三日遅れ

2017年03月19日 17:26

2016年3月20日法明寺

これは、
去年2016年3月20日の桜の樹の写真です。

この桜の樹は、
一昨年も去年も3月20日に開花宣言しました。
(去年気象庁が発表した東京の開花は21日)

この桜の樹は、
雑司が谷法明寺の桜並木のなかの一本で、
わたしが勝手に決めた、雑司が谷の標本木。

例年、
この樹のこの枝だけが、他よりも早く咲きます。

2016年3月13日
2016年3月13日

2016年3月18日
2016年3月18日

2016年3月19日法明寺
2016年3月19日


茎といいますか、柄というか、軸というか、
蕾から伸びた部分を小花柄(しょうかへい)といいます。

蕾が膨らんで、蕾の先っぽがピンク色に染まり、
その蕾の小花柄が少しずつ伸びて開花に至ります。

上の写真は、
去年の3月13日、3月18日、そして3月19日の写真です。

そして、
下の写真は、きょう現在の同じ樹の同じ枝の写真です。

去年の写真から類推すると、開花はあと4日後くらいでしょうか?
去年と比べて、3日くらい遅れております。

2017年3月19日法明寺




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武蔵一宮氷川神社

2017年01月04日 23:59

鳥居

池袋駅から、快速のJR埼京線に27分間乗って埼玉県の大宮駅に着きました。

大宮駅は、
JRの京浜東北線・宇都宮線・高崎線・上野東京ライン・湘南新宿ライン・埼京線・川越線、
東北・山形・秋田・北海道・上越・北陸の各新幹線、そして東武鉄道・埼玉新都市交通が
相互に乗り入れし、1日平均乗車人員約36万人と謂われる、巨大ステーションであります。

参道

その大宮駅の在る“大宮”が、何故“大宮”と謂われるようになったのか、ご存知でしたか?
行って初めて分かったことですが、「氷川神社」が在るからでした。

大宮の「氷川神社」は、正式には「武蔵一宮氷川神社」と申します。

「武蔵一宮」というくらいですから、
武蔵国”のなかで“一番格が高い”「氷川神社」ということになります。

「氷川神社」と名のつく社は、
大宮を中心に、埼玉・東京・神奈川県下に280数社を数えますが、
大宮の「武蔵一宮氷川神社」が、それらの総本社なのだそうです。

武蔵一宮氷川神社」の創立は2千年以上昔。
御祭神は、須佐之男命 (スサノオノミコト)、
稲田姫命 (イナダヒメノミコト)、・・・防衛大臣のことじゃありませんよ。
そして大国主命 (オオクニヌシノミコト)、以上の三柱。

約3万坪の広大な敷地を保つ「武蔵一宮氷川神社」の境内には、
本社以外に、門客人神社 ・天津神社・宗像神社・住吉神社・神明神社・山祇神社、
石上神社・愛宕神社・・雷神社・天満神社・松尾神社・御嶽神社・稲荷神社、
といった摂末社が祀られております。

参拝者数でいえば、初詣だけで200万人以上の参詣を誇るそうですから、
これが“大宮”という地名の所以なのでしょう。

本殿

きょうは、
その「武蔵一宮氷川神社」に、かみさんと、友人のYちゃんと三人で詣でました。

大宮駅からつづく参道には、参詣に訪れた人々が列を成しておりましたが、
きょうだけでも、いったい何万人が詣でたのでしょうか?

さて、参拝した後は、大宮駅前に在る暖簾をくぐりました。

きょうが仕事始めだったという方も多いのでしょうが、
わたしたちは、第1回目の新年会であります。

武蔵一宮氷川神社



暮れのやること表

2016年12月26日 23:59

門松

クリスマスが終わりますと、
翌日の朝、我が家の玄関先に門松が置かれます。

祖父の時代から我が家に出入りしてくれている鳶(とび)の頭(かしら)が、
早朝に来て、門松を設置してくれるのです。

門松に使う竹の形状には、
先端部を斜めに切った「そぎ」と、真横に切った「寸胴(ずんどう)」の2種類がありますが、
我が家の門松は寸胴です。

これに、注連飾り(しめかざり)を付ければ門松の完成です。

門松に限らず、正月飾りや餅つきは、12月29日を避ける習わしがあります。
29日は、「二重苦」に通じるとされていて忌み嫌うからであります。

こうして、26日の朝に門松が立つと、いよいよ押し詰まった感じがいたします。
大晦日の日が暮れるまでにやらなければならないことが目白押しです。

年賀状の宛名書きと発送。
大掃除は、大晦日には箒が使えないので30日までに終えなければなりません。
各神社やお寺にお礼参りに詣でて、お札などを授かります。
買い出しと、おせち料理の準備。
お墓参り。
むぅむぅ(義父)の看護と、年末年始一時帰宅の準備・・・。

ということで、

取り敢えず、
きょうは、友人のDちゃんとの「忘年会」と「年越しそば」を済ませました。



冬至冬中冬初め

2016年12月21日 23:59

冬至

きょうの東京の日の出は6時47分、日の入りは16時32分でした。
きょうは、昼間が9時間45分、夜が14時間15分ということで、
一年で一番昼間が短く夜が長いという、二十四節気で云う「冬至」です。

古来「冬至」には太陽の力が最も弱まり、陰極まって万物みな衰え、
「冬至」が過ぎれば、徐々に太陽の力が再び蘇ると考えられてきました。

ですから、

「冬至」には、
体力をつけるように、カボチャを食べたり柚子湯に浸かるといった風習があります。
また「ん」の字が付く物を食べると健康にイイという風説もあるのだそうですが、
因みにカボチャを食べるのも、むかしは「南京(なんきん)」と呼んでいたからです。

また、「冬至」は陰の極みであって、明日から日が延びることを「一陽来復」といい、
きょうを境に上昇運に転じるとされています。

早稲田の穴八幡宮では、
きょうの「冬至」から来年の「節分」まで、一陽来復の御守を授けてくださいます。


というワケで、
今夜は、我が家も風呂に柚子を浮かべました。

ちょいと淋しい我が家の柚子湯であります。

ゆず湯



月の下

2016年12月16日 19:30

つき

カメラを忘れました。

ですから、この月はゆうべの月じゃありません。

ゆうべは、
いつもカメラを入れているバックを持たずに病院に行ってしまいました。

病院に向かう不忍通りの登り坂の上に、大きな月が昇っていました。
病院に着くと、病院の建物の上にも、その月が輝いていました。

ホントに、大きな丸い月でした。


むぅむぅ(義父)は、
先月下旬に、二泊三日の予定でショートステイに行きました。

その二日目の夕方、
「お熱が37.7℃に上がったのでお迎えにきてください」という連絡を受け
迎えにゆくと、熱が38.5℃に上がっていました。

そのまま近くの開業医に向かったのですが、幸か不幸かお休みで、
都立病院の救急外来に電話して診ていただきたいとお願いしたら、
受け入れてくださるというので、救急外来で診ていただきました。

そして、緊急入院。

重篤な感染症に罹っているというのでした。

「いつなにが起きてもおかしくない状態です」
医師にそう告げられました。

周りに感染するような感染症ではないようで、6人部屋の病室に入りました。

あれから3週間、
来週あたり、日帰りで帰宅外出しようかというところまで回復しました。

しかし、
やはり歩けなくなりました。

ベットから車いす、車いすからベットに移乗させるときに、
わたしが抱えながら、辛うじて立つのがやっとです。


ゆうべは、
病院を出入りする人たちがみんな月を見上げていたのでした。

月




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