平寿司

2012年06月30日 23:59

新橋演舞場で上演しておりました「六月大歌舞伎」

初代・市川猿翁三代目・市川段四郎の五十回忌追善、
二代目・市川猿翁四代目・市川猿之助九代目・市川中車市川團子、襲名披露興行。

昨日6月29日、無事千穐楽を迎えました。

初日から満員満席がつづき、見巧者の熱烈なお客様の期待の眼差しの中、
澤瀉屋一門は、精一杯の舞台を勤めたようでございます。

お客様には、チケットの入手が困難な状況もつづき、
ご不便やご迷惑をおかけしましたが、どうかご寛容にご理解を賜りますよう、
わたしからも、お願いを申し上げます。

また、
ひきつづき追善・襲名興行「七月大歌舞伎」を、宜しくお願いいたします。

初お寿司

さて、
6月29日と云えば、息子Kの誕生日でもありました。
二十代最後の誕生日でもあります。

そこで、
六月大歌舞伎の千穐楽と息子Kの誕生祝いを兼ね、
孫娘に初めてのお寿司を食べさせるのも目的に、江戸川橋の「平(たいら)寿司」に行きました。

お造り

むかしから家族でお寿司をいただくときは「平寿司」に伺います。

まぐろ 小肌

うに いくら

〆さば

三浦の母が亡くなる前に、
「自分の通夜には、平寿司の巻物(生ものでなく)をお出しして」
と云い遺したお寿司屋です。

息子Yが産まれるとき、それを待つ間に、
息子Kが初めて入ったお寿司屋が「平寿司」です。

孫娘にとっての最初のお寿司は、「いくら」でした。


スポンサーサイト

ゲーム

2012年06月29日 23:59

ゲーム

辞書で「ゲーム」という言葉を引けば、
「プレー 遊び 勝ち負け 試合 勝負 勝負事」などとありました。

Wikipediaによれば、
「ゲーム(英:game)とは、遊びや遊戯と訳され、勝敗を決めるためのルールや環境または他人との相互作用を元にした普通楽しみのために行なわれる活動である。コンピュータゲームを指す場合もある。」
とあります。

しかし、なかなかこれだけの説明や定義では、納まりそうにありません。

きょうは、異業種交流会FTNの6月例会日でした。
講師に、某企業でゲーム開発やゲームポータルサイトの運用を担当されている、
石川岳さんをお迎えして、お話を伺いました。

ゲームの歴史や、ゲームの分類、現代ゲーム事情、そして、
コンプリートガチャと謂われる携帯のソーシャルゲームの問題など、
多岐に亘ってのお話しでした。

ゲームというものを通して、人間や社会や、人生までも考えるよい機会になりました。


子供の頃を思い出してみれば、
池に浮いた的を見つけたら、石を拾ってそれに向かって投げ、
命中するまで遊んだことがありました。

してみれば、射幸心というものは、人間が本来もっているものかもしれません。

ゲームには、丁か半かと偶然性を当てるゲームと、
一手一手、戦略と戦術で作戦を進めるゲームがあります。
どちらにも、人を魅了する力があるのでしょう。
その魔力から逃れられなくなる人が多いのです。

神経伝達物質の所為か、人が元々もっている向上心や射幸心や欲望の所為でしょうか?

それを云ったら、
ゲームとは、ゲーム機やゲームソフトといった概念の枠を出て、
スポーツも恋愛も仕事も商売も政治も戦争も、この世でのことは、
すべてゲームなのかもしれないと思えてきます。

例えば・・・、
Tシャツと短パンとビーチサンダルで飛び込み営業して成果を得たとします。
それは話題になります。
しかし、それはTシャツと短パンとビーチサンダルだったから、ではないでしょう。
そこには、相手の戦略や戦術や理由があったはずです。
それを読み解き、こちらの新たな戦略や戦術に利用するのが醍醐味でしょう。

人は、この世でなにをしたいのでしょう?なにをして、遊びたいのでしょうか?


遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。

「東京原子核クラブ」

2012年06月28日 23:59

東京原子核クラブ

静岡県の浜松は、演劇が盛んな土地です。

むかしから、児童劇団の草分け的な
「劇団たんぽぽ」という劇団があります。

劇団たんぽぽは、坪内逍遥に師事された、
小百合葉子さんという方が主宰者でいらして、
劇を始める前に、お話をしてくださいました。

小学生のときは、
学校に劇団たんぽぽが来て公演してくれるのが、楽しみでした。

 たんぽぽ、たんぽぽ、わたしのたんぽぽ・・・
いまでも劇団たんぽぽの歌を諳んじられます。

それから、高校生の頃は、「劇団からっかぜ」の公演を観ていました。
どん底」を初めて観たのも、劇団からっかぜ公演でした。度肝を抜かれましたけどね。
ですから、農業をやりながら、本気で劇団からっかぜに入団しようかと考えたほどでした。

それ以外にも、
わたしが高校1年生のときには、浜松高校演劇教室という催しがありました。
これは、浜松地域の全高校生が3年に一度、演劇を観る鑑賞教室でした。
つまり、高校生時代に一回は演劇を観ることができるわけです。

わたしが観たのは、劇団民藝公演「銀河鉄道の恋人たち」でした。
先月亡くなった劇作家・大橋喜一さんの戯曲です。
この芝居をもし観ていなかったとしたら、確実にいま此処にわたしは居ません。
わたしの人生を大きく変えるキッカケになった芝居でした。

そんなワケで、浜松演劇鑑賞会にも入会しておりました。


さて、
きょうは、俳優座劇場「東京原子核クラブ」を観に行ってきました。
今回は、俳優座劇場のプロデュース公演ですが、
劇団M.O.Pが上演したころから、ずっと気になっていながら見逃していた作品でした。

例によって、芝居の感想は記しませんが、
因みに、この戯曲を書かれたマキノノゾミさんも、浜松のご出身です。
わたしより3歳年下で、妹が通った高校の一年後輩です。

彼がもし、芝居と出逢ったと云える作品があるのなら、知りたいものです。
もしかしたら、それは劇団からっかぜの「どん底」じゃありませんか?
それとも、浜松高校演劇教室で観られた作品でしょうか?

いずれにしましても、
その芝居が、マキノノゾミの代表作「東京原子核クラブ」を創作する原点になったのかも、
しれませんからね。


心から

2012年06月27日 23:59

マニフェストに書いてなかったことを、やろうとするのは許せない。
マニフェストを書いたときの想定とは、違う事態だから仕方がない。

ともに、政治生命を懸けると云っています。

所詮、政治生命なんか懸けられても、国民のためなんて云われても、
被災地支援、原発再稼働、普天間基地移設、天下り、公務員制度改革、議員定数削減、
どれをみても、ナニをやっているんだという状態で、
消費税増税だけに命を懸けられてもなぁ・・という気分になるのは当然なんじゃないでしょうか?

総理は、なにを思いこんでおられるのか?
命を懸けるとまでいう根拠はなんなのか?
ならナゼ、街頭演説でシロアリ発言をしたのか?
それが、ナゼいま変わったのか?
そして、それがナゼ優先されるのか?
その問いに応えるべきでしょう。

また一方、
消費税増税に反対する側も、マニフェストに書いてないからというだけでなく、
マニフェストがナゼ履行されなかったのか?
出てくると云った財源が出てこなかったのはナゼなのか?
そして、消費税ではない財政政策はなんなのか?
その問いに応えるべきでしょう。

そんな背景の中で、きょうは各電力会社の株主総会が行われました。
機関株主(機関投資家)が多いのですから仕方がないのでしょうが、
個人投資家のなかでも、株価を上げるためには原発やむなしという人もいて、
脱・反・原発や、経営の透明性に関する提案は否決され、
再稼働や値上げ案が了承される、シャンシャン総会だったようです。

いずれの場合でも、
所謂、“壇上”にいる人に焦点があたりますが、わたしが気になるのは、
総理や執行部や、それに真っ向から反対する人よりも、
また、経営陣や、それに異議を唱える人々よりも、
衆議院本会議に欠席したり棄権した人たちや、会社提案の議案に賛成する個人株主たちです。

その人たちは、顔を見せません。
また、マスコミも、ほとんど取り挙げません。

一方で懸けられても困る命を懸けると云っている人たちがいる中で、
その命すら懸けないで、自らの意志を明確にしない輩なのです。

もしそれが国会議員であったのなら、
その議員のことは、憶えておきたいと思います。

むかし父が、
「総理大臣や国会議員を批判するのは、容易いことだが、
 総理大臣や国会議員なって、同じ批判をするのは難しい」
と云ったことがありました。確かに、そうでしょう。

しかし、
総理大臣や国会議員には、心から、心から、心から、その初心を求めたいと思います。



フェルメール

2012年06月26日 23:59

フェルメール

フェルメールを観てきました。

催しは「フェルメール光の王国展」で、池袋西武本店の別館で行われています。
招待券をいただきました。

この展示は、「re-create(リ・クリエイト)」と呼ばれるもので、現存する全フェルメール37作品を、
最新のデジタル・マスタリング技術によって再現しています。

このリ・クリエイトは、フェルメールが描いた当時の色調とテクスチャーを推測し、
原寸大で、所蔵美術館と同じ額装を施して一堂に展示したものです。

この企画を監修された分子生物学者の福岡伸一さんの説明は、以下のとおり。

「re-create」とは、
複製でもなく、模倣でもない。あるいは洗浄や修復でもない。
「re-create」とは、文字通り、再・創造である。
作家の世界観・生命観を最新のデジタル画像技術によって翻訳した新たな創作物である。
現存するフェルメール作品はいずれも数百年にわたる経年劣化のため、
今や失われてしまった細部がある。それはけっして元通りにはならない。
しかし、その細部にこそフェルメールの思想は宿っていただろう。
フェルメールがほんとうに描き出したかったことがそこに表現されていた。
(中略)
結果的にここに立ち上がったものは、
約350年前にフェルメールが描いたであろう色とコントラスト、細部の表現、
光の意図を解釈しなおしたものである。
「re-create」とは、原作の複写ではなく、翻訳であるとした私の考え方はここに由来する。
落下点とわずかに残された軌跡から、今は見えなくなってしまったその発射地点と
仰角を推定すること──「re-create」は、そのような意味での翻訳である。
現物はもはや本物にはなれないが、
翻訳は現物を超えた本物になりうるという逆説を実験的に志向したのが「re-create」である。
現物の中をいくら探しても、失われ、損なわれてしまって見えなくなってしまったものを回復する。
つまり、「re-create」とは、思想を創作的に表現した翻訳物なのである。
ここからフェルメールにもういちど接近することができるのではないか──そう私は考えている。


さて、世界中に拡散しているフェルメールを、一堂で観ることができる幸せ。
近づいてみればその質感こそ違いますが、多分色は当時のままに再現されているでしょうし、
フェルメール独特の構図や、テーマは損なわれることがありません。

それにしても、
フェルメール・ブルーとも呼ばれるフェルメールの作品で印象的な青色。
そのフェルメール・ブルーは、
高価なラピスラズリを原料とするウルトラマリンを調合して作るのだとか。
フェルメールが、その絵具の調合をさせていた一人の女中を描いたと謂われる
真珠の耳飾りの少女」またの名を「青いターバンの少女」は、やはり魅力的でした。

少女に、高価なウルトラマリンを材料に絵具の作り方を教え、その色を使い、
少女に、妻のものである真珠の耳飾りを着けさせて、ターバンを巻いたその女中を描いたという
真珠の耳飾りの少女」。

そのことを考えると、いろいろ想像をさせられます。
してみれば、あの少女の眼差しは一体なにを物語っているのでしょう?

貴方なら、この構図のなかに誰を描きますか?

構図

シルク・ドゥ・ソレイユ、バックステージツアー

2012年06月25日 23:59

atcl-tmpl_lasvegasshow_cirquedusoleil_o-vippackage_medium2.jpg

これは、決して息子自慢ではありません。

息子Yは、わたしたちが自慢するのをいやがります。
ですから、これは息子自慢ではなく、宣伝です。


息子Yが経営する会社は、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスに在ります。

Park Tour Services, Incパークツアー・サービス)」といいます。

以前は、グランド・キャニオンなどへの大自然ツアーを中心に、
オプショナル・ツアーを仲介している会社でした。
大自然ツアーの仲介は現在でも行っていまして、人気のツアーです。
しかし、会社全体に占める収入割合が、変わってきました。
エンターテインメント・ショーチケットの仲介で得る収入が増えたのです。

その理由は、
シルク・ドゥ・ソレイユのショー・チケットを “ 特別の条件で販売する権利 ” を得たからです。
シルク・ドゥ・ソレイユと、この契約を結んでいるのは息子Yの会社だけだそうです。

フランス語で “ 太陽のサーカス団 ” という意味をもつシルク・ドゥ・ソレイユは、
カナダを拠点に世界中で公演を行っている大規模サーカス団ですが、
その本場は、なんといってもラスベガスでしょう。
現在ラスベガスで行われているシルク・ドゥ・ソレイユの公演は、
代表作の「O (オー)」や「KA (カー)」を始め、全部で7つあります。

息子Yの会社では、
そのチケットを割引価格で提供したり、“ 売り切れ ” 公演のチケットや、“ VIP用チケット ” など、
通常ルートでは手に入らないシート・チケットを扱うことができるのだそうです。

そして、このほど、シルク・ドゥ・ソレイユと息子Yの会社が提携したオリジナルVIPパッケージとして、
ラスベガスで最もチケットの入手が困難だと謂われている、
O (オー)」の舞台の裏側を、特別に観られるバックステージ・ツアーと、
ベラージオの宿泊客でも入手困難な優待席(Section 103)のチケットと、
CDやプログラムなど$50相当のギフトバッグまで付いた、特別プランの発売を始めました。


それにしても興味深いのは、
あのシルク・ドゥ・ソレイユに単身乗り込んで行って、
あの息子Yが、どのような交渉を行ったのか、でしょう。

多分、こどもが繰り返し繰り返しねだるような、
アサーティブネスなコミュニケーションだっただろうと想像しています。

それにしても、子供の頃の彼を知っている者は、皆一様に驚くことでしょう。
息子Yが、シルク・ドゥ・ソレイユに初めて飛び込み営業したときに、
Tシャツ、短パン、ビーサン履きだったと知れば、尚更です。


【関連サイト】

「LasVegas Boom (ラスベガス・ブーム)」

「ラスベガス大自然ツアー」

「ラスベガス旅行総合サイト」

「ラスベガスブーム・ブログ」

「パークツアーサービス・ブログ」



「ヒバクシャ」インUSA

2012年06月24日 23:59

NYのゆみさんから届いたレポートを転載します。

ミラー博士

「ヒバクシャ」インUSA  海外リポート/アメリカ・タナカ有美

 「マンハッタン計画の技術者を父親に持つ米国人女性が明日家に泊まるから話を聞きに来ない?」

 被爆者証言活動で通訳のボランティアをしている友人から突然連絡があった。女性はニューヨーク市内の高校で証言活動を終え、数日後に現在住んでいるメキシコに戻るらしいことがわかった。またとない機会に私はすぐに「もちろん、行くわ!」と返答した。

 オッペンハイマー博士とともにマンハッタン計画に関わった技術者の父を持つシンシア・ミラー博士は、原爆投下7カ月後に生まれた。父親は131回もの核実験を目撃し、その姿は当時のナショナル・ジェオグラフィック誌にも掲載された。

 しかし、父親の仕事は極秘であり、家族でも話し合うことはほんとんど無かったという。同僚やその家族にも一度も会った事がなく、父親は仕事上、1年以上家を空けることも珍しくなかった。母親はまるでシングルマザーのようにミラー博士とお姉さんを育てたが、その苦労や心の内を誰かに話す事もできなかった。郊外にマイホームを持ち、国民が「アメリカン・ドリーム」に陶酔していた時代の事だ。

 しかし、父が仕事に行くというのは見えない放射能を家に持ち帰るということだったかもしれない。ミラー博士は自らを「生まれる前から放射能とプラトニウム中毒(Plutonium Poisoning)のヒバクシャだ」という。そして、母親は酒に依存するようになっていった。
  
 それだけではない。家族皆が健康を害したことも不安だった。ミラー博士は幼少のころから週に3度ほど体調を崩したという。医者に診てもらっても原因不明のままだった。大人になるまで頭の中でワイヤーが幾重にもねじれているような慢性頭痛に悩まされた。その頭痛が放射能の影響かもしれないと気がついたのはずっと後になってからだ。ミラー博士は、人は皆、頭痛を持っているのだと思っていた。ある時、友達ひとりひとりに尋ねた。「あなた頭痛ある?」不思議そうにミラー博士を眺める友人たち。生まれて初めて、自分だけに起きている事だと知った。 

 自らの健康を害し、病気と闘いながら彼女は長い間、広島・長崎の被爆者に対して罪の意識を持っていたと語る。自分自身を忌み嫌い、命を絶つことも考えるほどだったという。

 この5月、ミラー博士はニューヨーク市内の高校で広島被爆者たちとともに体験談を語る活動を行った。証言活動を始めたばかりだが、自分では活動というよりも、癒しの過程(ヒーリング・プロセス)と捉えている。博士号を取得し、カウンセリングをなりわいとする彼女らしい姿勢だと感じた。父親が関った核実験証書コピーを見せてくれたが、その一枚一枚が彼女にとってはとても大事な証しだ。 

 私が知る日本人の被爆者の方々は、様々な苦悩や病気と闘いながら生きてきた人生の中で少なからず「怒り」を体験したのだと思う。証言活動の中で最終的なメッセージが「許し」だという人を何人も見てきたからだ。

 怒りからは何も生まれないと悟り、それを若い世代に伝えている。ミラー博士にとっては「感謝」がメッセージであり、人生のテーマだ。両者が見ている先にあるのはただひとつ、「命を貴び感謝しながら生きること」だと私は思っている。 (ニューヨーク在住)

でも・・・

2012年06月23日 22:08

昨日、
国会の周りを何万人もの人々が、原発反対を主張してデモを行ったのだそうです。


きょうは、くどくどと書きません。手短に記そうと、思います。

きょうは、沖縄慰霊の日です。

こういった、一つの歴史からでも、学べることは多くあります。
その一つは、国は間違いを犯すことがあるということです。

その国とは、ダレのことでしょうか?

皇室でしょうか?
為政者でしょうか?
議員でしょうか?
学者でしょうか?
報道に携わる人々でしょうか?
商売人でしょうか?
農民でしょうか?
漁民でしょうか?
猟師でしょうか?
学生でしょうか?
役人かもしれませんが、そう、われわれひとり一人のことでしょう。

われわれひとり一人が、まず事々を省みる必要がありはしませんか?

それをしなかったとしたら、
これまでの災禍や戦争で亡くなった人々や、
その悲しみを受けおってくださった方々に、本当に申し訳ないことです。

ですから、
わたしは、デモには行きません。
たぶん、これからも行かないでしょう。
それが、わたしのやりかたです。

デモ・・・、原発には反対です。原子力に反対します。断固反対します。




もったいない

2012年06月22日 23:59

風呂

孫娘を保育園に迎えに行って、帰宅すると風呂に入れます。

帰宅すると、すぐに遊びだし、「お風呂にはいろ!」と云うと、いやがりますが、
抱いて風呂に向かうときには、うれしそうに笑っています。

孫娘が湯船に浸かっているときの遊びは、お湯の汲み出し。

我が家には、いたる処に水が半分ほど入ったペットボトルが置いてあります。
毎日のように地震の揺れを感じますが、ときどき地震かどうか判らないときがあって、
ペットボトルの中の水で判断しているのです。

そのペットボトルは、風呂場にも置いてありまして、
孫娘は、そのペットボトルを使って風呂のお湯を入れて、洗い場に捨てるのです。

プクプクプクとお湯を入れて、「ジャー」と云いながら捨てています。
なにが面白いのか、楽しそうになんどもそれを繰り返しております。

風呂場には、ネコの如雨露もあるのですが、
ネコは、お湯を入れると重たくなるようで、きょうはペットボトルを使いました。


ところで、
明日6月23日は、沖縄戦が終結したことにちなんで沖縄が定めた慰霊の日です。

その沖縄が日本に復帰する前に、復帰後の沖縄に農産業を興そうという目的で、
現地調査に行った父に、徳島の父の実家に預けられたことがあります。

なぜ、預けられたのかと云えば、母は身重だったからです。

50年前の1962年、昭和37年のことです。
臨月を迎えていた母と3歳の妹を浜松の家に残して、5歳のわたしを徳島に預けて、
父には、お金にもならない活動をやる余力がよくあったものだと思います。

開墾をした畑のみかんの樹は、その年の秋に初めて収穫を迎えたのですが、
父が沖縄に行ったときは1月ですから、お金をどう工面したのでしょう?


さて、
徳島の父の実家に預けられていたとき、わたしには忘れられないことがあります。

徳島の家の風呂は、薪で焚く風呂でしたが、
わたしが風呂の水を抜いたので、祖母に叱られたのでした。

わたしは、遊びで風呂の水を抜いたのではなかったのです。
祖母の手伝いをして褒められたかったのです。
しかし、その風呂の水は入れたばかりの水でした。
おまけに、すでに風呂を焚いていたのでした。
祖母は、多分わたしが面白半分に水を抜いたのだろうと思ったことでしょう。
祖母に叱られたのは、前にも後にもそのときだけだったと思います。
孝行が仇になった情けなさと、珍しく叱られて悲しかったことを憶えています。

いま思えば、当時の風呂は貴重だったのです。

水も貴重でしょうが、
燃料にする薪は、祖父が何時間もかけて山から背負ってきた薪だったからです。
それを燃やして焚く風呂は、祖母にとって貴重なものだったでしょう。

そんな暮らしには、
生活のなかでやってよいことと、やってはいけないことが厳然とあったのでした。


さて、きょうはそんなことを思い出しながら、
孫娘が風呂の湯を洗い場に捨てているのを眺めておりました。

ここは、ホントは叱らなければいけないでしょう。
「お湯がもったいないから、捨てちゃだめだよ」と・・・。

しかし、
こちらも、水道やシャワーを出しっ放しで使っている大人です。

世界の中には、清潔な水のない国や地域も多いというのに、
日本人は水に関して本当に贅沢な暮しをしています。

あらためて、資源やエネルギーについても、
ちゃんと孫娘たちにも伝えるべき時代がやってきましたね。



異業種交流会FTN2012年6月例会

2012年06月21日 17:40

イメージ

1978年、わたしが22歳でまだ学生だった頃のことです。

わたしは、飲み屋でアルバイトをしていました。
「破羽巣(ハウス)」という名のその店は、先輩が経営していましたが、
店主自ら飲んでばかりいましたし、もう一人のアルバイトのHクンは下戸でしたが、
瓶のカルピスを、ほぼ毎日一本空けていましたから、赤字でした。 

ほとんどが、母校の学生で占められていた店でしたが、その店が活気づいていたのは、
友だちの家に遊びにきているような気軽さと、ツケでも飲める気安さもありましたが、
もう一つの理由は、一台のゲーム機が置いてあったからでした。

当時、世の中に出たばかりのそのゲーム機は「スペースインベーダー」と云い、
テーブル形式のゲーム機でした。

ブロックの隙間から、何列もの編隊を組んで攻めてくるインベーダーを撃つという
極めて単純なゲームでしたが、ときどき現われるUFOを撃ち落とすとボーナスを得られるという
サプライズが、ゲームの魅力を増していたように憶えております。

一杯注文してから、ずっとピコピコやっているお客もいたほどでしたが、
一回百円だったゲーム機が、いい加減な飲み屋の売り上げを支えてくれておりました。

わたしにとってゲーム経験と云えば、その「スペースインベーダー」くらいです。
但し、お金は注ぎ込まずにすみました。

一回毎にゲーム機のコンセントを抜けば、タダでゲームができたからです。

あれは、呑気な時代でした。
しかし、いまやゲームも進化し昇華し、一つの文化を形成するようになりました。
文化である以上、さまざまな問題も文するところです。

さて、そんなワケで、今月の異業種交流会FTNは「現代ゲーム事情」について、
某企業で実際にゲームの開発やゲームポータルサイトの運用を担当されている、
石川岳さんにお話を聴こうと思って、講師をお願いしました。

個人的なことですが、わたしは彼を2歳のときから知っています。


【異業種交流会FTN2012年6月例会】 ※注意!今月は池袋です。

【日 時】 6月29日(金)19時~21時

【講 師】 石川 岳さん(某IT企業・ゲーム事業担当)

【テーマ】 ゲームとの上手なお付き合い

【講師からのメッセージ】

 最近テレビCMでも増えてきている「ゲーム」ですが、
 色んな方向から問題視されるケースも少なくありません。
 「時間がない」「よくわからない」「子供にさせたくない」
 そんな風に思っている方もきっといらっしゃるでしょう。

 そこで今回は、そんな「ゲーム」にどう接したらよいか?から、
 世界を跨いで各国ごとにおける「ゲーム」の遊び方、
 そして本来の「ゲーム」のあるべき姿・・などなど、
 更に「ゲーム」の落とし穴までお話できればと思います。

 偏に「ゲーム」と言ってもケータイからゲーム機まで、
 多種多様な「ゲーム」が溢れるこのご時世です。
 「ゲーム」に対する不安や疑問を払拭したい!
 なんて思われている方は気兼ねなくご質問ください。

 あなたの生活に「ゲーム」を採り入れる事で、ちょっとした数分の隙間から、
 暇な一日まで、ライフスタイルを潤わせる「ゲーム」をご紹介します。


【場 所】マイ・スペース&ビジネスブース池袋西武横店「5号室」

【住 所】豊島区南池袋1-16-20ぬかりやビル2F

【電 話】03-5960-0056

【アクセス】

 池袋駅東口に出て右方向へ西武デパートに沿って歩きます。
 大きな五差路の交差点を進行方向に渡って2つ目のビル2階。
 入り口右側の「山ちゃん」という店の看板が目印(徒歩3分)

【地 図】 ここクリック

【参加費】 1.000円
      
【申込方法】

 下記のアドレス宛てにメールでお知らせください。
 メールには、参加者のお名前とメールアドレス、携帯番号を明記してください。
 goodjobcoach@yahoo.co.jp (FTN代表・三浦秀和宛)
 定員に達したら、お申し込みは締め切らせていただきます。

【懇親会】 例会後、近くのお店で懇親会を行います。(別途費用/参加自由)




老々介護

2012年06月20日 22:08

紫陽花

多分、アルカリ性の土壌のせいでしょう。紫陽花が赤みを湛えています。


最近、葬儀がつづきます。

きょうも、お通夜にお参りさせていただきました。
友人のお姑さんが亡くなったのでした。

お姑さんと同居していた友人ですが、
最近、母上の食が細くなってしまったのだと聴いていました。

86歳でいらしたので、食が細くて当たり前でしょうが、
食事を召しあがらなくなると、心配なものです。


それにしても、他人事ではありません。

我が家も、84歳のむぅむぅ(義父)と私たち夫婦の同居生活です。
息子Kの家族は、近くに住んでいますが、同居ではありません。

むぅむぅの場合、人間ドックで検査しても異常はありませんし、
歯もすべて自分の歯で、挿し歯や入れ歯のない健康な人ですが、やはり弱りました。
特に歩き方を見ると、しばらく遇っていない人は驚きます。

それでも、
独りで映画を観にゆき、日常は独りで生活をしています。
孫娘が来ていると、遊び相手にもなってくれます。

「最近、むぅむぅと云って寄ってきてくれないなぁ・・」
と、愚痴を云っておりましすが、先日もたくさん歌を歌ってあげていました。

むぅむぅは、その世界では貴重な経験もし、多くのリソースをもっているはずですが、
随分世間から遠ざかってしまいました。
わたしたちから見ると、自ら好んで遠ざかったように思います。

しかし、いまでも毎日数本の映画を観て暮らしています。
仕事として映画を観るのではなく、もはや自分の趣味としてだけの映画観賞です。

一体これまでに何度その映画を観たことだろうか、というような往年の名作を、
居眠りしながらでも、毎日観つづけています。

映画館のボリュームで映画を観るので、お隣に気を遣います。

それでも、そんなむぅむぅのお陰で、いまの我々があります。
そんなむぅむぅが元気でいてくれるので、いまの我々はすきなことができるのです。




メリー・ポピンズ

2012年06月19日 23:18

カサ

浜松市北区辺りでは、累加雨量150㎜以上の雨が降ったらしい。
バケツがひっくり返るっていうより、風呂桶がひっくり返ったようかな?

静岡県牧之原市、細江、静波、勝俣、片浜の150号沿いでは、停電が650世帯。
中部電力の情報では、復旧の見通しが未定で、台風が通過後確認作業をするんだって。

牧之原のジィジは、台風が通過するまで待機。タイヘンだ!

気象庁6月19日22時30分の発表。
台風4号は、19日21時には飯田市の南南西約50kmにあって、北東へ毎時70kmで進行中。
中心気圧は970hPa、中心付近の最大風速は30m/s。
この台風は、20日9時には宮古市の南東約120kmに達する見込みで、
その後、温帯低気圧に変わり、20日21時には襟裳岬の南南東約170kmに達するだろうってさ。

東北の方向には、行かないでもらいたいなぁ・・・


さて、夕方わたしはごきげんでした。

雨が降っていたので、保育園から帰ってから、
買ってもらったばかりのカサをさして遊んだのでした。

バァバがYouTubeで見せてくれた「雨に唄えば」が、やりたかったなぁ・・・。

ときどき、風が吹いて、カサが飛ばされそうになって怖かったケド、
カサが飛ばされたら、それにつかまってメリー・ポピンズになりなさいって、
ジィジが云うんですが・・・メリー・ポピンズって、ダレ?

傘






最新記事