、ぴるくがいるんじゃない?」
と云ってみると、怖がります。

我が家では、まだ孫娘しか見た者がおりません。

ジィジが、いない

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ラーメン屋の息子

2013年05月30日 23:59

どんぶり

大きな段ボール箱に、どんぶりやらの食器類、調理器具類などを入れて、
息子Yが戻ってゆきました。

戻ったら、開店準備も佳境を迎えることでしょう。

なんか、文化祭の模擬店か、素人のおままごとのような簡易さですが、
ロサンゼルスに、正真正銘のラーメン屋が、新たに開店します。


元々、ラスベガスで事業展開する息子Yの会社は、
旅行客に、グランドキャニオンを始めとした大自然へのオプショナルツアーや、
ラスベガスの観光スポットなどを紹介したり、
各ホテルで繰り広げられるエンターテインメントのショーチケットの斡旋などが、
主な内容です。

近年、シルク・ドゥ・ソレイユと契約して、
日本企業では初めて、割引いた値段でチケットを提供したり、
代表作・ベラージオの「O(オー)」のVIP席を優先的に確保したり、
バックステージ・ツアーを企画したりできるようになりました。


しかし今度は、
昨日も書きましたが、その会社とは別に、ラーメン屋を始めるのだそうです。

わたしも、かみさんも、そんなに簡単にラーメン屋ができるのかと、
当然の疑念をもったのでありますが、
わたしたちの経験や価値観や感覚だけを常識と捉えなかったからこそ、
いまの息子Yがあります。

大いに苦労するのもまたよかろう、とも思っています。

チェックイン

こうして、
大荷物を持って、ラーメン屋の息子Yが戻ってゆきました。


ラーメン屋

2013年05月29日 17:57

さぶちゃん店内

ご存知 “ ラーメン ” は、中華料理にあらず、
いまや、日本を代表する国民食です。

わけても、
わたしの好みを云うなら、所謂 “ 醤油ラーメン ” ですが、
きょうは、息子Yに誘われて、
かみさんと三人で、神田神保町の「さぶちゃん」に行ってきました。

さぶちゃん

カウンター7席だけのお店です。
メニューは、
ラーメン、
半ちゃんラーメン、
大盛ラーメン、
チャーシューメン、
チャーハン、
といった5種類だけ。

息子Yが、「手本にする」と云うだけのことはあるラーメンでした。

そういえば、
息子Yがまた帰国していることを記していませんでしたね。

先日のアメリカ旅行で逢ったばかりなのですが、
わたしたちが京都・大阪へ旅行している間に帰国していました。

それから、息子Yが「手本にする」という意味ですが、
息子Yは、近々ロサンゼルスで「ラーメン屋」を開店するんだそうです。

息子Yが経営している、
オプショナルツアーや、エンターテインメント・チケットを売っている会社は、
そのまま事業をつづけ、別の会社を設立させてラーメン屋を始めるのだとか。

突然の話のようですが、
これでも、長い年月温めてきた「飲食店経営」の第一歩の実現です。
それなりの戦略があってのことだと、思っています。

そこで、毎日調理器具や備品の買い出しに付き合わされたり、
いっしょにラーメンを食べに行ったりと、慌ただしいことです。

「開店したら、ラーメン食べに来てよ」と息子は云いますが、
飛行機代も入れて、いったい幾らのラーメンになるんでしょう?



居酒屋の縁

2013年05月28日 23:59

写真が、なかなかアップロードされないので、
仕方なく、取り敢えず文章だけのブログになりました。

文章だけのブログを見て思うのですが、
写真が無いと、なんとマヌケなブログになることか。

そう、元々文章力などないのですから・・・。

たつみ

さて、
以前から、何度かブログに登場している近所の居酒屋「T」。

もう、20年くらい通っております。

仕事帰りに、ちょいと気持ちの整理をしに立ち寄ったり、
かみさんが留守をしているときに、冷やかしたり、
かみさんや子どもたちみんなで店を占領したり、
いろいろな使い方をしている居酒屋「T」です。

ジャズが流れていたかと思えば、シャンソンに変わったり、
往年の流行歌を聴くこともあります。

この店のママも、小さかったころ東京大空襲を逃げたという人ですが、
亡くなった父上が、前の歌舞伎座で電気技師をやっていらしたという、
わたしたちとも歌舞伎の縁があります。

その「T」の常連さんの「H」さんという人と飲みました。
「H」さんは、
○○○大学の先生ですが、わたしたち夫婦と共通の師をもつというご縁でした。

ご専門から推察してお訊ねすると、、
亡くなったかみさんの伯父や、従兄弟、母校のドイツ人教師、我が家のご近所さんまで、
つながります。

それはそれで、業界は狭いねということでしょうが、
その「H」さんが、歌舞伎俳優「K」さんと、歌舞伎俳優「K」さん、
お二人の奥様たちとは、高校時代の同級生だったと聞いて驚きました。

そのお二人は、いずれも演劇科で、わたしたちの後輩だからです。


さて、いずれ「T」の写真を載せることにいたします。


「六月博多座大歌舞伎」

2013年05月27日 19:02

博多座襲名興行  六月博多座大歌舞伎

沖縄と奄美地方は、既に梅雨入りしていたようですが、
きょう午前11時、
気象庁が、九州、四国、中国各地方の梅雨入りを発表したようです。

これは、平年より10日前後早い梅雨入りなんだそうで、
今後次第に、近畿、東海に次いで関東地方も梅雨入りしてゆくことでしょう。

これから、7月下旬にかけての梅雨明けまでの約2ヶ月間、
湿気の多い、じめじめした天候がつづくことになります。


さて、
今朝から息子Kが、来月の博多座公演に向けて忙しそうにしています。
明日、博多入りするので、その仕度をしているのです。

毎度のことですが、
東京を離れての、名古屋、京都、大阪、博多などの公演は、
お役にもよりますが、
ひと月弱の間、その劇場に朝から晩まで居つづけることになります。

俳優も、基本的には、自分のことは自分でやりますから、
食事のことや、洗濯など、自分でやるしかありません。

終演後、誰かと食事をしたり、酒を飲むこともありましょうが、
夜の公演が終わって楽屋を出ると9時・10時・・・。
それから食事するにしても、誰かと酒を飲むにしても、
翌日の午前11時には舞台の幕が開くワケですから、
ゆっくりなんかしていられないでしょう。

その意味で、うちの息子Kの酒の飲み方は早いと思います。
一気に飲んで、一気に食べて、一気に酔っていく感じです。

たぶん、他の歌舞伎俳優諸氏も、
息子Kと、同じような生活をなさっているんじゃないでしょうか?

なんですか?・・お宅の息子だけだ?・・・まっ、そうかもしれませんが。


6月2日初日!
二代目・市川猿翁、四代目・市川猿之助、九代目・市川中車襲名興行
「六月博多座大歌舞伎」公演。

息子は、
昼公演・スーパー歌舞伎 三代目猿之助四十八撰の内「ヤマトタケル」で、
ヤマトタケルを慕う少年・ヘタルベを演じさせていただき、
夜公演・「小栗栖の長兵衛(おぐるすのちょうべえ)」では、
猟人伝蔵を演じさせていただきます。

どうかこの公演が、
博多の皆さまを始めとした観客の皆さまにとって、
楽しいお芝居になりますことを願うとともに、
昼のスーパー歌舞伎と夜の歌舞伎公演を、
毎日入れ替えて仕込み・本番・バラシという驚異的な舞台作りが、
どうか無事に千穐楽を迎えられますように願っています。

そして、
息子の洗濯物が、生乾きの臭いを放つことがないように祈っております。

つぎは新歌舞伎座

2013年05月26日 23:59

新・水滸伝

きのうは、
新しいご家族が誕生する機会に立ち合うことが出来、
お陰さまで、想い出に残る記念日を過ごしました。


さて、
今回泊まった、上本町のホテルも、
息子Kが「連獅子」を演らせていただいた
大阪の新歌舞伎座が新開場した柿葺落公演で、
3年前に家族で泊まった想い出のホテルです。

わたしたちが、次にまた来るのは8月になりそうです。

大阪・新歌舞伎座 二十一世紀歌舞伎組
三代猿之助四十八撰の内「新・水滸伝
8月5日初日!

新歌舞伎座

結婚記念日

2013年05月25日 22:50

本日は、お日柄もよく、お天気もよく、
みどりの風薫る、清々しい一日でした。

Welcome.jpg

きょうは、かみさんとご披露宴に招かれ、大阪に来ています。

新郎は、友人のご長男です。

新郎新婦

5年前、新郎が27歳のときに、
それまで父上が経営しておられた会社を継いで社長になられました。

わたしは、社長就任のパーティーでお会いしたのが初対面でしたが、
事業とご自分の将来のビジョンを明確にコミットメントされたのが印象に残っています。

その後、
会長になられた父上と共に、アメリカの取引先へのご出張の折、
ラスベガスで、うちの息子Yに会ってくださったり、
息子Kの舞台を観てくださったり、飲み友になっていただいたり、
ご家族総出でおつきあいしていただいております。

そしてこの度、目出度く華燭の典を挙げられたわけですが、
これからは、わたしたちも、
奥様とも親しくおつきあいさせていただきたいと思います。

末永く、末広がりに、愛でたやな、皐月の風の、松のみどりを・・

トライアスロン

ところで、
お二人は、ご披露宴を何故きょう催されたのでしょうね?

土曜日だったからでしょうか?

お日柄がよかったからでしょうか?

一日に一組しか披露宴を行わないホテルの予約がとれたからでしょうか?

実は、
きょう5月25日は、新郎のご両親のご結婚記念日なのだそうです。
たぶん・・・、だから・・・、なんじゃないでしょうか?

何十年経っても仲のよいご夫婦の存在が、
若いお二人にとっては、なによりのお手本です。

ちなみに、
きょう5月25日は、わたしたち夫婦にとっても結婚記念日なのであります。

結婚記念日


京都南座「伊達の十役」

2013年05月24日 23:59

京都南座

ついで、と言っては、
奮闘なさっている海老蔵さんや澤瀉屋の皆さんに申しわけないのですが、
大阪に来たついでに、
かみさんと、京都南座の夜の部「伊達の十役」を拝見しました。

京都南座正面

夏の京都も、冬の京都も、
風情があって、美味いものがあって、魅力的ですが、
5月のこの時季の京都も、
暑すぎず、寒すぎず、新緑が鴨川に映って、美しい季節です。

五月花形歌舞伎

開場まで時間があったので、
かみさんが、京都にいる友人に教えてもらった、
京漬物の老舗「村上重本店」に行ってみました。

村上重本店

それから、まだ時間が余ったので、
いつものちりめん山椒を、「はれま」に買いに行きました。

べつに、買い物しに来たワケじゃないんですけど…。
京都には美味いものが沢山ありますからね。

いづうの鯖寿司は、大好物なのですが、
さすがにそんなに余裕がありませんでした。

次に来るときは、是非ともいづうまで行ってみましょう。

・・・、「鳥初鴨川」の水炊きもいいですね。

こんどは、12月の南座公演に、息子Kが出演します。

夜の南座

第11回日本文化を愛でる会「清元」

2013年05月23日 20:46

雑司が谷寛 庭

本日は、
第11回「日本文化を愛でる会」の開催日でございました。

講師は、江戸浄瑠璃清元節の、清元一太夫さんと清元栄吉さん。

来年は、清元節が創始200年という節目の年にあたるのだそうですが、
江戸の情緒や粋を語る「清元」の魅力を知っていただくための、
絶好の機会にしたいというのが、きょうの趣旨でございました。

玉兎

会場は、
姉・林千永の稽古場を借りまして、
歌舞伎俳優市川弘太郎が司会を務めての、清元一太夫さんと清元栄吉さんのトーク。
そして、清元「玉兎」を演奏していただいて、市川弘太郎が踊りを披露しました。

その後は、「雑司が谷寛」に場所を移して、
新緑の美しい庭を愛でながら、食事会となりました。

寛

さて、
久しぶりに寛へ行きましたので、弁天様にお参りしました。

この「雑司が谷寛」に祀られている弁天様は、
「人世弁財天(ひとのよべんざいてん)」と申されます。

かみさんの祖父・三角寛が建立した弁天様で、
そもそも、この弁天様が建立された由来が面白いのですが、
それは、またいずれかの機会に・・・。

かつては、人世坐文芸坐を護り、
そして三浦家を護ってくださっている神様です。

人世弁天

弁天様は、「弁才天」とも「弁財天」とも記します。

水の流れが融通無碍でありますように、
無心で、この弁天様を拝みますと、
才も財も御利益があると謂われています。

弁天様は、芸能の神様でございますから。

弁天様

「習慣の力」

2013年05月22日 23:59

習慣の力

未明に目が覚めて、パソコンに向かい、未完了を完了させ、セッション。
仏壇に手を合わせ、シャワーを浴びて、歯を磨き、顔を洗って、かみさんと珈琲を飲む。
洗濯物を片づけ、銀行に行き、五十肩の治療に通い、スポーツジムに寄って、
買い物をして、夕食の用意をして、孫娘を迎えに行き、夕食を食べさせながら、晩酌をする。
遊び相手になって、風呂に入れ、着替えをさせて、息子夫婦の帰りを待つ。
そして、一日のどこかでブログを書き、メールチェックとブログチェックをします。

これが、日常のわたしの習慣なのですが、
好ましい習慣もあれば、悪習もあります。

変えやすい習慣もありますが、変えられない習慣もあります。


さて、
習慣の力」という本を買って読みました。


習慣の力 The Power of Habit習慣の力 The Power of Habit
(2013/04/26)
チャールズ・デュヒッグ

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ビジネスマンというか、日本人は、
この「習慣」という言葉に影響を受けやすいようです。

「習慣で買う」のつくり方』 『7つの習慣』 『習慣力』 エトセトラ・・

斯く言うわたしも、この「習慣」という文字に目を奪われて、
習慣的にこの本を買ってしまいました。

わるい習慣を、よい習慣に変えると、
生活や人生や営業成績や業績が全体として好転する。
一言で云えば、そういうことです。

その要点は、キーストーン・ハビット(要となる習慣)という
よい習慣、或いは、わるい習慣を特定することだということが書かれていました。

人間は、その行動の多くの割合を、意志や意思で行っているワケではありません。
無意識だったり、ルーティンだったり、習慣的に行っているでしょう。

それを意識化すること、意識的に行うことで、
様々な問題に変化を起こし解決に向かうというのが、習慣の力という考え方です。

ネタバレは、これくらいにしますが、
その意思の変化をどうしたら起こせるのかが、最大の問題でしょう。

有志

2013年05月21日 23:59

学習院大学正門

決して、可愛い弟子でも、よく出来た弟子でもなかったのですが、
卒業以来、師の演出作品の数本に、演出助手などで関わっていた時期があります。

それが理由かと云えば、
その程度の付き合いをした人は山ほどいらっしゃるワケですから、
またしても、“ たまたま居合わせた ” というのが、理由でしょう。

なんの理由かと云えば、
師の、所謂「追悼の会」の有志に名を連ねていることであります。

学習院記念会館玄関ホール

しかし、
何故有志に名を連ねて、催しの準備をすることになったのかと云えば、
G大学側で中心的な働きをしてくださっているHさんが、
わたしと旧知の仲だったことが、一番直接的な理由でしょうか?

共通の師をもっていることを知ったのは、随分前だったと思います。

元々Hさんは、わたしや、わたしの家族がよく行く居酒屋の常連客でした。
それが縁で、息子Kの歌舞伎を観てくださったりする知り合いでした。

師のお通夜に伺ったときには、そのHさんがご葬儀を取り仕切られていました。

学習院記念会館

ご葬儀から数日経った或る日、
ご近所に住んでいらっしゃるHさんと、うちのかみさんが近くでバッタリ遇いました。

そこで、有志による「追悼の会」が計画されていることを知りました。

ついては、我が母校側の有志として参加してもらえないかという打診があって、
お請けしたというのが経緯です。

正堂ホワイエ

きょうは、その会場の下見をしました。

催しは、7月7日(日)14時から。
師が遺した、ご本人が登場する戯曲を基にしたお芝居と音楽で構成された舞台と、
会場ホワイエでは、師縁の品々の展示と映像をお見せしようと思っています。

わたしは、会場ホワイエの展示と素材の放映を担当します。


皇室が演奏会に出演される場合に、よく使われるという会場ですが、
7月7日には、師の生きた演劇の世界に変えたいと思っています。

呼び方 呼ばれ方

2013年05月20日 23:12

呼び方

孫娘は、かみさんのことを「バァバ」と呼びます。
しかし、かみさんの方は「おばあちゃま」と呼ばせたいようであります。

その “ 人の呼び方 ” でありますが、
きょうは、或るクライアントとのセッションで、
社長を、社員にどう呼ばせたらいいかということが話題になりました。

社長を社員にどう呼ばせるかも大事ですが、
社長自身が、社員にどう呼ばれたいのかという視点も大事でしょう。


さて、所謂「世界のホンダ」本田技研工業の創業者・本田宗一郎氏は、
社員から親しみをこめて「オヤジ」と呼ばれていたのだそうです。

本田技研工業は、静岡県の浜松を発祥地とする世界的企業です。

浜松には、本田技研工業以外にも、
ヤマハ河合楽器スズキ浜松ホトニクスなど、世界的企業が在ります。

いずれも、戦後になって創業されたか、業績を伸ばした企業です。

なかでも本田技研工業は、創業が1946年で、
自転車にエンジンを搭載した、通称・バタバタが製品第一号なのだとか。
それから23年後、ホンダは世界で一番のオートバイ・メーカーに登り詰めます。

その要は、なんといっても本田宗一郎という “ 技術者社長 ” の存在でしょう。
エンジンの神様と謂われた本田宗一郎氏は、
目の前に機械があると周りの状況も忘れて、機械をいじり始めてしまうのだそうです。

或る日、本田氏が私服でエンジンをいじっていると、若い社員から
「オジサン、ここに入るときは制服に着替えなきゃダメだよ」と注意されました。
すると、そう言われた本田氏は素直に制服に着替えに行ったのだそうです。

周りに居た人たちは、さぞ肝を冷やしたことでしょう。

本田宗一郎氏の持論は、
「会社は個人の物ではない」というものだったのだそうです。
故に、自分の親族に会社経営を譲らなかったと謂われています。

そんな本田宗一郎氏ですから、
社員から親しみをこめて「オヤジ」と呼ばれることが嬉しかったのでしょう。

その本田宗一郎氏が、悔やんでいたことがあったのだそうです。
それは、社名に「本田」の名をつけたことだったというのですが・・・。



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