サンチャゴに雨が降る

2010年02月28日 17:45

南米チリの9.11と呼ばれる、チリ・クーデターの際に、

クーデターによる危機を知らせる暗号が、ラジオによって流されました。

「サンチャゴに雨が降っています!」


1970年、世界で始めて自由選挙によって選ばれた社会主義政権で、

サルバドール・アジェンデが大統領に就任します。

ところが、アジェンデ大統領の政策に危機感をもつ大地主や富裕層や軍部、

そしてアメリカ合衆国の政権によるCIAを使った政治工作が繰り返され、

1973年9月11日、

アウグスト・ピノチェト将軍(陸軍総司令官)率いる軍部がクーデターを起こしたのです。

首都サンティアゴを戦車が走り、

アジェンデ大統領モネダ宮殿に立てこもりますが、攻撃され、

降伏を拒否したアジェンデ大統領自ら機関銃を撃ちながら戦死し、

こうしてチリの民主主義体制は崩壊しました。


以来、1990年にピノチェト大統領が辞任するまでの17年間、軍事独裁政権は維持され、

多くの反政府勢力や民衆が虐殺され粛清されました。


大統領退任後もアウグスト・ピノチェトは、

陸軍総司令官として隠然たる権力を握っていましたが、

後に逮捕拘束されたり、裁判にかけられたりはしたものの、

高齢などを理由に裁かれることなく、サンティアゴ市内の病院で、

2006年12月10日、91歳の天寿を全うしたのでした。



さて皆さんは、チリというと何を思いつきますか?

チリワインですか?

チリのフォルクローレ(音楽)ですか?

それとも、昨日のチリ大地震ですか?


長く不幸な歴史をやっと克服しつつあったチリという国にとって、

今回の災難が少しでも軽く、困難が長くつづくことがないように祈ります。




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「上海バンスキング」

2010年02月27日 23:59

  「上海バンスキング」

1977年、33年前21歳になる年の秋でした。

その年、大学1年生だった私は、
同歳ながら先輩にあたるH君から誘われて、
先輩たちが作ったばかりの劇団の公演を手伝っていました。
『情話大江戸恋泥棒(いろはおおえどこいのぬすびと)』という芝居です。

大学の在る町の眼医者さんが、薩摩琵琶の趣味が高じて作ったという
小さな劇場がその上演場所でした。

私は音響効果のオペレーターを担当したのですが、
テープを回すだけでなく、生音を出したり?声を出したり?という音響効果でした。

当時はまだ日本のオリジナルミュージカルと呼べる作品は少ない頃でしたが、
その劇団は、和製のオリジナルミュージカルを志向しておりまして、
オリジナルの作詩・作曲と、音楽科(クラッシック)の卒業生なども巻き込んで、
チェンバーミュージック(室内楽)の伴奏という構成が、その特徴でありました。

その劇団の名は、劇団音楽座といいます。

私は、“劇団音楽座”が、現在の“音楽座”に変わる頃までお付き合いしましたが、
一度だけ出演させていただいたこともあります。

さて、その劇団音楽座が世間に注目され始めたキッカケが、
ヴェローナ物語』という作品の公演です。

初演は1978年でしたが、再演されたのは29年前の1981年4月。
池袋・文芸坐ル・ピリエで上演し、その後劇場を銀座・博品館劇場に移して上演されました。
各公演共に満席の大盛況で、この公演の成功が後の隆盛を決定付けました。

その銀座・博品館劇場劇団音楽座が上演した次の5月公演が、
オンシアター自由劇場公演『上海バンスキング』の再演でした。

オンシアター自由劇場にとっても、
その時の『上海バンスキング』の成功が大きなステップになったのでした。

その意味で、29年前の1981年という年は、日本の和製ミュージカルの歴史にとって、
大きな意味を持つ年だったと謂えるのかもしれません。


きょうは、その『上海バンスキング』が16年振りに再演されるというので、
シアターコクーンへ、かみさんたちと観に行ってきました。

16年前のオンシアター自由劇場によるラスト公演の際には、小学生だった息子たちにも
「観ておいたほうがいい、記念だから」と言って観せたことがありましたが、
息子Kなどは、観劇以来劇中歌をよく口ずさむようになりました。
きょう息子Kは、来月の京都・南座公演のお稽古があって同行できませんでしたが、
みきちゃんと、かみさんの友だちのMさんが一緒に観てくれました。

さて、
きょうの公演『上海バンスキング』
吉田日出子串田和美笹野高史大森博史真那胡敬二小日向文世、といった、
初演時のお歳の倍は生きたであろう出演者たちが再結集し、
大勢出演しているのが懐かしく嬉しいことでしたが、
まるで、あの上海のジャスメンたちの29年後の姿を見たような気がしました。

29年前と16年前ときょうの公演を観て、
或る意味で、
いまがホントの観頃?なのかもしれないと思ったのでした。



対戦相手

2010年02月26日 19:02

最近はもうそろそろ体の限界に近づいてるかな。
イヤ・・・そんな気がするだけなのかも。

練習も大分辛くなってきて、減量中で食事を腹いっぱい食べられないのは、ツライ。
空腹がツライってよりも、練習をする力が体にない。

けど、それも楽しいかっ・・・・
ん~・・・・

TVコマーシャル。ファーストフードの値引きのビラ、街頭の広告・・・
にくたらしい・・・・
普段なら安いに越した事ないメニューなのに、
安くて簡単に手に入れられちゃう値段ってのもまた憎たらしい・・・
いっその事マックのメニューが全て$400以上だったら、親切なのに。

「腹が減ってはいいクソ出来ぬ」

って言葉があるけど・・・?
  あるかぁ?

ホントその通りなんだよね・・・
戦も出来なければ、いいクソも出来ない、ってより、
腹が減ってはクソも出ない。だって、出るもんがないんだもん。

これの感覚を越えると、快楽が待ってる。気がする。

ちょっと危ぶないね・・・でも、そんなもんだよ。



これは、きょうの息子Yのブログの一部です。

3月14日

3月14日のムエタイ(キックボクシング)の試合を控えて、
減量と練習が佳境に入っているものと思われます。

それでも、経営している会社の業務もこなさなければならず、
日本からの急な問い合わせにも応えながら、調整をつづけているということでしょう。


きょうの夕方のニュースの話題は、浅田真央選手一色でした。

浅田真央選手が初のオリンピックで獲得した銀メダルの価値を、
コメンテーターや街頭の人々が語っていましたが、
応援した人々にとっての価値がどうかということよりも、
浅田真央選手にとっての価値を大事に考えたいと思いました。

それにしても、金妍児(キム・ヨナ)選手の金メダルを心から尊敬します。
あのプレッシャーの中、あれまでのパフォーマンスを表現してくれたことに、
韓国人も日本人も感動し、世界の多くの人が感動し元気になったことでしょう。
しかし、その成果を最も喜ぶべき人は、キム・ヨナさん、貴方独りです。

貴方にとって、ライバルは浅田真央選手だったかもしれませんが、
闘った相手は、貴方自身だったのでしょうね。



「THE 39 STEPS」

2010年02月25日 23:45

昨日、近くのスーパーに買い物に行きましたら、ナリタカさんと遇いました。

前にも書きましたが、
私が“ナリタカさん”と呼ぶのは、先輩の、浅野和之さんのことです。
昨日は一日、公演がお休みだったようです。

    THE 39 STEPS
                                 シアタークリエ「THE 39 STEPS」

 ishimaru.jpg   takaoka.jpg   imamura.jpg   asano.jpg
 石丸幹二         高岡早紀         今村ねずみ       浅野和之


きょうは、そのナリタカさんのお芝居、「THE 39 STEPS」を、
有楽町に在る劇場 シアタークリエで、かみさんと観てきました。

実は、もっと前に観るつもりだったのですが、
お葬式と重なりましたので、その日は息子夫婦が代わりに観せていただきました。

そこで、ナリタカさんに無理を言って再度チケットをとっていただいて、
やっと、きょう拝見出来たという次第です。


話題を変えますが、きょうの昼間は電話の多い一日でした。

コーチング・セッションでも電話を使いますが、
それ以外の用件で電話を使うことは、近ごろあまり多くありませんので
きょうは、珍しい一日だったといえるでしょう。

仕事のご依頼のお電話が二件。

仕事で提案したことへの、お断りのお電話が一件。

闘病中の親類のことで、掛けた電話が二件。

お世話になった方への、お礼の電話が一件でした。

電話の数も多いのですが、比較的通話が長くなりました。
特に、アメリカに住んで居る従妹に掛けた電話は二時間ほどでした。
もっともっと話を聴いていたいと思いながらも、
先方の時間は日本時間に+7時間ですから、途中でやめました。

嬉しい電話も、残念な電話も、心配な電話もありましたが、
こうして、様々な電話の会話に集中して一日を送ると、
脳内の様々な神経伝達物質が放出されたり、止まったりを繰り返しますので、
興奮したりして、それが上手く収まらないうちに別の電話を受けることになります。
様々な状況に対応しながら、電話の内容に集中を求められます。
交感神経が活性化しすぎて、集中はしているものの落ち着きもありません。
ですから、一息つきたかったのですが、なかなか上手くいきませんでした。

そこで、なにも考えずに観たお芝居が、また
なにも考えずに観られるお芝居でしたので、
観終わったら、すっかり副交感神経が働き始めておりまして、
その後、かみさんと飲んだお酒の所為もあって、
すっかり気持ちよくなって帰って参りました。

だからどうした?というお話ではありますが・・・。






お願いです、急いで!

2010年02月24日 21:38

人間の身体のあらゆる部分を再生(作り出す)することが可能だという、

夢のような、再生医療(再生医学)という分野がありますよね。

きょう、この分野では画期的な研究成果の発表があったようです。

遺伝子やウイルスを使わずに医薬品を投与して、がん細胞のもとからヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作ることに、米ハーバード大の森口尚史研究員らが成功した。医薬品の投与のみで作成したのは初めて。ウイルスが細胞内にある遺伝子を傷つけるなどの弊害を回避できる可能性がある。23日、東京都で開催中の国際会議で発表した。また、大学は特許出願の手続きを始めた。          2010年2月24日 毎日新聞配信


これまでの再生医療の研究では、

人の精子と卵子を分裂させて、謂わば「命の元」を使って作られるES細胞か、

人間の皮膚を元にして作るiPS細胞(万能細胞)が成功していたのだそうですが、

ES細胞には、命の元を使うという倫理的な問題がありますし、

これまでのiPS細胞の作り方では、染色体の異常やガン化が問題だったそうです。

ところが今回のiPS細胞(新・万能細胞)は、

安全な細胞作製に成功したということなのだそうです。

これもまた、再生医療の実現に向かう人類の一歩として歴史的な快挙なんでしょう。

とにかく、

肝臓ガンの細胞から人間のiPS細胞(新・万能細胞)を作り出すって凄いですよね。


但し、出来得ることなら急いでいただけないでしょうか?

いま、闘病されている人や、苦労されているご家族が大勢いらっしゃるのですから。


一昨日は、かみさんのお友だちのご主人が亡くなって、告別式がありました。

大腸ガンで二年間闘病されたのだそうです。

ご本人は、奥様と二人の子供さんに、そのことを共有してもらって、

最後の最後まで働いて、逝かれたのだそうです。

ご主人は、消化器内科の専門医でした。


先日亡くなった、友人のYさんだって、

最後まで、どんなに医療に期待と希望をもっていたことでしょう。


いつか、全てのガンが、不治の病ではなくなる日は必ずくることでしょう。

但し、お願いですから、・・・急いでください。



眼差し

2010年02月23日 19:02

女性が、漬物石に取っ手をつけたような石を滑らせて、

相手の石をはじいて的におくというようなね、

アレ、カーリングというんですか? オリンピックでやってますよね。

ルールがよく解からないのですが、

要するにおはじきのようなものですかね?


むかし、私が小さい頃のことです。

徳島の祖母が私のおはじきの相手をしてくれました。

徳島の祖母は、私の父方の祖母です。

父が末次一郎さんからの依頼を請けて沖縄に行ったとき、

徳島の祖父母に預けられた5歳の私は、

祖母に強請って、よくおはじきの相手をしてもらいました。

父の実家はそのころ、台所も風呂も薪で焚いていましたので、

家の中は、いつも焚き火と線香と祖父や伯父が吸う煙管の煙の臭いがしておりました。

臭いといえば、二階に上がった階段の突き当たりに、

米を仕舞っておく納戸が在りましたが、

私は、その納戸の中のかび臭いニオイが大好きでした。


祖母と散歩すると、畦道に生えている草や花の名を教えてくれました。

祖母は、なんでも知っている博士のような人でした。

私はナゼか、本気で祖母から産まれてきたのだと思い込んでおりました。


現在、徳島市内に住んでいる叔母が、その祖母に似てきました。

特に、笑い声がそっくりです。

いくつもの大病を患ってはいますが、

祖母と同じように、人に尽くすことを惜しまず、

人への感謝を忘れない人です。

「ひでかずちゃん!」と、私を呼ぶ声の響きに、いつも慈愛を感じます。


この私も、

おはじきの相手をしながら祖母が向けてくれていたであろう私への眼差しを、

孫ができるような歳になって、ようやく感じるようになりました。

ありがたいことです。




自明の理

2010年02月22日 17:35

ある女性が、ストーカー行為をされたとして、

警察に被害届を提出したという記事を読みました。

中傷ビラを撒かれたりしたのだそうですが、

ほぼ容疑者は絞り込まれているようです。


さて、黒柳徹子さんのお話です。

このお話は、ご本人があちらこちらでお話しになっていらっしゃいますが、

これは、昔私が黒柳さんの講演会かなにかに同行して聴いたお話です。


昔、ある撮影のお仕事で山梨県の精進湖の宿に泊ったときのお話です。

撮影の前夜に宿に到着したので、周辺の様子が判らなかった黒柳さんが、

朝目覚めて、部屋のカーテンを開けると、

眼の前には湖が広がりその向こうには美しい山が・・・

そこで、お茶を入れに来てくれた宿の人に

「綺麗な景色ですね!ところであの山は何ていう山ですか?」

と訊ねたところ、しばらく間があって・・・

「ふ~じ~さんですよ~」

と応えてくれたので、

「なるほどそうか!山梨から観ると富士山はこう見えるのか」

と思ったのだそうです。


ところがその後、その宿の人が転げるように玄関に下りてきて、

「ねぇちょっと、黒柳徹子があの山なんて山?って訊いたわよ!」

とお仲間に言っているところを、ロビーにいた撮影スタッフが聞いてしまいます。


おまけに、その後、

その宿のその部屋に泊ったお客さんが、朝部屋のカーテンを開けて

「美しい景色ですねぇ」

と言う度に、宿の人が

「昔、あの山なんて山って訊いたバカがいるんですよ。黒柳徹子っていうんですけどね」

と、言っているというのを、

風の便りに黒柳さんは聞いた、というお話です。


「あの山なんて山って訊いたバカがいる」

という下りは黒柳さんのサービス精神から出た演出だと思いますが、

事ほど左様に、ウワサというものは伝わりやすいし、恐ろしいものですよね。


どうせ、ウワサを流すのなら、よいウワサを流すとよいでしょう。

会社では、本人以外の人に、それとなく本人のことを認めている発言をする。

家庭では、本人以外の第三者にそれとなく、愛しているという話をする。

それは廻り回って、自分のところへ感謝という形で返ってくるかもしれませんよ。


人を貶めようなどと思えば、自分で自分を貶める結果になるというのは、

自明の理というものでしょう。



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「芝濱」のつづき

2010年02月21日 19:27

昨日は、かみさんと母校の演劇科の卒業公演を観に俳優座劇場に参りまして、

一緒に観劇した後輩のDさんとともに六本木の東京ミッドタウンに在るお蕎麦屋で

夕方四時頃から一献酌み交わし始め、俳優座ビルの居酒屋に河岸を替えて

大学時代の先輩であるR姉とHちゃんも呼び出し・・・たらしい?のですが、

電車がなくなりそうになるまで飲みつづけ・・・たらしい?のですが、

気がつけば、今朝自宅のベットの中。

途中からすっかり記憶を失くしておりまして、きょうは使い物になりません。

酒の毒が頭に回ったのでしょう。


心を入れ替えたら三年後に革の財布が出てくればいいのですが、

私の場合“財布を拾ったコト”さえ忘れかねないでしょう


きょうの予定がなかったのと、気の置けない友だちと飲んでいたので、

気を抜いてしまったのでしょうね。

楽しかったという感覚だけが残っていますが、勿体ないことをしました。


因みに芝濱という海岸は、埋め立てられたのだそうですが、

いまのJR浜松町駅から田町駅にかけての辺りに在ったのだそうです。

昨夜飲んでいたすぐ近くです。





「芝濱」

2010年02月20日 23:59

腕はいいが、酒好きが祟って商いでしくじり甲斐性を失くした魚屋が、

かみさんに無理やり起こされて河岸に行くと、時刻を間違え河岸が開いていません。


そこで、誰もいない浜に出て煙管を取り出して一服しながら昇る天道様を観ていると、

つい眠気を覚えたので海の水で顔を洗おうと、海に入ったら足に紐が絡み付きます。

その紐を手繰ってみると、ずっしりと重い革の財布です。

それを持って家に帰りかみさんにコトの顛末を話して財布の中をみると五十両の金。

それを喜び、かみさんが出してくれた酒を飲んで酔って寝てしまいます。


しばらくして起こされた魚屋は、上機嫌で風呂に行って友達を連れて帰ってきて大宴会。

そしてまたまた酔って寝てしまいます。

翌朝また河岸に行って働いてくれと、かみさんに起こされますが、

何を言ってるのだ昨日拾った金があるじゃあないかと言って応じないでいると、

かみさんが「それなんのコト?」

昨日アンタを起こしたら風呂に行って友達を大勢連れて帰ってきて酒や肴を振舞って

酔って寝てしまって、いま起こされたのだと説明されます。


酔ってばかりいるから酒の毒が頭に回って、夢と現実の区別が出来ないのだと説かれ、

流石の魚屋も改心して酒を絶って働きます。


すると、元々腕のいい魚屋ですから、三年後には借金も無くなり、蓄えもが出来、

新しい畳に替えたそんな我が家で魚屋は大晦日を迎えています。

茶を飲みながら、こうして幸せに大晦日を迎えられるのも働ければこそだという

魚屋の話を聴いていたかみさんが、初めてあの革の財布を魚屋に見せて詫びます。


あのときは夢だと言ってウソをついて騙したのだと言うのです。

商いもせずに金回りのいい生活をしていれば、世間がおかしいと思うであろう。

人様の財布を届けずに懐に入れたと知れれば、後でどんなお咎めがあったか分らない。

だから、大家に相談して財布は番所に届けてもらったら一年経っても落とし主が現れず、

手元に下がってきたけれど、金が出来たと分かったら夫がまた元のように戻ってしまう

のではないかと心配になり隠していたが、本心から心を入れ替えたと判ったから、

こうして打ち明けたのだと言うのです。


ウソをついてくれたかみさんに詫びながら感謝する魚屋。

心を入れ替えたのだからもう大丈夫、一杯やらないかい?と勧めるかみさんに魚屋が、

酒を断って言います、 「また夢になるといけねぇ」



人情噺の名作落語『芝濱』でございます。

つづく・・・。



ブログチェック

2010年02月19日 17:08

ブログ 002

このブログも昨日から二年目に入っておりますが、

自身がブログを書くようになりまして、習慣になったことが、

ブログを書くこと以外にも、あります。

人さまのブログを毎日読ませて頂くという習慣です。


書いて読まれるだけではなく、人のブログも読む。

これにも、ある程度の時間がかかりますが、手間というほどの時間じゃありません。

数えてみましたら、15人のブログを読んでおりました。

mixi(ミクシィー)を入れたら、もっとです。

私もmixiに登録しておりますが、

ただページをもっているだけで、

どなたかにコメントをすることはあっても、日記や記事は書いておりません。

このブログへの入口にしているのです。


Twitterにも登録していますが、

こちらは、ほとんどチェックすることもありません。

Twitterに関しては、まだその価値や面白さを認識できずにいます。

あの 「自宅できょうのブログなう」 という・・・

「~なう」というのが苦手かも ・・・。


話題を、読んでいるブログのことに戻しますが、

正確に言えば、読んでいるというよりチェックしていると言ったほうがいいでしょう。

と申しますのも、私がチェックしているブログが全て、私のように長々書いてあったら、

時間が掛かって仕方がありません。


その殆どのブログが、毎日更新されてはいないのです。

中には、まだ「謹賀新年」のままの方もいらっしゃいますヨ。

ひと月に一度更新なんて、珍しいことではありません。

それでも、わたしは毎日一度チェックしますがね。


たまに、期待していなかったのに更新されていたりすると、嬉しいものですよ。

釣れない池で糸を垂れていて、たまに当りがきた感覚に似ています。

ですから然程の時間は掛からないという訳です。


それにしましても、その方その方でブログのコンセプトは違うものですね。

デザインやテーマは元より、文体や雰囲気も様々です。

その人らしいと思うことが多いのですが、

中にはご本人にお会いしたときのイメージとギャップを感じるブログもあって、

それはそれで演出を感じて面白いです。


そう、考えてみれば、わたしが読んでいるブログの全てが知人のものでした。

有名人ブログ・・・いや、その知人がたまたま有名人ってことはありますが、

所謂、有名人ブログじゃありません。

家族・親戚を含めて、知り合いのブログです。


さてさて、こう書くと、明日のブログ更新が多くなりそうですなぁ



至芸『一文笛』

2010年02月18日 23:09

名人と謂われる人も、近ごろでは少なくなりました。

巧い、上手と謂われる人は、そこそこいらっしゃいます。

ですが、名人となるとそうはいらっしゃいません。


そんな現代の名人のお一人に、三代目桂米朝という方がいます。

この方は、正真正銘の名人です。


戦後、滅びかけていた上方古典落語を復興させた功績から

「上方落語中興の祖」と謂われる落語家です。

人間国宝で、落語家としては初の文化勲章受章者でもあります。



息子Kが、来月は京都・南座に出演させていただきます。

南座3月公演

中村翫雀さん、市川亀治郎さん、中村獅童さんと、ご一緒させて頂きます。

息子は、昼の部の、近松門左衛門の名作『曽根崎心中』と、

夜の部の、猿之助十八番の内『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』

に出演させて頂きます。


中村翫雀さんが主演される『曽根崎心中』は、近松門左衛門の代表作の一つですが、

息子にとっては、上方の芝居を勉強させて頂くよい機会になることでしょう。

そこで、息子が少しでも上方の言葉遣いに慣れるように、

この機会に、桂米朝師匠のCDを聴かせてみようと思っています。

桂米朝 上方落語大全集 
題字・二代目 中村鴈治郎



桂米朝師匠の『一文笛』」という噺があります。

これぞ至芸! 名人とは、こういう芸の人を謂うのでしょう。


そういえば、中村翫雀さんの父上は、当代の坂田藤十郎さん。

この方も人間国宝文化勲章受章者です。



特選!!米朝落語全集 第二十四集 [DVD]特選!!米朝落語全集 第二十四集 [DVD]
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私の365日ブログ

2010年02月17日 18:52

去年の2月18日に、このブログを書き始めました。

したがって、きょうのブログが365日目のブログです。


最初に書いたタイトルは「コミットメント」でした。

ブログを書くことを勧めてくれたのは、かみさんと息子Yでしたが、

私は、なかなか行動に移せなかったので、自分を動かすために、

私のコーチコミットメントすることで、退路を絶ったのです。


あれから一年、当初は、なにも毎日書くつもりではなかったのに、

振り返ってみれば、毎日のブログを書いていました。


そして、気がついてみれば、

いつの間にか、毎日私のブログをチェックしてくださる方が何人かいらして、

それも大きな励みになりました。


私のブログを通して、長年疎遠になってしまっていた人たちが交流を再開させたり、

再会したりという現象も起きました。


ブログを読んでくださったことがキッカケで、

コーチングのセッションを受けたいと言ってくださった方々もいらっしゃいましたし、

コーチングに興味を持ってくださった方々もいらっしゃいました。


ブログを書いていることで、私を自己紹介する手間が省けたということも言えます。

その時々の話題をいろいろな角度から書いているのですが、どこから読んで頂いても、

それなりに文章が私を捉えて頂くための切り口になっていたのでしょう。


しかし、なんと言ってもブログを書いている効用は、

自身が自身と向き合うツールになっていることだと思います。

自分で自分の文章を読むという行為は、

あたかも自分の姿を映してみるのと同じように、自身と向き合う行為なのです。

読み返せば、それはそれで書いたときとはまた違ったものが見えて参ります。

楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、哀しいことも書きましたが、

なぜ、そのコトを書いたのか。

なぜ、その視点に立ったのか。

なぜ、その表現を使ったのか。

自分自身をセルフコーチングしている如く、

様々、明確になってゆくのです。


ブログを書くことを勧めてくれた、かみさんと息子Yに、

ブログを読んでくださった皆様に、

お礼を申し上げます。

ありがとう、ございました。


そして、明日から2年目。

ヨロシク、お願いします。






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