原爆開発記念公園建設計画

2011年07月31日 12:36

今朝未明、福島で最大震度5強の揺れがありましたね。
わたしは、隣に寝ていた孫娘を抱えながら様子をみておりました。

さて、その地震の直後、羽田空港へ息子Yが到着した・・・はず、です。
用事があって、ロサンゼルスから帰国した・・・はず、です。

どうも、直接帰宅しないで、何処かへ行ってしまったようですから、
きょうは、NYのゆみさんから届いたメールを公開することにします。


親愛なる皆様へ

(マスメールにて失礼いたします)

皆様いかがお過ごしでしょうか?
こちらニューヨークは記録を塗り替えた程の暑さが続いていましたが、
昨日に雨が降ってまた心地良い夏の日になりました。

さて、先日、ニューヨークタイムス紙に、
米国が原爆開発記念公園建設を計画中であるというニュースが報道されました。
しかしながら、そのニュースが主要メディアに取り上げてられていないようで、
数少ない記事を是非ご覧になって頂きたくご連絡しました。

日本では原発事故絡みの様々な問題があり、
「原爆どころではない」と仰られる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、英語では原爆はNuclear Weapon、
原発はNuclear Power Plantと共に核=Nuclearです。

今年4月は世界初の核融合実験がなされたシカゴ大学でシンポジウムに参加、
今月はニューメキシコ州へ旅行し、ウラン鉱山博物館、国立核化学史博物館へ行き、
かつてウラン採取で賑わった街を訪れました。

博物館には広島・長崎の写真、ファットマンリトルボーイの写真や模型などありましたが、
原爆投下の正当性を真っ向から肯定するような展示であり、
広島・長崎の被爆者、ウラン採掘労働者だったネイティブアメリカン(ナバホ族)、
核実験で風下市民となったユタ州のヒバクシャたちなどの写真は一切ありませんでした。
せめてもの救いが広島・長崎原爆投下後の焼け野原になった写真展示の前に、
感想など記帳用ノートが設置されていた事だけです。
そのような一方的な展示をしているのが「博物館」です。
そこから、原爆開発記念公園ができることを想像して下さい。

個人的には、被爆者団体、広島市、長崎市からも抗議が出る事を願っていますが、
新聞、テレビニュースにならなければ、多くの人に知られる事は難しいでしょう。

是非、ご友人・知人の方々にもお知らせ下さい。

よろしくお願いします。

タナカ有美


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語り芝居の会「でえく」

2011年07月30日 22:30

ブログ 250

浅草「木馬亭」に行って、語り芝居の会「でえく」を観てきました。

浅草の木馬亭は、
エノケンというスターを排出した浅草オペラを仕掛けた興行主、
根岸吉之助氏が創設した劇場です。
昔、森光子さん主演の「安来節の女」という日比谷芸術座の舞台を観たことがありますが、
関東大震災の影響で浅草オペラが衰退するなか、今度は“安来節”で一世を風靡します。

戦後、2階は大衆演劇の殿堂「木馬館」、1階は演芸場「木馬亭」として営業が続いています。

ブログ 253

「でえく」には、先輩の I さんや、Sさん、Nさんが出演しています。

I さんには、随分逢っていませんでした。
地人会の作品では、出演者の常連俳優でしたから、
よく旅公演なんかにもご一緒しましたが、最近はご無沙汰をしていました。

今年、3月に亡くなった、やはり地人会の常連俳優蔵一彦さん
告別式でお会いできるかと思いましたが、すれ違いでした。

さて、この語り芝居の会「で・え・く」は、古典落語を芝居で見せる公演です。
毎年つづけて上演しています。今回で18回目でしょうか?

きょうの演目は、「元犬」「反対車」「一人酒盛り」「お化け長屋
そして最後に、「文七元結

わたしも、古典落語のなかで大好きな演目である、その「文七元結」の筋書きです。

腕は立つがばくち好きの左官の長兵衛は、ばくちで50両近い借金を抱えております。
きょうも身ぐるみ剥がれて半纏一枚で賭場から帰りますと、女房が泣いております。
聞けば、娘のお久がいなくなったと申します。
ばくち好きの親父に愛想を尽かして出て行ったのだと言う女房と喧嘩をしていると、
お得意の先の吉原の女郎屋の大店「佐野槌」からの使い。
娘のお久が、佐野槌の女将の所に身を寄せているというのです。

佐野槌へ行ってみますと、女将のはなしでは娘のお久は父に改心してもらいたいばかりに
身売りをして金を工面しようと頼んできたというのです。

女将は、お久に自分の身の回りをさせるが店には出さないからと、
来年の大晦日まで金を貸します。
但し、大晦日を一日でも過ぎたら女郎として娘を店に出すという約束です。

改心した長兵衛、金を借りた帰り道に吾妻橋に差し掛かりますと、
身投げをしようとしている若者に出くわします。

ワケを聞けば、白銀町のべっ甲問屋「近江屋」の文七という奉公人。
お得意先から受け取った売り上げを持って帰る途中でスリに遭ったというのです。
死んでお店にお詫びをしようと吾妻橋から飛び降りようとしていたのでした。

死んでお詫びをするという文七を、説得しつづける長兵衛。
それでも、なんとしても死なせてくれという文七に、長兵衛も精根尽き果てて・・・、

「もうこれっきりだ、しつこいようだが、五十両ねえとおめえ死ぬのか?
 そうか、・・よわったなぁ・・どうも、わるいところに通りかかっちゃったい
 他の橋わたりゃあよかった。・・・誰か来ないかなぁ・・譲るよおらぁ・・・
 よし!わかった!もういいよ。おぅ、さぁ!五十両やる。持ってけ!」

突然の長兵衛の申し出に戸惑う文七。

すると、五十両を持っている経緯を話し出す長兵衛。

そして長兵衛は、云います。

「娘は、女郎になったって、死ぬようなことはねえんだ。
 おめえは、死ぬってえから、だから俺は五十両やるんだ。」


いつも、わたしは、
噺を聴いていて、ここで泣きます。

また、きょうも、
このくだりで、泣きました。

誰のことを、思って泣いたのでも、ありませんが・・・




眠れぬ夜

2011年07月29日 23:59

東京に戻ってくれば、

新潟と福島に記録的な大雨が降って、37万5千人に避難勧告があり、
大きな被害が出ているというニュース。

週末29日のニューヨーク外国為替市場ではドル売りが加速し、
円相場は約4カ月半ぶりに1ドル=76円台に突入したというニュース。

中部電力四国電力が、過去の国主催の原発関連シンポジウムで、
原子力安全・保安院から「やらせ」の指示を受けていたと発表した問題で、
保安院の院長が緊急会見し、陳謝したというニュース。

アメリカ大リーグのヤンキース、阪神などで活躍した伊良部秀輝元投手が、
ロサンゼルスの自宅で亡くなって見つかったというニュース。


旅行中に、ときどきありませんか?
夜中に目醒めて、眠れないなかで様々なことに思いを馳せるといったようなコト。

周りからみれば、こんな時代、
孫と避暑旅行に行って、お気楽だと見えることでしょうが。

今年初めに行った香港でも、同じようなコトがありました。
ハワイに居る友人が事業上トラブルに遭ったという電話を受けた直後でした。

3月に行ったニューヨークでも眠れぬ夜を過ごしていました。
そのニューヨークから戻ったら、更に眠れぬ夜が待っていたとも知らずに・・。


きょう帰宅すると、先輩であるSさんから、
「Kさんのことを聞かせてほしい」
という問い合わせがありました。

言えることと、言えないことがある旨伝えて話しました。

Sさんも、今夜は眠れぬ夜を過ごすのでしょうか?




曾お祖父さんと初対面

2011年07月28日 18:57

大橋

午前10時過ぎ、実家に到着しました。

足が弱って、出歩くことも億劫になった父が玄関から出てきて、
出迎えてくれました。

孫娘とは、81歳違い。
孫娘にとっては、曾祖父にあたります。

慣れない家に行くと、泣き出すこともある孫娘です。
緊張はしていたのでしょうが、おとなしく様子を伺っていました。

孫娘にとっては、みかん畑もお線香の香りのする部屋も、
知らない顔ぶれも、珍しいものばかりです。
一番ビックリしたのは、犬にワン!と吠えられたことと、
ネコが座敷に上がってきたことだったでしょうが、
孫娘が泣いたら、ネコの方がビックリして逃げ出しました。

孫娘にとって、初めて食べた「うな重」でしたが、
みんなで食べると美味しいのか、よく食べました。
弟の嫁や姪っ子が作ってくれた料理にも舌鼓を打っていました。

実家の家族も、久々の赤ちゃん登場に興味津々。
父も、甥っ子や姪っ子も、弟も嫁も孫娘を抱っこしてくれました。
しかし、誰に抱っこされても泣かない孫娘でした。


父は、お陰様でなんとか元気でした。
先日の「末次一郎先生に学ぶ会」の報告をしましたら、
末次さんの終戦直後の貴重なエピソードを語って聴かせてくれました。

これは、既に広く知られた話かどうか判りません。
もしかしたら、限られた人しかご存じないようなことかも知れませんので、
いまは、ここに披露することは、やめておきましょう。

その父が病院へ行くというので、
わたしたちも、お墓参りに行くことにしました。

父が処方されている睡眠導入薬が切れてしまったらしく、
昨夜飲まずに寝たら、一睡も出来なかったのだそうです。
そこで、薬を処方してもらうために病院へ行くのだとか。

途中まで、わたしたちの車の前を走っていた父ですが、
中学校前の信号で停まっていた父の車が走り出すとき、
運転席の窓から腕を出して、左折する孫娘にバイバイしてくれました。

初めてのお墓参り




避暑

2011年07月27日 23:59

浜名湖

孫娘を連れて、かみさんと三人で浜名湖のホテルに来ております。

暑い東京を逃げ出しました。
いや、本当は実家に孫娘を連れていくのが目的です。
そして、孫娘を牧之原のおばあちゃんに逢わせるのも目的です。

明日は、生まれて初めて、孫娘を実家の父に逢わせます。
父にとっては、曾孫との初対面です。

牧之原のおじいちゃんは、モンゴルに出張なんだとか?
孫娘に逢いにくるほうがよかったようですが、仕方がありません。
おばあちゃんが独り逢いにきてくださいました。

食事が終わって、酒が入った我輩は孫娘と眠ってしまいましたが、
両おばあちゃんは、深夜までなにやら語り合っていたようです。

息子Kは、「七月大歌舞伎」の千秋楽を迎えました。
みきちゃんは、お仕事が忙しいようです。
二人とも、久しぶりに子供がいない生活で、淋しがっているでしょうか?

それとも、ホッとしているでしょうか?



話せば、解かる!

2011年07月26日 23:59

パソコンをやるときは、1.0
普段持ち歩き、携帯電話やメニューなどを見るときには、1.5
説明書を読んだり、読書するときには、2.0

いろいろと、使い分けておるのでございます。
老眼鏡の話で、ございます。


さて、きょうは後輩がお二人、我が家に用事があって来てくれました。
後輩と申しましても、ほぼ同い年のDさんと、20歳以上歳の離れたUさんです。

Dさんとは、割と頻繁にお会いしています。
わたしと会うというよりは、かみさんと会ったついでにわたしがお会いします。

Uさんとは、きょうが初対面でした。

所詮、同じ演劇科出身といっても、
なかなか後輩と意見交換するなんて機会は、ありません。
まして、二世代も違う後輩と話すことは稀少です。

演劇をどう捉えているのか?
いまの演劇をどう観ているのか?
演劇の可能性をどう感じているのか? お訊きしました。

偶然にも、お二人とも広島市のご出身。
広島の特殊性やら、土地柄について、広島の人でなければ語れないお話を聴きました。

話してみれば、いろいろと共通しているものが見つかるものですね。


それにしましても、
最近の芝居のチラシの文字は、なんと小さいのでしょう。
これ!読んでくれなくてもいいです・・・みたいなチラシもあります。
チラシでありながら、所謂チラシとしての体を成していないのです。
紙媒体が衰退するなか、芝居のチラシは頑張っているのは判りますが、
どうせチラシを作るのでしたら、チラシの用をして頂きたいと、思います。

それとも、現代に於いて芝居のチラシの役割は、変わったのでしょうか?

しかし、チラシならまだ分かる。
先日、ある芝居を観に行ったときのパンフレットには、参りました。
客席の灯りも暗かったのですが、あの文字の大きさは・・・
わたしたち世代に対する挑戦かと、思いました。

しかし、老眼鏡を取り出さないで、なんとか読みましたが・・・、
離せば、判る!!




理が立つ人

2011年07月25日 21:56

きょう行ったセッションの中の話題です。

世の中には「理が立つ人」がいるという話が出ました。

「理」というのは、難しい概念です。
「り」「ことわり」と読みます。

「道理」「義理」「条理」「理性」「理屈」「理解」

「理が立つ人」というのは、上記にみられるような筋道に立っている人、
といったところでしょうか?

なにが正しいことなのかという基盤に立って、
物事を捉え、考え、行動に移していらっしゃる、というイメージでしょうか?
オマケに、そういった人は、その成果も出していたりする。
セッションでは、そんな人が組織のリーダーだったとしたら・・・
という話題でしたが、まっ、その結果はここには書きません。


さて、きょう銀行の窓口で待たされているとき、二つメールが届きました。

まず、最初のメールは、
末期ガンという宣告を受け、現在治療のための入院を待っている件の人から。

「○○に連絡してもらって本当にありがとう!」
「あの晩は、○○も久し振りに夜熟睡できたと喜んでいました。」

○○は、件の人にとって大事な人です。

「私も、身体の痛みもなんとなく、
 薬とかで自分でコントロールできるようになってきたみたいで、
 快適とはいえないけど、よく笑って過ごしています。」
「自分で決めたのね、人生最後まで笑って過ごしてやる。」
「私は、私らしく、残りの時間過ごすよ!」
「体調良いとき会おうね」

と、書いてありました。


二人目のメール。

その人は、新橋演舞場の昼の部を観てくださっていたのですが、
「義経千本桜」が終わった幕間で、メールを送ってくれたのです。

それは、手配したお席がよかったからという、お礼のメールでしたが、
その人も、ガンを患ってから、身体だけでなく、精神的にも落ち込んでしまい、
長い間人に逢ったり、能動的に行動したりできなくなっていたようです。

それが、やっとお独りで歌舞伎を観に出掛けることができるように、なられたのです。


「理」を語る人にとっては、
最初から判っている結果なのかも、しれませんが、
そこに至るまで、そんなことに気づくまで、この人たちはどれほどの葛藤を経たことでしょう。


私は、「理」か「情」か、
などという二者択一は好みません。

どちらも大切なことだと、思います。
但し、最も貴重なことは、それに至るまで、どれだけ葛藤したのかということだと思います。

「理」を説く人より、
葛藤している人のことを、わたしは信用します。




夏のイベントをはしご

2011年07月24日 23:53

きょうは、被災地を支援・応援されているイベントを、はしごしました。

東京フラフェスタin池袋(サンシャイン会場)

孫娘を連れて、「東京フラフェスタin池袋2011」のサンシャインシティ会場へ。

会場は、地下1階から上が吹き抜けになっています。
各階からステージを見下ろせるようになっていますが、大変な人垣でした。

人の肩越しに孫娘を抱っこしながらの撮影に、汗びっしょりになってしまいました。

サンシャインで、


そして、
夕方帰宅したみきちゃんに孫を渡して、今度は独りで恵比寿に行ってきました。

おがわ恵子

恵比寿駅西口に在る「アート・カフェ・フレンズ」で行われた、
「おがわ恵子チャリティーライブ」、
年に4回各季節に行われているライブです。

ラテン、フォルクローレ、ジャズ、シャンソン、エトセトラ、さだまさし・・・

毎回聴いているほどの常連でもありませんが、度々聴いています。
このライブの魅力は、アットホームな “ 場 ” の感じかもしれません。

歌舞伎俳優の夫と長男・次男が、いつも見守るなかで堂々と愛の歌を歌う。
これがいいんです。
気張ったり、気取ったりしない、肩の力が抜けた感じがいいんですねぇ・・・。

歌舞伎俳優の妻として、
二人の息子のママとして、
自分の名前をなくしていた時期もあったのでしょうが・・、
いまは、貴女が “ 主人公 ”。

素敵な家族、いい家庭を創ったね、K子ちゃん。


あなたは 教えてくれた

小さな物語でも

自分の人生の中では 誰もがみな主人公

時折り思い出の中で

あなたは 支えてください

私の人生の中では 私が主人公だと







「東京フラフェスタin池袋2011」

2011年07月23日 20:20

今年の3月11日、
実は、わたしたち夫婦は、ハワイに向けて出発しようとしていました。

オアフ島で開催される「ホノルルフェスティバル」に、
かみさんの生徒さんたちと、そのご家族を引率して行くところだったのです。
生徒さんたちは、到着した翌日12日にアラモアナの会場で、フラを踊る予定でした。

生徒さんたちにとっては、初めてハワイでフラを踊る機会だったのです。
わたしは、その旅行のアテンドをすることになっていました。

東京フラフェスタin池袋2011

しかし、
トランクを閉めて、リムジンバスが出るホテルに向かって出掛けるまであと1時間くらいかな・・・
などと思っていたところに、あの地震が起こったのです・・・・

鉄骨で建てた家ですが、ギシギシと軋みながら揺れ続けました。
寝室から階下の玄関に走り、玄関の扉を開け、義父の様子を確認しました。
そして、かみさんを呼ぶとダイニングのテーブルの下に居ましたが、
なぜか一輪挿しのビンを大事そうに持っておりました。
その横には、ハワイウォーターのサーバーがタンクの重みで倒れ、
タンクが破裂したのでしょう、床が水浸しです。

テレビを点けると、大津波情報が流れています。

姉の家が心配になって、自転車に乗って出掛けようとして、転びました。
転んで、腰を打ちました。
冷静なつもりでいて、慌てていたのでしょう。

姉も姉の家も、貸している店も古い建物ですが無事でした。

地震が起こってから30分経つ頃には、
ハワイ行きもホノルルフェスティバル参加も、諦めておりました。

この状態では、
成田空港へも辿り着けないと思いました。
仮に辿り着いていたとしても、飛行機は出発できないだろうと思いました。
飛行機が仮に出発できたとしても、
ホノルルフェスティバルでかみさんたちが踊ろうとしているアラモアナ・ショッピングセンターは、海岸端に在ります。
明日になったら、きっとアラモアナにも津波が到達するだろうと、思いました。
そして案の定、アラモアナ・ショッピングセンターは閉鎖され、
ワイキキに居る人々にはビルの4階以上に避難するように指示が出て、
空襲警報のようなサイレンが一晩中鳴り止まなかったのだそうです。


さて、
きょうはそのリベンジではありませんが、かみさんと生徒さんたちが、
池袋で開催されている「「東京フラフェスタin池袋2011」に出演しました。
大震災以降、初めての舞台です。

きょうは、池袋西口公園の会場で3曲踊りました。
(明日は、サンシャインシティの会場)

ブログ 058

演劇科でかみさんと同期のHちゃん、わたしと同期のY、
みんな会のYちゃん、そして、亡くなった友人Jさんの妻Eちゃん、
そんな旧友たちが観に来てくれて、終わってから 盛り上がりました。





伝えないと、伝わらないこと

2011年07月22日 19:15

きょうの「徹子の部屋」のゲストは、
根岸季衣さん、演劇科の先輩です。

わたしは昔、黒柳徹子さんの事務所で働かせていただいたこともありますし、
なんといっても、きょうの話題が、わたしも過去に制作を担当し、
根岸季衣さんが出演される朗読劇「この子たちの夏」だったこともあり、拝見しました。

ブログ 030

黒柳徹子さんは、地人会が上演していた初期の頃から、
ご自分も作品に参加されたいという意思をお持ちでしたが、
スケジュールなどの問題があって、出演は叶いませんでした。
しかし、大変にご興味をもって応援してくださって、
「徹子の部屋」でも、何度も採り上げてくださいました。

さて、朗読劇「この子たちの夏」ですが、
台本を書かれ演出される木村光一さんによると、
元々、この作品の創作イメージの原点は、
1969年に広島テレビが制作したドキュメンタリー番組、
『碑(いしぶみ)』だったのだそうです。
木村さんは、劇団文学座の演出部のご出身ですが、
数多くの主演作を演出したことのある杉村春子さんが、
この『碑』の語りを務められています。
杉村春子さんと云えば、日本を代表する歴史的大女優ですが、
広島のご出身でした。
そして、『碑』に登場する広島二中の生徒たちの母親と同世代でした。
『碑』は、その広島二中の一年生の生徒たちの被爆体験を、
杉村春子さんの “ 語り ” で描いた作品です。

この杉村春子さんの “ 語り ” こそ、「この子たちの夏」の原形なのでしょう。

杉村春子さんが、当時の子どもたちの母親の世代ならば、
地人会公演、朗読劇「この子たちの夏」に出演されていた女優さんたちや、
黒柳徹子さんは、まさに「この子たち」の世代の方々なのです。
地人会公演に出演されていた女優さんたちは、
4年前から新たに「夏の雲は忘れない」という朗読劇を創って、
今年も全国を巡演していらっしゃいます。

そして、今年再演される「この子たちの夏」に出演される女優さんたちは、
全員が戦後生まれの皆さんです。

世界の歴史上初めて人間の上に投下された二つの原子爆弾によって、
どんなことが起こったのか、女優の皆さんは、世代を繋いで伝えつづけます。
伝えなければ、伝わらないからです。
そして、伝える力、伝えようとする力は、
子であり、母にもなる女性のほうが、優れているように思われます。


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奇跡

2011年07月21日 23:59

きょうは、孫娘が保育園に行きました。
お迎えも、父親が舞台の出番を終えてから行くそうで、
きょうは、孫娘は我が家に登場しません。

たった一日、孫娘の顔を見ないでいるというだけで、
日常が静かで淋しくなります。

しかし、
それは、孫娘に夢中になって、現実から逃避している所為だと思うのですが。

孫娘といる時間は早く過ぎます。
あれよあれよといっている間に、「じゃあね!バイバイ!!」の時間になります。

まだなかなか、バイバイの手を振ってくれませんが、
ベビーカーに座りながらも、わたしたちを振り返ってくれるので、
かみさんとわたしは、姿が見えなくなるまでバイバイ!!

多分お隣は、「あーっ、お隣の孫が帰る時間なんだワ」
と騒がしく思っていらっしゃることでしょう。


逃避している、現実。

大震災に遭われた人々のご苦労、出荷できない生産者の苦しみ、
放射性物質に怯える親たち、散り散りになったコミュニティー、
大切な人を失った家族や友人、理不尽な病魔に罹った友人、
離れ離れになった恋人・・・

なでしこJAPANの優勝は奇跡でも奇跡的でもありません。
実力で勝ち獲ったものですが、
この世に、奇跡が起きるのであれば、どうかこの人々の身に起きてほしい・・・





げんこつ山のたぬきさん

2011年07月20日 23:59

ブログ 021

意外に、歌える歌が多いのに、自分でも驚いております。
どこで、覚えたのでしょうか?


さて孫娘は、朝方熱がありまして、
保育園を休ませる代わりに、わたしが一日あずかりました。

熱が高いと、保育園はあずかってくださらないのです。
そして、ほかの大人もいろいろあって、忙しいのでした。

キャンセルした「M」さんには、申し訳ないことでしたが。

さて、その孫娘ですが、のり巻きが大好物です。

焼き海苔一枚を半分に切って、海苔の上にごはんを敷きます。
きょうは、昼は白身の魚、夜は牧之原のおじいちゃんおばあちゃんが贈ってくださった
うなぎを細かくごはんに混ぜて巻きました。

これを出しますと、すごい勢いで食べます。
最近は、お吸い物もお気に入りで、冷ましたお吸い物をストローで吸っています。

しかし、
きょうは、のり巻きを乗せたお皿を割りました。 

ちょっと目を離したスキに、お皿を持って床に放り投げたのです。
アッ!という間の出来ごとでした。
お皿は、見事に粉々に割れ、孫娘は驚いたような顔で下を覗き込んでおりました。

こうした、食べ遊びが我が家では悩ましいのですが、
なにか、躾けるコツはあるのでしょうか?
もし、なにかいいご提案があったら、是非教えてください。 

お皿だけではなく、
のり巻きでも、パンでも、スプーンでも、携帯電話でも突然落としてしまいます。
そして、落とした物を上から興味深そうに覗き込むのです。

わたしが、おっかない顔をしたり、悲しい顔をして、しばらく沈黙しますと、
孫娘は、わたしに向かって笑いかけてきたり、甘えたりアプローチしてきます。
きょうは、布巾を何度も落とすので、その手をピシャリと叩きました。
それでも、布巾を下に落しました。

解っていないのです。
ですから、考えて、手を叩くのはやめました。
どちらにしても、体罰で躾けたくはないですからね。
(息子たちには、やっちゃいましたが・・・)

躾けが難しい年頃ですが、これがフツウなんでしょうね。
いつか善悪が解るようになるのですから。

こうやって、大人が試されています。


ところで、孫娘は歌好きです。
特に、「げんこつやまの、たぬきさん」が好きです。
歌ってやると、かみさんの振り付けどおりに踊ります。

げんこつ山のたぬきさん
おっぱい飲んで、ねんねして、
だっこしておんぶして
またあした。


ブログ 022







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