正しい大晦日の過ごし方

2009年12月31日 23:59

大晦日、でございます。

今年一年、お疲れ様でございました。
この一年は、もう過ぎ去って、戻っては参りません。
よい事も、わるい事も、過ぎ去ったのでございます。


きょうは、かみさんとお墓参りに行きました。
我が家のお墓は、大久保に在ります。

大久保

Z寺という寺が遠い縁戚ということで、大久保にお墓があります。
周りはなかなか賑やかで、眠るには騒々しい場所ではあります。

お墓参り

きょうはお参りする人が多く、すれ違うときお互いに
「こんにちは」
と挨拶をするのですが、いいものです。

植栽に落ち葉が積もっていましたので、それを振り落とし、
お墓を拭き清め、お花を供えてお線香を焚きます。

三浦家の墓

今年一年見守って頂いたお礼を申しました。


その後、新宿の伊勢丹に注文しておいた、お年賀を受け取りに行きました。

新宿伊勢丹

この伊勢丹は、18歳で上京したときに最初に働いた場所です。
職場は、地下1階の丸いカウンターの喫茶でした。
珈琲を淹れる技術は、ここで覚えました。
いまの地下1階は、大きく様変わりしてしまって、
昔の喫茶がどの辺に在ったのか、サッパリ見当がつきません。


その後、一度帰宅して、
今度は、注文しておいた年越しソバを受け取りに行きました。


さてさて、
こうして、大晦日の夜が始まりました。

リビングには、むぅむぅと息子Kとみきちゃんが集まりました。

大晦日 013

息子Kが、スポーツ新聞の紅白歌合戦の曲順を貼り出しました。

大晦日 001

Dynamite!!」と「紅白歌合戦」を交互に観たいのです。
                     
                     大晦日 005
大晦日 006
                     大晦日 007

この、23時45分の落差が好きです。

大晦日 010
                     大晦日 012

24時丁度、穴八幡神社の一陽来複のお守りを貼りました。


さてと、これから初詣です。 やれやれ・・・。


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今年の手帳

2009年12月30日 08:38

今朝は、今年使った手帳を読み返していました。

1月は、実家の父の傘寿の祝い、息子Yの帰国、息子Kの新橋演舞場公演。
バラク・オバマ アメリカ合衆国大統領の就任もありましたね。

2月は、高校時代の仲間「夜盗虫」の同窓会、息子とみきちゃんの入籍、
そして、私はこのブログを書き始めました。

3月は、恒例の「みんな会」かみさんのハワイ行き息子Kの新橋演舞場公演
そして、藤間紫先生ご逝去金田龍之介さんのご逝去

4月は、再び息子Yの帰国下馬二五七さんのご逝去
そして、息子Kとみきちゃんの結婚式と披露宴藤間紫先生のご本葬

5月は、大学の同窓会、「わのや」ワークショップ中日劇場の観劇

6月は、息子Kの国立劇場公演父の入院

7月は、息子Kの歌舞伎座公演ハワイ行き
皆既日食もありましたね。

8月は、旧友Tクンとの再会と硫黄島の写真息子Kの新橋演舞場公演
静岡沖地震とまたまた息子Yの帰国、そして衆議院議員選挙政権交代がありました。
息子Kとみきちゃんは新婚旅行へ出発
世間では芸能人の覚醒剤事件で話題騒然。

9月は、三浦の母の十三回忌法要、我が家の白い粉事件が起き、
家族でキックボクシング観戦

10月は、叔母の手術、我が家の白い粉事件解決? 加藤和彦さんの訃報
息子Kの博多座公演、そして恒例の御会式

11月は、お隣の解体工事始まる。再びかみさんのハワイ行き、息子Kの巡業
日本舞踊林流家元・林一枝先生のご逝去
林一枝先生と同じ歳の森繁久彌さんも亡くなりました

12月は、ハーラウ・フラのホイケ公演、そしてやっとお隣の解体工事も終了しました。


さて、来年の手帳ですが、
まずは、息子Kの新橋演舞場公演と、
息子Yのムエタイ(キックボクシング)の試合の予定を記しました。


手帳



みかん採り

2009年12月29日 21:06

昨日のことです。

また実家からミカンを送ってもらったので、
弟の携帯電話に掛けましたら留守番電話でしたので、
また改めてかけ直そう思っていましたら、弟の方から電話を貰いました。

贈ってくれたミカンの礼を伝えました。

「ところで、ミカンの収穫は終わったか?」
と訊くと、まだだと言います。

今年は、収穫量が多いところへ、
天候が不順だったので、収穫作業が捗らなかったというのです。
雨が降ると露が切れるまでは、収穫作業はできません。
濡れた実を貯蔵すると皮が浮いたり、腐る原因になるのです。

「明後日には終れると思うけどね。」
弟はそう言いました。
年は越したくはないものなのです。

それに、収穫が終らなければ、暮れの正月の準備は始められません。
今年実家は、大晦日一日で正月を迎える準備をすることになるでしょう。


いま、下でかみさんとみきちゃんが仲良くおせち料理を作っています。
みきちゃんは、初めて我が家のおせち作りに挑戦しています。
この部屋まで、煮物の匂いがしてきます。

浜松の実家も、母が生きていてくれたら、
我が家のように、姑と嫁が台所に並んでおせちを作っていたことでしょう。

きょうの正しい暮れの過ごし方

2009年12月28日 18:44

正しい暮れの過ごし方、仕事納めの12月28日編。

きょうも、朝からかみさんと慌しく動き回りました。

まず、昔うちの店に居た板前のKさんの自宅に、顔を見に行ってきました。
ちょうど一年前のきょう、
料理長をやっていたベトナムのハノイのDホテルから戻ってきたのです。
しばらく逢っていませんでしたが、まずは元気そうで、よかったです。

その足で、築地に買出し。
Kさんも誘ったのですが、用事があるとかでダメでした。

築地市場

午前10時前には、この混雑です。

まずは、駐車場を確保するのに一苦労。
市場の近くには停められず、ぐるっと一回りした挙句、
息子Kが、来月2日に初日を迎える新橋演舞場
楽屋口前のパーキングメーターに停めました。

          築地場外
                      築地場外市場

鮮魚や野菜や珍味など買うと、アッというまに買い物袋が一杯に。
混雑している路地などを歩くのは、なかなかタイヘンです。
次々に買い物をするかみさんはメモを持ち、
私はお金と買い物をした荷物を持つように分担しました。

昔、息子Yから、
私は、かみさんを甘やかし過ぎだと謂われたことがあります。
買い物でも、旅行でも、出来るだけの荷物を持ってしまうからです。
別に甘やかせているとか、ご機嫌をとっているとかではないのですが、
かみさんが大荷物を持つのを、見ていられないからなんですが・・・。

一時間経つので、車に荷物を置きがてら移動させました。
今度は、割と市場に近い場所にメーターがありました。

メーターに三百円入れて、
小腹がすいたので、お寿司を食べていくことにしました。
                         
入ったのは、寿司清(すしせい)。
本店は行列が長かったので、並びの新館に行くと、
並んではいましたが、それほど待たずに入れそうでした。

店内は、満席です。
お好みがよかったのですが、時間がかかりそうでしたので、
<おまかせ3,500円のにぎり>を注文しました。
・・・それと、かみさんは冷酒を一合。
                          寿司清

自宅に戻って、かみさんを降ろしてから、
セルフのガソリンスタンドへ、給油と洗車しに行きました。

ガソリンスタンドから戻ると、
かみさんが、おせち料理の下ごしらえをしながら、仏壇の掃除をしています。
私は、昨日頂いてきたお札をお祀りするので、
神棚を掃除して、お札を祀り、お榊を供え、洗い米と水と塩を供え、お神酒を供え、
しめ縄を張りました。

神棚飾り

本当は、しめ縄を神棚の柱に付いているフックに引っ掛けるのですが、
しめ縄は張るものなんですねぇ。

そんな作業をしていると、
ダイニングテーブルと、靴箱・・・モトイ、整理棚が届きました。

ダイニングテーブルと整理棚

手前がダイニングテーブルと椅子です。
その向こうに見えるのが、靴箱・・・モトイ、整理棚です。
どう見ても、靴箱にしか・・・モトイ、整理棚にしか見えないでしょ?


さて、慌しい一日でした。
一段落したところで、このブログを書いています。
かみさんは、まだおせちと片付けをやってます。

でも、これで一日が終わったワケじゃありません。
この後、息子Yの友だちの I ちゃん がやってきます。

I ちゃんというのは、息子Yの中学時代からの友だちですが、
近々仲間を集めてフラダンスを習いたいとかで、かみさんと話しにくるのです。
そこで、かみさんが、
「そんなら、うちで忘年会やっちゃおっか」
と言ったので、そういうことに相成ります。

仕事が終わってから来るので、「8時30分頃に伺います」と、
さっきメールが入りました。

お礼参りに行ってきました。

2009年12月27日 20:18

毎年、この時期になりますと、
氏神様などを回って、お参りをしてお札を頂いてきます。

我が家の氏神様は氷川神社ですが、
目白通りを渡って神田川に向かって下りますと、面影橋の手前に在ります。
此処では、天照大神と氷川神社のお札を頂きます。

お礼参り 001

氷川神社から面影橋を渡り新目白通りから明治通りに出て、
馬場口の交差点を左折して早稲田通りに入り、馬場下町の交差点のところに、
穴八幡宮穴八幡神社)が在ります。

 お礼参り 002
            お礼参り 004
 お礼参り 005
            お礼参り 006

この神社では、毎年冬至から節分までの間、「一陽来複」のお札を頂くことができます。
「一陽来複」という言葉は、昔の中国の占い本の「易経」に出てくる言葉です。
易経」では、全ての現象は陽の気が多くなったり少なくなったり、
また、陰の気が多くなったり少なくなったりと、繰り返されると考えるのだそうです。

段々と陽の気が少なくなれば、陰の気が増えますが、でもいまこの時は、
その後で再び陽の気が復活してくるタイミングなのだと考えましょう。
これが「一陽来復」の考え方です。

昔の人は、冬至を境に日が長くなることから、冬至に太陽の力が復活すると考えました。
そこで、冬至から一陽来複のお札を頂けるのです。


明けない夜はない。

出口のないトンネルはない。


そんな、ポジティブ・シンキングにも通じるものがあるんじゃないでしょうか?

お参りしながら、そんなことを考えていたら、
昔観たテレビドラマ、「泣いてたまるか」の主題歌が口をついて出てきました。

上を向いたら、キリがない
下をむいたら、アトがない
さじをなげるは、まだまだ早い
五分の魂、泣いて、泣いてたまるかよぉ~
夢がある


神社のお札と、一陽来複のお札と、懐中一陽来複のお守りを買いました。
一陽来複のお札は、大晦日の24時に決められた方角に向かって家の壁の
出来るだけ高いところに貼ることになっています。

 一陽来複

さて、その後、
新宿のデパートへ行って買い物をしまして、地元に戻ってきましたら、
夕方で暗くなっておりました。
それから、大鳥神社に参りまして、お札を頂きました。

お礼参り 007

「ご苦労様です。どうぞ、よいお年をお迎えください」
と言われながら、お札を頂きます。

そして、その後、本殿にお参りして、
今年一年お見守り頂いた、お礼を申し上げました。

きょうは、鬼子母神様は遅くなってしまって、お参りできませんでしたので、
また、明日にでもお参りしようと思います。

なんせ我が家の場合、
あっちこっちから見守って頂いて、お礼参りするところが多くて困ります。


感謝の気持ちを伝える

2009年12月26日 18:03

lalalaLAkurashis.jpg                     

ロサンゼルスのフリーペーパー「La La La」
息子Yの特集が掲載されたそうです。
(毎週金曜日配布で12月25日の号です。) 

La La La  ←クリックすると大きくなります。
                                
この特集は、毎回ロサンゼルスで暮らす日本人を紹介しているようです。
今回は、息子Yを取材して「アメリカでムエタイに賭ける」というタイトルで、
記事はまとめられています。

記事によると、

「会社経営とムエタイの両立は大変ですが、これができているのは周りの人に恵まれているからだと思います。会社のスタッフたちも協力的だし、ジムの仲間たちも自分のやりたいことを理解してくれています。自分がこれをやりたいという行動力と決断力を、周りの人たちが支えてくれているからこそ、できていると思う。2010年は、みんなへの感謝の気持ちを伝えるという意味でも、ムエタイの大会でベルトを獲得します」

と、息子Yが言っています。

ラスベガスで旅行会社を経営しながら、
来年2010年はムエタイの大会で、ベルト獲得を目指すと書いてありますが、
早速、1月23日にテキサスでの試合が決定したようです・・・Maybe

それで、クリスマスもお正月も返上してトレーニングするのだそうですが、
今回の契約体重が・・・Maybe135lb (60kg)だから、
徐々に一ヶ月くらいかけて体重を落すのだとか。
現在は73キロあるので、13キロ落とし。

今回は10キロ以上の減量だから、少しずつ始めようと思う。

第一段階はカロリーよりも、炭水化物と量を減らして、胃を小さくする。

第二段階はカロリーを減らして、塩分も控える。

第三段階になって完全な食事制限。一日一食するか、軽食二回か。

第四段階では断食、計量の24時間前までトコトン8リットルの水を飲む。

最終段階の計量24時間前からは水分も一切断つ。
それまで8リットルも水分補給してたもんだから、
体が勘違いして水を吸収しなくても水分が体から出てくる。


(以上、息子Yのブログより抜粋)


まぁ、いずれにしても大変なこってす。
勝っても負けても、きっとなにか得られるでしょう。

・・・でも、あたしはベルトを期待してますけどね。

若いときにしか出来ないコトですからね。


それにしても、
みんなへの感謝の気持ちを伝えるという意味なら、
もっと他にもやり方があるんじゃないかと思うのですがねぇ・・・

ブログで同期会

2009年12月25日 06:58

皆さん、もう既になんとなくお気づきでしょうが、
このブログにほぼ毎日コメントを寄せてくれるYさんの存在。

彼は、まず間違いなく、ほぼ毎日このブログを読んでくれています。
「よく毎日書けますねぇ」
と、私が言われることはありますが、
「よく毎日読んでいられますねぇ」
と、Yさんには申し上げたい。

そのYさんは、今更ご紹介するのも照れますが、
大学時代の私の同期です。

彼は、卒業してまず劇団四季へ入り、その後劇団文学座へ移り劇団員になるも、
なにを思ったか、突然デパートSに就職し課長職まで勤めます。
しかし、残念ながらそのお店の閉店に伴なって依願退職。
それを心配された、亡くなられた父上の親友である、ホテルO社長のご推挙で
Mビルに就職し、一時期話題の時代の寵児たちを顧客に営業の日々だったのですが、
近年、母上が運営されてきた不動産会社を継がれるために退職。
そして、この暮れ、千代田区四番町にマンションを落成されました。
ご家族は、元・宝塚歌劇団ご出身の奥様と、母上、双子の兄上ご家族の三世帯が
同じマンションにお住まいです。
どうもご家族でゴルフがご趣味のようで、彼の話にはその話題がよく登場します。
そして、大学の同窓会では同窓会副会長を務めてくれています。
うちのかみさんが会長に就任したときに、かみさんが是非にと言って
副会長をお願いしたという経緯があります。


そして、最近ご紹介した詩人の若狹麻都佳さんも同期ですが、
彼女が3年前の同期会で写してくれた我々の写真を送ってくれました。
奥に写っているのが、Yさんです。
ご本人の許可を得てアップさせていただきました。

同期

そういえば、きょうの夕方6時35分から
ニッポン放送のラジオ番組「コ・ト・ノ・ハ歳時記」で、
若狹麻都佳さんが書いた詩「あまらしき」が紹介されますからね!

お時間のある方は、是非聴いてくださいね。

麻都佳さん 若狹麻都佳さん近影


このお二人以外にも、
同期のコメントが時々寄せられます。

どうも、毎日読んでくれているのは、一人や二人ではないようです。



若成田!おめでとうございます。

2009年12月24日 18:45

きょうも息子Kは、1月の新橋演舞場「初春花形歌舞伎」公演のお稽古でしょう。

せっかくの新婚初のクリスマス・イブの夜ですが、お稽古は早く終わるでしょうか?

今回、夜の部の「慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)伊達の十役」は、
仙台の伊達家のお家騒動を土台にして創られた作品で、
七世市川團十郎が1815年に江戸で初演したのだそうですが、
それからずっと、上演が途絶えていたようです。

この「市川團十郎」というお名前ですが、
歌舞伎の名跡の中でも最も権威のあるお名前とされております。

最も古い歌舞伎の家柄にして、市川一門の宗家、歌舞伎舞踊市川流の家元です。
17世紀に初代團十郎が登場して、当代の團十郎さんで十二代つづいております。
そして、多分十三代目を継ぐであろうアノ人は、きょうは一日お忙しそうです。
ご存知、市川團十郎家の屋号は「成田屋」ですが、
時折、市川海老蔵さんには「若成田」という大向こうが掛かります。

屋号を澤瀉屋(おもだかや)と称する市川猿之助一門も、
市川團十郎家の一門に属します。

初代市川猿之助という人は、元々九代目市川團十郎のお弟子だったのです。
それが、一代で澤瀉屋一門を創ったのですから大変な人です。

さて、二代目市川猿之助、後の市川猿翁さんは初代のご長男です。
この猿翁さんが、現在の猿之助さんのお祖父様にあたります。
猿翁さんのご長男は、三代目市川段四郎さんで、現在の猿之助さんのお父上。
そのお祖父様(猿翁)と、お父上(三代目段四郎)が同じ年に亡くなります。
当代の猿之助さんと、その弟である当代の段四郎さん兄弟が、
その当時“梨園の孤児”と呼ばれたという話は有名です。

同時期に二人の大きな後ろ盾を失った猿之助・段四郎兄弟の苦労は、
並大抵ではなかったことでしょう。
しかし、それは歌舞伎界の各家の芸を吸収するチャンスでもありました。
各家の様々な舞台を経験しながら、いろいろな役者の芸に影響を受けたのです。
その上、歌舞伎界では珍しくお二人とも大学に進学して慶應義塾大学を卒業しました。
そして、当代が三代目市川猿之助として数々の古典の復活狂言を世に送り出し、
現代の舞台機構や技術の粋を集めて創った、現代の歌舞伎スーパー歌舞伎を創造し、
現在でも、うちの息子Kを含む七人の部屋子を基とする一門を指導されています。

その市川猿之助さんが、1979年に復活させたのが、
今回の「慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)伊達の十役」です。
一人で十人の役をこなすので「伊達の十役」と言います。
五十回以上ある早替え(早い着替え)が見ものですが、それ以外にも、
屋台崩しやら宙乗りやらあって、目にも楽しめる大スペクタクル作品です。

このお芝居の主演を、
今回初めて勤めるのが、当代市川海老蔵さん。

考えてみれば、
宗家の総領息子が、分家が復活させた台本と演出で主演するというわけです。
興味深いですよね。

その海老蔵さんは、きょう小林麻央さんと結納を交わされたのだとか。
伊達の十役も忙しい大変なお役ですが、これからは公私共にお忙しくなることでしょう。

海老蔵さんは、
間違いなく、これからの歌舞伎界を牽引されるであろう、お一人だからです。


おめでとうございます。

そして、メリー・クリスマス。


時代を担った仕事

2009年12月23日 19:12

先ごろ、写真撮影の仕事を依頼したカメラマンのI氏が、
写真を納品するために来てくれました。

元々は、女性雑誌のグラビアとか、
アーティストのライブの写真を撮っていたI氏ですが、
近ごろ、カメラマン業界の仕事が減っていると話してくれました。

広告代理店が扱う雑誌の仕事については、激減しているそうです。
雑誌が次々に休刊されているという実態がありますからね。

ところで、“休刊”といいますが、要するに一時的に休むのではなく、
やめちゃう“廃刊”と同じ意味なんですよね?

●『月刊現代』(講談社)
●『月刊KING』(講談社)
●『読売ウィークリー』(読売新聞)
●『FLASH EX』(光文社)
●『BOAO』(マガジンハウス)
●『NIKITA』(主婦と生活社)
●『Title』(文藝春秋)
●『主婦の友』(主婦の友社)
●『週刊ヤングサンデー』(小学館)
●『論座』(朝日新聞社出版局)
●『広告批評』(マドラ出版)
●『諸君!』(文藝春秋)
●女性ファッション誌『Cawaii!』(主婦の友社)
●女性ファッション誌『マリ・クレール』(アシェット婦人画報社)
●ファッション誌『PINKY』(集英社)休刊
●小学五年生、小学六年生(小学館)
●情報誌『Hanako WEST』(マガジンハウス)

コレ、ことし休刊を発表した雑誌の一部です。

これは、不況とか景気とかいう問題ではなく、
社会の構造的変化の問題なんじゃないかという話になりました。

まずは、媒体の変化。
紙媒体からインターネットへの移行が挙げられます。

販売活動・消費活動がインターネットを抜きには考えられない時代になっています。

そして、高齢社会と少子化が考えられます。

赤ちゃん向け、子供向けのコマーシャルが減っていると思いませんか?
その代わり、入れ歯、白髪、かつら、ヒアルロン酸、老人保険、介護老人ホーム、
そして尿もれのコマーシャルが増えていると思われません?

時代には、社会的にはその役目を終える仕事というものがあります。
石炭、レコード、改札のキップ切り、テレフォンカード、ビデオ、
そしてキャバレー、などなど・・

カメラマンという仕事も機材がフイルムからデジタルに変わり、
要求されるその技術のあり方も変わったといいます。
そして、仕事のパイが減ってサバイバルの時代に入ったのだとか。

・・・大変です。


コーチの仕事にも、そんな時代がくるのでしょうか?


我が家のシルク・ドゥ・ソレイユ

2009年12月22日 20:03

  手 009

昨日は足でしたが、きょうは手をお見せしております。  (別にいちいち見せなくても

きょう、私の手は冷たい水と大掃除の作業のせいで、真っ赤になりました。
そう!きょうは午後から大掃除をいたしました。

先日来かみさんが、こまめに掃除を始めてはいたのです。
これまでの私は、年賀状の担当。
しかし、きょうはかみさんがお出掛けなので、難しい大掃除に挑戦というワケです。

まず、玄関周りから駐車場にかけて、ホースで水を掛けながら土間を掃除。
濡れた落ち葉が中々に手強いのでした。

そして、ささやかな植栽を置いている二階のベランダを掃除。
そして、近所から借りた九尺(2m70cm)の脚立を使って二階三階の窓拭き。

実は、脚立を借りた目的は、ダイニングとリビングの天井についている、
シーリングファンを掃除するためなのです。

我が家を新築したときに、
迂闊にも、高さ4m以上ある吹き抜けの天井にシーリングファンをつけました。
昇降できない仕組みにしてしまったので、毎年大掃除の度に大騒ぎしています。

さて、九尺(2m70cm)の脚立に立つというのは、ちょっとした技と勇気が必要です。
事故も多く危ないので、近ごろは高い脚立を生産しなくなったとも聞いています。

ファンを掃除するには、脚立のてっぺんに立つ必要があり、
このときの私は、ちょいとしたシルク・ドゥ・ソレイユ・・・

ついでに、ダイニングのロールカーテンを外して、洗濯してから吊るしました。


いやぁ!きょうの大掃除はいい運動になりましたヨ。
窓拭きが一番汗をかいたかな?
なんせ、窓が多くて大きいもので相当腕を使いました。

元来私は、頭を動かしているよりも、
体を動かす肉体労働のほうが性に合っているのかもしれません。

しかし、明日の朝起きたときのことを考えると、少々憂鬱ですが。

手 005 
水と洗剤で手が荒れたので、クリームを塗ってお手入れ

ムスコの枕

2009年12月21日 21:15

私の悩みは、足が冷えることです。

きょうの東京は、本格的な冬を思わせる寒い一日でしたが、
だから、余計に冷えるというワケではなく、
大袈裟に言うならば、夏でも私の足は冷えています。

本当は、冬でも素足でいたいくらい、裸足がスキなんですが、
とてもこの時期は、無理です。

昔、学生時代は、バンカラを気取っていたワケではありませんが、
私は、裸足に下駄履きでした。

下駄を履いて、校内を闊歩する私は、さぞウルサかったことでしょう。

それくらい、裸足・素足がスキなのですが、いまや冷えには、勝てません。

原因は、判っているのです。
運動不足、要するに、歩かないからでしょう。

一生を農民として過ごし、身体で仕事をしてきた父でさえ、
ここ数年歩かなくなってしまったら、途端に足の冷えを言い出しました。
いわんや、私などをや。

でも私も、田舎で暮らしていた子供のころ、サルのように飛び跳ねておりました。
通っていた幼稚園が一番遠くて、小学校はそれより少し近くなるくらいに在りました。
距離によっては自転車通学が許可された中学校は、近すぎて徒歩通学でした。
そんな具合に、
小さいころから山道を歩いていたお蔭で、足は丈夫だと思っていたのです。

学生時代に同期の仲間と登った八ヶ岳の三ツ頭山(2,580m)だって、
途中で倒れた仲間を背負って頂上まで登ったものなのですが・・・。


息子KやYが小さい頃、
夜は、よく寝かしつけたものです。
お噺をしてとせがむので、よく話してあげながらこっちが寝てしまって
息子たちに怒られました。

そうして寝かし付けると、眠くなった息子Kは必ず背を向けて寝るのがクセでした。
どちら側に添い寝していても、眠くなると背を向けるのです。
「結婚したら、お嫁さんに失礼だろう」と言ったことがあるくらいですが、
いまでもそうなんでしょうか?

息子Yの場合は、蒲団にもぐって私の股間で頭を挟んで寝るクセがありました。
息子がムスコを枕に寝るという具合です。・・・失礼!

夏だとさすがに暑がりましたが、
冬は、そうして寝るのが温かかったのでしょう。

いまでは、寝るときに私の股間に息子の頭がないので、寒々しい限りです。

足浴 002

そういうワケで、
足が冷えると、近ごろ時々やるのが足浴。

足浴 004

これに、去年伯父を亡くした伯母から貰った厚手の靴下を履くのです。
可愛いでしょ?・・・って、可愛くなったからってなんなんだぁ?


こんな苦労をしなくても、足を鍛えるために、近くジョギングを始めると、
今朝、私のコーチにコミットメントしちゃいましたよ。


言葉展入賞「あまらしき」

2009年12月20日 23:59

ヨト様 お久し振り!! お元気ですか?

こんなファックスが届きました。

ヨト様とは、私のコトです。

昔の仲間の一部が、このように私を呼びます。

ヨト様とは、夜盗虫(よとうむし)を略しているのです。

夜盗虫というのは、夜盗蛾の幼虫のことです。
夜盗虫は、昼間は地中で寝ていて夜になると地上に出てきて
畑のキャベツなどの野菜を食べて荒らすのですが、集団発生すると、
畑全体から夜盗虫が葉を食べる音がガサゴソとウルサイのです。

私は、高校3年間を全寮制の学校で過ごしました。
昼間の授業中には寝ていて、夜の消灯時間を過ぎると何か食べながら、
騒いでいた私と私の仲間のことを指して、生活指導のK先生から、
「お前たちは、まるで夜盗虫のようだな」
と言われて、我々は自らを“夜盗虫”と称していたのです。
その話を聴いた大学時代の仲間が、私のことを「夜盗虫」と呼びだし、
中には、それを略して“ヨトさん”と呼ぶ者も出てきたというワケです。


その、今では珍しい呼び名でファックスをくれたのは、
学生時代の同期で、いまは詩人の若狹 麻都佳(わかさ まどか)さんです。

彼女が書いた詩「あまらしき」が、
12月25日金曜日の午後6時35分からのニッポン放送のラジオ番組、
「コ・ト・ノ・ハ歳時記」で紹介されるという、お報せでした。

この「あまらしき」は、
彼女が3年前の2006年に出版した「女神の痣」の中に収録されている作品です。

なんでも今年の夏、世界文藝社の『黒澤明生誕100年記念「生きる」言葉展』で、
入賞したのだそうですが、
番組は、世界文藝社と番組実行委員会が主催して、全国の文芸家から募集した
短歌、俳句、川柳、詩などの180点が紹介されるそうです。
しかし、若狹麻都佳さんは、これに応募していなかったのだそうです。
ところが、主催者がこの「あまらしき」の「非凡さ」「朗読したときの言霊の響きの強さ」
「既成概念にとらわれない自由な発想と想像力」が、
「芸術性に富んだ新しい詩の出現」と評価されて、
特別に取り上げられることになったのだそうです。

日々の生活(くらし)に
余韻と空白

持てる ひとは
ありふれた日常

まろやかにたゆたう
幻想の曼荼羅

変える
初夏の夕刻。



あまらしき

もし、皆さん12月25日の18時35分からお時間がおありでしたら、
是非、ニッポン放送をお聴きくださいね。

徳光和夫さん等が朗読して、黛まどかさんが解説する番組だそうです。

それにしても、
演劇科出身の仲間は、芝居の世界から離れても、
それぞれの才能を磨き、時として突然に私の前に現れます。

これを、人生の愉しみと謂わずして、なにを愉しみというのか。

因みに、「あまらしき」というのは、
仏教で謂うところの「阿摩羅識」のことかと、思われます。

人間の中にある意識・無意識を8種類に分けて八識と謂うのだとか。
それを超えたところの意識を「阿摩羅識」と謂うのだそうですが、
まさにそれこそ、大乗仏教の悟りそのものでしょう。


女神の痣女神の痣
(2006/05)
若狹 麻都佳

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