岩手県 大槌町安渡

2011年08月31日 22:24

朝、6時起床

昨夜、10時40分頃地震がありました。
寝入ったばかりでしたが、
大きく長く揺れたように感じました。
それにしても、慣れない寝袋でイビキの大合唱のなかでしたが、
夜行の寝不足と、日中の作業の疲れのせいで、
ほぼ熟睡しました。

日頃の不眠は、なんなんでしょうね?

さて、
今日の作業は、大槌町安渡。
津波で流されたり倒壊した建物は既に撤去され、
町は一面遺された住宅の、基礎のみの風景です。

その住宅の敷地に一面草が繁っています。
その草取りと、土の中からガレキを掘り出すことが、今日与えられた作業です。

ガレキを掘り返すと、ガレキと一緒に写真や小銭が出ました。
食器やCDや女性の鞄なんかもありました。

そして、わたしは骨を見つけました。
小さな棒状のものと、頭部の一部と見られる破片二つです。

報告して、本部のほうで調べるようですが、
まだ人間かどうか分かりません。

大槌町では、当時の町長を含む1400人の方々が亡くなり、
650人の方々がいまも見つかっていらっしゃらないそうです。

今日で、8月もおわりですね。
明日は、防災の日。
被災地で迎える、防災の日というのも、
感慨深いものがあります。

備えよ!常に。
ですかね?

東京に残した、家族も心配です。

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岩手 大槌町

2011年08月30日 23:59

携帯電話を使ってブログを書いております。
したがって、改行点などがおかしいかもしれませんが、悪しからず。

昨日、新民主党代表が決まったようですね。
それはとりもなおさず、新総理大臣が決まったことを意味しますが、
興味深いことに、新代表、今日選出された新・総理大臣は、野田佳彦さんなんだそうですね?
興味深いというのは、くるときが来たと申しましょうか、時代を感じると申しましょうか?
初めて、わたしよりも若い人が、総理大臣になるということでありますよ。 
野田さんは、1957年5月のお生まれ、私は1956年12月です。
僅かな差ではありますが、総理大臣が年下というのは、「もうそんな歳かい」と思わせます。

まぁ、肝心なのは年齢じゃありません。
政策とリーダーシップですがね。

偏見と独断で申し上げれば、
アプレゲール団塊の世代と謂われた人たちの特徴と謂われるように、
花火を打ち上げておいて、後始末ができなかったり、議論好きの人たちと違って、
シラケ派とか三無主義だと謂われたわたしたち世代の方が、よっぽどリアリストです。
そういった意味で、野田さんに期待することにいたします。
かと云って、期待はずれでも、ガッカリしないのがリアリストですが・・ 

なぜいまリアリストが必要なのか、被災地に来れば解ります。

今朝、岩手に到着しました。
途中のサービスエリアで休憩と朝食を摂って、現地入りしました。
盛岡市かわいキャンプ(かわいいキャンプではありませんよ!)のマッチングで、
きょうは、大槌町の河川敷で作業をしました。
ガレキいっぱいだった河川敷も、いまはきれいに片付いたように見えますが、
川底を見ると、残骸が沈んでいます。
その河川敷の土を耕して、菜の花の種を撒くんだそうです。
今日は、土を耕して石コロを拾い集める作業です。
こうなれば元々百姓ですから、農民の血が騒ぎます。
来春の4月には河川敷に菜の花が咲き誇るかも、しれません。

夕方、作業を終え、宿舎でもある盛岡市かわいキャンプに戻りました。

今日は、作業している最中に、
三日前に当選した大槌町の町長が回って来て、握手して挨拶してくださいました。

国のトップとは比べてもしかたがありませんが、いずれもトップは大変ですよね。

被災地で作業していると思いますけど、
まず、目の前にあることを片付けましょうよ。
目の前の草を刈りましょう。
足下の石を拾いましょう。
広く大きなことをやろうと思いますと悩みますが、
国も地方もボランティアも、目の前のことを一つひとつ、一歩一歩からですよね。


30年ぶりの盛岡へ

2011年08月29日 20:00

孫

「孫」

作詞 荒木良治  作曲 大泉逸郎

1 なんでこんなに 可愛いのかよ
  孫という名の 宝もの
  じいちゃんあんたに そっくりだよと
  人に言われりゃ 嬉しくなって
  下がる目じりが 下がる目じりが えびす顔


2 もみじみたいな 小さな手でも
  いまにつかむよ 幸せを
  仕事いちずで 果たせなかった
  親の役割 代りの孫に
  今は返して 今は返して いるところ


3 春になったら 飾ってあげる
  桃の節句の ひなかざり
  きりょう良い娘に 育っていつか
  嫁に行く日が 来たその時は
  祝い言葉を 祝い言葉を かけてやろ


光陰矢の如し、
わたしも、孫をもつ身になりました。


東京駅丸の内口、21時30分発の夜行バスで、岩手の盛岡に向かいます。

盛岡に向かうのは、何年振りでしょうか?
旅した際の盛岡駅の乗り換えを除けば、約30年振りでしょうか。

昔、付きあっていた人と別れたとき、
後輩に頼んで、2トントラックで一緒に彼女のアパートの荷物を盛岡まで運んだことがあります。

道中、トラックを運転していると、助手席に座っている後輩に、
「先輩!ホントに別れちゃうんですか? ホントにいいんですか?」
と、しつこく訊かれたことを、思い出します。

盛岡まで荷物を運んで、彼女と彼女のお姉さんと後輩と、4人でわんこそばを食べて、
帰りに平泉中尊寺に寄り、金色堂を見ました。

あの彼女は、宮沢賢治と芝居に拘って、いまも活躍しているようです。


今回は、多分わんこそばは食べられないでしょう。
しかし、帰りに平泉に寄るのだと、日程表には書いてあります。





大阪松竹座「九月大歌舞伎」

2011年08月28日 19:01

pl_sh1109.jpg

息子Kが、昨日大阪に向かいました。
東京で、稽古をして、夕方の新幹線に乗ったようです。

約ひと月留守にする家を出るときに、娘と涙のわかれをしたのだと、
みきちゃんが云ってました。 

さて、昨日が稽古初日ですが、本番初日は9月1日です。
新劇出身のわたしには、よくそんな短いお稽古で本番が迎えられるものだと不思議ですが、
歌舞伎俳優たちに云わせれば、新劇はひと月もひと月半もなんの稽古をするのだと、
それが不思議なのだそうです。

その大阪松竹座「九月大歌舞伎」は、興味深い演目が揃いました。

昼の部

二代目・市川猿之助(市川猿翁)さんが創ったという「悪太郎」は、
市川右近さんを始め、勿論息子Kにとっても初役です。
右近さんが、憎めない愛嬌のある悪太郎をどう演じられるか、楽しみです。

父・市川團十郎さんの十八番「若き日の信長」の信長を、
今回は、息子・市川海老蔵さんが演じます。
父上以上の迫力が観られるか、期待したいと思います。

市川團十郎さんが演じられる「天衣紛上野初花」の河内山宗俊
当たり役と謂われる團十郎さんの河内山。
人物の大きさや色気と愛嬌、名セリフも楽しみです。

夜の部

三代目・市川猿之助さんが創られた「華果西遊記」所謂、孫悟空のお話です。
猿之助演出のスペクタクルな舞台をお楽しみいただきたいと思います。
息子Kは、今回もなんとか「猪八戒」のお役を免れ、「沙悟浄」で頑張ります。

歌舞伎十八番の内「勧進帳
これはもう、武蔵坊弁慶を演じる市川海老蔵さんと、
團十郎さんの富樫左衛門との掛け合いが見ものでしょう。

幸助餅」は、落語や松竹新喜劇の演目でもある人情喜劇です。
雷という贔屓の関取りに入れ揚げて、商売が傾いてしまった餅屋の幸助(中村翫雀)。
道で再会した雷に感謝され、やっとの思いで借りた30両も祝儀に渡してしまいます。
それを女房に知られた幸助が、なんとか30両を返してもらおうと雷に頼むのですが、
雷(市川右近)の口からは、意外な言葉が・・・
息子Kは、勿論 相撲取りの役でございます。             

2011大阪松竹座


法定相続人

2011年08月27日 23:59

わたしは、四国は、徳島県勝浦郡の生まれです。
わたしは、小さな町の病院で産まれました。

さて、その町に在る父(次男)の実家は、去年亡くなった伯父で三代目です。
わたしの、曾祖父・・・つまり曾おじいさんが初代です。

昔、農村では、総領息子と云えば長男でした。
あとの次男、三男、四男は、今のように、
法定相続人などという認識がありませんでしたから、
長男が、全財産を受継ぐのが当たり前。
そこで、次男以下の兄弟は、家から出て、地主自作農民に頼んで、
働かせてもらうのでした。

小作農民として働いて、食べさせてもらって、
頑張れば、少しでも土地を分けてもらうことが出来たのでした。

つまり、労働力を売り物にして、
地主や自作農民のところで働かせてもらって、少しずつ土地を増やすと、
小作農民として評価もされ、土地も手に入れやすくなるのでした。

ですから、時代劇ではよく、村の代表として庄屋(地主)が登場したりしますが、
代々小作農から自作農に成り、土地を増やして小作農民に貸すにまでなったというのは、
その代々の人たちが頑張ったからなので、その家は農民の鑑、英雄なのです。

父の実家は、大正時代に曾祖父が国から払い下げられた国有林を買って、
みかん畑に開墾しました。
祖父がその事業を継いで開墾を完成させ、伯父がその畑を継ぎました。
しかし、伯父には子がありません。
伯父が去年亡くなって、本家を継ぐ者はいなくなったのです。

さて、こんな場合、どうしたらよいのでしょう?
サラリーマンの遺産相続と違って、農家のそれは複雑です。
法律上の考え方だけでは、当てはまらない感がいたします。

代々の先祖が頑張った本家を絶やすのは、忍びない。
とは言っても、相続したら負担になる・・・
かといって、国庫に納めるのは・・・

きっと全国に、こういった例が沢山あることでしょう。

こんな場合は、法定相続人が集まって司法書士に相談することをお薦めします。
全国の司法書士さんも、積極的に働きかけてもらいたいと思いますよ。






遺産相続

2011年08月26日 23:59

貴方は、「司法書士」と「行政書士」と「税理士」と「弁護士」の、
業務(資格)の違いが、お解りですか?

税理士」と「弁護士」の違いは、なんとなくお解りでしょうが、
司法書士」と「行政書士」の場合は、いかがでしょう?

いずれも国家資格で、資格取得は困難な職業ですが、
その役割は、重なる部分もありながら、専門分野は違っているようです。

そもそも、所轄省庁も違います。
弁護士と司法書士は、法務省。
行政書士は、総務省。
税理士は、財務省です。

そこで、
きょうは、「遺産相続」という、誰しも人生で何度か関係するテーマで、
みきちゃん・・・司法書士の三浦美樹さんを講師にお招きして、お話を伺いました。

異業種交流会FTN8月例会です。

よく、「遺産相続手続き」を業務として看板を掲げているサイトを見かけます。
そのサイトが「司法書士」の場合も「行政書士」の場合もあります。

しかし、どちらの書士に依頼したらよいのでしょう?
どうも、こういうことのようです。

所謂「遺言書」の作成や、「相続人」の調査と確定、「遺産分割協議書」の作成、
といったところまでは、司法書士も行政書士も業務にできます。

しかし、その後の「相続登記」は、司法書士にしか出来ません。

また、「相続放棄」の手続きなど、
裁判所に対して提出する書類の作成は司法書士にしかできません。
裁判所に対する調停、審判の申立書の作成も同様です。

そして、遺産を相続した場合の、相続税に関する相談や申告業務は、
税理士さんのお仕事ですから、それは司法書士にもできません。

つまり、遺産相続に関する相談・書類作成・手続き業務は、税務を除けば、
首尾一貫して「司法書士」に依頼するのが本筋だと、思います。

他の業種(行政書士や税理士)が、
「遺産相続」をキーワードにしたコンサルや相談業務を看板に掲げても
遺産相続“業務の一部”を担うことが可能なのですから違法ではありません。

しかし、遺産相続の専門店は「司法書士」だということでしょう。

電車やバスの広告を見て、「債務整理」が司法書士の仕事だと思っていた貴方、
そう思わせていた司法書士業界、きょうからそのあたり、変えてみませんか?






郡上おどり

2011年08月25日 22:28

ブログ 301

やはり、予想通り、咲きました。
白い花が一般的ですが、咲いたのはピンクのプルメリアの花でした。

プルメリアは、ハワイのどこでも見かける代表的な花です。
甘く芳しい香りと、シンプルで可憐な花の姿が愛されて、
フラで使うレイや髪飾りにも使われます。

また、アロマ製品や香水の香りとしても使われています。

但し、プルメリアは本来、亡くなった方に手向ける花なのだそうで、
その意味では、フラで使うときも御目出度い曲に使うのは不適当なのかもしれません。

日本で謂ったら、彼岸花(曼珠沙華)や菊の花?あたりに該当するでしょうか?


さて、昨日ときょう、
かみさんの姉が、ワークショップ雑司が谷の稽古場で開きました。

日本舞踊家の姉が講師を務めるNPO法人「和のメソッド」のワークショップです。

一回完結で、郡上おどりを習うというものです。

そこで、友人たちがそのワークショップに参加してくれまして、
それが終わってから、夕方我が家に寄ってくれました。


ところで、
郡上おどりは、岐阜県の山深い奥美濃の里、郡上八幡に伝わる盆おどりですが、
7月中旬から9月上旬にかけて33夜にわたって踊られる、日本一長い盆おどりです。
特に、8月のお盆の4日間は徹夜で踊るのだとか、
郡上八幡の夏は、郡上おどりで始まり、郡上おどりで終わるということです。

死者が、群衆に混じって踊るとも謂われる盆おどりですが、
郡上おどりが終わったら、郡上八幡にも彼岸花が咲くのでしょうか?





社会インフラ

2011年08月24日 14:51

きょうのブログは、この話題ではないのですけれど、最初にチョイと苦言を一発。

昨日、いわき市久之浜で行った草刈りの様子を、
実は、あるテレビ局のワイドショー番組が取材しておりまして、
きょうの昼の番組で放送だと聞いていましたが、
昨夜の島田某の引退会見を受けて、朝からテレビはそれ一色です。

その影響でしょう。
昨日取材された内容は、フッ飛んでしまったようです。
現場のスタッフの皆さんも一日大変だったのに残念ですね。

某の引退も、それはそれで業界の大事件だと思いますが、それほどですか?

震災関連、原発事故、政局、円安、国債格付け転落、中東情勢、エトセトラ・・・、
報道にも優先順位はあるのでしょうが、ちょっと、違和感を覚えます。


さて、それでは本題に移りますが、こちらも苦言であります。ゴメンなさい。 

実は、7年前に家を建てたときに、
電話とインターネットの回線を光ファイバーにしたらよかろうと、
東京電力の「TEPCOひかり」に契約しました。
ところが、いつの間にか、といいますか、
実は、その連絡はあったのでしょうが、気づかない間に、
そのサービスがKDDIに移ってしまいまして、商品名は「T-ひかり」。
そのKDDIが、そのサービスを止めるのだそうです。

ついては、これまでと同様のサービスを受けたくば、
NTT東日本の「フレッツ光」に移行する必要が出て参りました。

そこで、只今・・現在・・リアルに・・ナウ!
そのための工事中であります。
様々な部門の技術者の方々が4人も来てくださっています。

光回線と電話回線を引きなおす工事と、モデム設置の工事なんであります。
東京電力KDDIの線とNTTの線が違っているのですね。
それに伴って、防犯システムも変更です。
おまけに、パソコンの設定も換えなければなりません。

ブログ

それで、もうじきパソコンが一時使えなくなります。
ですから、したがって、そういうワケで、このブログも急いでおります。

それにしても、手間がかかります。
更にお金もかかります。

PanasonicのテレビをSONYに替えても、放送は見られますが、
こちらの方は、いろいろ換えなくてはなりません。

電気もそうですが、こういったものは社会インフラなんじゃないでしょうかね?
それがチョイチョイ変わるというのは、いかがなものでしょうか?

ちなみに、インターネットのプロバイダーはODNソフトバンクテレコム)ですが、
ソフトバンク再生可能エネルギーを使って発電して、それを送電して、
更にインターネット回線まで運営するという時代が来るかもしれませんね。

そのときには、また工事ですか?
それだけは、ヤメテね、孫さん。



いわき市久之浜地区

2011年08月23日 23:59

いわき市久之浜地区

きょうの作業は、草刈りでした。

地元のお寺の息子さんや、神社の息子さんたちが、
地元やいわき市、また、東京の友だちを集めて、
チーム結 YUI」というボランティアグループを立ち挙げて活動しています。

家屋の家財出し、側溝の泥かき、ガレキの撤去作業など、
地元住民の要望に対応するように活動していらっしゃいます。

その「チーム結 YUI」の活動が、
8月27日に、久之浜地区の花火大会を開催するところまで、漕ぎ着けました。

ここは、福島第一原発から29キロの地点です。この町の学校は、休校中です。
8月27日は、地震と津波によって、住む家を無くした方々、
原発事故による放射性物質の影響によって、避難している方々が、
久之浜に戻ってきて花火をご覧になるのだそうです。

そのときに、
住民の方々が町を見て、「いつかここに帰ってこよう」
と思ってくださるようにと、活動しているのだと聴きました。

ガレキや折れ曲がった郵便ポスト、いずれ解体するであろう家屋の壁に、
花の絵がペイントされていました。

これも、少しでも町を明るくしたいという思いで
チーム結 YUI」のメンバーが行っていることだそうです。


さて、そこで草刈り。
東に殿上崎を見て、太平洋に流れ込む小久川の両岸の草を刈る作業です。

この川岸は、駅前の十字路から延びた町のメインストリートと国道の間をつなぐ
生活道路だったところだそうです。

大震災以来、そこを歩く人が居なくなったことと、手つかずにしていたために、
そこは、人の背丈を遥かに超える草木が生い茂っておりました。

作業したのは、面積にして1~2反歩(300~600坪)といったところでしょう。
参加したのは51名、平均年齢は60歳を優に越えております。

数少ない道具と切れない鎌(かま)で、草むらに挑みます。
まさに人海戦術です。
刈った草は、約1トンの物が入るという大きな袋に入れます。
袋に入った草を押し固め、踏み固め目いっぱい草がはいったら、口を締めます。
その袋を道の傍まで持ってゆきます。

草を刈る鎌の刃先は短く、刃が切れないのには閉口しました。
太い草、高い草はまだよいのですが、草に混じったイバラには参ります。
ゴムの付いた手袋もトゲが貫通し、手で何度もトゲを握ってしまいました。

幸いの曇天でしたが、
身体中から汗が噴き出してきました。

草を入れた袋の横に付いている紐を握って、
4人かかりで道の傍らまで運びますと、自分の握力で、
紐を離した掌が開きません。

息も絶え絶え、思わず鼓動を確認します。

半日の短い作業でしたが、サウナ3回分くらいの汗をかきました。


さて、きれいになった川岸と花火を、
戻っていらした方々は、どんな思いでご覧になるのでしょうね?


追伸:きょうは写真を撮りませんでした。したがって載せる写真がありません。
但し、こちらをお借りして貼り付けました。↓
草刈りの最中、画面左から右に横切る黄色いタオルで覆面したのが、わたしです。






ANIKIが勝った!

2011年08月22日 22:11

WBC

アメリカ・ラスベガス時間で20日に行われた、
ムエタイWBCのナショナル・チャンピオンシップ、ライトヘビー級の試合。

この試合に挑戦したANIKIが、 勝ったのだそうです。

これに勝って、ANIKIは、WBCのスーパーミドル級と合わせて、
2階級を制覇したことになります。

ANIKI2011.jpg

このANIKIというのは、アメリカにいる息子Yの親友?というか、
ダチというか、同志というか、要するになかなか説明のできない、
クサレ縁といった関係でしょうか? 

ANIKIの試合

息子Yは、留学し起業しても、ムエタイの試合に出続けていましたが、
それも、ジムを経営するトレーナーのMARKと、ANIKIと息子Y三人の
夢があったからでした。

ロサンゼルスは、合法・非合法を問わず、メキシカンを始めとした、
スパニッシュが暮らす、るつぼです。

そんな、職業の選択や居住権もない弱い立場の彼らにとって、
ロサンゼルスという場所で暮らすことは、容易なことではありません。

そんな、若いスパニッシュたちにムエタイを身につけさせることは、
自分の身を護らせるというだけでなく、生き方や暮らし方を教えるための
ツールになると三人は考えていました。

有体に言えば、
“ アメリカン・ドリームの見かた ” を教えたかったのかもしれません。

息子Yは、去年試合でKO敗けし、
本人が云うのには、今後試合には出ないのだそうですが、
依然、ジムで練習したりトレーナーのようなことをやっているようです。

ところで、
20日の試合ですが、ラスベガスでは合法的に試合にお金を賭けることができます。

息子Yは、今回セコンドについていなかったようで、賭けに参加したのだそうです。

当初から有力視されていたANIKIですから、
始めは0.5倍くらいだった倍率が、どんどん降下。

なんでも、ANIKIには$700以上かけられないルールもあったので、
他人になりすまし、7回買って約$5.000賭けたのだそうです。

倍率

$5.000賭けて、$1.400の配当です。

賭けに勝ったことも嬉しいでしょうが、今頃、
ANIKIとMARKと三人で、ジュースかなにかで祝杯を挙げていることでしょう。

勝ち金


注)画像・音声共に悪し


プルメリア

2011年08月21日 23:59

いつだったでしょうか?
数年前にハワイに行ったときだと、思いますが、
帰りに空港の搭乗口通路で売っていた、プルメリアの苗木を二本買いました。

プルメリアは、ハワイを代表する花です。
フラを踊るときにも、髪飾りにしたりいたします。

なぜ買ったのか、憶えていません。
多分、「挿しときゃ、咲く」みたいに、 “ 簡単そう ” なコトが書いてあったからでしょう。

それは、日本の観光地によくあるような、
山椒のすりこぎ棒のような形状をした、無骨な木の棒に見えました。

プルメリアの苗木

安かったと思います。
確か、$2~$3だったと思います。
空港の中で買ったのは、検疫が済んでいると思ったからでした。

帰国して暫くは、放っておきました。
或る日気がついて、水に挿してそのままにしておきました。

暫くは、なんの変化もありませんでしたが、
苗木の先に、芽を出しましたが、すぐ芽が枯れました。

プルメリアの芽

そこで、鉢に土を入れて、挿し替えました。

すると、翌年だったでしょうか?
また芽が出て、それが葉になり、棒に複数の葉が付きました。

プルメリア

しかし、冬場になると、葉が全て落ちまして、
長い杖のような棒が鉢に刺さっているような格好になりました。

しかし、
今年の春、この棒の先にまた芽が出ました。
あれよあれよと、葉が付きまして、大きな葉になりました。

プルメリアの芽

そして、最近葉の付いた中心部辺りに何やら赤い芽のようなものが伸びまして、
大きくなってまいりました。

これは、どうやら花が咲くのではないかと、思われます。

2011年プルメリア

プルメリアのつぼみ

「挿しときゃ咲く」と説明書に書いてありましたが、
「放っておいたので咲く」のでは、ありません。

しかし、
「世話をしたから、育てたから、咲く」
という実感も、わたしにはないのでした。

息子たちを育てたときと、同じような感じです。
さて、孫娘の世話を焼いているわたしは、そんな気分でいられるでしょうか?

きょうは、息子Kの千穐楽で、かみさんとみきちゃんが出掛けてゆきました。
孫娘とわたしは、留守番です。

プルメリア


猿真似

2011年08月20日 21:49

東雲の空を見上げながら、家を出ました。

一昨日、今年一番の気温(36.1℃)を観測した東京も、
打って変って昨日は大雨が降り、気温も急に下がりました。
今朝も湿気はあるものの、涼しい空気でした。

羽田発7時30分の便に乗るために、5時過ぎ家を出発。大阪に出張です。

ブログ 288

空港は、週末のせいか、朝早くだというのに、子供連れの姿が目立ちます。
普段、早朝の大阪行きはビジネスマンばかりといった風情ですが、
きょうは、御盆休みのなごりでしょうか?


さて、きょうは、
大阪での催しに講師として参加を頼まれました。

「事業承継」をキーワードにした催しですが、
盛んに意見が出たり、事例報告があったり、活発な催しになりました。

そのなかで、きょう、わたしが最も印象に残ったのは、

「チンパンジーの親は、子を叱ったりしません。褒めてもやりません。
 しかし、チンパンジーの子は、親を真似ていれば育ちます。」


というお話でした。

昔から「猿真似」と申しますが、
実に奥深い、教訓に満ちたよいお話だったと思います。


つらつらと、そんなことを思い出しながら、
伊丹空港18時30分発の搭乗案内を待っておりました。

一日着ていたジャケットとズボンはくたびれて、
朝は糊が効いていたワイシャツも、何度も汗を吸ってシワになっております。

ネクタイをゆるめて、清酒を一口飲みます。
すると、五臓六腑も緩んで、ホッとため息が出ました。

行きと違って、帰りは気分も弛緩して、機上の人となりました。

ブログ 291






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