自分の選択

2009年08月31日 19:28

今夜は嵐です。

台風が吹き荒れています。

そして明日は、9月1日。

86年前に関東大震災があったので、防災の日とされています。

自然界では、地震、温暖化、エルニーニョ、インフルエンザと、
人知の及ばないことが次々と起きています。


人間の世界でも、昨日日本中で激震ガ起こりましたねぇ。

想像していたこととは言え、圧倒的な民主党勝利には、
戸惑った方も多いのではないでしょうか?

テレビを観ておりますと、落選した人が元気がないのは当然でしょうが、
勝って当選した人も、なんだか皆声も小さくて元気がないように見えます。

緊張しているのでしょうか?
あまりに荷が重くて戸惑っているのでしょうか?

確かにいまの日本人が経験したことのない、歴史的な政治の変革が起きました。
政権が交代するのです。

それによる混乱がないわけがありません。
相当な混乱が予想されます。

しかし、民主党が政権を交代したんじゃありません。
多くの国民が政権を交代させたんです。

これは、国民の責任なんですよ。

この選挙結果を喜ぶも憂うも、
国民ひとり一人が受け捕らなければならないことだと、私は思います。

その意味で、民主党も自民党も、
そして国民も、これからは、いい政治をやっていきましょうよ。
人間の世界で起こったことは、人間の知恵で解決できるはずでしょう?

自らの “国” と “未来の人たち” のために。


“ 誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出した道ですもの、
間違ひと知つたら自分で間違ひでないやうにしなくちや ”
                       ― 森本薫「女の一生」より ―



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新婚旅行

2009年08月30日 18:17

朝7時すぎ、かみさんと近くの旧豊島区立小学校で、投 票! してきました。

第45回衆議院議員総選挙の投票日。

きょうは、日本の将来を決める、重要な一日になることでしょう。

今朝のお天気は晴れでしたが、次第に雨が降り出しました。

これから明日にかけて台風11号が東京に近づいてくるそうですが、

明日の昼ごろには、関東へ上陸するかもしれないということです。

きょうの選挙結果で国政も “雨降って地固まる” となってくれたらよいのですが。


さて、今朝は投票のあと、車で成田国際空港へ。

実は、新婚旅行に出かける息子Kみきちゃんを、かみさんと送るためです。

そう、まだ二人は新婚旅行に行っていなかったのです。

4月29日の結婚式と披露宴の後、舞台が続いていた息子Kと、忙しかったみきちゃんに、

少しの間、お休みが頂けました。

みきちゃんのご実家のことを考えれば、お見舞いとお手伝いに行くべきなのでしょうが、

他に又とない機会ですから、お許し頂いて予定通り出かけることにしたのです。

二人は昨日、期日前投票を済ませていました。

新婚の出発

行き先は、イタリア。

やはり、二人は嬉しそうです。


二人が搭乗する予定時間には、我々は帰宅していましたが、

「     本当に感謝しています。
新婚旅行に行くことができてとても幸せです。
        楽しんできます。
  Kちゃんは、もう酔っぱらってま~す。   」


みきちゃんから、幸せそうなメールが届きました。


そう言えば・・・、
私たちはまだ新婚旅行に出かけていませんでしたっけ。 



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東海地震の恐怖

2009年08月29日 13:19

8月11日午前5時07分に発生した最大震度6弱の地震の名前は、
まだ命名されていないようですね。

「静岡地震」、「静岡沖地震」、「駿河湾沖地震」、色々な呼び方がされています。

このブログでは仮に、「駿河湾地震」と呼ぶことにさせてください。

この「駿河湾地震」で、最も揺れた最大震度6弱の地域に、
みきちゃんの実家が在る牧之原市が入っています。

他にも御前崎市焼津市伊豆市が最大震度6弱だった地域です。

私の高校時代の親友たちもこの地域に住んでいますので、
電話して聴いたところ、彼らには幸いそれほどの被害はなかったようです。

しかし、周りの家では瓦屋根が崩れたり壁が落ちたりしているようで、
茶畑が崩れたというところもあるようです。

みきちゃんの実家にも、少なからず被害が出ました。

地震が起こったとき、私はブログを書いていました
直後にテレビを点けて震源が駿河湾だと知りました。
咄嗟に頭を過ぎったのは、「東海地震」という言葉でした。
すぐに浜松の実家の弟の携帯電話にメールを送っていました。

実家の在る浜松の北部地域は震度4程度、幸い被害らしきものはなかったようです。


ところで、ほとんどの日本人は既に「駿河湾地震」を忘れていませんか?
もう、2週間以上経っていますし、この間にはお盆休みもありましたし、
連日の報道は、覚醒剤と選挙ですからね。

しかし、震度6弱だった地域の人々は、異口同音にあの地震が起こったときのことを、
「東海地震がきたと思った」と言います。

「もう少し揺れが長く続いていたら、家が崩れていたかもしらん」
「あれが東海地震であの程度だったら、よかったのに」

「あの地震が東海地震の力を弱めてくれたら、よかったのに」

そうです、静岡県の人々にとっては、確実に恐怖は増大してしまったのです。
いつかくると言われていながら、多分実感の薄かった感覚が、
あの「駿河湾地震」「東海地震」がリアルなものに変わってしまったのでしょう。

地震当日の11日、気象庁に設けられた「地震防災対策強化地域判定会」は、
史上初となった「緊急打ち合わせ会」を招集して観測値を検討した結果、
「この地震は、想定される東海地震に結びつくものではない」と発表しました。

つまり、「駿河湾地震」「東海地震」とは直接関係がなく、
今回の「駿河湾地震」の100倍以上と予測される「東海地震」のエネルギーは、
消耗されずに溜まっているということです。
静岡県の人々にとっては、「ホンモノはこれからくるんだぁ」という思いです。

「東海地震」は、歴史的に100年~150年に一度起こるといわれています。
前回、1854年に発生した「安政東海地震」から今年で155年。
今後30年以内に「東海地震」が起こる確率は87パーセントといわれます。

交通事故で死亡する確率は、1パーセント以下。
ガンに罹って死亡する確率だって、10パーセントには到底届きません。
そこで、あらためて87パーセントという数字を考えてみてください。

そして、その地域に住んでいる人々のお気持ちを想像してみてください。

明日、多分日本の政治は歴史的に大きな変化を起こすでしょう。
しかし、政治体制が変わったとしても、地震のエネルギーは溜まったままです。
そのエネルギーがいつ放出されるのか分かりませんが、
マグニチュード8クラスの巨大なエネルギーはいつ放出されてもおかしくないのです。


狭き門より入れ

2009年08月28日 23:15

「狭き門より入れ」

ナリタカさんから、ご案内をもらったので、きょうは、久しぶりに
かみさんと、息子 K と、みきちゃんの4人でお芝居を観に行ってきました。
息子 K は、昨日が 「石川五右衛門」 の千穐楽でした。

私たちが、ナリタカさんと呼ぶのは、浅野和之さんのことです。
彼の本名は、加藤斎孝(かとうなりたか)というんです。

以前にもナリタカさんのお芝居を観た話はブログに書きましたが、
私たち夫婦の大学の先輩に当たります。
そして、すぐご近所同士なんです。

ですから、大体彼のお芝居は観ています。
本当に守備範囲が広くて、お芝居のジャンルを問わずいろんなコトやる人です。

さて、今夜のお芝居は、

PARCO劇場公演 「狭き門より入れ」
作・演出 前川知大
出演 佐々木蔵之介 市川亀治郎 中尾明慶 有川マコト 手塚とおる 浅野和之

なかなか、興味深い顔ぶれでしょ?そして・・・
そう!市川亀治郎さんが出ていらしたんですねぇ。

勿論、息子 K は小さいときから
猿之助歌舞伎、スーパー歌舞伎でご一緒させて頂いて、可愛がって頂きました。

ですから、終演後楽屋にお邪魔して久々の対面と相成りました。
そして、みきちゃんも、ご挨拶ご挨拶。 

お芝居も、才能豊かな戯曲で、役者さんたちの演技も楽しめた、と
若夫婦が申しておりました。

久々のお休みに、四人で観劇と食事をして幸せな日でした。

おまけに、ナリタカさんから、結婚祝いまで頂いちゃってさ、息子・・・。

9月20日後楽園ホール

2009年08月27日 17:51

  ※このブログに書かれている試合は、9月3日の時点で中止になりました。

試合のチラシ 003

        9月20日(日)の試合のチラシを作りました。
                     それを持って、
   池袋東口の格闘技ショップ“建武堂”へ行ってきました。


東京 池袋
建武堂   

建武堂は、息子 Y が子供の頃から出入りして可愛がってもらっているお店です。
私の携帯電話から息子 Y の携帯電話にかけて、建武堂のご主人と代わりました。
どうも、なにかご協力をお願いしたようです。

セコンド
                    左がセコンドを務める息子 Y


アニキ(ジョー・シリング)は、自身のためにも、家族のためにも、

    そして、彼を慕っているジムの子供たちのためにも、

        戦って、そして勝たなくてはなりません。

        貧しく、困難な状況にいる子供たちに、

              “夢は叶うのだ”

      ということを、証明してみせなくてはなりません。
  
      対戦する相手が、たとえチャンピオンであっても。





新日本キックボクシング協会ホームページ

入場チケット:7,000円

※チケットのお問い合わせは、このブログのコメント欄に非公開でお願いします。
  その場合必ず、ご連絡方法とご連絡先を明記してください。



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おざなり

2009年08月26日 12:16

お忙しそうですね?」

と、訊かれて、

「いやぁ、忙しいというより、慌しいという感じなんですよ」

と、応えることがよくあります。


立心偏(りっしんべん)は、心や心臓の働きを表す部首ですから、

忙しいは、「心がなくなる」という意味でしょうし、

慌しいは、「心が荒れる」という意味でしょう。


私の場合、時間的には余裕があるはずなのに、どうも忙しい

要するに、もの事を受け容れる器量の問題かもしれません。

したがって、慌しいと感じるようになるのです。


人は、慌しくなると、ついもの事を “お座成り(おざなり)” にしてしまいがちです。

この お座成り の意味を調べてみると、

「いい加減にもの事を済ませること。その場限りの間に合わせ。」と、あります。

一応、対応はしているんだけど、テキトウ みたいなね。


ですから、そうしないように ちゃんと やろうとする。

すると、余計に慌しくなるという悪循環が始まります。


しかし、慌しさを放っておいたらいけません。

“お座成り” は、必ずしっぺ返しに遭います。


マネジメントの要点の一つは、この “慌しさ” と “お座成り” を

どうするかにある、と言ってもよいくらいだと私は思っています。


このマネジメントにお悩みの方に、コーチングは是非お薦めですが、

もの事を “等閑(なおざり)” にする方は論外です。


アニキの試合

2009年08月25日 23:39

※このブログに書いてある試合は、9月3日の時点で中止になりました。

     2009年9月20日(日) 後楽園ホール

   「アニキ」ヘビー級チャンピオンに挑戦

            決定!!


      あにき

・・・なんのこっちゃ、解からないでしょう? スミマセン。

実は、先日帰国した息子 Y の帰国目的を、
ビジネスの交渉事と健康診断だとブログに書きました

実は、その“交渉事”というのが、アニキを日本で試合させる交渉だったのです。

息子 Y がロサンゼルスでムエタイ(キックボクシング)の試合もやっていると
以前のブログで紹介しましたよね。

“アニキ”についても、以前ブログに書きました。

その“アニキ”を日本でデビューさせたくて、先日、息子 Y は帰国したのです。

息子 Y が高校時代から暮らしたロサンゼルスというところは、
ご承知のように、カルフォルニア州に属して、陸続きでメキシコに通じています。

カリフォルニア州は、全米一の人口を有する州です。
しかし、その人口の内訳は、

欧州系     44%
ラテン系    35%
アジア系   12%
アフリカ系   6%

という構成で、非常にラテン系つまりメキシカンの数が目立ちます。

実際、密入国や不法滞在のメキシカンがロサンゼルスの下働きを担っていて、
どこのホテルやレストランも彼らの労働力によって成り立っています。
カリフォルニア経済は、もはやメキシカン抜きには考えられないという現状です。
つまり、同じマイノリティー?のアフリカ系住民の仕事を奪うことにもなってしまい、
そこで、アフリカ系住民が権利を主張すれば、メキシカンたちはLA全域で
「仕事をボイコットして国に帰っちゃうぞ」とシュワルツネガー知事を脅すのです。

しかし、そんなメキシカンの暮らしも楽なものではありません。

昔、息子がアルバイトしていたお寿司屋にもメキシカンの人たちが働いていました。
普通、日本人たちは彼らと仕事以外に接触することはしないのですが、息子は、
店からアパートの送り迎えなんぞをやっておりました。
時には、アパートに招待されたりしておったようです。
そのアパートでは、何人ものメキシカンが集団で狭い部屋に寝ていたそうです。

遊びに行っているうちに「是非、オラが村に遊びに来てくれろ」ということになって、
独りでバックパッカーやってメキシコの電話も通じない村に行ったこともありました。

そんな彼らや、他の人種でもマイノリティーの人たちが、
麻薬や犯罪に手を染めないで、人として成長をするためのツールにしようと、
ムエタイ(キックボクシング)のジムを運営している、マークという人がいます。

マークは日系人ですが、日本語はできません。
日本に来たこともありません。

そのマークと組んで、選手として試合をしてギャラを稼ぐのが“アニキ”です。
アニキは、息子 Y と共にジムで後輩や子供たちの指導をしています。

ジムは、彼らにとってコミュニティーであり、教会のように人生を悟る場なのです。

そんな “アニキ” ですが、最近対戦相手に恵まれません。
先日7月のラスベガスの試合も、対戦者から試合直前にドタキャンされました。
勿論、違約金は受け取れましたが、対戦相手にイヤがられたようです。

こうして、なかなかアメリカ国内で試合することが難しい状況になっていたので、
息子は、「ひとつ日本で試合をやらせよう」と考えたのです。

最初、協会に挨拶に行った時点では「まだ先のこと」と思っていたようですが、
図らずも、チャンスは目前に迫っていました。
時間は無いのですが、9月20日の試合の打診をされたのです。

これには、さすがの息子 Y も焦った様子で私に電話してきました。
しかし、誰もこのチャンスを逃してもいいという人はいませんでした。

ということで、9月20日の日曜日に、後楽園ホールでチャンピオンと試合します。
そして、その試合には、もれなく息子がセコンドでついてきます。

この試合をご覧になりたい方、ご連絡ください。
※このブログに非公開でコメントを書いて申し込んでください。
チケットは7,000円だそうです。

詳しいことは、またお報せします。

では、きょうはこのくらいで、・・・まだ色々決まってないんです。
ところで、アニキ、うちに泊まるっていうんだけど・・・うちはいいけど、
・・・大丈夫かぁ??



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サンシャイン60

2009年08月24日 23:54

知人の区議会議員主催の納涼会で、

かみさんが、フラダンスを披露することになりました。

踊ったのは、かみさんと、同じハーラウ(舞踊団)の仲間です。


納涼会の会場は、サンシャイン60の展望台。

ここからは、望遠鏡を使うと我が家が見えます。

見えるのは、最上階の風呂場です。

ロールカーテンを下ろすか、電気を消して風呂に入っていない限り、
サンシャイン60の展望台から覗くことができます。 

サンシャイン60 002
   風呂場の脱衣所から見たサンシャイン60

このサンシャイン60が建ったのは、1978年のことでした。

このサンシャイン60が出来て池袋の動線は変わりました。
近くに東急ハンズなども出来て、尚更流れが決まりました。

昔池袋は、人が駅構内につづく百貨店で買い物をして駅から出ないので、
“駅袋” と言われて、池袋の街はなかなか発展しませんでした。
しかし、サンシャイン60の存在は、その流れを大きく変えたのです。

しかし、
当時私は学生でしたが、
池袋に来ることはあってもサンシャイン60に昇ったことはありませんでした。

当時、東洋一の高層ビル(地上239.7m)と言われて話題でしたが、
そこが、巣鴨プリズンと呼ばれた「巣鴨拘置所」の跡地だというのが、
足を遠のかせていた原因かもしれません。


初めてサンシャイン60へ昇ったのは、結婚してからのことだと思います。

昭和が終わる数年前だったと思うのですが、
私は、読売新聞大阪社会部編集の「新聞記者が語りつぐ戦争」という
ノンフィクションシリーズを読み始めていました。

これは、読売新聞の伝説の新聞記者として有名な黒田清さんが編集し、
大阪社会部の記者たちが取材した「戦争」の記録です。

その中のシリーズ8に、「戦犯」というノンフィクションがあります。

戦犯といってもA級ではなく、BC級戦犯のノンフィクションでした。

きょうは、その「戦犯」については詳しく書きません。
いつかまたあらためて、お伝えしようと思います。
きょうは、サンシャイン60に昇って思い出しただけですから。

ところで、かみさんたちのフラダンスですが、

サンシャイン60 005

会場には、200人ちかく支持者や友人のみなさんがお集まりでした。

サンシャイン60 014

サンシャイン60 065
       サンシャイン60の展望台から見た雑司が谷の家が在る方向です。

世界ジオパーク認定

2009年08月23日 17:36

世界ジオパークってご存知でしたか?

私は知りませんでした。


きょうのニュースで「日本で3箇所認定されました!」と言っていましたね。

世界ジオパークって、
なにか、恐竜が出てくる映画のタイトルを連想させますが、
勿論、恐竜とは直接関係ないようです。

世界ジオパークいうのは、世界的に貴重な断層や火山などの有る、
地質分野の世界遺産のことだそうです。

世界中で地球の成り立ちを知る上で価値のある地層・地質の世界的遺産で、
生態的・文化的・考古学的?な要素も含めて認定するのだそうです。

国連の教育・科学・文化機関であるユネスコが支援している国際運営組織、
世界ジオパークネットワーク」が “認定” を行っているというのですが・・・

今回、日本で認定を受けたのは、北海道の洞爺湖有珠山
新潟県の糸魚川地域、長崎県の島原半島の3地域だそうです。

その分野の人や、その地域以外の人は、あまり知らなかったことですが、
NHKニュースで、認定決定の電話を受けた町長さんが喜ぶ姿や、
世界ジオパーク認定!の垂れ幕を下ろす市職員の姿が映っていましたから、
みなさん、さぞや前々からご準備されて、待ち望まれていたことなんでしょう。


しかし、認定の本当の効用は “観光” にありそうです。
それを目当てに観に行こう、という人が増えるでしょうからね。

世界遺産とか、文化遺産とか、国立公園というお墨付きがあると
地域の経済界が “観光化” を目指すのは必然でしょう。

でもね、なにかそこが少し悲しいように私は思います。
本来の自然の価値の評価を喜ぶのではなく、更に観光地化できることを
喜んでいらっしゃるというような気がしてしまうのは、私独りでしょうか?

イヤ別に、文句をつけているのではありません。 
ご当地の方々にとっても、国民にとっても喜ばしいことなのでしょうからね・・・。
ただね、認定って・・・
なにか事前運動の政治的な成果なのではないかと、わたし思ったものですから。
イヤだから、それが悪いって言ってませんが・・・
気を悪くされたら、ゴメンなさい。 

しかし、なぜ今回この3地域だったのでしょうね?
そりゃ、今回の3地域の自然や地層は、価値の高いものなのでしょう。
でも、富士山山麓は?秋吉台は?なぜ阿蘇山じゃなかったんですかねぇ?
地層の価値が高い場所は、日本中にいっぱい在るじゃないですか?



ところで、アメリカ大陸ってどこか世界ジオパークに入ってます?

グランド・キャニオンって、入ってます?
グランド・キャニオンって、20数億年前の地層だって言われているんでしょ?

勿論、入っていますよねぇ。

妹のブログから

2009年08月22日 09:15

私には、二歳下の妹がいます。

私と誕生日が同じで、計画的に生まれた妹です。 

したがって、私が物心ついたときには眼の前に存在していた妹です。

子供の頃から子供が大好きでした。

犬や猫も大好きでした。

みかんの貯蔵庫の南側の壁は陽が当たるので、
そこが私たち子供の部屋になっていましたが、
妹は蒲団に猫や犬を入れて寝ていました。

私は高校時代に全寮制の学校に行きましたので、
高校を卒業して東京に来てしまった後、妹と暮らしてはいません。
ですから、ぜんそくで施設に入っていた時期もありますので、
妹と暮らした時間は、十年ちょっとしかないのです。


妹は、大学で「学童保育」を学びました。
まだ、世に学童保育所がないころでした。

卒業と同時に自ら学童保育所を開設しました。
いま、殆どの学童保育所は公営ですが、
そもそも学童保育所は民間の運営を前提として始まっています。
妹の学童保育所は、その魁だったのです。

以来、学童保育所の指導員として生きてきました。

結婚した相手は、知的障害をもつ人たちの授産施設で指導員をしている人でした。

やはり、子供好き人好き動物好きの人です。

本業がお休みの日には、パフォーマーのタップリンとして活動しています。
いまでは、どちらが本業か分からなくなっています。


そんな二人ですが、残念ながら自身の子供は生まれませんでした。

そして、4年前に妹が大病に罹っていることが判りました。
その病名が判ったとき、
正直言ってきょうこうして妹についてブログを書く日があることが想像できない、
私はそんな心境でした。

しかし、半年近く入退院を繰り返し、辛い薬治療も克服し、いま元気です。

体力を考えて、元気な子供相手の学童保育はサポーター役にまわり、
それでも、保育園の手伝いをしたり、図書館の読み聴かせや、
病院の小児科病棟のボランティアもやっています。
ことしになってからは、だれでも集まってこられる “あつまり処” を開きました。

きょうは、その妹が書いたブログを二つ紹介しようと思います。

8月17日のブログ

8月21日のブログ

妹は、病気を患っていたとき、一度も悲観したことがなかったそうです。

「自分は大勢の人たちから、愛されているからだ」 と申しております。

私は、妹が大勢の人たちを “ 愛しているからだ ” と、思っています。



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飲み屋で折り紙

2009年08月21日 22:43

折り紙 001

ただいま、帰りました。


人様から 「よくブログがつづいていますね」 と言われます。

別段、毎日書こうと思って始めたわけではありませんでした。

しかし、書くことは無数にあります。

私個人のただ単なる記録ではなく、人様にとっても興味深い読みものとして、
読んでいただけるように心がけているつもりです。

但し、ブログの効用は、自分自身にとって自へのフィードバックとして、
或いはリフレクションとして、大切なツールになることだと思っていますが。


さて、きょうも数々の出来事がありましたが、テーマを絞り込んで何を書くか、
それを決めなくてはなりません。

きょうは、池袋西口に在る、ホテルメトロポリタンで打ち合わせをしました。

その後、クライアントさんとスケジュールの調整をしました。

そして、大切な友人からのメールで励まされたりと、色々ありました。


しかし、きょうのテーマ(話題)は、コレです。

折り紙 004

今夜かみさんは、高校時代の友人たちと鬼子母神近くのお蕎麦屋さんで飲み会です。

そこで私は、いつものように近くの居酒屋に独り行ってみました。

店内には、常連さんしかいません。

画廊を経営しているOさん、講談社へお勤めのSさんを始め、知った顔ばかり。

カウンターの隅を占領して、何気なく聴いていると、
選挙戦の只中という所為もあって政党や候補者比べに話の花が咲いています。

そのうちに、折り紙芸を得意とする男性が登場して、
新聞の折込み広告の紙を使って “かえる” を折り始めました。

折り紙 005

すると、突然に飲み屋のカウンターはカルチャーセンターに早変わりです。

「それ違うよ!」 「隅をきれいに折らないと、あとが汚くなっちゃうよ」
「どうしたら、こんな折り方覚えられるの?」と小学生のように騒ぎながら
奮闘していましたが、そのうちに、みんな黙々と紙と対峙して指を動かしています。

これは、脳トレとしてはいいでしょうね。

左が、先生?の折った “かえる” 。右が “かに” です。

しかし、飲み屋なのにみんな折り紙に夢中で、
一向に酒が売れていません。

パブロフの犬

2009年08月20日 20:12

成田国際空港 002

2001年の6月10日、成田国際空港第1ターミナル出発ロビー。

中学時代の友人たちが集まってくれていました。

息子 Y がアメリカ合衆国での留学に向けて出発するのを
見送りに集まってくれたのです。

広い出発ロビーであっても目立つほど、抱き合って号泣する16歳たち。

多分そのときの16歳たちにとっては、
人生で初めて経験する大切な人との “別れ” の場面だったのでしょう。

シンガポール航空の機影が見えなくなるまで、
小雨の降る展望デッキに立って見送ってくれました。


息子 Y が渡米する日の前々日、2001年6月8日、
息子 Y が約1年間通った留学準備校の卒業式の日でした。

その日、大阪の小学校で、凶器を持った男に小学1・2年生8人が殺され、
13人の小学生、2人の先生が傷つけられる事件が起こっていました。

あの頃、私たち夫婦にとって、それはめでたい息子の門出のときだったのです。
しかし、実は眼の前にいつもいた息子がいなくなるという現実を受け容れられずに
過ごしていたのです。

しかし、お子さんを突然奪われたご両親に比べたら、なんと幸福なことだろうと
まことに不謹慎ながら、思っていたことを憶えています。

理不尽に幼い子供を殺され、傷つけられたご両親のお気持ちは想像すら出来ません。


あれから、8年。

今回の息子の帰国は、今年になってから3回目です。

帰国すれば、すぐに友人にメールや電話をして連絡を取り合っています。
食事に行ったり、夜中に話したり相変わらず親しく付き合っているようです。

しかし、中学時代の友人の多くは、当然ながら既に就職して働いています。
中には、結婚して子供が産まれた友人もいます。

空港に見送りに来てくれる友人はいなくなりました。

私たちも、慣れたといえば慣れたのでしょうが、脳がパブロフの犬状態になっています。

私たち夫婦は、相変わらず 「見送りの出発ロビーはイヤだねぇ」
などと言いながら去ってゆく息子の姿をずーっと追いかけているのです。


息子は、また9月に帰ってくるのだそうですが・・・。

2009.8.20成田




ラスベガスの夜

     <単独企業唯一のシルク・ドゥ・ソレイユ専属チケットエージェント>



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