この指とまれ!

2009年05月31日 18:26

きょうのニュース    

    「同窓会サイト「ゆびとま」突然の運営停止、350万人の個人情報流出を懸念。」

「ゆびとま」の愛称で知られる、インターネットの同窓会サイト「この指とまれ!」が、

    「甚大なトラブルが発生したことにより、しばらくサービスを停止させて頂きます。」

として、5月2日時点で突然停止したそうです。

登録者約350万人、対象学校数は小学校から大学まで約6万校。

突然に集まる場を閉ざされ混乱。個人情報流出の心配の声が上がっているそうです。

それは、大変・・・ん?

あっ!私も登録してたぁぁぁ


私は、小学校4年生のとき、喘息(ゼンソク)に罹りまして、

静岡県伊東市に在った施設に入っておったので御座います。

最初に喘息の発作が起こったのは4年生の夏休みが終わった頃だったでしょうか。

いま考えれば、登校拒否の心身症だったのかもしれませんねぇ。

いつまで経ってもよくならず、何日かして少しはよいかと学校に行けば、夜には発作。

その繰り返しで、昼は農作業で疲れている父母も、私の発作で寝られぬ日々。


そこで、伊東の川奈というところに在った
「川奈臨海学園」に、泣く泣く入所することに致したので御座います。

入所する日には、学園まで母と母の実家の祖父が付いてきてくれましたっけ。

10月か、・・・11月くらいでしたかねぇ、秋でしたよ。

バス停から学園までの道に、落ち葉が積もっていたのを覚えとります。

そこは赤い屋根の、病院と学校と寮がいっしょになった施設でした。


「治らなければ、うちに帰れないよ」と言われました。

母と祖父は、落ち葉の道を何度も何度も振り返り、手を振って帰っていきました。

その夜ね、蒲団に入ってから、淋しくて悲しくて、蒲団を被って、
枕に顔を押し付けて泣いておりました。

「どうやったらここから出られるだろう?逃げて帰ったら怒られるだろうか?」

逃亡を計画しながら、泣いておりました。


すると!

「火事だぁー!」という声がします。

「えっ!??」

と思って、同じ部屋の子たちと廊下に飛び出したら、3つくらい先の部屋から
赤い光がメラメラと見えました。

驚いて、みんなといっしょに裸足で外に飛び出して、暗い中を一目散に走りました。
「これで、うちに帰れる!」

寒さと恐怖で足をガクガクさせながら運動場の真ん中に立って燃えている寮の方を
見つめましたが、火が大きくなる様子はありません。
「全部燃えちゃってくれなければ、うちに帰れないのに・・」

すると落ち着いた声で「は~い、きょうの訓練は3分でした」・・・みたいな・・・

それが、13~4ヶ月間に亘る学園生活の始まりでした。
しかし、その間一回も帰宅ができませんでしたよ。


でもね、

楽しかった。いま考えてもホント楽しかったです。

イルカ漁・ゴルフ場の散歩・遠足・クリスマス・お誕生会・肝試し・キャンプ・盆踊り・・・

毎日がたのしかったなぁ・・・あっ、いやいやそのお話は、またいずれ。


そうだ!まだ友だちとは再会できないけど、登録しといたのになぁ・・・
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子供孝行孫孝行

2009年05月30日 23:00

三浦 秀和様

いつも連絡していただきありがとうございます。

ブログ,毎日拝見,本当に几帳面だね。
拝見しながら,いい加減な自分に毎日嘆息。
ラスベガスにいらっしゃる息子さんのこと読みました。

息子のブログです。
http://d.hatena.ne.jp/Tan-BKK/



Hさん

毎日ブログを読んでくださっているHさんが几帳面なんでしょ?

きょうは、ブログでお返事を書きますよ。


みんな会のときは、Yさんの去年からの闘病話しに花が咲き(?)ましたね。

あれから3ヶ月近く経ちます。
Yさんが「来月また入院するんだ」と言っていたのに、
その後の様子も分らずにいたので、ちょいと気になっていたのですよ。

奥さんの携帯番号も知らないし、
入院中でも携帯は持っていっただろうから、着信履歴だけでも残そうかと
電話してみたら、ナント!ご本人が出たのですよ。

それに、病院じゃなくてご自宅にいるとのこと。

「病気がさ、おとなしくしているからさ、これからは病気と仲良くお付き合い」
なんて言ってました。

以前のようにスポーツクラブに行って、お仕事もされているようでした。

元気そうでしたよ。

途中で代わった奥さんも元気なご様子でした。
(携帯の電池が切れかかったようで、中途半端に電話を切りましたがね)


私事ですが、明日実家の父が入院します。

狭心症で、過去に2度カテーテルで心臓の血管にステントを装着させていますが、
今回も同様のアプローチを計るための入院です。
2・3日で退院できますがね。

しかし、それ以外にも色々と疾患のオンパレードで、本人も気落ちしているようです。

私が小さかった頃、
力道山と闘っても父の方が勝つんじゃないかと本気で思っていた、そんな父ですが、
9年前に母が亡くなってからは、入退院を繰り返し、あっちの手術こっちの手術では、
本人も周りも、いい加減イヤになります。

しかし、今年が80歳で傘寿のお祝いもしましたし、息子の結婚式にも出てくれました。
長生きしてくれれば、子供孝行孫孝行です。
退院したら電話しようと思っとります。


Hさんも元気でいてあげてくださいよ。

可愛いタイのお孫さんや、もっと可愛いであろう息子さんのためにもね。

幕の内弁当な日記(Hさんブログ)

潰瘍性大腸炎

2009年05月29日 17:43

「貴方のお好きな日本語はなんですか?」

街頭でレポーターが、こんな質問をしているテレビ番組を見たことがありました。

質問を受けていたのは、いずれも日本に来て暮らしている外国の方たちでした。

始めは、何気なく見ていたのですが、

その番組に注目したのは、皆さんがあまりにも日本語がお上手だったからです。

あのボキャブラリーは、日本人よりも玄人跣(はだし)といったところでしょうか(笑)。


「貴方のお好きな日本語はなんですか?」

その質問の応えで印象的だったのが、ロシアから来ていらっしゃる男性の発言。

「“懐かしい”です。この言葉はロシアにはありませんから」

えっ? ないの? じゃ、日本で暮らしていてロシアが懐かしくないの?

混乱して、色々なことを考えてしまいました。

そういえば、英語で「懐かしい」はなんというのでしょうね? Dear?


さて、

狭心症・心臓弁膜症・胃癌・肺癌・前立腺癌・慢性腎不全・肝硬変・
糖尿病・リンパ脈管筋腫症・坐骨神経症・潰瘍性大腸炎

これらの活字をご覧になっていかがですか?

憂鬱なご気分になられたのではないでしょうか?

人は病名を見ただけでも憂鬱な気分になるものですからね。

その点はお詫びします。


実はこれらの病名は、現在身内も含めて私の身近で起こっている、或いは

その可能性が有るといわれているものです。

きょうも、たまたまそんな報せを2件受けとりました。


さてしかし、病名を知るというのもどうかと思うときがありますよ。

真贋は不明ですが、

「肩凝り」という言葉を造ったのは夏目漱石だという説がありますよね。

そう、私の散歩コースの雑司が谷霊園に眠っていらっしゃる漱石さんです。

その説によると、昔から首や肩が張る状態があることは認識されていたそうですが、

それを漱石さんが「肩が凝る」と表現したことから所謂「肩凝り」を皆が認識した。

すると、皆肩が凝りだした(笑)つまり肩凝りを意識するようなったというのですね。

定かなことは判りませんが。


我々が病気を知るというのは、まず病名からでしょう。

そして、その病の情報を“あらゆる言葉”で受けとるのです。

ステント、透析、内視鏡検査、ペット検査、血管像影、自己免疫、特定疾患・・・

それらを知れば識るほどに、それらの言葉に患わされてしまいませんか?


人が作り出した“言葉”によって、人は世界を感じています。

その“言葉”によって物事を明るくも暗くも捉えてしまうのです。


「懐かしい」という言葉を知ったロシアの青年は、

故郷やそこに待つ家族のことを“懐かしい”という概念で捉えることができます。

その意味では、

彼にとって「懐かしい」という言葉を知ったことは幸せなことだったでしょう。


しかし「潰瘍性大腸炎」という言葉を知って幸せ気分にはなりませんよね。

でも、その言葉を知ったから不幸になったわけでもないことだけは言えます。

要は、受け捕る“言葉(病名)”の捉え方です。


病で身体を壊すことより、病名で患わないようにすることが肝腎です。

お大事に。

「病は気から」の科学―心と体の不思議な関係 (講談社プラスアルファ文庫)「病は気から」の科学―心と体の不思議な関係 (講談社プラスアルファ文庫)
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高田 明和

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化粧600回

2009年05月28日 23:50

化粧 003

以前ご紹介したお芝居『化粧 二幕』を、かみさんと観て参りました。


渡辺美佐子さん主演の「化粧」は、

1982年の地人会の初演から日本全国で上演され、

フランス・アメリカ・カナダ・ベルギー・イタリア・バンコク・シンガポール・クアラルンプール

で行われた海外公演なども含めて、きょうの公演が通算598回目、

明後日の公演で  600回を迎えられるので御座います。 

にもかかわらず、進化していました。

役の五月洋子は初演当時の美佐子さんの年齢にほぼ合わせて46・7歳に設定され、

あて書きされていた作品ですが、27年経っても遜色がありません。 

化粧 002


森光子さん主演の「放浪記」が2,000回を達成されたことが話題になりましたが、

渡辺美佐子さんの主演600回も快挙です。

それにこちらは一人芝居、オマケに井上ひさしさんのセリフを喋りっぱなしという具合で、

動きっぱなしで、でんぐり返しはありませんが、美佐子さんのジャンプもあります。


イヤイヤ、お二人のお芝居を比べようというのではございません。

どちらも凄いよなぁー、と感心しておるので御座います。


それにしても、お芝居のというやつは、儚きもので御座いますよ。

そのとき、そこにいなければ観ることができないし、また観なかったら

そのときのお芝居は、いつか時間があったら観るというわけにはいかないもの。

一期一会の性(さが)で御座います。


ですから、きょうのお芝居も“二度と観ることができないもの”になりました。

それを観ることが出来た幸せをいま感じています。

また、過去に担当し、渡辺美佐子さんやスタッフの皆さんと創った64回の公演を

懐かしく思い出しておりました。

そして、この作品に関ることが出来たことを、誇りに思います。


初演から、一回一回をご覧下さったお客様があって、きょうの598回。

一回一回を仕込んで、そして演じての598回、そして明後日の600回で御座います。

しかし、井上さんに「一人芝居で母というものを書いてみませんか」と企画を持ちかけ、

一人芝居、多重構造、大衆演劇、母という多面性、

衣裳に音楽、そうしてなにより化粧などの困難な戯曲の課題要素を

見事に演出し、この作品をプロデュースしつづけた木村光一さんの存在無くしては

この600回の軌跡はありえなかったので御座います。

化粧 001

戯曲を書いた、井上ひさしさんがおっしゃっていました。

「ボクは一回しか書いてないんです」

聴き流してください

2009年05月27日 11:52

「トマトって、なかったんだっけ?」


今朝、散歩から帰ってきたかみさんが、「パン買ってきたよ」というので、
珈琲を入れていると、かみさんが台所からこう声をかけてきました。

?」

「トマトがあったと思ったんだけどさぁ・・・」

「なにがしたいの ?」

「いやぁ、ブロッコリー茹でようと思ってさ」

「???」


解かります?


私もコーチングのワークショップでよく「会話は言葉のキャッチボール」という話をします。

会話をキャッチボールに例えれば、
いかに相手から投げられた球(ことば)をちゃんと受け捕るか、そして
受け捕った球をどう返すかということが、この例え話の肝だと思われるでしょうが、

意外に肝は、“球を受け捕ったよ” というサインだったりするのですよ。

じゃ、そのサインとはなにかと言えば、

頷(うなづ)き

相槌(あいづち)

おうむ返し


などなど、これらのことを指します。

つまり、球を返す前に、「球を受け捕っているよ」というサインを出すことで、
相手に話しやすさや、安心感を与えることができるのです。
それに伴って「もっと話してよ」と促すことにもつながりますから、会話が弾みます。


しかし、先のかみさんとの会話をそれに照らしてみても、なんだか解かりません。 

要するに「サラダを作ろうと思ったの」だそうです。
ブロッコリーを茹でて、そこにトマトを添えて出そうかなと思ったらしいのですな。
しかし、それをちゃんと“ことば”にするには散歩の後で程よく疲れていた。で、
“ことば”がまとまらないまま話したために、支離滅裂な会話になったのです。


私は、コーチの習性で“ことば”をちゃんと受け捕ろうとするあまり、
何気なく発せられた“ことば”までちゃんと受け捕ってしまうので、こういうことになります。

「もぅ、うるさいんだから・・・」

「あれっ?どこいっちゃったんだろー?」

「おかしいなぁ・・・?」



この手の球(ことば)は、受け捕らない方が賢明な場合があります。
全て受け捕らないで、たま(球)には  落球させることも大事なんですなぁ。
それでないと、面倒なことになりますよ。

つまり、聴き流さないといけません。



ネイティブアメリカン
         If a child lives with tolerance,
           He learns to be patient.
           (by:Dorothy Law Nolte)


                      『グランドキャニオン・ツアー』                    
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                     『ラスベガスでスカイダイビング』
                  完全指導と豊富な経験で過去に事故件数0。
       コロラド川、ミード湖、フーバーダム、ラスベガスの街も見晴らせる大ジャンプ。

永井準さんという人

2009年05月26日 19:01

永井ちゃん 002

以前に散歩の話でも書きましたが、雑司が谷霊園に眠っている友達がいます。

永井準さんといいます。

欽ちゃん(萩本欽一さん)の、座付き作家グループ「パジャマ党」の一員でした。
「欽ちゃんのどこまでやるの!」を始め、
「笑っていいとも!」「SMAP×SMAP」などの構成作家でした。

2006年5月28日に亡くなりました。
亡くなって丸3年です。

“亡くなってから聴く、人となり”というやつで、
私は、生きていらっしゃる間に数回しか会っていません。
元々、かみさんの友達だったんです。

生きていてくれたら、人生これから面白く付き合えたであろう人でした。


きょうは、午前中は授業でしたが、
午後、東池袋で墓参帰りのみんなと合流して飲み会。
準さんの奥さんや、お友達の計6人です。

雑司が谷霊園 010

いつもながら、昼日中から飲むビールはどうしてこう美味いのでしょうねぇ??

永井ちゃん 007

平日の午後、お天気のよいお蕎麦屋さんの小上がりです。

永井ちゃん 009



お互いに、身体の話に花が咲きます。

そうかと思えば、夢を語りだします。

「今年は、みんなでハワイへ行きましょー! 

お店に、来年の墓参帰りの予約まで入れて、あくまでも前向きな法事でした。

なぜピースサインなんだ 
永井ちゃん 006

形あるものは必ず壊れる、が・・・

2009年05月25日 18:47

PAVINA 002

1944年に家庭用品を卸売りする会社としてデンマークで設立されたボダム社は、
現在ではスイスに本社とデザイングループを置いて、世界中でキッチン用品や
家庭用品、小物家電から文房具まで売る企業に成長しました。

きょうは、そのボダム社製の「PAVINA 360ml」というグラスを2つ買いました。
夫婦でワインを飲むときにいいかなと思ったのでした。

「PAVINA - パビーナ」は、ダブルウォールグラス。 つまり二重構造グラスです。
冷たい飲み物でも、温かい飲み物でもそれを保温しますし、熱いお湯を入れても、
熱さが伝わりにくく、結露もしにくいのです。
また「飲み物が宙に浮いているように見える」ユニークなデザインで数々の受賞をしていますが、このデザインは、ボダム社の専属デザイナー・山本まさと氏によるものだとか。
見た目の大きさに比べて、思ったよりも軽くて持ちやすいグラスです。

270mlのものもあったのですが、この先ビールを飲むときのためには、
やはり360mlは必要でしょう。


結婚や夫婦のお祝い事に、夫婦茶碗や御揃いのグラスなどがよく贈られますよね。

私たち夫婦も過去に沢山の品を頂戴しました。
しかし、長年使わせていただいているうちに、そのほとんどが欠けたり割れたりして、
片方だけになったり、両方ダメにしてしまったりいたしました。
くださった方々には、本当に申し訳ないことです。

ですから、お祝い事の贈り物には
“割れたり”“欠けたり”する品物は避けるという方もいらっしゃいますね。

しかし、旧約聖書の中に“形あるものは必ず壊れる”という言葉がありますよ。
我々一人ひとりだって“神”が創りたもうた“粘土細工の器”だというのです。

私たちが粘土細工で出来ていたり、神から創られたのかどうかは別として、
問題は、“どんな器”かということより、その器に“なにを入れるのか”という教えでしょう。

私のような、器が“欠けたり”、“割れたり”している人間でも、
愛情という酒を入れて飲めば幸せというものです。

ですから、いまだに5月25日の結婚記念日が巡って参ります。

かみさんに乾杯!

PAVINA 005

中日劇場公演

2009年05月24日 22:03

昨日のワークショップが終わったのが午後4時でした。

それから妹夫婦に連れられて、居酒屋さんに着いたときにはまだ日も高く
それからが長い夜の始まりでした。

妹は2歳年下ですが、私とは誕生日が同じです。
その下に、私と6歳違いの弟がいますが、その弟の次男が熱田に在る
専門学校にこの春入学しました。その甥っ子も同行してくれました。

飲むほどに酔うほどに楽しい時間になりました。

中日劇場のポスター

さて、きょうは中日劇場で11時から昼の部公演を観劇です。

インフルエンザの影響で
劇場にいらっしゃる方が減っているのではないかと心配していましたが、杞憂でした。
劇場のロビーは大混雑です。

名古屋駅から地下鉄東山線で栄まで乗りましたが、
その間でも、マスクを着けている人は東京とあまり変わりません。

知人の医師によると、
専門家の講演を聴いたら「あと2年したら日本国民全員が罹患」と話されていたそうで
そうなったら、いまのこの騒ぎはどう見えるのでしょうね?

             中日劇場
       中日劇場のロビー

お芝居は「東海道中膝栗毛」、お馴染みの弥次・喜多凸凹コンビの珍道中。

古典歌舞伎やスーパー歌舞伎とも違った軽演劇のスタイルで、
一門も軽妙なところを魅せてくれます。

昨夜のお酒が残っている身体でも、苦も無く楽しめるお芝居に
笑って気を許して観ていたら、
劇中客席に下りてきた主演の弥次さん(市川右近さん)と喜多さん(市川段治郎さん)に
つかまってしまい、いじられました。
お芝居を忘れて、思わず先日の披露宴のお礼を申し上げました。 

終演後、息子の顔を見に楽屋に行ったら「なんだ、きょう帰っちゃうの?」と言われ
ちょいと後ろ髪を引かれる気分で帰ってきました。


 新幹線で品川に降り立つと、かみさんと必ず寄って食事するお店があります。

JR東日本品川駅構内、所謂、駅ナカです。
ecute品川に在る「Caffe Classica」というイタリアンです。

ここで、旅の総括?をしてから帰宅するのが慣例になっています。

因みに、 海外に行って帰国したときには、
リムジンバスで池袋西口のH・メトロポリタンに帰って来て、
中国料理の「桂林」で食事するのが慣わしです。


明日は結婚記念日。 
全てお酒を飲む口実にしているだけですが、本当にイベントの多い夫婦です。 

わのや

2009年05月23日 07:52

きょうは、これから愛知へ出張です。

大府市のあつまり処「わのや」さんで、私がコーチングのワークショップを開きます。

初めてお邪魔しますが、ユニークな人  が主宰する、
ユニークな処だと伺って、きょうの出逢いが楽しみです。



以下、そのレポートです。
わのや 001

わのや 012

和・輪・環・我・話をキーワードにした家、「わのや」

元々、お豆腐屋さんだったというお家を借りて“あつまり処”を主宰しているのは、
実は、私の妹です。

妹は、大学時代に「学童保育」と出合い、
民設民営の「学童保育所」の指導員として活動してきました。
妹が学生だった当時、学童保育という考え方はまだ珍しく、
勿論、公設の学童保育所はありませんでしたので、
妹と地域の保護者の皆さんが手探りで保育所を運営していたのだろうと思います。
そういう意味では、妹たちは学童保育の先駆者でしょう。

妹の連合いは、“タップリン”といいます。
休日となると、地域各地に出没するクラウンとして活動しています。
本人の得意なパフォーマンスは、コミカルマジックとバルーンアートですが、
私の友人であるイリュージョニストのDUKE松山に直接指導を受ける程の
腕前  です。
その正体は不明ですが、特徴としては、
四国は讃岐の産らしく、うどんにはうるさいことと、酒が入ると芸を披露したがること。
平日は、知的障害者の授産施設に勤め、指導員を隠れ蓑にしているらしいです。

わのや 002
           わのや 009

妹は、数年前に大病をしました。
したがって現在は学童保育の仕事はしておりませんが、今度はこの「わのや」を
始めたというわけです。どうもジッとしていません。 
          
                 わのや 007

「わのや」は、昭和テイストの空間です。
ここで、ボランティアでコーチングのワークショップをやってくれと妹から頼まれて
やってきたのです。

息子Kが名古屋の中日劇場に出演していますので、それを観にきたついでです。
したがって、かみさんも同行。ワークショップにも参加してもらいました。
これがまた実にやりづらい。 

                      わのや 003
わのや 008
                      わのや 004
わのや 005

参加者は13名。
コーチングという言葉をご存知だった方は、その内5名。
参加者の数からすれば、高い確率です。 

わのや 026

皆さん、コーチングを学ぶまでもなく、とても高いコミュニケーション能力をお持ちで
ご興味をもって積極的に参加して下さり、終始笑いに満たされた幸せな時間でした。

「わのや」の皆さん、また呼んでくださいね。

恥じらいの国の人々

2009年05月22日 19:27

恥じらい・・という言葉がありましてぇ・・・
あたくしこの言葉が好きなんです。ねぇ、恥じらうという・・
これはもう本当に・・若いご婦人にピタッーと当てはまりますな、恥じらい。
なんかこう・・・、奥ゆかしくっていいなぁ、というようなね、
色の白いところにパァーと赤みが差して・・、甘酸っぱい匂いがするような・・、
なんかそんな感じがして、本当にいいです。この恥じらいという。
恥じらいというのは、やっぱりその・・若いうちですね。
お婆さんの恥じらいてぇなぁ、あんまり似合わない・・・(笑)


古今亭志ん朝さんの落語「三年目」のまくらです。

そういえば“恥らう”なんていう言葉、使わなくなりましたね。
いや、使わなくなったのではなく、見かけなくなったのかもしれませんね。

さて、落語「三年目」は、
志ん朝さんの師匠で父親の古今亭志ん生さんも得意にしている噺でした。

筋はこうです。

病に臥せっている女房が
自分が死んだら亭主が再婚して、新しい嫁を可愛がるだろうから
それを思うと死ぬにも死に切れないというので、
亭主は、たとえそういう事になっても自分は後添えはもらわないと約束します。
また万が一後添えをもらうことになったとしても、婚礼の晩に化けて出ておいで。
そうすれば、後添えだって怖くなって逃げ出すだろうと言い含めます。
それに安心したのか、程なく女房は亡くなります。
その後、亡くなった女房との約束を守ろうとする亭主でしたが、
叔父の勧めもあって嫌々後添えをもらいます。
その婚礼の晩、幽霊が出てくるのを待っていましたがその晩は出てきません。
幾晩か待ったのですが、ついに女房の幽霊が出ないので、
「やはり幽霊なんていないのだ」と思い込みます。
そして、後添えとの間には子供が出来ました。
三年目、先の女房の墓参りをした夜、やっと女房の幽霊が現れます。
「なぜ約束どおりに婚礼の晩に出てくれなかったのだ?」と問い質す亭主。
この後がサゲですから、サゲを知りたくない方は、ここは読み飛ばしてください。

「だって、私が死んだとき、皆で私の頭をお坊さんにしたじゃありませんか。
お坊さんのままではあなたに嫌われると思って、髪が伸びるのを待っていました。」


昔は、剃髪して埋葬したそうで、それを知らないと解からないサゲです。


志ん朝さんのまくらに話を戻しますが、
私は“恥らう”のは、若い女性だけに似合うとは限らないと思ったので、
きょうのブログを書き始めた次第です。

森康子(もりこうこ)さんという女優さんがいます。
以前から凄く気になっていた女優さんでしたが、思いがけず、
先日遊びに来てくれた友達と同じ事務所に所属なさっていると訊きました。
自然な演技でありながらその存在感は、このように特筆ものです。

この森康子さんに、この“恥じらう”という佇まいを感じるのです。

他にも、先日も話題にした森光子さんや、八千草薫さんがいらっしゃいますね。
みなさん、“恥じらい”を演じることのできる女優さんではないでしょうか?


電車の、閉まるドアにベビーカーを突っ込んで、ドアを開けさせる人。
混雑した車内でもベビーカーをたたまない人。
人混みで、ベビーカーを人に当てながら進む人。

いまだに歩き煙草の人。
煙草や空き缶のポイ捨て(不法投棄)をする人。
人の前で、灰皿に置き煙草(焚き火)をする人。

自転車で、歩道の歩行者に避けさせながら、ベルを鳴らして走る人。
自転車で、歩道を猛スピードで走る人。
自転車で、車道の進行方向を逆走している人。


恥じらいは、見かけなくなりましたが、若い女性だけに似合うものではありません。
この国の多くの人が見かけていた、この国に住む人の佇まいだったのです。



ラスベガスの夜
ホテルやカジノからの膨大な税金が徴収されるラスベガスの街の電気代は安いです。

             『ラスベガス・エンターテイメント』
シルクドソレイユやマジックやミュージカルといったエンターテイメントの世界へ
                エスコート致します。


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55歳になる日まで

2009年05月21日 18:48

突然で悪いんだけど、急いで返事を下さい。

骨髄移植のドナーとして、
私の骨髄を提供するのに家族の同意が必要なんだけど、Yは同意してくれる?

実は、私は以前から骨髄バンクにドナーとして登録しています。

白血病などの患者さんが、
骨髄移植を受けるときに健康な骨髄を提供するためのドナーです。

患者とドナーのHLA型(白血球の型)が一致しないと骨髄提供できないわけで、
これは、ある意味で一致する人がいたら患者にとっては奇跡的なわけさ。

ドナー登録は満50歳までしか(現状では55歳)資格がないので、
登録していても提供の機会は、正直言って、もう無いかと思ってた。
そしたらきょう「ドナー候補者に選ばれました」って手紙が来た。

骨髄液を採るのに入院するし、
リスクも0%ってわけじゃないけど、私としてはやりたいんだよね。
Sの叔母ちゃん(私の妹)の命も助かったし、使命のようなものを感じるんだ。

勿論、お母さんと K の同意もとりますが、
他の人がどうかを知らないところで Y の同意をください。


2005年の10月下旬、こんなメールをロサンゼルスにいる息子に送りました。

そしたらすぐに息子から「同意した」という返事がきて、かみさんにも
長男の K にも同様に同意してもらって、骨髄バンクに返事を送りました。

しかし、その年の11月になって、
「コーディネート終了のお知らせ」という手紙が届きました。

骨髄バンク事業にご協力いただきましてありがとうございます。
貴方様の骨髄提供のご意思にそってコーディネートを進めさせていただいておりましたが、患者さんの都合により今回のコーディネートは終了となりました。
終了の主な理由は下記に示すとおりですが、詳細についてはお知らせしておりません。
これまでのご協力に感謝申し上げます。ありがとうございました。

 患者さんの都合による主な終了理由
 ・HLA(DNA)が不一致のとき
 ・他のドナー候補者の方が骨髄採取の運びになったとき
 ・患者さんの病状変化等により治療方針が変更、または
  骨髄移植を見合わせることになったとき          など
 


その手紙を読んだときには、自分が提供できなかった無念さより、
他のドナーの方が骨髄提供することになったのだと、切に思いたかったです。

それから2・3日後、本田美奈子さんが亡くなったというニュースが流れました。

国内だけで急性骨髄性白血病の患者さんの骨髄提供希望者は
7,000人近くいらっしゃいます。
それ以外の病気で骨髄提供を希望される方と合わせれば、23,000人近くになります。

勿論、タイミングが合ったというだけでしょうが。
正直、・・・愕然としました。


去年の5月に古い友人が亡くなりました。
30年近く会うこともなかったので、詳細が分らなかったのですが、
共通の友達が、重い口を開いて話してくれました。

20代のころから闘病していたのだそうです。
やはり、白血病だったそうです。

おそらく長い年月、骨髄提供してくれるドナーを探していたことでしょう。


今後、私の骨髄と一致する患者さんが見つかる確率は低いかもしれませんが、
55歳になる日まで、待つつもりです。


半落ち半落ち
(2002/09)
横山 秀夫

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突然の来客

2009年05月20日 16:30

夕方、スーパーで買物をしていると、かみさんから電話が入りました。

「 M 子からメールが来てね、近くの  スタジオで撮影してるんだって、
5時には終わりそうだって言ってるんだけど・・・」


そこで急遽、間に合わせにビール6本とワイン2本と焼酎を1本買い足しました。
足りるかしら・・・?


M 子さんというのは、かみさんの劇団時代の友達です。

多分ドラマの撮影で近所のスタジオに来ていたのでしょう。
住所を見て、うちの近くだろうと思ってメールしてくれたのだろうと思います。

こういった予期せぬ来客は珍しくありませんし、思いがけず嬉しいものです。

日が長くなって、明るいうちから飲むビールの味も格別ですしね。




突然の来客への料理

本当に、お構いもせずでした。

M 子さんのご主人が、後からいらっしゃいましたが、お構いできませんでした。

また、いらっしゃってくださいね。


思いがけず、訪ねて来てくださる方々がいる。
幸せなことです。

何度も言います。
図らずも、いい一日でした。

突然の来客への料理2
きょうの献立は、「鳥のひき肉と春雨のカレー味レタス包み」 「ステックサラダ」 「蟹とトマトのスパゲティー」 「かに玉」でした。



主食
         大陸を西へ。
         骨付き肉の煮込み、じゃがいも、豆の煮込み。こんなもんですよ。
         アメリカの人は昔から毎日ステーキ食べていると思ってません?

         そんなこともありませんし、ましてや昔のこと、
         生肉は携帯できなかったでしょうからね。


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