件の人からのメール

2011年06月30日 19:11

件の人から携帯メールが届きました。

病院で、診察を待っている間のことだそうです。

待ち時間が長いとヒステリックに看護師に食って掛かる若い女性。
診察は「時間が掛かるから薬だけ出せ!」と怒鳴っているいい年のオジサン。

食事に行けば、

食べながら仕事の相手先?を携帯で怒鳴りつけてるサラリーマン。
オーダーが遅いと店員を叱責してるオバサン。

何時から日本はこんなんなっちゃたの? 

そう書いてありました。

第5回集会 004

さて、きょうは、
福島原発暴発阻止行動プロジェクト」の集会に行ってきました。
きょうの集会は、第5回目です。

参議院議員会館地下の会議室は、これまでで一番広い部屋でしたが、
参加者の皆さんが続々と集まっていらっしゃいまして、満員になりました。

集会は、この会の趣旨説明から始まり、
これまでの経緯の説明があって、
昨日現在の登録者数(行動隊403人、支援者1,258人)が発表されました。
カンパ金は500万円を超えたようです。

次に計画中の福島原発への現場調査についての説明とメンバーの紹介。
また、現場視察調査の方針についても説明がありました。

そして、行動隊に対する厚生労働省労災担当者の見解が披露され、
当然でしょうが、そんな行動隊を想定しておらず補償対象にならない旨
説明があったそうです。

また、行動隊の健康と安全の面から、
自己末梢血幹細胞を万一のときのために採取し保存しておくべき
という提案に関して、日本学術会議東日本大震災対策委員会が、
「不要にして不適切」という判断を示したという説明がありました。

そして、それにつづいて、
会の法人化、これまでの会計報告、広報活動についての説明があって、
質疑応答が約90分間ありました。


さて、その質疑応答ですが、
まずは、皆さんのご意見を聴かせてよ、というご主旨だったのか、
まさに質疑応答をして疑問や問題を解決したいというご主旨なのか、
いつも判りづらいのですが、きょうもまた発言者の意見表明の場になりました。

第5回集会 003

熱い思いを持っていらっしゃるからこそ、
この場にいらっしゃるのだろう、とは思うのですが、
質問や提案というよりは、意見表明や主張が目立ちます。
また、原発事故や東京電力や政府に対する批判、更には、
この会を原発廃止運動だと思っていらっしゃる向きも多いように思います。

代表の山田さんもおっしゃっているように、
行動隊は、原発推進とか原発廃止を目的にしてはおりません。
その論をすべき場は、他にあるでしょうから、そちらへということです。
この集まりは、とにかく福島第一原発事故を収束させることを願い、
自らの労働を志願した退職技術者と、その支援者の集まりです。

原発事故について、
犯人は誰かを探し出し、吊るし上げ、
批判することを責務のように思っている人が多いような気がします。
まずはこれまでの、ご自分の総括はどうなっているのでしょうか?

是は、時代でしょうか?世代でしょうか?
それとも、件の人が云うように、日本人がそうなっちゃったのでしょうか?

なんて、そんなわたしも充分に人に批判的なんでありますが・・・  




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節電と汗腺

2011年06月29日 17:59

炎天下

ホントに「暑い!」ですね。

きょうは、何回「暑い!」と、口にしたことでしょう?
そして、間違いなくこれからの時季、幾度も「暑い!」を連発することでしょう。


お天道様が、ほぼ真上ですものね。「暑い!(熱い)」ワケです。

炎天下 006

一日のうちに、電力の消費量が多いのは昼下がりだそうですね。
そこさえなんとか乗り切れば、あとはなんとかなるんだとか・・・。
そこで、今日はその時間帯に、逆手をとって汗をかくことにしました。 

汗を出す汗腺の働きが衰えると、加齢臭の原因になるんだそうです。 
それに、新陳代謝が滞って冷え症夏バテが起こりやすくなるのだとか。
多分、熱中症にも罹りやすい体質になってしまうんじゃないでしょうか?

そこで、なるべく良い汗をかくように汗腺を鍛えようと思います。
と云っても、特別に運動をするというワケではなく、
直射日光を受けて、気温が高くサウナ状態になっている浴室に籠っただけのことですが。 
1分もすれば汗ばんで、5分もすれば大粒の汗が溜まり、10分で全身ビショビショです。

外出していれば、冷房の効いた建物に逃げ込むことも出来ますが、
わたしの場合、在宅していることが多い生活故、
今年の夏、なかんずく午後の時間帯の使い方は重要です。

今年は、「汗腺を鍛える」をテーマに、節電に取り組もうと思っとります。
そうすれば、夜のBeerが更に美味い! 
きょうも、これから・・・ 






福島県産

2011年06月28日 23:59

福島産 003

さくらんぼが、届きました。

昨日、妹が贈ってくれたさくらんぼです。
福島県産の、さくらんぼです。

みかん農家の娘として育った妹には、
丹精込めた農民の苦労が、身に沁みるのでしょう。

さくらんぼ狩りに行って、福島の中通りの産地から送ってくれたのです。

見事な、立派なさくらんぼです。


福島産 005

「風評被害」の元凶は誰か、政府の情報開示法は誤り
という東洋経済オンラインの深尾光洋・慶応義塾大学教授が書かれた記事に目が留まりました。

福島産 001

きょうは、東京電力の株主総会が行われたのだそうです。
9,000人を超える過去最多の株主が出席し、
午前10時から約6時間のロングラン総会だったのだそうです。

福島第1原発事故を受けて株主が提案していた原発撤退議案は否決。
その一方で、取締役選任など会社提案の議案はすべて可決されたということです。


西田敏行さんが、怒っていました。

「だれだ!フクシマを汚したやつは!ホント腹が立つ」


<参 考>

■飯坂温泉「花むら」

■あづま果樹園

小千谷に乾杯

2011年06月27日 23:59

NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」を観ました。

「ツルベの家族に乾杯で、小千谷をやってるよ」

先週、妹からメールが入りました。
生憎、先週は番組を観ることは出来ませんでしたが、
前編・後編に分かれていたようで、幸いにきょう放送の後編を観たのでした。

なぜ、“小千谷”なのかといいますと、
中越地震のときに、わたしが何度かボランティア活動をしに行ったからです。
妹夫婦は、山古志村へ行きました。


あれから7年経ちました。

番組には、ボランティアセンター本部の在った社会福祉協議会の建物や、
避難所になっていた小千谷市総合体育館などが映っていました。

車を停めて寝起きしていた、体育館の駐車場も映りました。
セブンイレブンは、食料を買っていた体育館の裏手のお店だと思います。



その小千谷に、いま南相馬市の皆さんが避難されています。
口々に、小千谷の人たちにはホントによくしてもらっていると
おっしゃっていました。

小千谷の人たちにしてみたら、南相馬の人たちのお気持ちが、
痛いほど解かるような気がするのでしょう。

但し、違うのは原発事故と、いつになったら故郷に帰ることができるのか、
先が見えないという点でしょうが・・・。


その映像の中に、懐かしい顔を見つけました。
小千谷市ボランティアセンター本部で副本部長をやっていらした、Tさんです。
わたしが、お世話になったときの現場での体験をまとめたレポートを採り挙げて、
今後のボランティア活動の資料として活用したいと言ってくださった方です。

後に、新潟で開催されたコーチングのワークショップの講師として、
お声をかけていただいたこともありました。

テロップに「小千谷市のTさん」と紹介されていたのですが、
あれから小千谷市に引っ越されて住民になられたのでしょうか?

ボランティア活動で地元に根付く方がいらっしゃったとしても、
不思議ではありませんからね。

ホントに、様々な支援の仕方があると思います。


妹は、一泊二日で、
福島県中通りに行って、さくらんぼ狩りをしてきたようです。
明日、我が家にも美味いさくらんぼが届くそうです。





「つぶやく女」

2011年06月26日 23:48

Y 001

思い出しました。

かなり前のことです。
30年は経っていないと思いますが、25年・・・? 26年・・・?

下北沢のザ・スズナリという劇場での、プロデュース公演に参加したことがあります。
先輩から声をかけられて、当時、音楽座や俳優座や青年座に所属していた
数名の俳優と一緒に出演した公演でした。

わたしの役は、産婦人科医でして、
劇中にかなり長いモノローグの場面がありました。

産婦人科医とはいうものの、滑稽な役柄でしたけれど、
思い出したのは、そのモノローグの最中にセリフが飛んだことです。

舞台センターで椅子に腰かけて客席の方を見ながら独白するのですが、
どういうワケか、一言二言で頭の中が真っ白になりまして・・・数分、
いやホントは、数十秒だったでしょう。
セリフが出てこないのに、身体中からあぶら汗が噴き出したのは分かりました。

セリフが飛んだのは、その所為ではありませんが、客席には母と妹が座っていました。
客席と舞台が近い劇場ですから、客席に座っている人たちの顔は全て判りました。
セリフが出てこない間、意味の判らない笑顔を作って誤魔化しておりましたが、
どうすることも出来ず、居直って客席に座っている観客の顔を見まわし始めますと、
途端にセリフの一端が蘇りまして、怒涛のようにセリフを吐いたのでした。

その後、落ち込みました。
打ち上げの席でも、落ち込んで酔ったのを憶えています。

後で母に、セリフが出てこなかったのだと言いましたら、
「あっ、そうだったの?お芝居なんだと思ったけどねぇ・・・」
と言っていましたが・・・、ホントは判っていたんだと、思います。
それで、余計に落ち込みました 


その公演で共演していたのが、学生時代の後輩でもある天羽 令(あもう れい)さん。
きょうは、その天羽令さんの一人芝居を、キャロを誘って観に行ってきました。
「この芝居、途中でセリフが出てこなかったら、どうなるんだろ」
と、つぶやきながらわたしが観ていたことを、彼女は知りません。


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「骸骨ビルの庭」

2011年06月25日 23:12

骸骨ビルの庭 005

かみさんと、劇団文化座の公演を観に、俳優座劇場に行ってきました。

宮本輝原作、小松幹生脚本、黒岩亮演出の、「骸骨ビルの庭」です。

文化座公演

佐藤哲也さんが出演されていて、ご案内をいただいたからです。


この公演を拝見して、或る人のことを、思い出しました。

末次一郎・・・と、いう人です。

末次さんのことは、以前にもこのブログでご紹介したことがありますが、
わたしの父が末次さんからの要請をうけて、返還前の沖縄に行き、
復帰後の沖縄の産業復興のための農業調査をしたことがあります。
沖縄が復帰する10年も前、1962年のことです。

ちょうど、弟が産まれようとしていた矢先のことで、
臨月を迎えようという母と小さい妹を浜松に残し、
わたしは徳島の父の実家に預けられ、
当時アメリカに統治されていた沖縄に、父は渡ったのでした。


末次さんは、在野から沖縄返還北方領土返還運動という仕事をした人でした。
青年海外協力隊を創設したのも末次さんですし、
陸軍中野学校で同期だった小野田寛郎さんが、フィリピンのルバング島から、
戦後29年経って帰還された際にも尽力されたという話です。

その末次さんの話は、父から何度も聴かされました。
戦後、海外で戦犯として服役していた人々を減刑させたうえで日本に連れ戻したり、
シベリアに抑留されていた人たちを迎える活動をされたりしたのだそうですが、
わたしが、最も興味をもったのは、戦災に遭って孤児になった子供たちを集めて、
靴みがきを覚えさせて、自立教育をしたという話でした。

戦争に敗けたときに、青年将校だった末次一郎さんと、16歳で予科練帰りの父。
二人に共通していたのは、敗戦によって荒廃してしまったこの国への責任感でした。
それは、孤児たちや戦犯にされてしまった人々や、シベリアに抑留されていた人たち、
沖縄の人々といった、最も弱い立場の人々に向けられたのでした。
末次さんも父も、それを “ 戦後処理 ” という言葉で表しています。

このように、様々な人々が、様々な立場で、
地道な活動や仕事を通じて戦後復興という大事業を成し遂げました。

そしていま、大震災や原発事故によって生じてしまったこの国の荒廃を、
わたしたちもまた担わなくてはなりません。

その時、先人たちから学ぶことは、大きな意味をもつのではないでしょうか?
いま、末次一郎さんが亡くなられて、10年目の夏を迎えています。

骸骨ビルの庭 004


がんばります

2011年06月24日 19:00

昨夜は、石塚理子さんに、
3月11日以降、被災各地へボランティア活動に行かれているお話を伺いました。

異業種交流会FTNの6月例会の講師をお願いしたからです。

石塚さんのご本業は、管理栄養士です。
そして、わたしのコーチ仲間でもあります。

いわき市ご出身の石塚さんは、ご実家を大震災直前に片づけられました。
石塚さんは、近年ご両親を亡くされたからです。
石塚さんがボランティア活動に参加しようと思われたキッカケは、
今回の地震でも幸い被害がなかった、そのご実家を被災した方に貸したことからだったそうです。

現在は、大塚や駒込を含む谷根千の地域を盛り上げる活動をしている仲間を母体にして、
十以上のチームに分かれて、メディアが取り挙げないような避難所を中心にして、
個別のニーズに応えるように活動をされているのだそうです。

参考:谷根千震災字報


ところで、
よく「がんばれ東北!」とか、「頑張ろう東北!」というようなスローガンを、見聞きします。

「負けるな!」とか「必ず・・・」といった文言もありますね。

・・・、気持ちは、解ります。

さて、
石塚さんに、被災地で言ってはいけない一言というお話を聴きました。

「大変ですね」「大変でしたね」なのだそうです。

多分「お気の毒ですね」というのも、被災した方々にとっては
うけとり難い言葉なのではないでしょうか?

勿論、これをマニュアル的に覚える必要はないと思いますが、
その状況のなかで、十分に慮って言葉を使う必要があるのだろうと、思いました。

そして、
反対に被災地で喜ばれた言葉というのも伺いました。
それは、「ありがとうございます」だったのだそうです。

避難所で炊き出して作った御味噌汁の味を、避難されている方に褒められて、
思わず「ありがとうございます」と言ったところ、その方がおっしゃるには、
「避難生活でボランティアの方たちには何度もありがとうございますを言ったけれど、
自分がありがとうございますと言われたのは初めてだったので嬉しいです」
ということでした。

情けは人のためならず
人は、人に感謝するよりも、人に感謝されることで喜びを感じるものなのですね。


以前にも、ご紹介しましたが、わたしの古くからの友人の母上が、
入っていらっしゃる施設の職員の皆さんが停電でうろたえていたときに、
「黙って働け!」とおっしゃったというエピソードがあります。
職員の皆さんは、その言葉を聴いて冷静になれたのだそうです。

その話を知ってからわたしは、時々その話を思い出しています。

勿論、被災した方々にこの言葉をかけるつもりではありません。
この言葉は、わたし自身に対する叱咤激励のように感じているのです。

日々、様々なことに心惑わされる状況がつづいていますが、
ひとり一人が、やるべきことを黙って行うことでしか進まないことがあると、
教えられるような言葉です。

人を元気づける言葉も様々ですね。

その意味で、
「がんばろう!」ではなく「がんばります」なのかもしれません。






国とは誰だ?

2011年06月23日 23:59

松井一実広島市長の発言が話題になっています。

被爆者援護法に関係する認識を発言されたものですが、
ご自身も被曝二世であられる広島市長の発言ですから、
今後も、議論の対象になることが予測されます。

被爆者援護法という法律の前文には、
「ここに、被爆後五十年のときを迎えるに当たり、我らは、核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし、原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう、恒久の平和を念願するとともに、国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ、あわせて、国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため、この法律を制定する。」
という記述があります。

しかし、この前文からは、
なぜ国が、なんの「責任において」「援護対策を講じる」のか、という意味が、
わたしにはよく読み解けません。

戦争を起こしたのが国だからなのか、国が戦争に敗けたからなのか、
いけない戦争だったからなのか、国がなんの責任をとって援護するのかが、よく解らないのです。

その国がなぜ、アメリカ合衆国ではないのかも・・・。

そして、
他の戦災地や戦死者との違いや、被爆(被曝)認定をめぐっても議論が残されています。

これらの認識の違いが、松井一実広島市長の発言が話題になる所以でもありましょう。


ところで、
わたしたちは、広島と長崎に投下された原爆について、なにを知っているでしょう?
原爆が投下されて、戦後66年が経つというのに、
多くの日本人は、放射能がどんなものか最近まで知らなかったのではないでしょうか?

現在、福島県を中心にして起こっている、原発事故による放射性物質の影響や問題は、
まだ始まったばかりです。

原爆の影響や問題だって、66年経ってもまだ未解決で議論がつづいているのに、
福島や周辺で起こったことが解決するのは、いつになることでしょう?


さて、
きょうは6月23日、沖縄の「慰霊の日」です。
沖縄戦が組織的戦闘を玉砕によって終えた日です。

ところで、
あれほど悲惨な戦場になった沖縄が、いまでも抱えている問題を、
わたしたちは、正確に知っているでしょうか?

憲法第三章第14条には、
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、
政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。


と書いてあります。
しかし、沖縄に在日米軍基地の7割以上が在ることを、
どれだけの日本人が議論してきたでしょうか?

ここに、
豊かな電力を消費しながら、地方に交付金を使って様々なリスクを負担させてきた
日本の電力政策における、わたしたちの姿勢が重なります。


沖縄海軍の司令官だった大田実司令官が自決する直前に大本営に宛てて打った最後の電文。

沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

このメッセージを、いまわたしたちはどう受けとるべきでしょうか?







「七月大歌舞伎」

2011年06月22日 22:14

七月大歌舞伎

名古屋の中日劇場公演「新・水滸伝」も明後日で千穐楽を迎えます。

出演者・スタッフの皆さん全員がそうでしょうが、
地方での公演中は、外食がつづきます。

食生活という観点から言えば、
かなり不規則で偏った生活がつづくことになるのです。

その意味で、
息子Kは、娘やみきちゃんにも逢いたいでしょうが、
家庭料理にも逢いたいんじゃないでしょうか?


さて、
息子Kの次の舞台は、来月の新橋演舞場公演「七月大歌舞伎」です。

いろいろな意味で、熱い舞台、暑い夏がやってきます。

若い人たちには、歌舞伎界も、日本の演劇界も、
新たに創っていってほしいものですから、わたしは期待しています。






安心と信頼と信用

2011年06月21日 21:55

きょうも、講座の開催日でした。

本日のテーマは、「安心と信頼と信用」です。

コミュニケーションについて、
安心感をもっていただくことも、信頼していただくことも、大切なことだと思います。
それをコーチングでは、「ラポール」といって重要視しています。

そこで、いつもクライアントやクライアント候補や受講してくださる皆さんとの
ラポールを意識するわけですが、以前からなにか違和感を感じておりました。

それは、ある不自然さへの葛藤でもありました。


さて、先日「安全神話」について書かせていただきました。
「原子力発電は安全だ」という “ 神話 ” を信じ込まされていたが、
その “ 安全神話 ” が崩れてしまった、というお話でした。

わたしは、信じ込ませた側もワルイが、信じ込んだ側もワルイと、思っています。
それが、「安心感」とか「信頼感」というものではないかと、思うのです。

「安心」や「信頼」そのものがワルイわけではありません。
築くのも困難ですし、築かれれば貴重なものでしょう。

しかし、その「安心」とか、「信頼」には、
どこか “ 依存する ” 、或いは、 “ 依存したい ” と思う心理が
あるのではないかと思うのです。

わたしたちは、今回の大震災や原発事故で、
安心や信頼が脆くも崩れるものだということを、経験しました。

原発のことで云えば、
多くの為政者や行政や学者やマスコミが「安全だと言っているから」
という理由で、自分の思考を停止させていた、わたしたちの存在が判明しました。
わたしたちは、まずそのことを総括する必要があるのではないでしょうか?

「安心」とか、「信頼」という言葉には、
そんな他人任せの無責任さが垣間見えるのです。


その意味で、
わたしは、コミュニケーションやコーチングにおいて、
「安心感」や「信頼感」も重要視していますが、
お互いに相手に依存しない関係、
自己責任を基本においた関係、
ものごとは自分の意思で決めるといった姿勢、
そしてなによりも、自分のどんな考えや気持ちでも、
わたしと、やりとりして頂ける関係を築きたいと、思っています。

それをわたしは、「信用」と、呼んでいます。




ゴンドラの唄

2011年06月20日 23:59

紫陽花

命短し 恋せよ乙女
赤きくちびる あせぬまに
熱き血潮の 冷えぬまに
明日の月日は ないものを

命短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざもゆる頬を 君が頬に
ここには誰も 来ぬものを

命短し 恋せよおとめ
波にただよう 舟のように
君がやわてを わが肩に
ここには人目の ないものを

命短し 恋せよ乙女
黒髪の色 あせぬまに
心のほのお 消えぬまに
今日は再び 来ぬものを


吉井勇作詞、中山晋平作曲、「ゴンドラの唄」です。

黒澤明監督の映画「生きる」の主題歌です。

しらず知らずのうちに、口づさんでいます。






神話

2011年06月19日 21:26

このところ、マスコミが挙って、

「原子力発電の安全神話が崩れた」

とか、申します。


つまり、わたしたちは、原子力発電が安全だと信じ込まされていたのであって、

その信頼を裏切った“ 神 ” が、悪いのだと云わんばかりです。


信じた者は、悪くないのだから・・・

という理屈が垣間見えます。


本当にそうでしょうか?


戦争が終わったときにも、同じようなことが起こりました。

それまでの日本には、不敗神話というのがあったのでした。

「日本は、神の国であるからして、負けねんだ」

という神話が崩れたのでありました。

そして、日本人は、

それを、そういう風に思わせた人たちを、悪者にしたのでした。


それにも一理あります。

そう云って、神話を信じさせてきた人たちもいました。

その人たちも、悪いです。


しかし、

それをもって、自分たちは一切悪くはないのでしょうか?


神話を簡単に信じることも、問題ですが、

神話が崩れてしまってから、悪いのは、それを信じさせた人の所為というのも、

いかがなものかと、思います。


少なくとも、

うちの孫娘のような、これからの人に向かって、

正直に、自分がやってきたことと、やってこなかったことは、

話さなければ、

いけないと、思っています。


もう、神話を信じるのは、やめませんか?

ひとの所為にするのは、やめませんか?


これからは、自分で、

調べて、知って、選択して、

決めましょう。


たとえ、専門家である医師が言ったところで、

判断して決めるのは、自分自身でしょ?


ふきそうじが好き
         ふきそうじがスキ!じぶんのことはじぶんで・・・








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