ハワイの花々

2013年04月30日 23:59

ハワイ

アラワイ運河に沿って歩いて、カラカウア通りに出ます。

ランドマークやコンベンションセンターの在る交差点を右折してすぐ、
カピオラニ・ブルーバードを左折すると、アラモアナショッピングセンターの北側。

アラモアナショッピングセンターの店先をひやかしてから、
アラモアナショッピングセンターの南側のアラモアナ・ブルーバードに出て、
ヒルトン・ハワイアン・ビレッジのところを右折、
フォート・デルッシ公園の中を通ってトランプ・ホテル・ワイキキの先を左折すると、
高橋果実店に到着します。

此処まで散歩する間に、数々の花や木を観ることができます。

ハイビスカスピカケプルメリアレッドジンジャー・・・
様々な色彩のハワイの花々が咲いています。

ただシャッターを押しているだけなのに、
ハワイの太陽のせいか、花の色彩のせいか、写真が美しく撮れます。

ハワイの花①


ハワイの花②


ハワイの花③


ハワイの花④


ハワイの花⑤


ハワイの花⑥


ハワイの花⑦


ハワイの花⑧


ハワイの木①
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ベラージオの噴水が観える部屋

2013年04月29日 23:59

ベラージオ

息子Yが、
仕事をしているラスベガス

そのメインストリートであるラスベガス・ブルーバード
その中心部、長さ約4.2マイル (6.8 km) にわたる部分を、
ラスベガス・ストリップと呼びます。

ラスベガス・ストリップは、
ロサンゼルスのサンセット・ストリップに因んで名付けられたといいます。

ラスベガス・ストリップには、
客室数で世界の25大ホテルのうち、19のホテルが並び、
総客室数は計67,000室を超えているのだそうです。

噴水

そのラスベガス・ストリップの名所が、
カジノホテル・ベラージオの巨大噴水のパフォーマンスです。

ラスベガス・ストリップに面したベラージオの敷地の幅は、
写真ではよく判りませんが、おおよそ400メートルあります。

その敷地内に在る池の噴水で、30分に一回、
18曲のなかから選曲された音楽に合わせて、
水のパフォーマンスが繰り広げられます。


息子Yが、
ラスベガスで仕事をするようになって5年。

息子Yが、ベラージオの一部屋をリザーブしてくれました。

彼は、ベラージオの噴水の観える部屋で、
シャンペンを飲みながら家族と噴水を観るのが、
もしかしたら、夢だったのかも・・・?

ベラージオから噴水を観る

主権の回復

2013年04月28日 23:59

アメリカ合衆国

アメリカ合衆国大統領閣下へ

息子が、16歳で貴国・アメリカ合衆国へ渡ってから、もうすぐ12年が経ちます。

2001年、単身渡米したのは、サマースクールが始まる6月でしたが、
9月に入学した直後に、貴国・アメリカ合衆国は、
歴史的にもみても最大級のテロに遭われました。

そんな非常事態のなか、貴国は、息子を受け入れてくださいました。
留学ビザを発給し、教育を受けさせてくださったのです。

おかげで、高校2年生として留学を始めたので、2年間高校生活を送り、
卒業後も、コミュニティ・カレッジや専門学校で学ぶことが出来ました。

学問以外にも、スタントテコンドームエタイの修行をする機会にも恵まれ、
その経験から、多くのことを身につけただけでなく、生涯の友人との出会いも、
数多くあったのでした。

そして5年前、
息子は、留学期間が終わると、発給を受けていた留学ビザ(Fビザ)を変更し、
貴国内に会社を設立して、商用ビザ(Eビザ)を申請することにしたのですが、
これも貴国は、許可してくださいました。

とき折しも、
サブプライムローン問題に端を発した貴国のバブル崩壊をキッケケに、
世界的金融危機を引き起こしたリーマン・ブラザーズの破綻、
所謂リーマン・ショックが起こりました。

それでも、なんとか困難ななかで商売をつづけ、業績を上げております。

貴国は、民主的に“自由”と“機会”を与えてくださる国です。
わたしは、息子にそんなチャンスを与えてくれる貴国に、感謝しています。


ところで、
我が国は、貴国との戦争が終わってから68年経ちますが、
我が国は、いまだに貴国から「主権」を認めていただいておりません。

「1952年4月28日発効のサンフランシスコ条約で、主権は承認したハズ」
貴殿や貴国の皆さんは、そうおっしゃるでしょうが、
たとえ一部でも、日本国内に日本国の主権が及ばない地域があるのであれば、
日本が主権を回復したとは言えないのです。

貴国は、銃器で尊い人間の命が奪われる事件が頻発する国内にあっても、
ひとり一人が銃器で武装する “ 自由 ” を決して手放そうとはされない
“ 自由の国 ” アメリカ合衆国です。

そんな貴国であればこそ、
沖縄をはじめとする日本国内のアメリカ軍に因る “ 不自由 ” を解き、
我が国に、真の “ 自由 ” を与えてはいただけないでしょうか?


バックステージ

2013年04月27日 23:59

ラスベガスの風景①

シルク・ドゥ・ソレイユとは、
フランス語で「太陽のサーカス」という意味ですが、カナダで始まりました。
大道芸人だったギー・ラリベルテが創始者です。

KA.jpg

今更、シルク・ドゥ・ソレイユについて説明するまでもありませんが、
そのシルク・ドゥ・ソレイユのレジデントショーのなかでも人気の衰えない、
これぞシルクというショーのひとつが、「KA(カー)」でしょう。

息子Yが、
その「KA」のバックステージを見に連れて行ってくれました。

本番が終わったばかりの「KA」のバックステージを、
出演していらした高見亜梨彩さんが案内してくださいました。

その大きな・・・
いや、巨大で壮大なステージを、裏側から見るという貴重な経験です。

KA」の凄いのは・・・
あとは、云わずもがなということで。

バックステージ③

バックステージ④

バックステージ⑤

バックステージ⑥

MGM

「胸の名前のためにプレーしろ」

2013年04月26日 23:59

ロサンゼルス・ドジャース

むかしサッカー王国などと謂われた静岡県に育ちながら、
サッカーには、とんと興味も知識もありませんのですが、
こと野球となると、・・・わたしほとんどナニも知りません。

こどもの頃、草野球の試合をやっていて、
そのとき、どこを守っていたのか忘れましたが、
捕った打球をどこへ投げてよいか解らなかったのでアウトにできず、
皆からバカにされたのが、多分虎馬になったのだと思います。

そのクセ、中学生の頃は、
野球部が大会に出場するときには、応援団長をやっていました。

応援団長は、応援席に向いているので、背後で試合をやってます。
勝っているか負けているかくらいは判っても、
野球は、ほとんど理解しておりませんでした。

そこへいくと、
うちのかみさんも、長男息子Kも、超がつくほどの野球好きです。
それも、二人とも広島東洋カープの大ファンなんでありますが、
このところ久しく球場には行っていなかったと申します。

そういえば、
わたしも、かみさんや息子のお相伴で球場に観に行ったりしていましたが、
この数年、かみさんの話に野球の話題が減ったような気がいたします。
まぁ、野球オンチのわたしと話していても面白くないので、減ったのでしょうが。

ドジャー・スタジアム

そんなわたしなんでありますが、
きょうは、野球観戦に行ってきました。
それも、ドジャー・スタジアムアメリカMLBナショナルリーグ
ミルウォーキー・ブルワーズロサンゼルス・ドジャース」の試合であります。

試合は、5対7でロサンゼルス・ドジャースが勝ちました。

さて、いくら野球オンチのわたしでも、ロサンゼルス・ドジャースが、
野茂英雄投手がメジャーデビューした球団だということくらいは知ってます。

そして、そのときの監督で、
野茂投手を有望視することで日本でも有名になったトミー・ラソーダ監督が、
確か日本に来て、どこかのチームに云った一言が記憶に残っています。

それは、アメリカの野球と日本の野球の違いを感じさせる一言でした。

アメリカの選手は、個人技に走り、
個人のためにプレーするのが当たり前だからこそ、監督のこの考え方が、
ドジャースのチームに特別な効果を発揮したのではないかしら?
しかし、日本の選手は、
元々そういったメンタリティーをもっているじゃないかと思ったのでした。

「背中の名前のためにプレーするのではなく、胸の名前のためにプレーしろ」



ブログ毎日更新

2013年04月25日 23:59

芸能界でブロガーとして有名な女性が、
毎日ブログを更新してきた記録を、4月22日に更新せず、
2008年11月14日からつづけてきたブログを、1.620回で止めたのだそうです。

その理由は、「なんとなく・・」

わたしがブログを始める約3ヶ月前から書いていたワケで、
わたしがあと3ヶ月間書きつづければ、彼女の記録を抜くことになります。

しかし、そんな記録を抜くことに、なんの意味があるでしょうか?
毎日書くことを目指しているワケではなく、記録に挑戦しているワケでもありません。
但し、意識はしています。

毎日書いているならつづけたいな、とか、
4年経ったんだな、とか、1,500回も書いたんだな、とか、感慨をもちます。

でも、それが目的ではありません。

「毎日、よくそれだけ書くことがありますね」とか、
「ブログを、よくそれだけ書く時間がありますね」とか、
「ダレに向かって書いてるんですか」とか、
「いったいいつ書いてるんですか」とか、
いろいろ訊かれます。

毎日生活していれば、様々な事柄に出合いますし、色々思うところがあります。
ブログを書く時間は、平均すれば30分程度で、意外に早く書けます。
特定の人に向けてはいませんが、毎日読んでくださる方は複数います。
夜中に書くこともしばしばですが、夕方の食事ができるまでの間というのもよくあります。

一番拘っているのは、一つのテーマが他の事象と複合性をもてるかどうかでしょうか。
Aについて書いている文章が、Bをイメージさせ、Cについての発見がある、
といった感じのまとめ方ができれば嬉しいと思っています。

心がけていることとして、あとは意外性とか、ユーモアでしょうか?
できれば、お読みくださった方が読み終わってからニコッとされたとしたら、
身に余る幸せというものです。

ところで、
いまわたしが、このブログを書いているのは何処でしょう?

日本時間から16時間遅れの、ロサンゼルス・リトル東京に在る一室です。

2013年4月25日リトル東京

春野町

2013年04月24日 22:35

4月24日

いよいよ羽衣ジャスミンが咲きだしました。
先日も記したとおり、
我が家のベランダのフェンスを越えて、お隣の庭から伸びて咲く花です。
きょうは生憎の雨模様ですが、少しは暖かくなったので咲き始めたのでしょう。

それにしても不順なお天気がつづきました。
肌寒いというよりは、寒い日がつづいていました。

寒暖差アレルギーという疾患もあるのだそうですが、
この気温の低さで体調を崩した方も多かったのではないでしょうか?

ところで、
きょう、この羽衣ジャスミンを写したのには、理由があります。

明日から出掛けますので、
ことしは羽衣ジャスミンの開花時を観られないと思ったからです。


さて、
浜松の天竜区で大規模な土砂崩れが起きていると報道されています。

浜松市天竜区というのは、町村合併前には天竜市だったところなので、
アナウンサーが「浜松の土砂崩れ現場・・」などと云うと、少々違和感を覚えます。

土砂崩れが起きた現場は、天竜川上流の支流・気田川が流れる山間の地域で、
天竜区春野町杉というところです。

春野町は、秋葉山本宮秋葉神社より気田川の上流に位置します。
秋葉神社は、火の幸を恵み、悪火を鎮め、火を司る神様です。
全国の秋葉神社の総本宮が、この秋葉山の秋葉神社です。

火を使う職業の人たちが信心に訪れるようですが、
全国の電力会社や原発関係の皆さんも、お詣りしたほうがいいでしょうね。

さて、茶処でもある春野町も、新茶の季節を迎えているはずです。
春野町の茶畑は、川沿いの山間部の斜面に在ります。
日照時間は短く、昼夜の寒暖の差が激しいことが特徴です。
寒暖の差が激しいと、光合成によって作られた養分を夜間の寒さで
茶葉がしっかり蓄えてくれるというワケです。
また、川沿いであるということは、お茶作りに大切な霧が発生するということです。
霧の発生は、茶の香りや味をよくし、霜の害を防いでくれるのです。

土砂崩れを起こした場所も、茶畑のようですが、
被害が拡がらない事を願います。

蛇足ですが、
宝塚歌劇団の育ての親と謂われ、「すみれの花咲く頃」の訳詞をした、
演出家・白井鐵造さんの生まれ故郷が、この春野町です。

「効率学のススメ」

2013年04月23日 23:59

目覚めたら、既に遅刻していた。

そんな夢を見ることはあっても、そんなことが現実に起こったら・・・と
想像してみてください。

他人事ではありません。

わたしも、演劇制作者として旅公演を担当していたときに、
お恥ずかしい話ですが、集合時間に遅刻したことがありました。

移動するためにホテルのロビーに集合してから駅に向かうところを、
わたしがロビーに降りたときにはスタッフは出発したあとでした。
幸いに、電車の出発には間に合ったので、
次の公演地の到着時に制作者不在という最悪の事態は避けられました。
連日緊張を強いられる現場がつづいていたのですが、
多分ちょっとした気の緩みがあったのだろうと思います。

制作者に成りたての頃は、そんなミスが怖くて、
かえって夜になっても眠れないという日々を経験したのですが、
遅刻した時は、そんなミスは犯さないだろうという慢心があったのでしょう。

しかし、わたしの演劇生活の中でも、周りに遅刻話は結構あるものです。
旅公演の最中に、遅刻したメンバーを待つなんていうのは日常的でした。

しかし、
俳優が遅刻して上演中止という話は、前代未聞でしょう。

新国立劇場小劇場「効率学のススメ」公演は、
先日21日の日曜日の昼公演に、俳優が劇場入りしなかったことから
この日の公演を中止し、俳優は謝罪会見を行い、
新国立劇場は、中止公演に来場した観客に対して、
チケット代だけでなく、交通費も負担することを発表したそうです。

当日の楽屋が想像できます。
電話やメールをしても、連絡がとれないでやきもきする関係者。
迫る開演時間。
上演中止か、観客を引きとめておいて俳優が到着したら遅れて上演するか、
いくつかの選択が現実的になってきます。
上演中止にしたときの対応は、どうするか。
制作者の頭の中はグルグル回り、さぞ脂汗をかいたことでしょう・・・。

ところで、
制作者や舞台監督は、前日の公演終了時に翌日の開演時間を告げているハズですが、
俳優は、それを聞いていなかったのでしょうか?

確かにこの公演日程は、あまり規則性がない感じがします。
最近の傾向では、平日の昼公演が増え、夜の公演が減りました。
この公演も、土曜日の夜公演も、昼・夜のダブルヘッダーもありません。
しかし、一日一回の公演の場合、日曜日は昼公演だということは常識なんですがねぇ?


それにしても、
舞台演劇は、毎回生身の人間が集まってお芝居を観せるものです。
こんなに “ 非効率的 ” な作業はないワケですよ。

ワクワク感

2013年04月22日 23:59

もうすぐ3歳

もうじき3歳の誕生日を迎える孫娘の躾けに関して、
日常的に、かみさんと話す機会が増えてきました。

なかなか 一筋縄ではいかぬ、孫娘ではあります。 

コーチング親業NLPファシリテーションアサーション・・
様々な、コミュニケーションスキルを学んだハズなのに、
子育てに活かすことは、なかなか難しいのです・・・。 

「○○しなさい!」と強気で云ってみたり
「○○してくれない?」と弱気で云ってみたり
根気負けして、同じ現象に常に同じ対応ができなかったり、
「○○しないと、△△しないよ」と脅迫してみたり・・・


そんな折、
きょうは、NHK総合テレビの「プロフェッショナル 仕事の流儀
麻薬探知犬育成・菊地昭洋”を拝見しました。

大麻や覚醒剤といった麻薬(魔薬)の密輸を防ぐために、
麻薬探知犬が働いているのが、空港税関などです。

きょうの番組は、
その麻薬探知犬育成の名人・菊地昭洋さんに、
その極意についてお聴きするという内容でした。

いま現役の探知犬約130頭の内、実に8割を育てたという
菊地昭洋さんは、こういっしゃいます。

「ダメな犬などいない」

言葉の通じない犬から、いかに能力を引き出すのか?
 キーワードは、“ワクワク感”なのだそうです。

その犬の個性に合わせた遊び方を考案して、
遊びを繰り返すなかで、変化を演出しながら常に犬の気持ちをワクワクさせる。
褒めて遊ばせて、いっしょに楽しむ・・・それも、どれだけ犬と向き合えるか・・。
そうすることによって、犬が元々持っている“やる気”と“能力”は発揮される
という学びでした。

犬と人間は違います。しかし・・・
ここに“子育て”や“部下の育成”にも通じる“育ての極意”があると思いました。

しかし、
そんな犬の能力を引き出すために、肝心なのは、
そんな育てのプロフェッショナルである探知犬ハンドラーの“育成”なのだそうです。

そうですよね。
それが、難しいんですよね。

女子大の日

2013年04月21日 19:11

勉強

昨日、4月20日のことでしたが、
電車に乗っていて、「プラン・ジャパン」のC Mに目が留まりました。

女の子だから、10代で結婚させられる。
女の子だから、学校に行かせてもらえない。
女の子だから、暴力をふるわれて文句も言えない。
女の子だから、生まれてさえこられないこともある。
女の子だから、泣きたいときに泣くことも、
笑いたいときに笑うことも、
怒りたいときに怒ることもできない。
女の子だから、恋することも知らずに一生を終える。

もしも、この文章が間違っているように感じたら、
この世界の間違いを、まずは知ってください。

Because I am a Girl(女の子だから)
その後に来る言葉は、私たちの力で変えられる未来です。



奇しくも昨日4月20日は「女子大の日」と謂うのだそうです。
1901年4月20日に、
日本で初めての女子大学・日本女子大学校(現・日本女子大学)が開校した日だからです

かみさんが、よく口ずさんでいる「成瀬先生誕生日の歌」の成瀬仁蔵先生は、
「第一に女子を人として教育すること、第二に女子を婦人として教育すること、
第三に女子を国民として教育すること」という女子教育の意義を唱えて、
女性が人として自立し活動する世の中を目指しました。


一、
六月二十三日は
成瀬先生の誕生日
めがねをかけていらっしゃる
ぼくたちみんなのおじいさま
先生きょうはおめでとう
先生きょうはおめでとう

二、
小さいときは先生も
吉敷の村のあばれんぼう
赤田の川のかっぱより
泉の山のおさるより
つよい子どもでありました
げんきな子どもでありました

三、
大きくなって先生は
女子大学をつくられて
みんなでなかよく工夫して
なんでもくじけずやりぬけと
わたしに教えてくださった
成瀬先生ありがとう


その日本初の女子大が開校して112年が経ちました。
日本は、冒頭挙げた「プラン・ジャパン」が活動している途上国の状況とは違います。

しかし、一昨日行われた記者会見で、総理大臣はこう言いました。
「働く女性の人材を活用することを成長戦略としたい」
「全上場企業は積極的に役員・管理職に女性を登用していただきたい」
「26年度までに20万人分、29年度までに40万人分の受け皿を確保し待機児童ゼロを目指す」
「経済団体に3年育休の推進をお願いし、積極的に取り組む企業には助成金を」

100年以上経っても、まだこういった段階です。



わが町

2013年04月20日 18:02

興津駅前

興津は、現在の住所で謂えば静岡市清水区興津○○町というのでしょう。

江戸時代には、東海道の宿場町として栄えました。
東海道を上り下る人たちだけでなく、
東海道と甲州へ至る身延道とが交わる要所だったのも、その理由です。

大正から昭和初期にかけては、
最後の元老と謂われた西園寺公望が海岸近くに別邸(坐漁荘)を建て、
興津駅には西園寺の専用列車を停めていたことなどから、
時の政府の要人たちが度々訪れることで賑わっていたらしい町です。

どおりで、わたしが子どもの頃の興津のイメージは、
一種垢ぬけた雰囲気がありました。

興津川

興津駅の裏手に在る
“柑橘試験場跡”のプラタナスの並木を正面に見て右に曲がり、
身延街道(国道52号線)に出て、興津川に沿い山梨方面に向かうと、
八木間町、谷津町を経て、小島町に至ります。

江戸時代には、高台に小島藩の陣屋が在って、小島はその城下町でした。

その陣屋の手前の丘の上に、
わたしの母方の実家の墓所があります。

小島のお墓

眼下に小島の集落と、駿河湾に流れ込む興津川が見えます。

きょうは、先月亡くなった伯母の四十九日法要と、納骨式があり、
わたしも久しぶりに、この高台の景色を愛で、お墓にお参りしました。

祖父母

ご先祖さま、お祖父さん、お祖母さん、伯父さん、
御無沙汰をいたしました。

きょうから、伯母さんがみなさんとごいっしょですよ。


テロの進化

2013年04月19日 23:59

その行為が、物理的に直接的に社会を変革させる効果をもつというよりは、
その社会に対して心理的な恐怖心を植えつけることによる被害を狙っている、
といわれるテロリズム。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が起こって、
時の大統領が、「これは新しい戦争だ」と云ったときから、
「テロは戦争である」という定義が加えられました。

戦争と云う以上、国と国の間で起こる事象でありましょう。
テロ国家、テロ支援国家なる言葉も使われるようになったのでした。


テロは、元々内戦であったり国内事件であったり、
他国の一部勢力によるゲリラ事件などを指していたのではないかと思います。

国家転覆や体制崩壊を狙った反体制活動は、むかしからあったのです。
その道義性はともかくとして、暴力や非合法な行動に依るレジスタンスは、
歴史的に珍しいことではないでしょう。

その革命が成った場合には、それらの行為は功績として記され、
それを行った者たちは英雄とされることもあるワケです。
イヤ、成功せずとも自爆テロを行った者たちが神格化されたりしています。

しかし、
テロはテロや戦争を生み、やったらやり返すという堂々巡りの最悪の展開を
引き起こします。

さて、
ボストン爆弾テロ事件の容疑者兄弟は、チェチェンの出身だと報道されていますが、
その動機や目的は、なんだったのでしょうか?


ところで、
イスラム社会には、
「人の命は山よりも重く、羽根よりも軽い」という諺があるのだそうです。
「愛する人の命は山よりも重く、そのあだ討ちをする自分の命は羽根より軽い」
というような意味が込められているようです。

そういえば、
先の大戦中、日本軍にも“特攻”という作戦がありました。
明治天皇より賜った軍人勅諭には、
「義は山獄よりも重く、死は鴻毛よりも軽しと覚悟せよ」とあります。

日本人は「忠臣蔵」が大好きです。

人間がこういったメンタリティーから解き放たれ、
別の次元の生きものに進化することは有り得るのでしょうか?



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