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意味合い

2020年06月09日 16:04

白い巨塔

このところ、
新しくテレビドラマを収録できないため、過去のドラマの全編一挙放送が多い。

先日も「白い巨塔」全21話中、第1話から第11話まで放送されたのを観た。

わたしたちの世代にとって「白い巨塔」といえば田宮二郎主演のテレビドラマだが、
先日観たのは2003年放送の唐沢寿明主演のものだった。

むぅむぅ(義父)が製作した映画「子育てごっこ」の脚本家だった鈴木尚之さんが、
田宮二郎主演作の脚本を担当したのだったが、それが最も原作に近いと言われている。

原作が書かれたのが1960年代だから、1978年放送のドラマが原作に近いのは当然だ。

医療の世界、なかんずく大学病院の教授選挙をめぐるストーリー展開を描くのだから、
癌などの病気に対する認識や治療方法や医局制度など、時代によって描き方が変わる。

だが、主人公の財前五郎という役を考えると、本来優劣をつけるべきではないが、
やはり田宮二郎の財前五郎が抜きん出ているように思う。

それは、
田宮が最終回の放送を前にして衝撃的な散弾銃自殺をしたことと関係するかもしれない。

しかし、「白い巨塔」は主人公を誰が演じたかだけでなく、ドラマとしてよくできた作品だ。
様々な人々の人生や生き方がよく描けているからだ。

折しも、新型コロナウイルス感染の只中で、
世界中の医療従事者やそのご家族が連日闘っている最中に観る「白い巨塔」は、
原作とはまた違った意味合いを感じる。

そして、
唐沢寿明主演作の主題歌は、ヘイリー・ウェステンラが歌う 「アメイジング・グレイス」だ。

元々黒人の奴隷船の船乗りだった牧師が作詞したという「アメイジング・グレイス」だが、
自分の原罪を赦してくれた神の恩寵への感謝と神への賛美歌だ。

奇しくもミネソタ州ミネアポリスで起きた黒人の殺人事件に端を発した抗議活動の最中、
この歌を聴くと、また違った意味合いをもってくる。


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ドラマの再放送が増えたワケ

2020年01月03日 18:58

かみさんが元旦に楽しみにしていたドラマがありました。

テレビ東京の「きのう何食べた?」の全12話再放送です。

よしながふみさんが、
講談社の『モーニング』に連載のマンガが原作です。
主人公は同性愛カップルですが、毎日の料理がテーマです。

このマンガを読んでいたかみさんが、
西島秀俊内野聖陽のダブル主演に興味を抱いたのと、
先輩が、西島秀俊さんの父親役で出演していたからです。
残念乍、健康上の理由で途中降板してしまいましたが・・・。


ところで、
この正月は、各局全話再放送のドラマが目立ちます。

例年、
正月は各局お笑いバラエティーが並び辟易でしたから、
話題になったドラマをまとめて観られるのは魅力的ですが、
なぜ、ドラマの再放送が多発したのでしょう。

思うに、
テレビ番組の制作費に関連しているのではないでしょうか?

正月用のバラエティー番組を制作するより、
ドラマの再放送のほうが安上がりだということは安易に気づきます。

近頃、
旅番組が多いのもタレントの人数が少なくて済むからで、
スタジオでタレントを集めてバラエティー番組を作ると、
ギャランティだけでも相当な制作費がかかるでしょう。

したがって、
再放送であっても人気ドラマは一定の視聴率が獲られるというワケです。 

それだけ、
テレビの制作現場が世知辛くなったということでしょうが、
メディアとしてのテレビが衰退しているとも言えるのかもしれません。


それにしても、
きのう何食べた?」の再放送を観たせいか、
スーパー中村屋のテーマソング」が耳から離れなくなっちまったですよ。


告発

2019年08月16日 13:49

人形

きょう放送の、テレビ朝日のドラマ「やすらぎの刻~道」は、
荒唐無稽な展開ながら、溜飲が下がった。

やすらぎの郷に暮らす往年の名優たちが、
テレビ局からのオファーを受けバラエティー番組に出演する。

ところが、次々に無礼な扱いを受けて、ついに爆発してしまう。

実際にはあり得ない、設定としては無理のある展開だったが、
いまのテレビ業界を見ると、少なからず礼儀知らずな輩はいる。

だが、
そんな輩を俎上に乗せたいのではなく、いまのテレビの作り方を、
痛烈に批判したいのだろうと思った。


似たようなクイズ番組が連なり、低予算の旅番組がはびこり、
同じような事件ドラマが創られ、同じ話題を延々と引っ張るワイドショー。
“笑えない”お笑いタレントたちが、バラエティー番組を席捲している。

予算のあるなしに関わらず、テレビの可能性と必要性を創造する、
そんな努力が垣間見えないのだ。


かつて、
「拝啓おふくろ様」「北の国から」の放送がどれだけ待ち遠しかったことか。

次の放送があるまでの一週間、前回の放送を何度でも思い出していた。
登場人物に肩入れし、主人公に同化しながら共に生きているように観た。

ドラマによって考えさせられ、励まされ、想い出になった。

きょうの「やすらぎの刻~道」は、
このドラマの脚本家から、いまのテレビ業界に対する視聴者への告発だ。


そんななか、与勇輝さんの人形がドラマに登場する。
画面に映った人形を観ただけで、涙した。


喝!

2019年07月28日 23:59

日曜日の朝のルーティーンで、
TBSの「サンデーモーニング」にチャンネルを合わせます。

きょうは、
スポーツコーナーの張本勲さんの発言に注目していました。

注目していたのは、
わたしも昨日のブログで触れた高校野球の岩手県大会。
決勝戦で大船渡高校の佐々木朗希投手が登板しなかった件。

監督の采配に関して、張本勲さんがどんな発言をするかでした。

結論から申し上げれば「最近のスポーツ界で一番残念だった」、
「絶対に投げさせるべき」と発言し、監督の采配を批判しました。


さて、
わたし自身も、事の賛否表明に参加してしまっているのですから、
張本勲さんを個人的に批判することはしませんが、最近の傾向として、
テレビが高校野球の監督の采配について立ち入った発言をさせたり、
日本一大きな興行会社の“内輪揉め”を連日報道したりしていることは、
なにか共通する傾向であり、変化であり、問題でもあるように思います。

テレビの報道番組で、プロ野球ではなく高校野球の監督の采配について、
評論家が試合の内容ではなく、登板の是非に踏み込んだ発言をするのは、
出すぎていませんかね?

但し、高校野球は全国民の関心を集めるかもしれないイベントでありますし、
テレビ・ラジオで全国中継されるのですから、草野球とは違います。

ですからそれは、
高等学校野球連盟のなかで検討したり、社会から投げかけられる問題でしょう。

興行会社の話題だって、そこに属する芸人の“お笑い”の好き嫌いは別として、
国民の関心は集めるし、国や自治体からの仕事を受注していたりしますし、
反社会勢力と謂われる連中の問題は、全国民共通の問題でもあります。

ですからそれは、
税金を使って発注している国や自治体が検討したり、納税者としての国民として、
社会に生きる国民の一人として発言するべき内容だと思います。

しかし、そこの公私を混同した発言を誰彼なく流していることに違和感をもちます。

喝!


夜中のおしん

2019年06月02日 23:59

夜中に目を覚ましたら
NHKBSで連続テレビ小説「おしん」の再放送をやっていた。

放送当時から「おしん」がもの凄い視聴率を記録したことは知っていたし、
同期や後輩など知り合いが出演していたこともあって興味はあったのだが、
その当時は朝・昼の一定の時間にテレビを観る習慣がなくて、観ていなかった。

ゆうべ目を覚ましたときに放送されていたのは第15話あたりからだったのだが、
見入ってしまって、結局今朝の5時45分にきょう最後の第24話が終わった。

夜中に「おしん」を観ると、眠れなくなる。

目が離せなくなったのは、
日露戦争に従軍した後戦争の悲惨さと無意味さを感じ脱走した男(中村雅俊)が、
主人公の7歳の子に与謝野晶子の詩を朗読し反戦を説く場面を観てからだった。

事程左様に、
主人公は次々に辛い出来事に遭いながらも、人生で出逢った路傍の人々から
人生で大切なことを次々に教えられるというドラマなのだ。

いや、聞きしに勝る怪物番組だと思った。

主人公を演じた子役をはじめ、俳優たちも凄いが脚本が凄い!
筆が立っている、そして筆に勢いと熱い思いがある。橋田壽賀子畏るべし。

平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という驚異的な数字も頷ける。
当時、国民のほぼ全員が観ていたと言ってもよいドラマなのだ。
観ていなかったわたしなどは、一つまみの人間だったのだろう。

そして、後年世界各地で放送され高視聴率を記録したと聞いたことがある。
世界の人々が「おしん」で日本を知り、日本の歴史を知ったのだとしたら、
日本の知名度と平和にどれほど貢献したことだろう。


この「おしん」が放送されたのは、
1983年4月4日から1984年3月31日の1年間だったのだそうだ。

1983年といえば、
中曽根康弘総理、 ロナルド・レーガン米大統領の時代だ。
バブル景気の前夜だったし、浦安に東京ディズニーランドがオープンした。

明治は遠くなりにけりで、飽食と金満を享受する時代だった。
そんな時代に明治時代の日本の山村の貧しさを描いたのだった。

後に、昭和天皇が「おしん」を観ていたことが判り、
「ああいう具合に国民が苦しんでいたとは知らなかった」と述べたというのは有名な話だ。

実は、
おしん」が生まれたのは1901年明治34年)という設定になっているのだが、
それは昭和天皇と同じである。

“国民が苦しんでいたことは知らなかった”というのは、真実だろう。
それらの情報が内奏されない限り、天皇が知る由もないからだ。

明治憲法下の立憲主義であっても天皇自ら政治的指揮を執ったのは
二・二六事件の時と終戦時の御前会議の時だけだったと謂われている。

もし、当時の農村漁村の窮状を天皇に誰かが伝えていたとしたら、
貧しく娘を売らねばならぬ農村漁村から応召した兵士たちの窮状を知り、
憂国の念を抱いた青年将校たちが蹶起した二・二六事件の収め方も、
もしかしたら変わっていたかもしれない。


さて、
1983年といえば、わたしの長男が生まれた年でもある。

きょうは、
その長男の幼稚園時代からの親友の結婚披露宴に招待された。

右肩上がり、飽食の時代バブルの時代が過ぎて、元号も替わった。
総理がアメリカの大統領と自衛隊の“空母”に乘って軍事力を誇示する時代だ。
あらためて、日本人は「おしん」を観たほうがいいかもしれない。

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