「イムジン河」

2017年11月22日 14:25



昨夜、
舞台「昭和芸能舎版 パッチギ!」を観てから、
頭のなかをずっと「イムジン河」が鳴っています。

1968年当時、発売自粛・放送禁止だった歌も、
いまは誰でも歌えるし聴くことができますから、
みなさんも、もう一度聴いてみたらいかがでしょう。

いまのような国際情勢だからこそ、聴いてみたら。

それか、
舞台「昭和芸能舎版パッチギ!」をお薦めします。


それにしても、
ザ・フォーク・クルセダーズって、やっぱり凄いですね。

モチロン「イムジン河」もですが、
こんなに多くの魂の震える曲を創ったなんて・・・、フォークルは凄いです。

私のやってきた音楽なんてちっぽけなものだった。
世の中は音楽なんて必要としていないし
・・・なんて。

2002年の、
「ザ・フォーク・クルセダーズ 新結成記念 解散音楽會」

冒頭の口上で、
「生きる力が湧いてくるような音楽をどしどし創ってゆく所存でございます」
って、加藤さん言ってたじゃん。



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故郷(ふるさと)

2017年09月24日 21:00

横瀬の橋

わたしの父は、
歌を歌わない人でしたが、それでも一度だけ歌を聴いた記憶があります。

みかんの収穫を祝って、収穫作業を担ってくださった人たちを慰労する宴席に、
カラオケの器械が置いてあって、一曲歌ってほしいと望まれて歌ったのでした。

それは、「故郷(ふるさと)」でしたが、
完全にテンポが外れてしまって、カラオケの意味を成さなくなっていたのですが、
父の思い入れタップリの歌が、印象に残ったのでした。

兵隊になったときも、興津の試験場で勉強していたときも、
浜松の三方原台地に入植して、開拓者になったときも、
日々みかん園の労働をしていたときも、心のなかで口ずさんでいた歌なのでしょう。

横瀬の町

その父の故郷の写真を、従妹が送ってくれました。
秋のお彼岸で、従妹がお墓参りに行ったときの写真であります。

病床の父に、その写真を見せて、「故郷」を聴かせました。


うさぎ追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき ふるさと

如何に在ます 父母
つつがなしや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる ふるさと

志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと
水は清き ふるさと


鹿背山神社の鳥居

「子別れ」

2017年03月10日 18:59

繁盛していた魚屋が酒でしくじってしまうのが「芝浜
腕のいい左官が博打でしくじってしまったのが「文七元結
腕のいい大工が酒と女でしくじって女房子どもと離縁する「子別れ

いずれも、腕のいい職人が「飲む、打つ、買う」でしくじる噺です。

酒と博打と女、いずれも、
宵越しの金は持たないと謂う職人たちの生き方で楽しみだったのでしょう。

また、三毒煩悩ということを申しますが、
「欲張り、怒り、愚かさ」という人間の煩悩なんかも落語のテーマであります。


病人に、煩悩の噺を聴かせるのもどうかと思いますが、
むぅむぅ(義父)も落語好きでしたから、聴かせております。

きょうは金曜日ですから、午前中には、介護士、来客、看護師、
午後は、入浴介助のみなさん、医師、看護師、介護士の訪問とつづきました。

あまりにタイトなスケジュールですので、
文芸坐三浦館の映画や文芸坐三浦寄席の落語をゆっくり楽しむことができません。
したがって、きょうはお休みしようと思ったのですが、夕方になって一段落しましたので、
落語「子別れ」のDVDをかけました。

啖呵

子別れ」は、
通しで演りますと長い噺なので、上・中・下とに分かれております。
きょうの「子別れ」は、下であります。

腕のいい職人だった大工の熊さんが、山谷の寺での葬式で酔っ払い、
帰りに吉原に繰り込んで三日も居続けてから家に帰りました。

まだ吉原の気分が抜けない熊さんが、吉原の女郎の惚気を云ったがために、
愛想を尽かした女房が子どもを連れて出て行ってしまいます。

そこで、女郎を後添えにしたものの、
朝寝はするし、家事はやらないし、昼間っから酒は飲むしでヒドイ女。
その女も家を出ていってしまいます。ここまでが、上と中であります。

独りになって初めて目が覚めた熊さん、酒を絶ちます。
それから3年。元々腕のいい職人ですから仕事は絶えることがありません。
大きな仕事の口が舞い込みます。

或る日、
大店の番頭と木場に木を見にゆく途中で、遊ぶ我が子に再会します。

訊けば、
女房は再婚もせず、間借りして近所の仕立て物をしながら子育てしているらしい。

つましい生活をしていると聞いた熊さんは、子どもを不憫に思ってに50銭を握らせます。
「オレからもらったって言うんじゃねーぞ」と言い聞かせたのですが、
母親にその50銭が見つかってしまいます。

「この50銭はどうしたの?」と訊いても「どっかのおじさんにもらった」と応える子ども。
ウソをついていると思った母親が、ゲンノウ(金槌)でぶつよと脅しますと、
「おとっつあんにもらったんだい」と白状してしまいます。

子どもから、
おとっつぁんは、まじめに働いているようだと元亭主のことを聴いた女房は、
子どもと熊さんに逢いにゆくのでしたが・・・。

下だけで演るときには「子は鎹(かすがい)」というお題にもなる「子別れ」、
芝浜」も「文七元結」も「子別れ」もハッピーエンドです。

いいですねぇ、落語はハッピーエンドで。



「百年目」

2017年03月08日 18:19

志ん朝

本日は午後やっております、文芸坐三浦寄席のおウワサであります。

きょうは、古今亭志ん朝師匠の「百年目」を伺いましたが、
1時間弱かかる大ネタであります。

この噺には大店の旦那と番頭が登場いたします。
この番頭というのが堅物で切れ者として通っているんですが、
実は旦那に隠れて遊びに興じております。

桜が満開の或る日、
番頭が屋形船を貸し切って芸者や幇間をあげてどんちゃん騒ぎをしているところを、
花見に来ていた旦那に見つかってしまいます。

穴があったら入りたい。
この番頭の慌てようが可笑しい。

翌日、旦那が番頭を呼びつけます。
度量の大きな旦那が経営哲学を交えて番頭を諭します。
経営者のマネジメントのコツを聴いている思いです。


ところで、
志ん朝さんは、晩年「百年目」を演らなかったのだそうです。
「疑問点があるからいまは演りたくない」と言っていたのだそうですが、
疑問点を解決して、バージョンアップされた「百年目」が聴きたかったです。

残念ながら百年経っても聴くことはできませんが。



ジェスカ・グランペール コンサート

2016年12月02日 23:59

ジェスカグランペールコンサート

ジュスカ・グランペール(Jusqu’à Grand-Père)コンサートに行ってきました。

ジュスカ・グランペールは、
ギターの高井博章さんと、ヴァイオリンのひろせまことさんによる、
インストゥルメンタル・アコースティック・デュオです。

1999年結成、2007年デビュー。
共におじいさんになるまで楽しく続けて行きたいという気持ちをこめて、
フランス語でジュスカ・グランペール(おじいさんになるまで)と命名。

ジプシージャズ、パリミュゼット、フラメンコ、タンゴ、サンバ、ボサノバ、
クラシック、邦楽など様々な要素を吸収した「ジュスカ・サウンド」は、
情熱的で美しいメロディーが特徴で、CMやTV・ラジオ等でも流れています。

きょうのコンサートは、
会場が、我が家から近いということもありましたが、
大竹しのぶさんがゲスト出演されると、作詞家からお誘いを受けました。

ジュスカ・グランペールは、インストゥルメンタルですが、
大竹しのぶさんに何曲か楽曲を提供されています。


大竹しのぶ「Bolero Preghiera ~祈りのボレロ」

楽曲:ジュスカ・グランペール
作詞:鮎川めぐみ


アバコ



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