無明

2011年05月31日 23:59

三毒煩悩」という言葉があります。

これが落語なんかですと、飲む・打つ・買う、の三つということになっておりますが、
仏教では、人のなかに108あると謂われる煩悩のなかで、
人が最も克服しなければならないとされる代表的な煩悩は、
貪・瞋・癡、という三つであるというのだそうです。
貪・瞋・癡(とん・じん・ち)というのは、
貪ること、つまり貪るように欲するこころですね。
瞋というのは、思い通りにならないことを怒ったり、憎んだりするこころ。
癡(痴)というのは、真理を求めない無知なこころということでしょうか。


さて、いま多くの人は暗闇の中にいます。

出口の見つからないトンネルの中にいるようなものです。

余談ですが、先日トンネル内で起こった北海道・特急列車脱線全焼事故では、
乗客の皆さんが、真っ暗闇のトンネルの中を煙に巻かれながら逃げて、
生還されたのだそうですが、さぞ怖かったことでしょう。

そうですよね、暗闇は怖いです。

しかし、暗闇ってなんでしょう?
暗闇は、光が無いということですから、灯りがあれば暗闇は無くなってしまいます。
光が射せば、いままでなにもなかった世界にあらゆるものが存在をはじめます。

では、光とはなにか?
人の迷い(暗闇)は、光が無いことにあるのではないか?
そう思います。

人に明かりを灯すことができれば、人を暗闇から助け出せる。
そんなことを考えています。

ですからわたしは、わたしの煩悩のなかで最も克服したいのは、「癡(痴)」なのです。

暗闇を生きるか、光明を得て生きるか、
それも、たったこころ次第なのですけれど・・・。


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二十歳の原点

2011年05月30日 23:59


二十歳の原点 (新潮文庫)二十歳の原点 (新潮文庫)
(2003/05)
高野 悦子

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「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」

二十歳の原点

1970年代、話題になったベストセラーです。

二十歳の原点」と聞いて、「高野悦子でしょ?」と応えれば、
或る程度、その方の年齢が判るというものです。

学生運動が盛んな大学生活と、アルバイト先の男女関係、親子の確執などのなかで、
自分の存在を見つめつづけた女学生の日記を、彼女の自殺後、遺族が出版したものです。

死後に公にされた、“ 個人の日記 ” という意味でも、
二十歳の自殺という意味でも、読者の興味をひいたものでした。

わたしも、二十歳の頃に読んだ憶えがあります。


そのわたしが二十歳のとき、演劇科の受験を控えて、
受験の詳細を訊ねるために学校を訪れたことが、ありました。

警備室の横で待っていると、教務の若い男性が応対に出てきました。

ズボンの両ポケットに手を入れながら、
「君、受験すんの?」
みたいに話しかけられた印象が残っています。

ぶっきらぼうな話し方でしたが、かなりの時間わたしの質問に応えてくれました。

それが・・35年ほど前、わたしが二十歳のときでした。


若者が、自我と現実のなかで翻弄されるのは珍しいことではありません。
初めて“ 孤独 ”というものを実感する時期だからでしょうか?
しかし、その “ 孤独 ” というものが人間の本質なのであって、
それは、二十歳の時に限らず人生の終わるときまでつづく、
人生の “ 原点 ” なのでしょう。

だからこそ、
もう少し、話してほしかったと思います。
もう一度、逢ってほしかったと思います。
わたしも、非力ながら応える用意をしていたのですが。



便所の100ワット

2011年05月29日 23:52

我が家にご来宅いただいた方々に、
よく「素敵なお宅ですね・・」と云っていただく我が家なのですが、
関わっていただいた職人さんたちの所為ではなく、
わたしにとって我が家の作りは不本意です。

そのワケは私たちが行った人選にあるのですが、
その責任は、わたし自身にあります。


その我が家に対する不満の一つが、消費電力の大きさなのですが、
とてもご披露できる金額ではありません。

異常に高額です。

アメリカで暮らす(L・A、L・V)息子Yの家の電気料金と比べたら、数倍です。
元々、アメリカの家庭用の電気料金は日本の半額以下だと言われていますから、
日本の家庭平均のはるか上をいく我が家の電気料金は、驚異的でしょう。

そういえば、話は逸れますが、
電気料金が安いせいなのか、アメリカに行くとホテルでも住宅でもほとんどが
白熱灯を使っていまして、蛍光灯を見かけることがあまりありません。

アメリカ人は、白熱灯好きなんでしょうかね?
あれが、蛍光灯やLEDに替わるだけで、そうとうな節電になるでしょうね。

さて、話を戻すと。

ですから、電気代を気にせず暮らすことに慣れた息子Yが帰国すると、
家中の電気を点けて歩くものですから、ただでさえ高額な電気料金が跳ね上がります。

さて、その電気料金が高額になる原因ですが、
一日中テレビや床暖房を点けている父のライフスタイルや、古くなった冷蔵庫も考えられます。
しかし、高齢の父のライフスタイルは変えられませんし、冷蔵庫は近く買い替えます。
それよりも最大の原因は、照明なのです。
建築時、わたしたちは蛍光灯の灯りを望んだのですが、間接照明の灯りに拘って
ほとんどが白熱灯を使用した我が家なのです。

それでも、それほど気にしないで承諾したのがいけなかったのでしょう。
入居したのは8月でしたが、初めて電気料金の請求書が届いて驚きました。
クーラーの所為もあったでしょうが、温室のような作りの我が家で冷房ナシというのは、
命に関わります。


さて、この節、
今年の夏は、住宅で15パーセント節電が目標なのだとかで、
早速我が家も取り組むことにいたしました。

既に、原発事故以降の節電の呼びかけ以来、
我が家は、電気料金の金額でみても約30パーセントくらい節電しているのですが、
白熱灯をLEDに交換することで、更なる節電が可能になると思ったのです。

しかし、
なんといっても初期費用が高いことがネックです。

数十個付いている電球を全て替える費用を計算すると、とても一括では難しいので、
約3か月に亘り3回に分けて交換することにしました。

時を同じくして、地デジによるテレビ購入の必要もありましたし、
いずれ古くて大きな冷蔵庫の買い替えも控えているからです。

いくつか部屋の電球を替えましたが、
明るさもあまり変わりませんし、壁が白い所為か、かえって明るく感じます。

それにしても、
まったくそういったことを考えもせず、間接照明だとか雰囲気だとか、
曖昧なイメージを先行させて家づくりをしたことを反省しております。

家づくりの基本は、安心・安全・環境・経済性ですからね。

消してみれば、それなりになんとかなる無駄な電気が多かったことにも気づきました。
わたしたちのライフスタイルも変えていかなければなりません。

3.11前の私たちの暮らしや生き方は、まるで“便所の100ワット”だったということでしょう。



心配無用

2011年05月28日 23:07

青天の霹靂」というのは、決して悪いことばかりを指す言葉ではありません。

しかし、
それまで思ってもみなかった、或いは思いたくなかったような、
出来事が起きることの方が、嬉しい出来事やサプライズより、
多いように思えるのも、また事実です。


きょうは、疲れてしまいました。

予定候補にしていたことが二つほどありましたが、
台風による雨のせいもありまして、諦めてしまいました。

そのお陰で、みきちゃんと孫娘とデートしましたが・・・。


その疲れの原因なのですが、思い当たりません。
昨夜、深夜の「朝まで生テレビ」を視聴しました。
しかし、深夜に起きていることなど、珍しくありませんし、
昨夜のことで云えば、孫娘の横で未明に添い寝もしているのです。

それにしても、一日中だるさが身体中を支配していました。

これって、なにかの予兆なのかもしれません。

だからと云って、
どうか、ご心配無用に願います。

わたしは、大丈夫ですから。



内省

2011年05月27日 23:59

きょう、久しぶりに過去の私のブログの文章を読んでみました。
今年3月11日以前のものです。

やはり、あの3月11日を境にして、
ブログの内容や心境が一変しているのが判ります。


昨日の夜、十年前から参加し、また代表を務めている、
異業種交流会FTNの例会がありました。

今月5月例会の孔子は、いや講師は、
以前から懇意にさせていただいていて音楽家でもある、
安岡活学塾幹事の工藤直彦さんにお願いしました。

混迷の時代、少しでも光明を見出したいときに、
多くの先人たちが教えを授かり、また励まされた孔子の言葉、
論語」の中に一筋の光が見えるかもしれないと、思ったからです。

講師のお話の切り口が興味深く、
お蔭様で参加者にも大好評で、学ぶ楽しさを味わいました。


その「論語」の「顔淵第十二」という章句の中に、
子曰わく、内に省みて疚しからざれば、夫れ何をか憂え、何をか懼れん。
という言葉があります。

自分の考えたことを省みて、疚しいことだと思わないのであれば、
何を恐れることがあるであろか。
君子(立派な人)は、
くよくよ憂うことはしないし、びくびくすることもないのだよ。

こんな意味だと思います。


さて、わたしはコーチングをやっていて、
コーチングのキーワードは「リフレクション」だと思っていました。
この「リフレクション」をどのように引き出すかが、
コーチングにおける会話の肝だと言えるでしょう。

この「リフレクション」という言葉を訳すと、「内省」という言葉になりましょう。
つまり、「内省」という言葉の出典は「論語」ですから、
コーチングのキーワードは、孔子の教えとも一致しているのです。

以前から思っていたことですが、
私がブログを書くことの最大の効能は、それがセルフコーチングになることです。



ビジネス訳 論語ビジネス訳 論語
(2011/04/21)
安岡活学塾

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ブレーンストーミング

2011年05月26日 17:10

第3回集会

きょうの11時から13時まで、
「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」の集会に参加してきました。

きょうが、一昨日・昨日につづいて第3回目の集会です。

会場の参議院会館会議室に早めに到着しましたので、
代表者の山田恭暉(やまだやすてる)さんとお話しさせて頂く機会を得ました。

しかし、会場を手配してくださった参議院の牧山弘恵議員の秘書の方の様子を見ていて、
多くの参加者が予想され、急遽テーブルで四角く囲まれていた会議室スタイルの会場の
テーブルを片づけてセミナースタイルの会場設営にし直す提案をし、お手伝いしました。

場づくりや段取りが気になるのは、やはり芝居の制作者のクセでしょう。
そんなことから、受付役を頼まれまして、結果議論に参加することが出来ませんでした。


山田代表のご提案された行動隊の主旨も、
受けとる方が違えば、主旨の認識や方法論も違ってしまいがちです。
赤いリンゴが、青いリンゴになったり、赤いバナナになったりするワケです。
この場で云うことでもありませんが、やはりコミュニケーションスキルが大事ですね。

また、話の進め方も、
「議論」がしたいのか、「思いを披露・共有」したいのか、「情報や認識を統一」したいのか、
そのことの合意形成から始めなければなりません。

ですから、

①まずは、この集団の目標をあらためて認識し、それを共通認識にすること。

②その目標設定が出来たら、それに向けての分野別の分科会を立ちあげること。

③各分野別の分科会においては、出来るだけ沢山アイデアを提案し合って、
 提案を否定しない形式のブレーンストーミングを行うこと。

④様々に提案されたご意見に優先順位をつける作業を経て、行程表を作ること。

こんな提案を考えました。
が、受付ですから、発言する機会がないまま時間切れになってしましました。


しかし、
発言したら、確実に事務局・・・でしょうか?

福島原発暴発阻止行動プロジェクト

一里塚

2011年05月25日 23:59

私ごとではございますが、
本日、5月25日は私どもの結婚記念日でございます。

それも、今年の結婚記念日は、十年目の節目の記念日です。

しかし、諸先輩方のご経験に比べれば、まだ一里塚といった感じでございます。

くまさんの看護

今朝、孫娘がまた熱が高くなりまして、一度は保育園に行ったものの、
すぐにわたしが迎えにいくことになりました。

わたしの息子夫婦は、近くに住んでいますが、、
夫婦してそれぞれ仕事に忙しくして、頑張っております。

ご夫婦だけで子育てしている方々には甚だ恐縮ですが、
孫娘の場合は、幸い近くにわたしたちが居て、サポート出来ますので、
きょうのような場合でも、代わりがさせてもらえます。

病院へ連れて行って診て頂きましたが、
保育園に通う以上、通る道だそうです。
たいして心配をする必要はないようです。

そこで、
きょうは、孫娘の様子を観ながら、楽しく夕食をいただきました。

みきちゃんから貰った、スパークリングワインも、美味しく空けました。




福島原発暴発阻止行動プロジェクト

2011年05月24日 23:59

天下国家

先日、「シニア決死隊」というタイトルで、ブログを書きました。

実は、わたしも行動隊支援者というスタンスで、登録させていただきました。

いまの事態が起こっている責任は、わたしにもあると考えます。
そのわたしに、なにが出来るのか、3.11以降自問自答の日々でございました。

誰かを批判するエネルギーを、なにか別のものに使いたい。
それは、募金でも物資提供でもボランティアでも払拭できない、思いでした。

そんなときUstreamで、「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を呼び掛けられた、
山田恭暉(やまだやすてる)さんのことを知りました。

そこで、すぐに登録させていただいたという次第です。


その「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」の山田恭暉さんから、
昨日メールを受け取りました。

きょう、午前中から議員会館内で第1回目の集会を行なうというのです。
幸いにも、きょうは学校の講座がありませんでしたので、早速出掛けました。

突然の呼びかけですから、
あまり人が集まっていないのではないかと思いましたが、
会議室いっぱいに人が集まりました。

その中で、行動隊志願者の方々が15・6名、
わたしと同じ支援者として登録した方が、4・5名いらしたでしょうか?

その様子は早速、Ustreamにて、配信されています。
39分23秒あたりから、2分半程わたしが喋っております。

動画「退職者による 原発暴発阻止行動プロジェクトに関する打合せ」





そこにある奇跡

2011年05月23日 19:09

わたしは、原生林の中を通る山道を、小学校に通っていましたので、
帰り道は、飽きることがありませんでしたが、
これからの季節、“ 道草 ” は、いつも “ 薔薇莓(ばらいちご)摘み ” でした。

流通市販されている苺(いちご)もバラ科に属していますが、
所謂バラのトゲはありません。
しかし、バラ莓(いちご)は、キイチゴ属に属していて、
その名のとおりトゲがあります。

それにバラ莓の木が自生しているところは、大体が急な斜面だったり、
草深い場所だったりして、その木まで到達することも困難を要しましたが、
トゲと格闘しながら、赤くて甘酸っぱい実を口いっぱいになるほどの量、
学帽にためることに、時間を忘れて夢中になりました。

おかげで、顔や手にトゲによる引っかき傷をつくることになるのですが、
そんな労苦を惜しまないほど、その赤い実は美味だったのです。

ばらいちご

きょう、故郷の弟がバラ莓の写メを撮って送ってくれました。

「自然の恵に感謝!子供の頃の懐かしい初夏の味がしたよ」

と、書き添えてありました。


人間は、毎年当たり前だと思っていますが、
この季節になると芽吹く新緑も、
黒潮に乗って北上する「上り鰹(初鰹)」も、大自然の成せる技でしょう。

作物や養殖の場合であっても、あくまでも人が自然の手伝いをするのであって、
それを創るのは、大自然の営みなのだと、思います。

毎年、当たり前に享受してきた、そんな大自然の恵みを、
むざむざ捨てるような事態が起こっている昨今です。

そして、そんな地域が広がっているのです。


核分裂とは、謂わば宇宙創生の領域です。
神でもない人間が、宇宙創造実験をしたことが間違いの本でしょう。

お茶の新芽も、初鰹も、わたしたち人間も、
いま、そこにある大自然の奇跡なのですから。

命

             いのち






明治座「四ノ切」

2011年05月22日 23:59

明治座 009

きょうは、よく晴れた “五月晴れ” 。

新緑のなかを、かみさんと出掛けました。

明治座 005

「明治座五月花形歌舞伎」を観に行って参りました。

昼の部「義経千本桜」の、「四ノ切」で息子Kが亀井六郎を勤めております。

一、義経千本桜 川連法眼館(よしつねせんぼんざくら かわつらほうげんやかた)

佐藤忠信/忠信実は源九郎狐 市川 亀治郎
                静御前 市川 門之助
             駿河次郎  中村 亀 鶴
             亀井六郎  市川 弘太郎
             川連法眼  市川 寿 猿
              妻飛鳥  上村 吉 弥
        源九郎判官義経  市川 染五郎


二、蝶の道行(ちょうのみちゆき)

              助国  市川 染五郎
              小槇  中村 七之助


三、恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)

  封印切

           亀屋忠兵衛  中村 勘太郎
             傾城梅川  中村 七之助
          井筒屋おえん  上村 吉 弥
         槌屋治右衛門  片岡 亀 蔵
       丹波屋八右衛門  市川 染五郎

明治座

五月の新緑のように、清々しい舞台がつづきました。

27日、千穐楽。


しかし、
劇場を出たら、外は曇って細かい雨が降り出しておりました。
あぁ・・・、洗濯物が干しっぱなし。




終末説

2011年05月21日 19:00

昨日のことです。
富山県に住んでいる古くからの友人が突然電話してきました。
特に用事もなかったようでしたが、地震の影響はどうかと訊かれました。

「最近は、一時より余震の回数も減ったかなぁ」

などと応えていましたら揺れだしまして、9時46分茨城県沖の地震でした。
最大震度は、4でした。


その友人が、
ノストラダムスの予言では、ホントは2012年が危ないらしい」
と言うのです。

この手の話に相槌を打つのは難しいのですが、
「あっ、そうなの?」
と、応えて受け流しました。

そういえば、
以前から 「宇宙の創造には神の手は必要としない」 と主張していた、
イギリスの物理学者、ホーキング博士が、
「天国も来世もないよ。それは闇を恐れる人々のおとぎ話だよ」 と発言して
話題になっています。

ノストラダムスの予言を始めとした様々な “ 終末説 ” に組するのも
躊躇われるのですが、一方で、絶対的な存在を根底から否定するのも、
サッパリしすぎている感じがします。

まっ、死んだらキレイサッパリ亡くなるということも、どこかで識っていながら、
それでも、あの世とやらで、この世を眺めてみたいなどと思っているというのは、
未練や執着の成せる考え方なのでしょうか?

ところで、なにやらニューヨーク辺りでは、
きょう、5月21日が世界滅亡の日だと予言する人がいて、話題になっているのだとか。


そういえば、
またしても福島第一原発の3号炉の取水口付近から、
高濃度の放射能汚染水が流出していたことが、きょう発表されました。
流出量は少なくとも250トン。
放射能量は約20兆ベクレルと推定されるのだそうです。

保安規定から言っても、原子力発電所全体から1年間に放出が許容される量の
約100倍に相当するというのですが、このことですかねぇ・・・?

時差がありますから、
日本時間では、滅亡は明日あたりなんでしょうか?

まだ、少し時間がありますね。


手習子

2011年05月20日 19:04

日本舞踊に「手習子」という踊りがあります。

手習子」という踊りは可愛いのですが、踊りを習うのはなかなか難しいことです。

「手習いは坂に車を押す如し」 という諺があります。

習いごとは、油断して力を抜くと元に戻ってしまうから、継続することが大切だよ。
というような意味でしょう。

手習い

見てください。
先日、わたしの部屋で孫娘に鉛筆を持たせたときの写真です。

エンピツで、わたしのパソコンになにやら描きはじめまして、
パソコンが真っ黒になったのでありますが・・・、
見ていただきたいのは、エンピツの持ち方なんであります。

わたしは、エンピツを与えただけで、持ち方を教えたりはしておりません。
いや、仮に教えようと思っても、教えられる年齢でもありません。

しかし、
何度持ち替えさせても、このように正しく持つのでした。

まだ生後11ヶ月ですよ。
天才なんじゃないかと、思います。・・・爺馬鹿です。  


しかし、冷静に考えてみると、
人間が自然に筆やエンピツを持って字を書こうとすると、
このように持つのが合理的なのではないか・・・とも思ったのでした。

つまり、自然に任せてやらせてみれば、このように持つものなのだ、と。
それを、無理に教えようとするから、むしろ自然で合理ではなくなるのだ、と。

何事も、無理に教えよう、習わせよう、矯正しよう、とすることに、
不合理性が生じて、本来人が持っている自然な才能の芽を摘んでしまうのではないか?
そんな事まで考えました。

いかがでしょう?みなさんはどのように思われますか?

そこで、もしお近くに0歳児がいらっしゃったら、
試しにエンピツを持たせてみていただけませんでしょうか?

そして、うちの孫娘と同じようにエンピツを持つようでしたら、
わたしの説にも可能性があるということになりましょうし、
もし、そのようには持たないようでしたら、恐縮ですが・・・、
うちの孫娘は、やはり天才です。 

えんぴつ




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