最悪の事態

2010年05月31日 22:39

And worse I may be yet.
The worst is not so long as we can say
‘This is the worst.’


最悪のことはまだ起きる。
我々が“最悪の事態だ”と言っている間は、最悪ではない。



これ、シェークスピアの悲劇「リア王」のセリフです。


さて、このブログの話題は、この先どこに向かうと思われますか?


普天間辺野古でしょうか?

民主党社民党でしょうか?

宮崎の口蹄疫でしょうか?

韓国北朝鮮間の緊張でしょうか?

ワールド・カップでしょうか?

天候不順でしょうか?

相撲界でしょうか?

オレオレからホメホメ詐欺でしょうか?

機密費マスコミの関係でしょうか?

メキシコ湾の原油流出でしょうか?


ご想像にお任せしたいと、思います。




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おかえりなさい

2010年05月30日 19:48

私には、本当の妹とは別に、“妹のような”女性がいます。


彼女は、飲食店を営む両親とお祖母さんのいる家庭に生まれました。
しかし、彼女が小さいころお父さんが事故に遭って障害を負ってしまいました。
それでもお母さんとお祖母さんが一所懸命働いて、彼女を育ててくれました。
彼女も明るく、すくすく育ち、大学を出て、栄養士になりました。

そんな彼女は、大人になってからスペインに魅せられるようになって、
何度もスペインに行くようになりました。
しかし、逆に日本文化や古いものにも興味をもって、華道を学び始めます。

私たちは、お互いに若いときにはあまり交流していませんでしたが、
気がついたら、彼女はアメリカで暮らしておりました。

結婚して、周りの人たちの趣味の指導をやるようになっておりました。
伴侶は、日本人で彼女と同郷の人でした。
若い時にアメリカに渡って、仲間と会社を起こしたというサクセス・ストーリーをもつ、
逞しい人でした。

二人は、カリフォルニアに念願の住宅を購入しました。
室内には、彼女が日本の古民家などで集めた古い家具や調度類で設えてありましたし、
台所は、夫婦二人には広すぎるくらいの典型的なアメリカ風のキッチンでした。
庭は、多くの草木がよく手入れされていて、カリフォルニアの太陽を浴びていました。

彼の仕事は、多忙を極めましたが、充実した生活でした。
彼女も、自分の趣味と日本人コミュニティーの中で趣味を教えるという仕事に、
多忙ながらも満足しているようでした。

しかし、そんな二人の生活に青天の霹靂のような出来事が起こります。
彼が倒れたのです。
心臓でした。
幸いに、緊急手術は成功し、命は取り留めましたが、
倒れてから脳に血液が届かなかった時間があって、少し障害を負うことになりました。
リハビリに努めましたが、経営していた会社は、他人に委ねることにしました。

二人で相談して、日本に帰ることにしました。
家も売ることにしました。
サブプライムの影響で、売れるか心配しましたが、友人が仲に入ってくれて、
なんとか売ることが出来ました。

故郷に帰ったら、住宅を見つけなくてはなりません。
彼は、ほとんど周りが気づかぬほど回復していますが、リハビリは続きます。
二人とも、お父さんは亡くしていますが、お母さんの世話もしなくてはなりません。
二人の仕事も創っていかなくてはいけません。

さぞ、大変な思いをしているだろうと思って電話しましたら、明るい声で、
「一歩・一歩よ。帰ったら帰ったで、それを楽しむわ」
と言っていました。

人生七転び八起きとは申しますが、
この状況をネガティブに捉えずに、楽しもうというのですから大したものです。


その二人が、きょう日本に帰ってきます。

おかえりなさい。ご苦労様でした。




カモガヤ

2010年05月29日 23:10

東京の、例年5月の平均気温って、何度くらいでしょう?

いずれにしましても、きょうの最高気温が18℃というのは、
この季節としては、相当肌寒いのではないでしょうか?

今年の春は、ホントに着るものに困ります。

その低温の所為だと思うのですが、今朝から頻繁にクシャミをしております。

すると、
隣でも連続してクシャミしてますので、訊いてみました。
しかし、あまり寒さは感じていないようでした。

そこで、なにかアレルギーなのかと訊いてみました。
元々スギ花粉症もあったからです。

すると、先日行った耳鼻科で「カモガヤ」じゃないかと言われたのだそうです。

カモガヤ?
鎌ヶ谷ではありません。カモガヤ。

スギ花粉が収まったこの季節に「カモガヤ花粉症」の症状が出る方が増えるのだとか。

調べてみましたら、
カモガヤというのは鴨茅と書くのだそうですが、
英語名では、オーチャードグラス(Orchard Grass)というのだそうです。
直訳すれば「果樹園の草」という意味ですね。

オーチャードグラス」ってお聞きになったことないですか?
牧草ですよね、オーチャードグラスって。

これでもわたし、農業高校出身ですからね。
いま、その学校はありませんけど・・・。

そのオーチャードグラス、カモガヤ(鴨茅)がアレルゲンなんだそうです。
かみさんの症状は、そのカモガヤが原因なのかもしれません。

それにしても、クシャミは、“ハクション”にしてくれませんかねぇ・・・
“ハクショイ”って・・・ショイってナニ?





メラビアンの法則

2010年05月28日 17:18

人の話を聴くというコーチの仕事をしていますが、
人の話を聴くというのも、それはそれで奥深い難しさがあります。

この人は、なにを私に伝えたいのか?
私は、ナニを受け捕ればよいのか?


確か、私が演劇科の学生だったころのことですが、
伝達に必要な要素を、

「言葉」
「話し方」
「態度」
という、3つに分けますと、
「言葉」が伝わる割合は「7%」
「話し方」で伝わる割合「38%」
「態度」で伝わる割合が「55%」 なのだ。

という話を誰かから聞いたことがありました。
「話し方」というのは、主に声の「抑揚」とか「トーン」というような意味です。

だから、
表現の中で重要なのは「態度(身体表現)」だという結論へ導かれた印象でした。

そして近年、コーチングを学ぶにあたって、様々なワークショップやら
セミナーに参加したのですが、その中で同様の話を聴きました。

そこで、それを提唱した人は、
アルバート・メラビアン」というアメリカ合衆国の心理学者で、
「7%38%55%のルール」を「メラビアンの法則」と呼ぶのだと聴きました。

で、
私もワークショップやセミナーを行う際に、引用しようと思いまして調べてみました。
すると、コレ、大きな誤解 だったのですよ。

メラビアンさんが行った実験と、その実験から導き出した結論というのは、
現在流布されている
「言葉の意味は7%しか伝わらない」といったような内容ではなかったのです。

ここには、詳しく書きませんが、
メラビアンの法則」で、検索してご覧になれば詳しいサイトが沢山あります。

但し、
私は、メラビアンさんの実験結果が誤解されて流布されたことを指摘したいのではなく、
所謂「メラビアンの法則」が言いたかった「言葉の意味だけに捉われていちゃダメよ」
という教訓?は、間違っていないと思っています。

ですから、それぞれのパーセンテージは誤解だったとしても、
演技を教える場でも、採りあげようとした人が居たのでしょう。

元々、お芝居の台本には、
「セリフ」と、少しの「ト書き」しか書かれていないワケですよ。

つまり「言葉」です。
読み合わせという、台本を読む稽古では、その「言葉」の「意味」やら、「関係」やら
その「背景」を読み取り、探ってゆくのですからね。
「言葉」から、「話し方」やら「態度」やら「状況」やら「演出」などを創造するのが、
演劇の創り方なのですよ。

その作業と、コーチングの作業は似ていると、私は思っています。

コーチングの現場でも、
人は、話しているときに、使っている「言葉」の他に様々な表現をします。
しかし、気持ちを「話し方」や「表情」や「態度」に表わすとは限りません。
特にコーチング・セッションは、電話で行うことが多いので、
「表情」や「態度」は、見えないのです。

ここでは 「言葉の意味だけに捉われず」
「何を伝えようとしているのか」
「何が気になるのか」
「何に気づいたのか」

それらを、丁寧に聴き出すことが大切だと思っています。

さて、きょうは異業種交流会FTNの例会日です。
これから、また人のお話を聴きに行って参ります。
人の話を聴くというのも、楽しいものですよ。



       コーチ・三浦秀和へのコーチング・セッションやワークショップのご相談は、
        非公開で、メールアドレスを記入の上、コメント欄にご連絡ください。

ひまつぶし

2010年05月27日 18:40

ヒマラヤ、ヒマラヤ、ヒマラヤ・・・ヒラマヤ?・・・ひらやま??

エベレスト、エベレスト、エベレスト・・・エレベスト???


先日、アイスランドで噴火した氷河に覆われたエイヤフィヤトラヨークトル火山。

エイヤフィヤトラヨークトル火山」って、一度で読めましたか?

ニュース原稿を読むアナウンサーも大変でしょうね?


むかし、お芝居の勉強を始めたばかりのころは、

スタニスラフスキー」と、スラーッと言って得意がっていたものです。


それから・・・


わたしお酒が好きなものですから、

コンビニエンス・ストアーに入ったときなどに、

ウコンの力」をよく購入するのですがね・・・

あの商品を見るたびに頭の中で「うこんのか」って、読んじゃうんですけど・・・


うちのかみさんは、

名古屋に行って、お店で「ひつまぶし」という字を見ますと、

ひまつぶし」と読んでおります。 



甚だ幸せに思います。

2010年05月26日 23:51

ビックリしました!

昨日のブログに、歌手の皆さんのお名前を羅列したものですから、
きょうまでに、このブログへのアクセス数が急に多くなっています。

やはり、アクセス数が増えるキーワードって、あるのですね。


FC2ブログのシステム上、
アクセス解析という機能があります。

あっ、知ってる?
他でも、できる?

・・・そうですか。

で、
この私のブログの場合、
アクセスのキッカケになりやすい、キーワードっていうのが、
いくつかあるんですが、

勿論、「三浦秀和」っていうのが、多いですね。
世の中に、「三浦秀和」を調べようという御仁が多いのは何故でしょう?
以前に知り合っていて、一度調べてみようか、なんて思われるのでしょうか?

皆さんも、おやりになったことありません?
自分の名前をキーワードにして、「検索」するっていうやつ。

あれ、同姓同名の人がなにしてる人か、なんて興味もっちゃいますよね。


さて、私のブログにアクセスした人のキーワードで他に多いのが、
ここには書きませんが、
しいて言えば、この辺りの地名と、それに由来する言葉です。

あと、歌舞伎役者のお名前も頻発していますね。
それも、当然でしょう。

私が関わった、芝居のタイトルっていうのもあります。
勿論、お芝居を観たら、その事を書きますから、
そのお芝居のタイトルっていうのも、多いですね。

いずれ何がキッカケであったとしても、
折角、お越しいただいた皆さまには、感謝を申し上げたいと思います。

で、
出来得ることなら、このまま少しの間、
お付き合いいただければ、幸甚に思います。


さて、きょうのアクセス数が増えるキーワードはなんでしょうね?
・・・「幸甚に思います。」



他生の縁

2010年05月25日 22:50

午後のワイドショーを観ておりましたら、
先日17日に亡くなられた、
作詞家・吉岡治さんの告別式の模様を映しておりました。

先日も書きましたが、
大作詞家でいらした吉岡治さんですが、
私などは、なにも存じ上げておりませんでした。

しかし、亡くなられて、
吉岡さんの作詞された作品や、その作品に出逢われた歌手のみなさんの存在を知り、
その名作のなんと多いことか、その歌手たちの出逢いのなんと羨ましいことか。

人がこの世に生まれて死ぬまでに、
いったいどれほどの人と出逢い、関わり、そして別れることでしょう。
「逢うは別れの始まり」などと申しますが、出逢った数だけ、別れもまたあるのでしょう。
「袖触れ合うも、他生の縁」などとも申しますが、
それにしても、私たちはなぜ出逢ったのでしょうね?

吉村さんの書かれた歌や、それを歌った歌手の方たちの事を調べてみて、
この世で出逢った作詞家と歌い手の、そんな出逢いと別れを想像してしまいました。

私も、これまでに沢山の人々と出逢い、関わって参りましたし、
また別れも、ありました。
しかし、これまで私が出逢った縁を大切に、
まだまだ、これからも未来の人たちと出逢いたいものです。

きょうは、私とかみさんの結婚記念日です。


昭和42年 美空ひばり 「真赤な太陽
昭和44年 千賀かほる 「真夜中のギター
昭和55年 都はるみ  「大阪しぐれ
昭和56年 都はるみ  「ふたりの大阪
昭和57年 大川栄策  「さざんかの宿
昭和58年 五木ひろし 「細雪
昭和61年 瀬川瑛子  「命くれない
昭和61年 石川さゆり 「天城越え
平成元年 桂銀淑     「酔いどれて
平成02年 都はるみ  「千年の古都
平成08年 伍代夏子  「鳴門海峡
平成13年 川中美幸  「大河の流れ
平成14年 川中美幸  「貴船の宿
平成15年 川中美幸  「おんなの一生~汗の花~
平成16年 石川さゆり 「一葉恋歌
平成17年 石川さゆり  居酒屋「花いちもんめ」

これらは、吉村さんが自ら「代表作」だとおっしゃっている作品群です。
しかし、これ以外にも吉村さんと出逢って、吉村さんの歌を歌われた歌い手は、
これだけいらっしゃるのですよ。

島倉千代子・仁科ともみ・神野美伽・沖田浩之・青山和子・三浦洸一・しいの実・仲矢健・上条実・樋口三代子・美谷明・三沢あけみ・北原由紀・日野美歌・綾世一美・柳沢純子・新沼謙治・豊原ミツ子・森進一・松原のぶえ・青木まり子・綾世一美・八代亜紀・武山あきよ・篠路圭子・ニックニューサー・大杉美栄子・キム・ヨンジャ・大和さくら・白龍光洋・都川弥生・高橋キヨ子・黒木はるみ・柳沢純子・篠路圭子・武山あきよ・内田直哉・内田あかり・松山圭子・平浩二・片桐光洋・紅理子(クリス)・伊織祐未・千葉一夫・山本譲二・石原詢子・舞洋一・秋岡秀治・角川博・二葉百合子・服部浩子・北原ミレイ・リー・ケイスク・小林幸子・如月ゆき・大石加奈子・米倉ますみ・深山はるか・三門忠司・西方裕之・矢吹春佳・真理ヨシコ・さこみちよ・岩本公水・矢吹春佳・山口貴光・浅田あつこ・小野由紀子・長山洋子・夏木ゆたか・広畑あつみ・野坂昭如・島津亜矢・池内ゆかり・島津悦子・川野夏美・松永ひとみ・弦哲也・鳥羽一郎

それにしても、

天城越え」は、やはり凄い歌だと思います。




最初に井戸を掘った人

2010年05月24日 16:41

私の父が、農林省園芸試験場(現在の静岡市清水区興津)で勉強していた、
1952年(昭和27年)のことだと思うのですが、
試験場開場50周年を祝うイベントが開催されたことがあったのだそうですよ。

後に技師になりますが、当時研修中だった父は、
試験場長の指示を受けて、場長の横に付いて回り、招待されてやって来られる、
往年の元研究者やら元職員の方の接待役を仰せつかったのだそうです。

ですから、催しの最中、ずっと場長さんの横に居たワケで、
そのときに大先輩から聴いたというエピソードのおウワサですが・・・。

このイベントが50周年記念を祝うものだったわけですから、
そもそもこの農林省園芸試験場が出来たのは、
1902年(明治35年)ということになります。
尤も、名称は当初は「農商務省農事試験場園芸部」と謂ったようです。

では、なぜこのような試験場が108年前に出来たのかというワケですが、
それが、場長さんの横にいた父が招待客である大先輩から聴いた話の内容です。

それは、帝国議会の“アサヒナ”という議員が外遊した際に外国の果物を食し、
日本にも果樹産業を興そうと考えたことが発端だったという話でした。
彼の議員は、法案を通すために、国会議員たちにタダで果物を配り回ったのだそうです。
それが功を奏して、果樹に関する研究を始める法案が成立し、
試験場が開場したということのようなのですナ。

明治30年代当時の日本には、
多分、柿・桃・梨・みかんなど有ったでしょうが、農家の庭先に植わっている程度。
品質も悪く、生食に向かないものが多かったのではないでしょうか?
とても、まとまった量もありませんから、遠くに売りに行けば高価であっても、
産業として成り立ってもいなかったでしょうし、産地もなかったと思われます。

そこで、農作物としての果樹を研究して果樹産業・果樹産地を創ろうというのですから、
それは壮大な計画だったといえるでしょう。

さて、その発起人の“アサヒナ”議員のことが分かりません。
苗字の表記も、お名前も分からないのです。
父は、会話に参加していたのではなく、横で聴いていただけですからね。
どなたか、この“アサヒナ”議員について、何か御存知の方はいらっしゃいませんか?

まっ、兎にも角にも、
日本の果樹研究・果樹産業・果樹農家にとって、
この“アサヒナ”議員が最初に井戸を掘った人であることは間違いないようです。

この「農林省園芸試験場」は、その後、
昭和39年に「園芸試験場興津支場」と改称
昭和48年に「果樹試験場興津支場」と改称、
平成13年には、独立行政法人化に伴い、
「農業技術研究機構果樹研究所カンキツ研究部」と改称
平成15年には、
独立行政法人農業技術研究機構と生物系特定産業技術研究推進機構との統合により、
「独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構果樹研究所カンキツ研究部」
という、見ずには書けないほど長い名前に改称されています。

しかし、まだあります。
平成18年には、
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所カンキツ研究興津拠点
に改称し、現在に至っているのです。

前の試験場は、最後の「興津拠点」の部分を指します。
昔は、農林省の直轄組織であったと思われます。
一人の議員の“日本にも果樹産業を”という夢が実現しやすい時代でした。

それが、いまではなぜ「興津拠点」の上に、
こんなに大きな多くの組織があるんでしょうねぇ?

仕分けされたら、また改称しちゃうのかしら?
・・・・。




「天城越え」

2010年05月23日 18:45

隠しきれない 移り香が

いつかあなたに 浸みついた

誰かに盗られる くらいなら

あなたを 殺していいですか



ご存知!名曲「天城越え」の歌詞、冒頭の一節です。

これ以上、引用しますと著作権に触れますから最初だけにしたのですが、
これだけでも、すごい詞ですよね。


この歌詞から、様々な女と男の状況やら背景やら関係が想像されます。
詞の力というものは、測り知れない想像力をもたらすものですよね。

この「天城越え」の作詞をなさった、
作詞家・吉岡治さんが、亡くなられたのだそうですね。

正直に言って、吉岡治という方については、
わたしは殆ど、なにも存じ上げていませんでした。

しかし、
亡くなられたという報道の中で、
あの「天城越え」という曲の歌詞を書かれた方だったのだと知って、
俄然興味をもったのですが、・・・遅かりし由良之助。


吉岡さんが作詞された作品は、他にも、
大阪しぐれ」「さざんかの宿」「命くれない」など数多く、
どれもよく知られた名作ですが、やはり私にとって一番印象的なのは、
天城越え」です。

私が高校一年生のとき、
川端康成さんの小説「伊豆の踊子」に感化されまして、
その一冊をカバンに入れて、
修善寺から下田までの天城峠を歩いて旅したことがあります。
天城越え」が作詞される十五年も前のことでしたが、
この歌を聴くと、天城峠を歩いたときのことを思い出すのでした。

しかし、
この歌詞の意味を想像すると、そのシチュエーションはまったく違いますがね。

 カラオケなどで、
気持ちを込めてこの歌を唄っている女性をみておりますと、
私はなにか、要らぬ想像をしてしまうので御座いますよ。 


歌詞全編をお読みになりたい方はこちらをご参考に。
  天城越え 石川さゆり 歌詞情報 - goo 音楽

吉岡治さんのご冥福をお祈りいたします。

合掌




イチロー対ゴジラ

2010年05月22日 12:25

緊急告知!!

マリナーズエンゼルスの試合、・・・というより、

イチロー松井秀喜の対戦って、ご興味ないですか?

アナハイムエンゼルス・スタジアム

5月28日金曜日19時05分から行われる、

シアトル・マリナーズ対ロサンゼルス・エンゼルスの試合のチケットを、

何故か、息子Yが売っております。


$33のチケットを$30で売るのだそうで、儲けはないようですが・・・。


球場は、通称「アナハイム・エンゼルス・スタジアム
ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム (Los Angeles Angels of Anaheim)

チケットは、ライトスタンド側1階のフィールドボックスだそうです。

数に限りがありますが、

ご覧になりたい方は、下記サイトからお申し込みください。

 PARK-TOUR SERVICES Inc.(パークツアー・サービス)
 5月28日 マリナーズVSエンゼルス観戦チケット受付



ラスベガス大自然ツアーで行く、アンテロープキャニオン日帰りツアー
   業界最安値 大自然ツアー激安価格 $245.- (お一人様) 
             Park Tour Services Inc.

            『ラスベガス・ショーチケット』
    シルク・ドゥ・ソレイユの提携チケット専売代理店として、
         チケットを割安で提供させて頂きます。



「五重奏」

2010年05月21日 18:56

演劇の制作者として、思い出深い作品は数々ありますが、
個人的に好きな作品だったもの、となると・・・あっ!
やはり、沢山ありました。

ただ、まっ先に思いついたのは、
むかし、私が制作を担当した「五重奏」という作品です。

原題は「FIVE FINGER EXERCISE」といいます。
ですから、本来は「五本指の訓練」というようなニュアンスでしょう。

イギリスの劇作家ピーター・シェファーの作品です。

この「五重奏」の公演は、正直言って、制作担当者泣かせでした。
何故かと謂えば、俳優さんの魅力を除けば、所謂地味な作品だったからです。
そして、内容はと謂えば、中流家庭の親子4人と家庭教師という5人の登場人物が、
最初から最後まで延々会話する、或いは議論するというもので、
ミステリーも大ドンデン返しもありません。

売りづらい作品でした。

先ほども書いたように、内容は家族や家庭教師の延々の話し合いです。
会話というより議論しているといったほうがいいでしょう。
まったく、登場人物たちはよく喋ります。

まるで、作者の自分探しに付き合っているかのような観念的な会話。
相手を避難する鋭い言葉、言葉、言葉。
噛み合わない会話や議論は延々と続くのですが、白熱しても結論は出ません。

こういう芝居がダメな人もいることだろと、稽古中から思っていました。

しかし、

私は、好きでしたねぇ。
上演された舞台を観たときには、感動しておりました。

何故か?
それは、登場人物たちがお互いに必死で相手に向かっていると感じたからです。

絶望していたら、相手に向かってゆくことはありません。
可能性があるから、余地があるから、向かい合って逃げないのです。
主張します。非難もします。闘うのです。

で、自身の言葉に依って自らも傷ついたりするのです。

多分、このように、
家族が、人が、相手に必死で関わろうとする姿、拘ろうとする姿が、
私を感動させたのだと思います。


ご承知のように、私はコーチという仕事をしていますから、
コミュニケーションの方法については、少しは勉強しました。

人をサポートする方法としてコーチングは万能ではありませんが、
機能的だと思って、コーチングを仕事にしようと考えたわけです。

しかし、
人は、コーチングだけで問題を解決することや、事を成功させることはできません。

向き合わなくてはいけない相手には、
やはり向き合わなくてはならないのです。


それは、家族かもしれません。
上司や部下かもしれません。
友人や仲間かもしれません。

そして、それは自分自身かも・・・・・・





 

「神崎与五郎 東下り」

2010年05月20日 23:59

このところ、高円寺にご縁があるのか、行くことが増えました。

私は、これまでに数えるほどしか高円寺に行ったことがなく、
確か初めて高円寺に行ったのは、
高円寺の牛丼店でアルバイトをしていた友人を訪ねて行ったのが、
・・・33年前ですが、それが最初じゃないでしょうか?


さて、きょうはかみさんと息子Kと三人で、
劇団扉座公演「神崎与五郎 東下り」
座・高円寺に観に行ってきました。

神崎与五郎東下り 30日(日)まで  

劇団扉座の主宰者で、劇作家で演出家でもある、
横内謙介さんは、御存知市川猿之助一門の
二十一世紀歌舞伎組」や、「スーパー歌舞伎」の作者として、
約20年前から息子Kも大変にお世話になっている方です。

そして、今回の「神崎与五郎 東下り」公演には、
市川笑也さんが出演なさっているのです。
そこで、息子Kと拝見しに伺ったというワケです。

ただ、それだけじゃありません。
座・高円寺には、地人会時代の後輩が勤めておりますし、
この公演の舞台監督は、前にもこのブログに登場した
学生時代の後輩S君だということもありました。

しかし、なにより、
横内さんの新作を観てみたかったというのがホンネでしょうか。


そういえば、
横内謙介さんと謂えば、「厚木」というイメージではないですか?

ところが、横内謙介さんがお生まれになったとき
ご両親が暮らしていらしたのは、高円寺なんだそうですよ。

高円寺の、三畳一間のアパートで、共にふるさとから飛び出してきた、
若きサラリーマンの父と、洋裁店で働く母が、新婚家庭を営んでいたというのである。
たぶん昭和の三十年はじめあたり オールウェイズ の頃のことだろう。


と、横内謙介Diaryというご自身のブログに書いていらっしゃいます。



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