「子別れ」

2017年03月10日 18:59

繁盛していた魚屋が酒でしくじってしまうのが「芝浜
腕のいい左官が博打でしくじってしまったのが「文七元結
腕のいい大工が酒と女でしくじって女房子どもと離縁する「子別れ

いずれも、腕のいい職人が「飲む、打つ、買う」でしくじる噺です。

酒と博打と女、いずれも、
宵越しの金は持たないと謂う職人たちの生き方で楽しみだったのでしょう。

また、三毒煩悩ということを申しますが、
「欲張り、怒り、愚かさ」という人間の煩悩なんかも落語のテーマであります。


病人に、煩悩の噺を聴かせるのもどうかと思いますが、
むぅむぅ(義父)も落語好きでしたから、聴かせております。

きょうは金曜日ですから、午前中には、介護士、来客、看護師、
午後は、入浴介助のみなさん、医師、看護師、介護士の訪問とつづきました。

あまりにタイトなスケジュールですので、
文芸坐三浦館の映画や文芸坐三浦寄席の落語をゆっくり楽しむことができません。
したがって、きょうはお休みしようと思ったのですが、夕方になって一段落しましたので、
落語「子別れ」のDVDをかけました。

啖呵

子別れ」は、
通しで演りますと長い噺なので、上・中・下とに分かれております。
きょうの「子別れ」は、下であります。

腕のいい職人だった大工の熊さんが、山谷の寺での葬式で酔っ払い、
帰りに吉原に繰り込んで三日も居続けてから家に帰りました。

まだ吉原の気分が抜けない熊さんが、吉原の女郎の惚気を云ったがために、
愛想を尽かした女房が子どもを連れて出て行ってしまいます。

そこで、女郎を後添えにしたものの、
朝寝はするし、家事はやらないし、昼間っから酒は飲むしでヒドイ女。
その女も家を出ていってしまいます。ここまでが、上と中であります。

独りになって初めて目が覚めた熊さん、酒を絶ちます。
それから3年。元々腕のいい職人ですから仕事は絶えることがありません。
大きな仕事の口が舞い込みます。

或る日、
大店の番頭と木場に木を見にゆく途中で、遊ぶ我が子に再会します。

訊けば、
女房は再婚もせず、間借りして近所の仕立て物をしながら子育てしているらしい。

つましい生活をしていると聞いた熊さんは、子どもを不憫に思ってに50銭を握らせます。
「オレからもらったって言うんじゃねーぞ」と言い聞かせたのですが、
母親にその50銭が見つかってしまいます。

「この50銭はどうしたの?」と訊いても「どっかのおじさんにもらった」と応える子ども。
ウソをついていると思った母親が、ゲンノウ(金槌)でぶつよと脅しますと、
「おとっつあんにもらったんだい」と白状してしまいます。

子どもから、
おとっつぁんは、まじめに働いているようだと元亭主のことを聴いた女房は、
子どもと熊さんに逢いにゆくのでしたが・・・。

下だけで演るときには「子は鎹(かすがい)」というお題にもなる「子別れ」、
芝浜」も「文七元結」も「子別れ」もハッピーエンドです。

いいですねぇ、落語はハッピーエンドで。



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「百年目」

2017年03月08日 18:19

志ん朝

本日は午後やっております、文芸坐三浦寄席のおウワサであります。

きょうは、古今亭志ん朝師匠の「百年目」を伺いましたが、
1時間弱かかる大ネタであります。

この噺には大店の旦那と番頭が登場いたします。
この番頭というのが堅物で切れ者として通っているんですが、
実は旦那に隠れて遊びに興じております。

桜が満開の或る日、
番頭が屋形船を貸し切って芸者や幇間をあげてどんちゃん騒ぎをしているところを、
花見に来ていた旦那に見つかってしまいます。

穴があったら入りたい。
この番頭の慌てようが可笑しい。

翌日、旦那が番頭を呼びつけます。
度量の大きな旦那が経営哲学を交えて番頭を諭します。
経営者のマネジメントのコツを聴いている思いです。


ところで、
志ん朝さんは、晩年「百年目」を演らなかったのだそうです。
「疑問点があるからいまは演りたくない」と言っていたのだそうですが、
疑問点を解決して、バージョンアップされた「百年目」が聴きたかったです。

残念ながら百年経っても聴くことはできませんが。



ジェスカ・グランペール コンサート

2016年12月02日 23:59

ジェスカグランペールコンサート

ジュスカ・グランペール(Jusqu’à Grand-Père)コンサートに行ってきました。

ジュスカ・グランペールは、
ギターの高井博章さんと、ヴァイオリンのひろせまことさんによる、
インストゥルメンタル・アコースティック・デュオです。

1999年結成、2007年デビュー。
共におじいさんになるまで楽しく続けて行きたいという気持ちをこめて、
フランス語でジュスカ・グランペール(おじいさんになるまで)と命名。

ジプシージャズ、パリミュゼット、フラメンコ、タンゴ、サンバ、ボサノバ、
クラシック、邦楽など様々な要素を吸収した「ジュスカ・サウンド」は、
情熱的で美しいメロディーが特徴で、CMやTV・ラジオ等でも流れています。

きょうのコンサートは、
会場が、我が家から近いということもありましたが、
大竹しのぶさんがゲスト出演されると、作詞家からお誘いを受けました。

ジュスカ・グランペールは、インストゥルメンタルですが、
大竹しのぶさんに何曲か楽曲を提供されています。


大竹しのぶ「Bolero Preghiera ~祈りのボレロ」

楽曲:ジュスカ・グランペール
作詞:鮎川めぐみ


アバコ

明日があるさ

2016年08月12日 18:25

きょうは、8月12日。
たぶん、きょうが坂本九さんのご命日です。


日本航空123便が墜落した事故から、きょうで31年。

31年前の8月12日の夕刻、
日航ジャンボ機が消息不明だという第一報から、
長い時間事故現場が特定されませんでした。

群馬県の上野村の御巣鷹山の尾根に墜落している
123便が発見されたのは、13日の朝になってからでした。

僅かに生存者の方々が救助されましたが、
即死を免れても、救助を待てず亡くなられた方もいらしたようです。


さて、事故が起きた日には、
坂本九さんが123便に搭乗していたことを知りませんでした。

しかし、
123便が墜落したことが確認された翌日になって、
坂本九さんが搭乗者だったことが報道されました。

関越自動車道を新潟の六日町に向かっている車を運転しながら、
ラジオを聴いて知った記憶があります。

坂本九といえば、
「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」という歌があります。
戦後、多くの日本人たちを励ましたり、慰めたりしてくれた歌でした。

どちらの曲も、
ことし七夕の日に亡くなられた永六輔さんが作詞された歌でした。

少々ロマンチックな表現をさせていただければ、
いまごろ、再会した九さんと永さんが、空の上から地上を見ていることでしょう。

ところで、
坂本九さんの最後の仕事となった番組の収録で、
最期に歌ったのは、「明日があるさ」という歌だったのだそうです。



お気持ち

2016年08月09日 14:56

お気持ちの表明

恩師・田中千禾夫先生の戯曲に「右往左往」という作品があります。

或る劇団に書き下ろし、千禾夫先生ご自身が演出された作品でした。

千禾夫先生の演出で、わたしも学生時代の最後に演じた作品ですが、
千禾夫先生は、学生公演の方がお気に入りだったと謂われています。

その「右往左往」のモチーフは「右脳」と「左脳」の働きでありました。
たぶん日本医科歯科大学名誉教授・角田忠信著「日本人の脳」
というご本を参考にされたのだと思います。

その角田忠信著「日本人の脳」によりますと、
欧米人の「右脳」と「左脳」の機能の特徴は、理性と感性、論理と感覚、言語とイメージ、
といった具合に使い分けられているのだそうです。

ところが、
日本人の脳は、言語も喜怒哀楽を表す声も、虫の音(ね)や動物の鳴き声も、
波の音や川の流れる音や風の音や雨音も「左脳」で聴いているのだそうです。

つまり、
欧米人は、「左脳」で“論理”を、「右脳」で“情念”を処理するのに、
日本人は、「左脳」で“論理”も“情念”も一括処理するということでしょう。

ですから、
日本語で話される“言葉”も、様々な“気持ち”がこめられているワケですが、
日本語を解さない人たちには、それをすべて理解することは難しいだろうと、
そう思う次第であります。


さて、
昨日(8月8日)の午後3時、天皇陛下の“お気持ち”の表明がありました。

その直前にシャワーを浴びて、クーラーを効かせた部屋で拝聴しましたが、
最後に陛下が「国民の理解を得られることを、切に願っています。」と述べられました。

そこで上記のことを思った次第です。

日本人以外の国の人々は、自国の言葉に翻訳されても、
陛下が“なにを理解してほしいのか”、どのような“ご意思”がおありなのか、
お解りにはならないだろうということをです。

しかし、
日本人のほとんどすべての人々には、それがよく解るのであります。
日本人でなくても、日本語を解する人たちには解るでしょう。

また、
前々日の広島、きょうの長崎、そして8月15日と重ね合わせながら、
戦争で亡くなった人々やリオで活躍する選手たちや被災地の人々、
沖縄で座り込みをしている人々のことを想像しながら拝聴しました。

それも、わたしが日本人だからでありましょう。

日本と日本人の象徴であられる陛下ならではの“お気持ち”でありました。





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