到着

2011年03月31日 12:20

いま、成田空港に到着しました。
リムジンバスの出発を待つ間に、これを書いています。

出発時、荷物の積み込みが遅れたのと、
出発したと思ったら、離陸直前にトイレに入った人がいて、
キャビンアテンダントが、慌ててドアをノックするも、
なかなか中の御仁は出ていらっしゃいませんで、離陸待ち。
40分くらい遅れて離陸したのですが、ほぼ定刻に到着しました。

あれ、いつも不思議に思うのですよ。
遅れをどこで取り戻すのでしょうね?


まぁ、今回の旅行は、
アクシデントが離陸直前のトイレたてこもり事件くらいで、よかったです。

思えば、ずっと心此処に在らず状態での旅でした。
しかし、この後で整理しようと思っていますが、
実に貴重な充実した旅になったと、思います。

“ この ” タイミングにインディアンポイント原子力発電所に行き、
長年反対活動をされている方たちのお話しを聴いた事。

ワールド・トレード・センター(チャーリーさんの言い方では“クレーター”)
で犠牲になった人々のファミリー・ルームで目にしたもの、
遺族でもある、チャーリーさんから聴いた話。

山口彊さんの晩年に、お宅に住み込んで、短歌を英語に翻訳したチャドさんの話。

記録映画「二重被曝」「二重被曝~語り部 山口彊の遺言」
協力プロデューサーである、中村英雄さんとお話しながら見えてきた事。

タイムズスクエアの灯りを見ながら、原発について考えたこと。

国連本部で、
浦上天主堂の被爆した「迷える子羊を抱えた聖アグネス像」を見て感じたこと。

トリビュートWTCビジターセンターに飾られていた、
佐々木禎子さんの、小さな折鶴にこめられた願い。

そして、NYのゆみさんを始め、
多くの人たちに接して、ご親切を受けたこと。

本当に、貴重な経験をさせていただきました。
お忙しいのに、大変お世話になったNYのゆみさん、
メッセージをこめた書を描いてくれた叔母、
心をこめて一閑張を創ってくれた妹、
そして、快く送り出してくれたかみさんに、
感謝しています。



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帰国

2011年03月30日 20:46

只今、ニューヨクJFK 国際空港のラウンジにいます。

あと40分後に帰国便が出発します。

アッと言う間の、という時間だったはずですが、
今回は、長く感じました。
何か、夢のなかの出来事のような気がしています。
それは、3月11日から、ずっとつづいている感覚ですが・・・

ニューヨークでは、毎日が充実していました。

新たに、素敵な出逢いの連続でもありました。

この経験を帰国したら、整理しようと思っています。

インスピレーション

2011年03月29日 23:59

MOMA.jpg

きょうの夕方、記録映画「二重被爆」「二重被爆~語り部 山口彊の遺言」
協力プロデューサーである、中村英雄さんとお会いすることができましたが、
それまでの時間、特に予定がありませんでしたので、
ニューヨーク近代美術館に行ってみようと思い立ちまして、ホテルを出ました。

45th St.から歩いても、約15分程度で53rd St.に在る、
ニューヨーク近代美術館(MOMA)に着きます。

ところが、急に思い立って出発したので、
よく調べもしなかったのですが、毎週火曜日は休館日でした。

Closed today

さて、正直に云って、これまで行った海外旅行で、
今回ほど早く帰りたいと思ったことは、ありませんでした。

直接ではないにしても、大震災に遭った後で、
停電・節電や、福島原発の放射性物質漏れの混乱のなか出発したのですが、
時差ボケのときが過ぎても、2・3時間で目が醒めて、
そのまま眠れぬ毎日がつづいております。

パソコンを開いては、余震や原発の情報をチェックして、
あれは、夢ではなかったのだと確認させられ、落ち着かない時間を持て余し、
孫の写真を眺めては癒される、そんな夜が繰り返されております。

それに、ニューヨーク・マンハッタンのベットに横になりましても、
揺れているような錯覚がつづきます。

あきらかに、ストレスやら後遺症でしょうね。


そこで、絵画でも鑑賞したら、
なにか僅かでも、希望の灯りが見えるのではないかと思い立って、
ニューヨーク近代美術館を目指したというワケです。

こういうときは、ひらめき(インスピレーション)が、大事でしょう。
人類にとって、困難なときこそ、音楽や絵画といった芸術が必要ではないでしょうか?
モチロン、演劇も!

ですから、そんな芸術の力を信じるために、確認するために、
美術館に行こうとしたのだと、思います。

しかし、
お休みじゃあ、しようがないですね。

そこで、ブラブラと当てもなく散歩することにしました。

セント・パトリック教会

セント・パトリック大聖堂は、アメリカ合衆国で一番大きな教会なんだそうです。
5番街に面して建ち、ロックフェラー・センターに向かい合っています。

アメリカ合衆国を代表する企業家がオイルマネーで築き上げた巨大ビルと、教会。
アメリカ合衆国の二つの象徴的なものを、同じ場所から観た感じがしました。

経済と、祈り・・・

ロックフェラー・プラザ

そして、娯楽。

ブロードウェイ

W 46th St


ニューヨーク・マンハッタン独り歩き

2011年03月28日 23:59

国連本部

きょうは、月曜日。

お仕事がある平日ですので、わたしは独りでマンハッタンを見て回ることにしました。

国連本部2

朝、タイムズスクエア近くのホテルを出て、46th St.を東に向かって歩くと、
約15分で国連本部に着きました。

イースト・リバーを背にして、国連本部は在ります。
きょうは、会議が開かれているのでしょう。各国の国旗が掲揚されています。

国連本部3

国連本部には、内部の見学ツアーがあるというので、やってきました。

飛行機に搭乗する前のような手荷物と身体のセキュリティー・チェックを受け、
ロビーフロアに在るツアー受付で、日本語のLanguage Tourが行われるか訊ねると、
午後4時からなら、ということだったので$16払って、英語ツアーを申し込みました。

国連本部ツアー

30分ほど待って、ツアー開始。
一人ずつ、ヘッドホンセットと番号札を渡されます。
ガイドの説明を聴くためで、議場の中でガイドが小声で話しても聴けるためです。
番号札は、ネームプレートのように胸に付けます。

このツアーは、国連の歴史や役割と、現在行っている活動について、
パネルや展示物を見ながら進められます。
議場の最後列の後ろの通路を通過しながら、議場の様子を見ることもできますが、
議場内だけは撮影禁止です。

でも、わたしのように英語力ではなく、説明を聞いていなかったのか?
議場の中を撮影していたおじさんがいましたけどね。

School in a BOX

どんな僻地でも、子供たちがいる場所にこの箱を一つ持っていけば、
そこは学校になるんだ、という「School in a Box」

地雷

義足

会議場

ドアの中が議場なのですが、こんな写真しか撮れません。

被爆マリア像

さて、
思わず、足を止めたのが、浦上天主堂に在ったという立像です。

右手が手首からないのですが、あとはほとんど無傷なのかと思ったら、
背中一面を被爆していて、そのケロイド?は、石像ながら無惨なものです。
思わず目を背けたくなりそうでした。

被爆マリアの背中

被爆マリア


さて、約1時間の国連本部ツアーを終えて、
今度は、コロンビア大学に行ってみました。

Columbia University

コロンビア大学構内

なにしに行ったのかと云えば、別に用事もなかったのですが、
国連も、コロンビア大学も、山口彊さんが講演を行った場所なのですよ。
ですから、「その場所を目にするだけでも意味があるのでは」という
NYのゆみさんのご提案があったのです。

MLMA MATER


その意味で、もう一度WTC(ワールド・トレード・センター)にも行ってみました。
コロンビア大学の在る116St.から地下鉄で一本。
Rector St.で降りて地上に出るとすぐ、
昨晩行ったO'Hara'sというRestaurant/Pubが在ります。

OHaras.jpg

そのO'Hara'sを右に見て突き当り、右の角が消防署、その隣に、
Tribute WTC Visitor CenterトリビュートWTCビジターセンター)」が在ります。

Tribute WTC Visitor Center

同時多発テロが起きた9.11から今年で10年ですが、
ここでは連日、展示ツアーが行われ、生存者がガイドを務めていらっしゃいます。

窓枠

これは、なんだか判りますか?

これは、飛行機の窓枠です。
この窓から、最後になにを見たのだろうと想像してしまいました。

消防士

崩壊したワールド・トレード・センターの中から見つけられた様々なものが展示されています。
大きく曲がった太い鉄骨、誰かのカバン、靴、なぜか穴のあいたスプーン・・・
しかし、生存者の捜索活動に入り、遺品を探し出し、撤去作業にあたった人々の中で、
1,000人ちかい人々が、この10年間のうちに何らかの病気で亡くなったのだと、
チャーリーさんが云っていました。

同時多発テロ

そして、ここにも、日本からのメッセージが・・・

SADAKO.jpg

Sadakos Crane

“Please treasure the life that is
given to you.

please experience all the things
I could not experience in my life.

I entrust a small heart of compassion
(omoiyari) to all of you.

It is my belief that my small
paper crans will enable you to
understand other people's feelings
as if they are your own.”

Sadako Sasaki, 1955

The Family Room

2011年03月27日 23:59

CRATER.jpg

彼は、グランド・ゼロという言葉を、此処では使いません。
彼は、クレーター(CRATER)という言葉を使いました。

彼が言うには、此処はグランド・ゼロ爆心地)ではないし、
広島・長崎を尊重してのことだそうです。

彼は、チャールズ・ペレグリーノさんと云います。
彼は、アメリカ同時多発テロのときに最初にアメリカン航空11便が突っ込んだ、
世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟のその階で、従妹を亡くした遺族です。

チャールズ・ペレグリーノさんは、
「二重被爆~語り部 山口彊の遺言」に登場しますが、
映画監督のジェームズ・キャメロンさんとともに山口彊(つとむ)さんの病床で、
山口さんの意志を受け継ぐと、約束をした一人です。

今回は、わたしが、その山口さんをモチーフにした戯曲を書くにあたって、
チャールズ・ペレグリーノさんにも、是非お話を伺いたいと思って、
お会いする約束をしていただいておりました。

The Family Room

そして、その彼がわたしたちを連れて行ってくれたのが、
世界貿易センタービル・ツインタワーで亡くなった人々の遺族の部屋、
The Family Roomでした。

此処は、特別な空間です。
テロそのもので亡くなった人々を始め、その後亡くなった遺族も此処で追悼されています。

わたしが高校3年生のときに、長崎市平和公園に行ったことがあるのですが、
その中央に立つ、北村西望さんのブロンズ像の前で、
観光客のように記念写真を撮るのが躊躇われたという思い出があります。

その時と、同じ気分がしたのですが、
ペレグリーノさんに断って、撮らせていただきました。

ファミリールーム

追悼の壁

追悼

従妹

帽子

Cap.jpg

Faces of the Brave

PRESERVE SACRED GROUND

STATE POLICE

遺族の話

跡地

部屋の窓からは、再建工事が進む跡地を見下ろすことができます。


場所を変え、跡地に面したところに在る、O'Hara'sというRestaurant/Pubで、
チャールズ・ペレグリーノさんのお話を聴くことにしました。

2001 9 11

ここは、テロが起きたときの報道写真によく登場するお店です。

このお店の隣には、消防署が在ります。
そこの隊員たちがよく立ち寄るお店ですし、
ツインタワーで亡くなった多くの消防士も、かつては常連だったのでしょう。

突然お店の中にバグパイプの音が鳴り響き、アメージング・グレイスを奏で始めました。

鐘が一つ鳴って、ひとり一人の殉職した隊員の名前が呼ばれています。
こうして、このお店はいつでも彼らを追悼しつづけているのです。

そんな店内で、チャーリーさんの話はつづきました。
その内容は、戯曲に生かすこととして、
英語の解らないわたしのために、長いこと通訳をしてくださった、
NYのゆみさんには、本当にお世話になりっぱなしです。 

2011 3 27

チャールズ・ペレグリーノ


インディアンポイント

2011年03月26日 23:59

Times Square

成田空港から12時間40分、
窓側の席でしたので、席を立つ度にお隣のお兄さんに「Would you?」を繰り返し、
やって参りました、ニューヨークでございます。

昨夜、ホテルにチェクインしたのが、20時頃。
21時にNYのゆみさんと待ち合わせ、お食事しながら滞在中の予定について打ち合わせ。

今朝は、時差ボケもあってか、早朝から目覚めてしまいまして、
零下4℃という早朝のタイムズスクエアを散歩したのでございますが、
体感もボケているのか、思ったほど寒くはありませんでした。

Breakfast.jpg


朝食を摂ったりしながら、9時30分に待ち合わせ、
きょうは、ニューヨーク在住のジャーナリストTさんの取材に、
NYのゆみさんやお仲間たちと、同行させていただくことになりました。

そして、その行く先は、「Indian Point

ハドソン河

Indian Point」は、ニューヨーク州に在る原子力発電所です。
マンハッタン島の西側を流れるハドソン河に沿って道を上流に上ってゆきます。


現在アメリカ合衆国は、福島第一原発の80キロ圏内に避難勧告を出していますが、
マンハッタンの中心部から約60キロにインディアンポイント原子力発電所は在ります。
インディアンポイント原発から80キロ圏内に2,100万人が住んでいるのだそうです。

Indian Point Energy Center

Indian Point

「初めてのニューヨーク旅行で見るのが、原発だなんてお気の毒ですね」
と慰めらてたのでございますが、のんびり撮っているところをモニターされたら
不審に思われてしまうかもしれないと、早々に写真に収めました。

アメリカ合衆国は、104基の原子炉を持ち、
原子力空母核兵器劣化ウラン弾なども持つ、核大国なのであります。

そんな、アメリカ国民にも、
今回の東京電力福島第1原発の事故は、大きな衝撃とともに伝わったようです。

そこで、地域で20年近く反原発の活動をなさっている元教師のMrs.Elieさんと、
地方議員として、脱原発を提案されているMr.Tyner氏に、Tさんが取材しました。

Mrs. Elie

Mr Tyner

お話を聴いていて、・・・
いや、ほとんど通訳していただかないと、言葉が解りませんでしたが、
お二人の意志は、つよく伝わってきました。


さて、正直に云って、わたしは戸惑っています。
今の日本の現状を見て、事ここに至っても、まだなにか割り切れないものが残ります。

反原発も脱原発も解ります。
私が中学・高校のころ反対運動のあった静岡の浜岡原発にも関心がありませんでした。
これまでの人生で、特別になにも考えてこなかった怠慢なわたしです。
豊かな電力の恩恵を得て愉しんで生きてきました。
そして、今福島第1原発で起こっている事態に戸惑いながらも、
まだ明確な「反対!」を意志表示しない自分に、忸怩たる思いがしています。

しかしそれは、なにか・・・
木から落ちて泣いている子どもに、「なぜ、木なんかに登ったんだ!」・・と、
叱りつけることに似ているような、気がするからなのです。
いままで、ただボーッとしていたのに・・・。

事態は、予断を許しません。
いまはまだ、総括のときでは、ないように思うのです。


しかし人類は、やはり木登りをしないほうが、いいかもしれません。

対岸

一閑張を土産に

2011年03月25日 13:00

ニューヨークに向かう私宛に、一閑張が届きました。

愛知県の大府市に住んでいる妹が、
「わたしも、山口彊さんからのバトンを受け取ったから」
といって、一閑張を作って送ってくれたのでした。

一閑張は、竹細工に古い和紙を幾重にも張って、その上から柿渋を塗った工芸品です。
柿渋を塗った上に、(うるし)や弁柄(べんがら)を塗ったものもあります。

妹は、更に古い着物の花柄などを張ってくれました。

そして、
地に張られている和紙は、古い過去帳や経文やお札だったりするのですが、
ポイントに使われている文字は、徳島に住む書道家の叔母が書いてくれたものです。

去年、兄姉を相次いで亡くし、憔悴していた叔母ですが、
わたしや、妹の意思を酌んで書いて送ってくれました。

取材のために、アメリカで出逢うであろう人々に、土産として持参したいと思います。
わたしの言葉よりも、多くのことが伝わるような気がします。

一閑張 001 「縁」

一閑張 002 「龢(和)」

一閑張 003 「輝」

一閑張 004 「和」

一閑張 005 「和」

一閑張 006 「響」

一閑張 007 「絆」

一閑張 008 「命の輪」

一閑張 009 「無心」

一閑張 010 「無限」


そろそろ、出発の時間です。

では、行って参ります!


「次郎長サンダーロード」

2011年03月24日 23:59

次郎長サンダーロード

3月23日(水)~28日(月) 中野 ザ・ポケット
劇団EASTONES公演第四弾 「次郎長サンダーロード」

拝見しました!

かみさんと友人のMさんと、一緒に観せていただきました。



お控えなすって!

早速のお控え、ありがとうさんにござんす。

手前共、稼業は芝居にござんす。

劇団を構えまして第四弾、長い渡世のメンバーではございますが、
皆さまにお目もじしたての若輩劇団にござんす。

この度、大震災に際しまして、一同稽古場に向かう途中で新宿駅で被災いたし、
新宿西口公園に避難の途上、某ホテルにお世話に相なりました。

いずれ稽古場に一同うち揃い、公演すべきか、公演中止を決断するべきか、
喧々囂々(けんけんごうごう)侃々諤々(かんかんがくがく)問答いたし、
「こんな時だからこそ、思い切り笑って、めいっぱい楽しんでいただこう」と、
数々の困難は覚悟の上、上演を決断させていただいた次第でござんす。

お客人衆には、急な停電や余震など、ご不便をおかけする場合もございましょうが、
全額払い戻しや、他公演への振り替えにて対応させていただく所存でござんす。
どうぞご安心くださいまして、ご来場のほどお願い申しあげます。

手前共演劇人の真骨頂を、お目にかけるつもりで演じさせていただきます。

諸事万端整いまして、一同一丸と相なり精一杯熱い舞台を目指して頑張りますので、
見巧者のお客人衆におかれましてはご観劇のほど、よろしくお願い申しあげます。  



なんてね、わたしが勝手に代弁しちゃいました。

恐れ入りやす。







私のやるべきこと

2011年03月23日 18:00

今朝の二度の地震も、東京は震度3、原発の在る福島では震度5強でした。
あれ以来、ずっと身体が揺れているような気がしています。
夜中に、少しでも揺れると目醒めて、テレビを点けるということを繰り返しています。

また、きょうは東京の水道水から基準値を超える放射性物質が測定されたという報道がありました。
まったく、心配をしだしたらきりが有りません。

こんな状況がつづいていますが、わたしも私のやるべきことを、やろうと思います。


明後日から一週間ほど家を空けます。
独りで、ニューヨークに行ってきます。

去年秋、縁あって、
記録映画「二重被曝」「二重被曝~語り部 山口彊の遺言」に出会いました。

この記録映画のプロデューサーで映画監督の稲塚秀孝さんにも出会いました。
それが縁で、紆余曲折がありましたが、稲塚さんと約束をしたことがあります。

二重被曝された山口彊さんの経験を基にした、戯曲を書くというお約束です。
戯曲というのは、演劇台本のことです。

演劇の、あらゆる要素を総動員して、
演劇のもっている可能性を模索しつつ、様々な要件を満たした戯曲を書く必要があります。
始めは、稲塚さんの相談相手だったのですが、ブレーンストーミングを繰り返すうちに、
私が書くしかないなぁ、という結論に至りました。
行きがかり上とも言えますが、出会ってしまったというのが実感です。

これは、明らかに出会うべくして出会った私のミッションだと、思っています。
ということで、ニューヨークに取材に行ってきます。

AERA 001

歴史上初めて、原子爆弾を二発も投下され、水爆実験の犠牲にも遇い、
地震大国と謂われる土地に暮らしながら54基の原子炉を所有して、
基本的な知識や認識も曖昧なまま、電力による豊かさを享受してきた、日本人。

いまは、まだその時期ではありませんが、
いずれ、これまでのことを総括し、あらたなビジョンを構築する時がくることでしょう。

その意味で、
原爆による被爆被曝二重被曝核実験核兵器保有、といったような事柄は、
我々が共有している “ いま ” と、無関係ではないと思っています。

AERA 003

現在発売されている雑誌「AERA」に、
山口彊さんと、山口さんの短歌を英訳した、
コロンビア大学大学院生チャド・ディールさんの記事が載っています。
チャドさんは、山口さんにとって最後となった一昨年の夏、
山口さんのお宅で山口さんと寝食を共にしながら、短歌の翻訳をしたのだそうです。
短歌には、山口さんが体験した『地獄』の様子が描かれています。

このチャドさんが、ニューヨークで、わたしのアテンドをしてくださることになっています。

AERA 002


And the River Flowed as a Raft of Corpses: The Poetry of Yamaguchi Tsutomu, Survivor of Both Hiroshima and NagasakiAnd the River Flowed as a Raft of Corpses: The Poetry of Yamaguchi Tsutomu, Survivor of Both Hiroshima and Nagasaki
(2010/07)
Chad Diehl、Tsutomu Yamaguchi 他

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リテラシーのまとめ

2011年03月22日 20:34

都庁救援物資受付窓口 005

きょうあたりで、リテラシーについて、一旦まとめたいと思っています。

先のブログで、
放射性物質や放射線、その単位、その量、外部被曝と体内被曝などの基本的な認識
また、各情報元を羅列し、それぞれの特徴を書きだしてみることを、してみました。

言うまでもなく、これは情報の中から本質を読み解く能力を高めるための基本であり、
事態を正確に把握し、各情報のもっている曖昧さや、風説やデマから自身を護るために
最低限必要なことだと、思っているからです。

ですから、なにかを批判するためのものではありません。
独自の判断を導き出すための、方法だとご理解ください。


そこできょうは、この “ 情報 ” に関して、いま起こっている現象で、
少し気になっていることを、書かせていただきたいと思います。

テレビやラジオのアナウンサーや司会者やコメンテーターの皆さんの発言で、
「落ち着いて!」
「冷静に対応しましょう」
「根拠のない情報に惑わされないようにしましょう」

といった趣旨の発言が、目立ってきました。

しかし、昨日地下鉄に乗って、週刊誌の中吊り広告を見ましたら、
まるで世界の終末か?というような大きな見出しが目立ちましたけどね。

このところ、テレビもラジオも、
まるで、危険性を指摘したり、懸念を表明することすら、
まるで、“ 不安を煽っている ” “ 根も葉もないウワサ ”
という扱いをしているように思います。

そして、一般的にも、人の判断や意見表明について、
批判したり非難する傾向が目立ってきたように感じるのです。

汚染された(現在の値は微量ですが)農産物についても、
「仮に毎日食べても安全だ」と言う一方で出荷停止という方向を示されたり、
放射性物質の種類によっても違う性質を、どのように判断したらよいのか、
実は難しいことなのでは、ないでしょうか?

原発の状況にしても、事態が好転しているのか、いないのか明確でないにも関わらず、
「安定に向かっている」などといった曖昧な言葉に安心をしたりしているワケです。
「安定に向かっている」というのは、「安定した」ことではないでしょう?

つまり、現在の事態は、どっちに流れるか判らない分水嶺に立っている状態だと、
わたしは思います。
少なくとも、原発が冷める方向で安定し、第二・第三の策が講じられれば、
わたしも安心しますが、いまはまだ安心してはおりません。

最前線で命を懸けて働いている多くの方がいらっしゃる。
被災して亡くなったり、困難な避難生活をしている方が多くいらっしゃる。
丹精を込めて作った農作物を、理不尽に廃棄しなくてはならない農民もいらっしゃいます。
そのことに配慮しつつも、報道は “ 冷静 ” であってほしいものです。

そして、冷静というのは、危険性の懸念を表明する人たち伏せることではありません。
情報を並べて、同時に発信することを指すのだと思います。

そして、
もし、人が自分と違う意見をもっても、違う行動をとったとしても、
悲観的な捉え方をしている人がいても、楽観的な捉え方をしている人がいても、
それを批判したり論評しないことが、大事なのではないでしょうか?

節電も買占めも外食も旅行もイベント開催も自粛も、
これまで、いろいろなことが、その俎上にあがりました。
放射性物質の飛散を懸念して疎開する人たちや、海外に脱出?する人たちもいます。

わたしも、買占めする人や無駄に思える電気のことは、気になります。
しかし、批判する気にはなれません。


事ここに至っては、自己判断です。
人の意見に追随したり、人の判断を批判云々は、慎みませんか?

そのためにも、リテラシーが必要だと思っております。

都庁救援物資受付窓口 002

みきちゃんの意向で、東京都庁内に在る救援物資を受け付ける窓口に行ってきました。

都庁救援物資受付窓口 006

財布から義援金を箱に入れて立ち去る若いサラリーマンたち。
大きな箱を抱えた人々。ひっきりなしに出入りする宅配業者の方たち。
続々と、という形容は、決して大げさではありません。

志願して働いている多くのボランティアの皆さんも、
誰かを批判することもなく、黙々と物資の仕分け作業をつづけておられました。

都庁救援物資受付窓口 003



彼岸の雨

2011年03月21日 18:32

わたしの父は、15歳で志願して兵隊になり、16歳で終戦を迎えました。
子供ながら、一人前に戦後処理の使命を背負って生きてきた一人です。

その父が、戦後間もなく上映された戦争映画を観たときの感想を、
後に話してくれたことがあります。

その映画には、玉砕が間近に迫った日本の軍隊が描かれていて、
うろたえた兵隊が慌てて司令部に駆け込み「このままでは全滅です!」
と訴えると、中に居た司令官がカンパンを食べながら、
その兵隊を叱って、「突撃しろ!」と命令するシーンがあるのです。

その映画が封切られた当時の観客は、なんて憎たらしい司令官だと
思ったのだそうです。
しかし、父はそう思わなかったという話でした。

敵が攻めてきて、玉砕するかもしれないという状況で、
司令部の中で悠然とカンパンを食べていられるというのは、
その司令官は、よほど腹が据わった人なのだ、と思ったのだそうです。
その位の肝っ玉がなくては、人の上に立つことは出来ないというのでした。

しかし、戦後のリーダー像は、
その映画に描かれた司令官が憎たらしいと思う国民によって出来上がりました。

ところで、
被災地への視察と慰問に行きたいという意思を示していたリーダーが、
「雨が降ったので、中止する」と発表したことへの批判が出ることは、
容易に察することができます。

皆さんの望むリーダー像では、この場合どうすればよいと思われますか?

“ この雨の中 ” ずぶ濡れになって被災地を回るリーダーが、
リーダーとして相応しいのか。?

官邸の中に居て、カンパンを食べながら?
困難な大きな決断をくだすのが、非常時のリーダーとして相応しいのか。?


さて、きょうは雨の中、
俳優の蔵一彦さんの告別式に、かみさんと行ってきました。

かみさんは、水上勉・作 木村光一・演出 五月舎製作「はなれ瞽女おりん」の
初演で共演したときからの知り合い。
わたしは、地人会公演「収容所から来た遺書」の制作をお手伝いしたときからの
知り合いでした。

演劇は人を幸せにし、演劇は社会を変える、人間を豊にする、ということを
生涯信じてお芝居をしていた人でした。

蔵一彦 001

蔵さん!
突然に、理不尽な災害に遭って、
弔いもないまま、骸を横たえているであろう多くの人々が、
少しでも心穏やかに眠れますように、
彼岸に逝ったらその方たちを芝居で慰めてあげてください。

これが、蔵一彦さんのミッションだったのかも、しれません。

きょうは、彼岸の中日
帰りに、うちのお墓に寄って、お参りしてきました。

蔵さん、ありがとうございました。
そして、おつかれさま、でした。

お彼岸


大本営発表

2011年03月20日 18:30

繰り返しますが、危機を声高に叫んだり、批判をする気持ちはありません。
出来るだけ現場でご苦労されている・・・特に最前線で命懸けで奮闘されている
東京電力の皆さん、消防の皆さん、自衛隊の皆さん、警察の皆さんには、
本当に頭が下がります。ですから、その邪魔をするつもりはないわけです。

只、現状起こっていることは、私の最大関心事なので、書かせて頂いております。
そこでリテラシーをもつための要点のつづきでございます。 

さて、
きょうは、いま私たちが目にし耳にする情報は、どういったところが発信元なのか?
ということについて、考えてみたいと思います。

原発に関する情報の発信元を以下に挙げてみます。

政府
 枝野官房長官
 原発を所管するのは経済産業省ですが、海江田大臣は停電担当?のようです。

原子力安全・保安院
 経済産業省の外局である資源エネルギー庁の特別機関で、原発のお目付け役ですね。

東京電力
 東京本社と福島事務所の二か所で記者会見していますが、事故は現場で起きています。

記者クラブに所属するメディア
 上の①~③の情報を集めて情報を発信しているテレビ・ラジオ・新聞・雑誌です。

脱原発反原発の立場の人々や団体
 参考:リンク集

記者クラブに所属していないジャーナリストたちやネットメディア
 反記者クラブの立場かどうかは別として、主にフリーランスのジャーナリストたちと、
 様々なネットメディア

国際原子力機関(IAEA)
 原子力の平和利用の促進と軍事利用を見張る国際機関です。


さてここで、
これらの情報源からの情報をどのような認識をもって受け取ったらよいのか、
という点について、考えたいと思います。

政府
 国民に信託された政権による政府ですから、国民のため働いてくださっているハズですが、
 国民のためだと思ったときに、情報は正確に開示されるのでしょうか?

原子力安全・保安院
 お役人ですが、枝野官房長官東京電力とどうスタンスが違うのかよく判りません。

東京電力
 東京本社と福島事務所の二か所ですし、どちらも複数の人が並んでいて、
 役割分担がよく判りませんね。

マスコミ
 記者クラブに属しているテレビ・ラジオ・新聞・雑誌にとって東京電力が、
 大口のスポンサーであることは、思い出しておく必要があるでしょう。
 また、コメンテーターに起用される専門家が、なぜ原発の専門家なのか、
 という点も考慮しながら発言を読み取る必要があるのではないでしょうか?

脱原発反原発の立場の人々や団体
 「ほら、謂わんこっちゃない!」というお気持ちでしょうか?
 確かに、反対するにはするで、それなりの理由があるワケでしょうが、
 この事態に至っては、批判を目的としているのか、解決を目的としているのかを、
 我々も見極める必要があるのではないでしょうか?

記者クラブに所属していないジャーナリストたちやネットメディア
 たとえ玉石混合であったとしても(失礼!)大本営発表との違いは貴重です。
 参考:Ustream

国際原子力機関(IAEA)
 核兵器保有国も加盟していることを忘れないように。


さて、これらのことを踏まえて、
我々はこれらの情報をバランスよく受けとっているでしょうか?
各情報を集め精査しないと、リテラシーを持った判断はできません。

大本営発表を信じた戦中の人たちと、同じことになってしまいます。
 

また、つづけます。 




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