泣く子も黙る

2012年11月30日 21:06

今朝、テレビを見ておりましたら、
「子供の声は騒音ですか?」という切り口で議論している番組がありました。

芸人のくわばたりえさんが、ご自身のブログで提起された、
所謂「ファミレスで騒ぐ子は有害か論争」を基にしたのだと思われます。

くわばたりえさんがブログで問いかけているのは、以下の設問です。

ファミリーレストランで、

Aのテーブルの家族は、
3歳の子供が走り回るのをパパが注意し、
ワンワン泣く10ヶ月の赤ちゃんをママが抱っこしてファミリーレストランの外に出て、
泣き止むまであやす。

Bのテーブルの家族は、
3歳の子供が店内を走り回り、
ワンワン泣く赤ちゃんをママが抱っこしながらパパと仲良くお喋り。

みんな、A・Bの家族どちらがアカンと思う?


といったもの。
但し、外国の事例なども挙げて、日本人の常識との違いも紹介しながら、
ご自身の葛藤も記されています。

最近、機内で泣く乳幼児について喧しい議論があったばかりですし、
わたしも、2歳児を連れて世間を渡る機会が多いこともあって、ちょいと興味をもちました。

番組の議論は総じて、
「子供の存在が有害なのではなく、親の躾けやモラルの問題だ」というご意見でした。

それは、所謂「泣く子と地頭には勝てぬ」というような、
“ 乳幼児はコントロールできないものだから ” という認識に基づいているようです。


さて、この番組を見たり、世間の議論を読んだりして思ったことがあります。

“ 泣く子と地頭には勝てぬ ”
わたしも「確かにそういうこと、あるよなぁ・・」と思います。
しかし、泣くには泣く、騒ぐには騒ぐ理由があるようにも思うのです。
端っから “ コントロールできない ” と諦めるのは、早すぎませんかねぇ?

そして、コントロールできないという意味では、
泣く子の存在を受け容れることができない人たちの気持ちや、
自分たちの肩身の狭さを払拭したい気持ちを優先させて、
子供に対峙してしまう親の心理なども、
なかなか “ 勝てない ” ものなのではないでしょうか?

泣く子や騒ぐ子を押さえこむのではなく、
泣く子も黙るテクニックが求められます。 

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目白駅界隈

2012年11月29日 18:54

目白通り

目白通りに面して学習院が在ります。
その向かい側に、目白小学校が在ります。豊島区立の小学校です。

息子Kが入学してから息子Yが卒業するまでの7年間、お世話になりました。

その目白小学校を建て替える工事が始まっています。
旧校舎は解体され、息子たちが通った学び舎も見る影はありません。

目白小学校解体工事

目白小学校は、学習院の官舎と馬場が在ったところに、
昭和4年に「高田町高田第五尋常小学校」として建てられたのだそうです。

昭和14年には、皇紀二千六百年と創立十周年記念式典が行われ、
目白小学校のシンボルである「ヒマラヤ杉」もこの時期に植えられたのだそうです。

昭和22年に「豊島区立目白小学校」と校名を変更し、現在に至ります。

目白小学校解体

では、いま現在、
目白小学校の児童たちは、何処に通っているのかといいますと、
夏休みが終わった2学期から、目白5丁目の旧・真和中学校の仮校舎です。
仮校舎が在る目白5丁目は、西武池袋線の椎名町駅の近くですから、かなり離れています。
そこで、目白小学校の敷地内からスクールバスで児童を送迎しているようです。

解体工事が終わって、いずれ新築工事が始まり、再来年2014年の2学期には、
新校舎の竣工を迎える計画だそうですから、それまでは不自由な生活がつづきます。

2014年の誕生日で孫娘は4歳ですから、入学するまでには、充分間に合います。 


ところで、目白小学校の校舎が解体されたのは寂しさが伴ないましたが、
こちらは、或る意味で朗報ではないでしょうか?

やっと、あの目白駅前のコマースが解体されるみたいなんですけど・・・

コマース解体

まだまだ!

2012年11月28日 23:59

きのうわたしたちが、
富士山を左に観ながら、東名高速道路を東京に向かって車を走らせていたころ、
富士山を右に観ながら、愛知県大府市の自宅に向かって車を走らせていたのが、
わたしの妹夫婦です。

福島県では、「あづま果樹園」「飯坂温泉」を訪ね、

宮城県では、石巻の「仮設恵み野団地」の集会所、
気仙沼で、三陸の海の恵みを届けている「株式会社マルニシ」
妹が、お菓子を代理販売している「ワークショップひまわり」を訪れ、

岩手県では、一日は大船渡の「後ノ入公民館」、
もう一日は、大船渡町の「平地域仮設公民館」に伺ったのだそうです。

義弟は、大道芸のパフォーマンスやマジックを披露し、
妹は、持参した南天の枝に9匹の猿を配った飾り物(難転じ苦去るの意味)を渡し、
クリスマスリース作りを指導したり、みなさんのお話を伺ったりしたのだそうです。

大道芸のパフォーマンスを観て、大笑いしてくださったり、
縁起物の猿の飾りを「正月に飾るものができてよかった」と喜んでくださったり、
クリスマスリースを作られて、「玄関に飾る」という男性もいらしたようです。

しかし、一見、東北独特の明るい人たちのようですが、
「二年振りに笑った」と仰有った方がいらしたのだそうです。

「被災地は、まだまだまだまだ!復興に至ってはいない」と、妹は云います。


景気対策・円高デフレ脱却・金融緩和・消費税・TPP・社会保障、
衆議院定数削減・外交・沖縄の基地問題・エネルギー政策・脱原発・・・
テーマや争点の多い国政選挙が近づいています。

どれも重要なテーマではありますが、
優先順位で言えば、やはり “ 被災地 ” の復興が最優先だと、わたしは思います。



駿河路

2012年11月27日 23:59

由比から観た富士山

牧之原からの帰り道であります。

第二東名高速道路ができましたが、景色はやはり東名高速道路、
わけても、上りの薩った峠のトンネルを出たところから広がる景色が一番でしょう。

正面には富士山、右にパーンすれば伊豆半島と駿河湾が広がっています。
歌川広重の「東海道五十三次」にも描かれた由比の景色は、静岡ならではでしょう。

歌川広重「東海道五十三次・由井」

雲間にそびえる富士山を観ながら、
きのうの嵐のような大雨から一転してよく晴れた駿河路を、久しぶりに家族でドライブしました。

富士山を背景に遊ぶ

足柄サービスエリアで休憩して、
孫娘に雄大な富士山を見せてやろうと思ったのですが、
雲に隠れて、なかなかその全貌を現わせてはくれません。

富士山をバックに

しかし、
久しぶりに、両親が揃って見守っているとあって、
孫娘の気分は上がりっぱなしです。

仕舞には、でんぐりがえしをして見せてくれました。

夫婦

でんぐりがえし

足柄SA

富士川SA付近

牧之原公演

2012年11月26日 23:59

昨日、福岡の博多座の千穐楽から羽田に戻ってきた息子Kが、
きょう、静岡県牧之原市の榛原高校と相良総合センターいーらで公演を行いました。

一、口上
二、歌舞伎のみかた
三、歌舞伎舞踊「石橋」が出来上がるまで
  (化粧と衣装の着付けを公開)
四、歌舞伎舞踊「石橋(しゃっきょう)」

こういった演目です。

約1年前から、公演のご準備をしていただいた主催者のみなさまには、
本当に、お世話になりました。
わたしからも、お礼を申し上げます。誠に、ありがとうございました。


さて、生憎の大雨のお天気の中を、それぞれの会場にお集まりくださった、
満員の観客の皆様のご期待の舞台の様子を、何枚か撮らせていただきました。

主催してくださった皆様に断りもなく、まことに失礼なことではございますが、
このブログに数枚を貼らせていただきました。


ところで、
わたくし、お芝居を観たときにも、お店でお食事をいただいたときでも、
基本的には、その感想をこのブログには書かないことにしております。
見方や感じ方、また味わい方は千差万別でございまして、そのいずれもが、
正しい答えだと云えるからであります。

つまり、感想を隣の人と共有できるとは限らないというワケです。
その人が思った通りで結構だという覚悟を持ち人に供することが、
芸であり、料理だと思うからです。

で、ありますから、きょうの二回の舞台の出来は、
ご覧いただいた皆様の、お目がご覧になったとおりで結構だと思っております。

榛原高校

化粧

いーら

「石橋」舞台

牡丹

獅子の眠り

「石橋」

毛振り

見得


「睡眠とアロマのセミナー」

2012年11月25日 23:59

きょうは、
「眠り」は「文化」という観点から捉えた活動をなさっている、
睡眠インストラクターの橋爪明子さんのお誘いを受けて、
「睡眠とアロマのセミナー」に参加させていただきました。

橋爪明子さんは、わたしたち夫婦の知人で、
わたしが代表を務める「異業種交流会FTN」の講師をお願いしたり、
かみさんが2ヶ月に一度主催している「日本文化を愛でる会」にご参加くださったりして、
ご本人は、「スタジオ・ソムニナ」を主宰されています。

ところで、朝早く太陽光を浴びることで、
体内スイッチが入るとか、セロトニンの分泌が促されるというので、わたしも実践しています。

ところが、それなのに未明に目覚め覚醒してしまうクセがあります。
そこで、夜中にテレビを点けたり、パソコンを見たりするのですが、
安酒のウィスキーを呷ることも、少なくありません。
所謂、ナイトキャップというやつです。
しかし、橋爪さん曰く、これらの習慣こそが、よい眠りを疎外しているのだそうです。

では、“ よい眠り ” とは、いったいどういう眠りのことなんでしょう?

目覚めたときに、身体も気分も極めてスッキリしているというような、
ベットのコマーシャルのような目覚めというものは、あるのでしょうか?
なんですか、それこそ “ 夢 ” のような話ですが・・・

そういえば、うちの2歳の孫娘の目覚めがそうですね。
孫娘は、我が家にお泊まりした翌朝目覚めるときに、
必ずといってよいほど、ニッコリ微笑んでスッキリした顔をして起き上がります。
ナニがそんなに嬉しいのかと思うくらいですが、
“ いい目覚め ” というのは、アレでしょうね!?

さて、そんなこのブログを、また未明に書いています。 



雑司が谷観光

2012年11月24日 23:59

雑司が谷霊園

散歩の途中でも、紅葉を楽しめます。
雑司が谷霊園の木々の葉が色づいています。

京都や日光もけっこうですが、此処雑司が谷でも秋の観光シーズンです。

雑司が谷霊園の紅葉

散歩中

雑司が谷霊園の中を歩いて、池袋に出て、また雑司が谷に戻ります。
鬼子母神堂の境内にそびえる、樹齢700年とも謂われる大公孫樹。

700年前って、鎌倉時代ですわね?

700回葉を茂らせて、700回葉を染めて、700回葉を落としているのですねぇ・・

鬼子母神の大公孫樹

大公孫樹

ロックンロールな夜?

2012年11月23日 23:59

ROCKな夜

フォークやジャズやシャンソンやフラのライブでしたら珍しくもありませんが、
わたくしナント、今夜はロックのライブに行ってきました。

そのライブは、今夜渋谷ラママで行われた、
SHIBUYA-La.mama 30th Anniversary 『relation』
ROCK'N'ROLL GYPSIES」と「THE EASY WALKERS」の初競演であります。

実は、ことし10月に、
わたしの友人で詩人の若狹麻都佳詩作の展示を観にゆきましたところ、
イージーTHE EASY WALKERS)の “ Ryu ” さんと、カメラマンのMさんに、
偶然にお遇いしたのです。
“ Ryu ” さんは、イージーのボーカリストで、彼らも若狹麻都佳のお知り合いでした。

そこで、若狹麻都佳から彼らを紹介してもらって、みんなでいっしょにビールを飲みました。

すると話題が、9月に放送された矢沢永吉さんのテレビドキュメンタリーのことに及び、
それから、すっかり意気投合してしまいまして、
「それなら是非、イージーのライブを聴きに来てください」という展開になったのです。

それがきょう11月23日で、場所は渋谷のラママだというのです。

そこで、若狹麻都佳と示し合わせて、ラママに出掛けました。
すると、学生時代の同期だったNも若狹麻都佳に誘われて来ていました。

出会い

実は渋谷のラママに、わたしは思い出があります。

むかし・・・30年ちかく前になると思われますが、
ラママのオーナー・Hさんが演出したオペラ「ジャンニ・スキッキ」を、
ラママで上演したことがありました。

わたしは、その公演の舞台監督を頼まれてやったことがあるのです。

わたしがラママを訪れたのは、そのとき以来でした。

Lamama.jpg

尚、観に行ったお芝居も、食べに行ったお店も、感想はこのブログに載せておりません。
ですから、初ロックライブでありましたが、その感想も記しませんけれど、悪しからず。 


市井の人々

2012年11月22日 21:12

参道

今朝早く、散歩の途中で気づいたのですが、
雑司が谷鬼子母神の参道の並木路が、
きれいに掃き清められております。

きょう木曜日は、
この地域では燃えるゴミの回収日ですから、
昨日から今朝にかけて、
このご近所のみなさんが掃除されたのであろうと思われます。

並木路の両脇のゴミ置き場に、
大量の落葉がゴミ袋に入れられて積まれておりました。

上を見上げますと、まだまだ並木の紅葉が楽しめますが、
いずれ落葉となることでしょう。

ご近所の方たちのお掃除の日々がつづきます。

落葉

さて、
散歩から帰って、コーヒーを飲んでおりましたら、
妹から、携帯にメールが届きました。

「車いっぱいの荷物を積み、いま山の畑の下を通過。
 みかん採りしているのが見えました。
 火曜日まで東北です。
 今回はどんな出会いがあるかなと、楽しみです。
 行ってきま~す。」

これは、妹夫婦が車で東北に向かって第二東名高速道路を走行中、
浜松市北部に在る、実家のみかん園の山の下を通過したら、
弟たちがみかんの収穫をしている様子が見えたと云っているのです。

妹夫婦がいっしょに被災地を訪れるのは、今回が2回目ですが、
妹にとっての訪問は、今回で4回目です。

今回の活動は、明日は石巻の仮設団地。
あと二日は、遠野まごころネットさんのマッチングで、大船渡だそうです。

大船渡では、地域の婦人部の方たちの忘年会に参加させていただくのだそうです。
義弟が大道芸をお見せしたいと申し出たところ、
それならと、被災後初めて催しを企画されて楽しみにしていて下さるのだそうです。

妹は、仲間と作った縁起物のお猿さんを大量に持参しています。
「難転じ、苦去る」という意味を込め、南天の枝に9匹の猿を配った飾りです。

フウセンカズラの縁起猿

そして道中、福島のあづま果樹園さん、気仙沼のマルニシさん、
大槌町の「たちあがれ!ど真ん中・おおつち」の事務所にも
寄ろうと思っているようです。

弟たちのみかんの収穫にしても、
妹たちの東北での活動にしても、
無事に終わってくれることを願った朝でした。


イザ、ギンザ、カブキザ。

2012年11月21日 23:59

歌舞伎座新開場

きょう、所用で銀座にでかけましたら、地下鉄の通路でポスターを見つけました。

「2013年4月 歌舞伎座 新開場」と書いてあります。

旧歌舞伎座の閉場式が行われたのが2010年の4月30日でした。
その後、解体工事が行われ、現在新しい歌舞伎座の建設中ですが、
来年の4月2日には、新しい歌舞伎座として初日を迎えるというのですから、早いものです。

それでは、新しい歌舞伎座は、どのような劇場なのでしょう?
歌舞伎ファンなら誰しも、ご興味のあるところでしょうが、
松竹のサイトに紹介動画を見つけましたので、お借りして貼らせていただきます。



新しい歌舞伎座が入る建物は、
劇場(歌舞伎座)とオフィスタワー(歌舞伎座タワー)を合わせた複合施設だそうです。
それらを総称して「GINZA KABUKIZA」と命名されるのだとか。
新たな銀座のランドマークになることでしょう。

message_img_05.jpg

キャッチコピーは、「イザ、ギンザ、カブキザ。」なんだとか・・・。

やはり、歌舞伎の中身で頑張ってもらわないと。



浅草のお酉様

2012年11月20日 23:59

鷲神社とスカイツリー

ことしは、二の酉までですから、
きょうの日が変わるまでにお酉様にお詣りしなくてはなりません。

そこで、毎年恒例浅草のお酉様に、かみさんと行ってきました。

所謂「浅草のお酉様(おとりさま)」は、鷲神社(おおとりじんじゃ)と云います。
台東区千束の鷲在山長国寺(じゅざいさんちょうこくじ)の境内に在ります。

列の最後尾についてから、お詣りするまで1時間強並びましたが、
なんとか、きょう中にすませることができました。

それにしても、信心深い人が多いのか、欲深い人が多いのか・・・

鷲神社の向こうに、スカイツリーが見えます。

鷲神社

鷲神社の祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)です。
鷲神社は、この両方の神様をお祀りしています。

天日鷲神は、天照大神が天岩戸にこもられたとき、
天岩戸の前で神々が踊りを始めましたが、その際に弦を奏でた神がいました。
すると、その弦の先に鷲が止まったのを見て、吉祥を表すといって喜ばれたので、
この神の名に鷲の字入れて天日鷲命としたのだと云われています。

またもう一人の神は、ご存知ヤマトタケルノミコト。
日本書紀」では日本武尊、「古事記」では倭建命と書きます。
ヤマトタケルが東征に向かうときに社に立ち寄って勝利を祈願し、
戦勝の帰途立ち寄ってお礼参りをしたという言い伝えがあります。
但し、ヤマトタケルは死んでから白鳥になったという伝説があるので、
鷲ではなく、白鳥なんですけどね・・・。

その鷲神社と云えば酉の市です。
毎年11月の酉の日の午前0時から24時間催されます。
ことしの酉の日は8日(一の酉)と20日(二の酉)の2回だけですからきょうが最後です。

縁起熊手

お詣りを済ませたら、みんな縁起熊手を買い求めます。
縁起熊手は、鷲が獲物をわしづかみする爪を模したと謂われ、
福をかき集めるとか、鷲づかむという意味が込められているのだそうです。

去年は、司法書士事務所を立ち上げて、独立開業したみきちゃんの熊手を買いました。
一年間、家や事務所の奥から玄関の方向に向けて飾ると福を掻きこむと謂われています。
そして、熊手を毎年少しずつ大きいものに替えていくのが習わしです。

熊手の大きさに合わせて、どうか大きくなりますように・・・。


月に叢雲、花に風

2012年11月19日 23:59

早生みかん

わたしの実家は、静岡県浜松市の三方原台地の奥地、
第二東名高速道路が通っている辺りで、みかん農家を営んでおります。

父は引退しましたが、
わたしの弟と、その長男が営農しています。

その実家のみかん園では、収穫が始まっています。
まずは、早生(わせ)の品種から収穫していますが、
そろそろ、中手(なかて)品種の収穫も始まるころです。

一年間、5ヘクタールのみかん園の手入れをしてきて、
やっと実ったみかんの実を採る大事な仕事です。
農家の人にとっては、張り合いと気合の入る仕事です。

照る日、曇る日だけではありません。月に叢雲、花に風・・・
台風の日もあれば、寒波が襲う日もあるのです。

みかんは、青く実ったそのときから、
葉や枝に擦られずに育てば、綺麗な実になります。
しかし、風で揺らされ葉や枝や他の実と擦りあわされれば傷ついてしまいます。
また、栄養がワルかったり、病害虫の影響でも汚いみかんになってしまいます。

ですから、
みかんは、ただ木に生っているのではありません。

貴方が、もしみかんを見てキレイだなぁと思われたら、
その実一つが、どれほどの手間をかけられたのか、想像してみてください。


上の写真は、甥っ子のブログから拝借しましたが、
極早生(ごくわせ)のみかんで、「高林」と云う品種です。
全体に丸みがつよく、張りのある早生みかんです。

わたしが農業高校でみかん栽培の勉強をしていたころは、
早生と云えば、「興津早生」「宮川早生」が主流でした。
こういった既存の品種から突然変異などの枝を見つけて、
新しい品種を開発してゆきます。
「高林早生」も「興津早生」からの枝変わりだそうですが、
高林さんという人のみかん園で高林さんが見つけたので、
「高林早生」という品種名になったのでしょう。

さて、
これから収穫が始まる「片山」という中手の品種があります。
早生よりは皮が厚く、貯蔵にも適していますが、
12月から1月のお正月前後に食べると一番美味いみかんだと、わたしは思います。

この「片山」は、
片山さんのみかん園で見つけられたので「片山」という品種名になりました。

しかし、見つけたのは、わたしの父でした。
徳島の農業試験場の技術者であった50年以上前に、父が片山さんのみかん園で
突然変異している枝を見つけ試験場で栽培し、のちに開拓した自らの園で増やして、
それが現在全国に拡がったのです。

しかし、その品種に父は自分の苗字をつけませんでした。
自分の故郷・徳島で発見された品種だということを尊重したのかもしれません。

いよいよ、みかんの収穫の本番です。
朝早くから寒風の中、12月下旬まで収穫作業がつづきます。
どうか天気に恵まれて無事に作業が終わるように、と願っています。

イメージ


丸浜みかん(丸浜柑橘農業協同組合連合会)ホームページ


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