あれからと云えば

2012年08月31日 23:59

一年前の8月31日、わたしは岩手県大槌町にいました。

あれから一年が経ちました。


岩手県大槌町は、
東日本大震災に因って、最も大きな被害を受けた自治体の一つです。
大震災前の人口約16,000人のうち、約1割近くが亡くなったり行方不明のままです。
家屋の6割が被災し、町役場も津波の直撃を受け、町長と職員の約4分の1を失いました。

あれから一年、大槌町はいまどうなっているのでしょう?
大槌町に限らず、被災地の情報が少なくなっています。
少なくなったのではなく、受け手が減ったということなのかもしれません。

それでも、ときどき接する大槌町に関する情報によると、
大槌町の復興も遅々として進んでいないように思われます。

あれから一年。


あれからと云えば、
友が最期にくれたメールは、大槌中学校で受け取りました。

友は、末期ガンだと宣告されていました。
自宅療養がつづいていましたが、わたしはメールと電話でやりとりしていました。

「一応経過入院ってことで、○○病院に昨日入院しました。
 とっても体調も現在気分よく過ごしてます。
 面会は、平日午後1時半、土日10時半だってさ。
 こう書いたからには、こちとら江戸っ子だからさ、
 キレイ奴はべらせて・・・な~んてね。
 退屈してるから、来てちょ」


「入院したかぁ・・・退屈だよな。
 甲子園も終わったし、民主党の代表選も終わったしなぁ。
 こっちは岩手の大槌町で河川敷の石コロ拾い。
 今から昼めしだ、ガレキ見ながら。」

「こっちより、体調気をつけてよ。無理するなよ!」

「元来、百姓なもんで、農民の血が騒ぐんだなこれが。
 また戻ったら顔を見に行くよ。」

「そうでした!話聴かせてくれな!」

これが、友との最期のやりとりになりました。

被災地のことにしても、友のことにしても、
わたしは、わたしの無力を感じています。


あれからと云えば、
野田さんが民主党代表になったのが去年の8月30日でしたから、あれから一年です。
つまり、野田政権も一年経ったということです。

わたしが総理大臣なら・・・と思うのは、わたしだけじゃないでしょう。


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上戸彩

2012年08月30日 23:59

「あそこ、カウンターの奥にいる人、・・・上戸彩に似てると思わない?」

「似てないよ、ぜんぜん違う」

「まえから見かける人だけど、いつもよく似た人だと思ってさ・・・」

そう思ったら、気になって仕方がありません。

「ねぇねぇ・・・、あのカウンターの奥の人、上戸彩に似てない?」

上戸彩ねぇ・・・」

「似てると思うんだけどなぁ・・・」


近くのお店に食事しに行っての、会話です。
明日、公文協公演の初日を迎える息子Kと、かみさんと孫娘と四人で食事しました。
みきちゃんは、研修で遅くなるんだとか。

保育園に迎えに行って、自宅に戻ってシャワーを浴び、孫娘と二人で、先にお店に到着。
既に、カウンターには上戸彩似の方たちは座っていました。
舞台稽古から戻ってきた息子Kが後から到着。そのときの会話です。

それより遅れて、フラの練習を終えたかみさんが到着。
9月2日に、文京シビックホールで「フラ・フェスタin大江戸」というイベントに出演するので、
練習も佳境です。

そのかみさんも、いまひとつといった反応。

「似てない?似てると思うんだけどなぁ・・・」

上戸彩さんと云えば、ご存じ!
1997年に第7回全日本国民的美少女コンテストの審査員特別賞を受賞して、
芸能界デビューを果たした魅力的な女優さんです。

イヤ!ホントに似てたんです。
でも、食事中にちらちら見てしまって、失礼なことでした。
しかし、多分あの人は、
あちらこちらでいつも「似てますねぇ」と謂われつづけていることでしょう。

一時期、わたしが「さだまさしさんに似てる」と謂われていたみたいに。
旅公演で長崎に行ったときなんか、主催団体の皆さんが集まった前で、
司会者が冗談に「きょうは、さだまさしさんが来ておられるとです」
と紹介してくださったら、皆さん本気(マジ)でその気になってしまわれて、
司会者が慌てて冗談だった旨ご説明しても、公演が終わるまで信じていた人がおりました。
長崎は、信心深い土地柄です。

それにしても、日本人は有名人に似ていることを面白がります。
多分、外国ではそれほど気にしないのではないかと思われます。
似ていることが気になるというのは、もしかしたら、日本人特有の感性かもしれませんね。

ところで、
あの人、上戸彩さんに似ていたんじゃなくて、ご本人だったかも・・・?

2012年08月29日 23:59

手

松本幸四郎さんは、何度も「奇跡」という言葉を口にされました。

息子である市川染五郎さんが、
一昨日27日に国立劇場大劇場で公演中に、舞台面から下がっていた迫り(セリ)に落ちた件で、
幸四郎さんがインタビューに応えて、現在の状況を話されていた際のことです。

報道では、「奈落に転落した」という表現がされていますが、
もし “ 奈落 ” まで落ちていたら、命がなかったでしょう。
“ 奈落 ” というのは、舞台や花道の床下、どん底のことですから、
高さにすれば、舞台面から下に10メートル以上はある地下のことです。

ですから正確には、下がっていた “ 迫り ” に落ちたのであって、
その高低差が3メートル程度だったことが、“ 奇跡 ” 的だったと云えましょう。

それにしても、舞台というのは怖いところです。

わたしも、30年ちかく前に、或る舞台の舞台監督を務めていたときの怖いエピソードがあります。
或る地方の劇場での仕込み作業の最中でのことです。
仕込み作業中に、その当時でも珍しい古い機構のバトンの綱元を操作しておりました。
バトンというのは、舞台上から道具や幕などの吊り物を吊っているバトンのことです。
バトンと吊り物を合わせた重量と、鎮(しず)と呼ばれる重りの重量とのバランスをとりながら、
それらを繋いだ太い麻ロープで操作します。

その仕込みで、バトンを下げて、既に吊ってあった幕を取り除く作業をしていたときに
その事故は起こりました。

幕を取ってしまうと、当然バランスが崩れています。
バトンは下がっていますから、重りは上がっているワケです。
バトンを上げ、重りを下げなければなりません。
その作業には、麻のロープをねじって止めてある円盤型のストッパーをはずし、
ねじったロープの摩擦をブレーキに使いながら徐々に重りを下ろすしかありません。
しかし、わたしにとって円盤型のストッパーは初めての経験でした。

案の定、円盤型ストッパーをはずすのと、ねじったロープの操作が上手くいかず、
徐々に加速をつけた何十キロという鉄の重りは落ち、下のパイプが凹み、
重りの代わりにバトンにしがみついていたスタッフは、
危うくバトンとともに天井に飛ぶところでしたし、
愚かにも手袋をしていなかったわたしの両手は、ずる剥けになっておりました。

舞台の作業で指を無くしたり、腕を無くした知り合いもおります。
脚立から落ちたスタッフもおります。舞台から客席に落ちた俳優もおります。
NHKホールで舞台スタッフの仕事をしていたときの話ですが、
アイドルだったKという少女がNHKホールの迫りに落ちたときに、
たまたま迫りにいて、彼女を受け止めたという人の話を聞いたこともありました。

舞台には、客席から見えない危険がいっぱいなのです。
それも、お客様を楽しませ、驚かせるための仕掛なのです。
劇場はただの箱ですが、そこに様々な世界を現わすためには、
舞台というその機構や道具を使いこなさなければなりません。

大丈夫だろうという慢心と、若気の至りで失敗したむかしの経験を、
我が手を見ながら思い出すと、いまだに股間が竦みあぶら汗をかきます。


きょうは、
息子Kが11月に行う劇場公演の打ち合わせがあったようです。

て

「第七回日本文化を愛でる会」

2012年08月28日 23:59

雑司が谷 寛

9月28日金曜日11:30~14:00
「雑司が谷 寛」を会場にした「第7回 日本文化を愛でる会」が行われます。

今回の講師は、飴細工師の水木貴広さんだそうです。

水木貴広さんは、地方公務員を経て20代で飴細工師に転身されたのだそうです。
その活動はジャパンタイムズル・モンド・マガジンなどの海外メディアでも採り上げられています。

水木貴広さん

吉田須美江さんとかみさんが主宰している「日本文化を愛でる会」も、
はやくも今回で第七回目に至りました。

「日本文化」という、具体的なようでいて、実は抽象的で曖昧な概念をキーワードに
講師を探して例会企画を練っているようです。

かみさんの話を聴いていただいた第一回に始まり、
第二回、田中幸雪さんによる、俳画の実演と俳句のお話
第三回、岩佐鶴丈さんによる、鶴田流琵琶の演奏とお話
第四回、市川弘太郎丈による、歌舞伎の実演とお話
第五回、新緑の京都を訪ねる旅行企画
第六回、小澤酒造株式会社の小澤京子さんによる、日本酒のお話

そして、今回の飴細工師の水木貴広さんの実演とお話という企画です。

落語はどうだろう?
日本舞踊がまだないじゃない?
狂言師の先生にもお願いしたらどうかしら?
芸能関係だけじゃなく、懐石料理については?
文化というなら、その基本となる米作りについてお話が聴けないか?
米だけじゃないでしょう、日本のみかんだって立派に日本文化だよ。
工芸は、建築は、冠婚葬祭は、祭りは、風習は、家族制度は、宗教は・・・、
その切り口は無限大です。

今後、どのような企画が実現するのか、楽しみにしています。



【第七回日本文化を愛でる会】

日時 9月28日金曜日11時30分~14時

会場 「雑司が谷 寛」

会費 6,500円
(税込、1,000円の飴細工お土産付、料理代を含みます。)

水木貴広氏

ポジティブ

2012年08月27日 23:59

きょうは、異業種交流会FTN8月例会開催日でした。

息子さんが、絵画修復師になるための勉強に赴いた地、イタリアのトスカーナ州フィレンツェ
そこで息子さんが不測の事態に遭ったため、急遽イタリアに向かった吉田須美江さんのお話を、
聴くことにしたのが、今回の例会でした。

フィレンツェ
photo by Sumie Yoshida

息子さんに起こったハプニングは、幸いに無事収まったのですが、
図らずも3週間のフィレンツェ滞在をすることになってしまった吉田須美江さんの、
その前向きさと行動力には、感動すら覚えるお話でした。

イタリアへのツアー旅行では実現しない一か所長期滞在で、
イタリア旅行というよりは、フィレンツェという地で“暮らし”たという事が、
とても稀有で貴重な体験になったようです。

有料の例会ですので、お話の内容は詳しくは記しませんが、
フィレンツェの生活そのもの、衣食住についてのお話。
街の創りかた、建物の保存状況、景観と人々暮らしのマッチングのお話、
食生活、住宅事情、そのご説明とともに、フィレンツェで生きる人々がどのように生き、
人生をどう捉えていらっしゃるかというお話から、フィレンツェが少し解ったような気がしました。

少なくとも、フィレンツェが身近に感じられ、
いつかフィレンツェに行ってみたいと、思いました。

それにしても、不測の事態で急遽出向いた異国の地で、
あれだけ前向きの行動をとられるその行動力には脱帽しました。

懇親会2012.8.27

例会が終わってから、近くのお店に移って懇親会。
モチロン今回は、イタリアン。

終電ちかくまで、フィレンツェの人々に倣って長いおしゃべりがつづいたのでした。

懇親会はイタリアン

イノベーション・ジレンマ

2012年08月26日 23:59

ビール

独りでハンバーガーのお店に入りました。

日曜日の午後とあって、休日のビジネスマンといった風情の男性と4人の若い男女、
それに、女性二人組がのんびりと昼食を摂っているようでした。

ハンバーガーでも(失敬)食べようかと来てみたのですが、
結局迷って、B・L・Tサンドとビールを一杯注文しました。
アボカドバーガーの食べ難さがマイナス点だったのです。

B・L・T

隣の席の話声をBGMに、遅い昼食をゆっくりいただきました。

このお会計が、B・L・T980円、ビール580円、合わせて1,560円。
ハンバーガーでも、同じような値段です。
世界中に在るハンバーガー・チェーン店でしたら、100円以下でいただけますから、
それを比べたら、かなり高いお値段でしょう。

しかし、ハワイの有名なハンバーガー店でも1,000円近くしますし、
日本では高くアメリカでは安く感じるバーガーキングなどでも、500円弱でしょう。


ところで、先日かみさんがニュースを見ていて、

シャープのなにがまずかったの?」

と質問してきました。そこで、受け売りながら、

「最高級のテレビを作って売ったらヒットしたのに、
あとから登場した、他国の品質はそこそこの安物にシェアを奪われたんだって。
世界には、そこそこの製品で安い方がいいっていう国もあるからね」

と説明しました。
すると、かみさんが、

シャープって、むかしは日本の中の安物ってイメージがあったけどね」

「・・・。」


皆が認める世界に一つしかない物だったら、己が値段をつけられます。
しかし、同じもの、同じようなものだったら、皆が価格を決めてしまいます。

高水準で価値も高く値段も高いものを作っていくのか、
そこそこの品質で、或いは最低限の機能で、安いものを作っていくのか、
貴方は、1,000円のハンバーガーを食べますか?100円のハンバーガーを食べますか?
わたしは、こんどは自分でB・L・Tサンドイッチを作ります。


BOSS

2012年08月25日 23:59

「あれっ!いま映ったのは・・・寛じゃないか?」
きょうの夫婦の会話は、そんな始まり方でした。

雑司が谷 寛
雑司が谷一丁目に在る、懐石料理のお店です。
現在経営しているのは、株式会社女将塾という会社。

日本旅館に伝わる“女将”をキーワードにマネジメント力に焦点を当て、
女将を養成しつつ派遣し、全国各地の旅館復活を請け負っている会社です。

以前は、かみさんの祖父が自宅としていた古い住居をつかって、
懐石料理店にしたいと云いだしたのは、亡くなったかみさんの母でした。

赤や緑色に塗られた漆の壁や、部屋の丸柱、
映画館人世坐の前に祀られていた人の世弁天さまや双竜の彫られた板戸、
かみさんの祖父で作家だった三角寛縁の建物です。

病弱だった母が、女将でしたが、
実際は、かみさんが女将を務め、一時期わたしが支配人をやっていた店です。

板前は、開店以来Kさんが板長を務めてくれていましたが、
Kさんは、去年の3月に亡くなってしまいました。

長年、店を切り盛りしてきたかみさんが、
女将の職を他の人に託したいと云いだしたのは、10年ほど前だったでしょうか?
母も亡くなってしまいましたし、
最初は趣味だったフラに、全力で向き合いたかったからかもしれません。
そんなことから人材を探していたかみさんが女将塾と出逢ったのが、
いまの「雑司が谷 寛」につながっております。

かみさんを始め、我々が培ってきたコンセプトや店の名もそのままに、
現在、株式会社女将塾が、新たな経営方針の下「雑司が谷 寛」を経営しています。


さて、冒頭の「寛じゃないか?」はなんのことかと云いますと、
サントリーの缶コーヒーのコマーシャルを見たからでした。

北大路欣也さんと樋口可南子さんが出演するCMの最初に登場する、
門構えの建物が、「雑司が谷 寛」だと思ったのです。

そう云えば、女将塾の社長Mさんから、
CM撮影の依頼があったと報告をいただいておりました。
商品名は教えてもらえないが、なんでも缶コーヒーのCMらしいということでした。

室内の撮影を受け容れますと、どうしても部屋が傷みますので、
むかしから、ご要望があっても、スチール撮影以外お断りしてきました。
ただし、外観を使いたいという要望にはお応えしてきましたので、
これまでにも、ドラマなどで使われたことがあります。

今回も同様に、料亭という設定で外観のみ使われておりますので、
室内の場面は、スタジオか他のお店で撮ったものと思われます。

さて、こちらがそのサントリーBOSS「超」のCM!

これがホントの寛コーヒー・・・


池袋演劇祭の仕掛人

2012年08月24日 23:59

第24回池袋演劇祭

むぅむぅ(義父)は、84歳ですが、むかし演劇青年でした。

しかし、映画館「人世坐」を経営していた作家・三角寛の一人娘(義母)と結婚したことから、
紆余曲折あったものの、映画館の経営者になりました。

むぅむぅは、三度の飯より映画が大好きです。(実際むぅむぅは、朝夕二食ですが・・)
引退した現在でも、いったい毎日何本の映画を観ているのでしょう?
テレビやら衛星放送やらDVDで、一日中映画を観ております。
映画館へも出掛けて行って観ています。京橋のフィルムセンターなど常連でしょう。

しかし、元は演劇青年ですから演劇も大好きです。
劇団四季には親友の田中明夫さんがいましたから、
当時劇団に在籍していた俳優さんの中には、親しい方がたくさんいます。
また、演劇プロデュース団体「五月舎」の本田延三郎さんと一緒に、
五月舎のプロデューサーをやったり、稽古場を提供したりしておりました。
劇団民藝劇団俳優座劇団文学座の公演もよく観ておりましたが、
なかでも文学座の杉村春子さんと親しくさせていただいておりましたので、
池袋のサンシャイン劇場で杉村先生が公演される場合には、
初日に必ず、当時わたしたちが直接経営していた「雑司が谷 寛」で、
杉村先生を囲む会を催しておりました。
因みに、その囲む会は、当代の市川猿翁丈、市川段四郎丈ご兄弟の母上で、
四代目猿之助丈のお祖母様でもある女優・高杉早苗さんもメンバーでいらっしゃいました。

ですから、
むぅむぅは、演劇好きが高じて映画館の地下に文芸坐ル・ピリエという劇場を創りました。
1979年7月のことです。

そんな小劇場の主になったむぅむぅは、池袋を演劇のメッカにすることを考えました。
そこでむぅむぅが発起して、行政やデパートや商店街などの地元に呼び掛けて始まったのが
池袋演劇祭です。1989年のことでした。云ってみれば、むぅむぅが仕掛人です。

池袋演劇祭前夜祭

ですから、ことしで24回目の池袋演劇祭ですが、
池袋演劇祭は、9月1日から30日まで豊島区内の劇場で公演される50団体がエントリーし、
一般応募した区民119名による審査が行われ、大賞などが決まります。

きょうは、サンシャインシティーの噴水広場で、
ことしの池袋演劇祭にエントリーしている劇団・集団のC M大会が行われました。

予告CM大会

各団体が、2分間で公演のPRをするというユニークな企画です。
むかしは、オープニング・パーティーで自己紹介する程度のことでしたが、
いまでは、公の場で大々的に行われる池袋演劇祭の名物イベントになりました。

CМ大会

公の立場を引退したむぅむぅですが、
いまでも池袋演劇祭の会長(豊島区舞台芸術振興会)だけは務めております。

そんなむぅむぅが主催者挨拶をし、
また日本舞踊家の姉が司会を務めるというので、覘きに行ってきました。

むぅむぅ久々の晴れ舞台です。


池袋演劇祭 ←サムネイル

公文協公演

2012年08月23日 19:00

公文協

出演させていただいている息子Kにとりまして、
6月7月の追善・襲名興行につづいて今月の八月花形歌舞伎と、
3ヶ月つづきました新橋演舞場での公演が、本日千穐楽を迎えます。

お暑い時季に、劇場へお運びいただきました皆様に、
あらためて、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。

今回経験させていただきました事を基にして、
息子は、今後も精進して参ることと思います。

これからも、見巧者の皆様のご指導とご鞭撻を、
わたくしからも、お願い申し上げる次第でございます。 


さて、
今後の息子Kの予定ですが、
少しお休みをいただいたあと、8月31日から9月26日まで、
全国公立文化施設協会主催松竹大歌舞伎公演」で、
関東・東海・中部・関西・中国・九州を巡演する巡業に出掛けます。

全国公立文化施設協会の公演と申しますのは、略して公文教公演と云います。
全国各地に在る公立の文化施設(○○市民会館とか△△文化会館というような)が、
主催して行う自主事業を全国公立文化協会が支援して行われる公演です。

歌舞伎公演の場合は、全国を東コース・中央コース・西コースに分かれて行われます。
その西コースに息子Kが出演させていただくワケですが、演目は以下のとおりです。

一、歌舞伎のみかた       市川猿弥

二、一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)
  
  熊谷次郎直実        市川右近
  妻相模             市川笑三郎
  白毫弥陀六実は弥平兵衛宗清 市川猿弥
  堤軍次             市川弘太郎
  梶原平次景高         市川寿猿
  藤の方              市川笑也
  源義経             市川門之助

三、女伊達(おんなだて)
  
  女伊達             市川笑也
  男伊達             市川猿三郎
  男伊達             市川猿四郎


各地で、歌舞伎を観る機会が少ない方たちや、歌舞伎をご覧になったことが無い方に、
歌舞伎専用劇場ではありませんが、出前した歌舞伎をご覧いただくよい機会です。
お近くの劇場で公演の節には、是非ご覧いただけたらと、思っております。

各地公演日程などの詳細は、こちら ↓ をクリックしてお確かめください。
全国公立文化施設協会主催 松竹大歌舞伎 西コース詳細
 

池袋カドヤ

2012年08月22日 23:59

カドヤ

きょうは、かみせんと池袋駅東口で待ち合わせして、
東口五差路の交差点から露地に入ったところに在る
大衆酒場カドヤ池袋店」に行ってきました。

意外に、かみさんと居酒屋に入ることは少ないのですが、
きょうの暑さは“居酒屋”の生ビールをグィーと、やりたい気分にさせました。

で、かみさんを誘ったのですが、
大衆酒場カドヤ池袋店」は、初めて入ったお店です。

そこで、きょうのブログはこのネタでと思って、店内を写真に撮ったのですが、
なんと、そのカメラをお店に忘れてきてしまいました。

毎日のようにお酒をいただく呑兵衛夫婦ですが、きょうは、二人でシコタマ酔いました。
そんなワケで、酔ってカメラを忘れたのでしょう。電話しましたら確認できました。
しかし、安いお店でも、飲み過ぎて一万円以上払ったら安上がりとは云えませんね。

ということで、写真ブログにするつもりでしたが、写真は明日載せることになります。
それまで、写真ブログの写真ナシ!



ということで、
カメラをとりに行ってきましたので、お見せします。

ブログ「店内」
 
ブログ 「生ビール」

ブログ「生キャベツ」

ブログ 「鉄板焼きホルモン」

ブログ「たまねぎスライス卵かけ」

ブログ 「ゴーヤチャンプルー」

ブログ「手羽ぎょうざ」

ブログ「エシャレット」

ブログ「山芋焼き」

ブログ「しょうが」

ブログ「カドヤ店内」



ヒューマン・ジャーナリスト

2012年08月21日 23:59

イラク戦争のときに、
ミサイル攻撃を受ける現地バグダットから、連日レポートを送っていた
ジャーナリスト・山本美香さんが、亡くなったという報道がありました。

山本さんは、シリアで、反体制組織「自由シリア軍」に同行取材中に、
政府軍側組織の乱射に遭い、被弾して亡くなったのだそうです。


想えば、山本美香さんは、印象的な人でした。

先に書いたように、最初の印象は、
戦地からレポートを送ってくる若い女性ジャーナリストといったものでした。

しかし、
その美貌もそうですが、見るからにきゃしゃな身体をした日本人の若い女性が、
紛争地・戦地に行って取材していることへの、素直な驚きがあったからです。

それは、わたしにとって印象的だっただけでなく、
日本テレビのニュース番組「きょうの出来事」のキャスターに抜擢されたことでも判ります。

山本美香さんのように、
アフガニスタンイラクシリアといった紛争地・戦地を取材するジャーナリストのことを、
所謂 “ 戦争ジャーナリスト ” とか、“ 戦場カメラマン ” と呼ぶことがあります。

しかし、
山本美香さんが書かれた著作「戦争を取材する - 子どもたちは何を体験したのか」は、
女性として、こどもたちの視点に立とうとした取材レポートです。

元・朝日新聞の記者だった山本美香さんの父上は、
「娘は、戦争で最も犠牲になりやすい女性や子どもの生活を世界に知らしめることを
一番に考えたヒューマン(平和)ジャーナリストでした。誇りに思っています。」

そう、取材に対して応えておられます。

他国の理不尽さや体制を批判し、愛国心や憂国を煽る “ 大義 ” も大事でしょう。
オリンピック選手の活躍に、こころ踊る気持ちも解ります。

しかし、
他国の戦争を人類共通のテーマとし、使命感をもって行動した人がいたことは、
日本人のわたしたちが、最も誇りとしてよいことではないでしょうか?

彼女の存在が、この戦争を止める一助になればと願います。


世の中への扉 戦争を取材する─子どもたちは何を体験したのか世の中への扉 戦争を取材する─子どもたちは何を体験したのか
(2011/07/15)
山本 美香

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経営者の孤独

2012年08月20日 23:59

太閤園

きょうは、全国的に猛暑の一日だったのでしょうか?
大阪でも、東京でも、そこにいた人が危ない暑さだったと云いました。

そんななか、
きょうは、「事業承継、話し合いの集い」に参加。
メイン企画「パネルディスカッション」のファシリテーターを仰せつかりました。

主催者が、「100人いれば、100通りの事業承継の形がある」と云うとおり、
同じ「事業承継」というキーワードでも、それぞれのご事情や特色があるものです。

しかし、
どなたにも共通しているのは、経営者の肩に乗っている責任の重さと、
経営者の苦悩と孤独でした。

「こんな思いは、ダレにも解ってもらえない。解ってもらえるハズがない」

そんな思いで、独り耐えていらっしゃる経営者の姿が浮き彫りになった集いでありました。
それは、生意気ながら思わず経営者の肩を抱きしめてあげたくなるほどです。

忌憚なくご自身のことをお話しくださった皆さまでありました。
3時間が、アッと云う間に過ぎたのでした。

集合写真

で、帰り道。

空港で待ち時間に、一気・・・飲み!

仕事のあとの、一気

飲み!




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