ルフィの復活

2018年04月15日 23:13

ルフィ復活

大阪に来ています。
大阪・道頓堀の大阪松竹座であります。

この大阪松竹座で、
あの「ワンピース」のルフィが復活したというので、観に来ました。


さて、
去年10月の事故直後、わたしは、こんなことを書いています。

まずは、事故を検証し原因を特定して、
再発防止策を構築することも大事でしょう。

しかし、もっと大事なのは、
舞台の危険を心配しながら観る観客のメンタリティーを、
如何に興奮させ楽しませるかだと思います。

それは、これまでにないチャレンジになるでしょうが、
作品を創ったご本人が、最も望んでいることでしょう。

もし、
ご本人が、チーム全員が、この難局を乗り超えられたとしたら、
次元を超えた感動を観客に味わっていただけることでしょう。

その感動のためなら、
どんな状態であっても力を発揮できるのが、役者というものです。


その意味で、
わたしはミラクルは起こると思っていましたが、想像した以上でした。

去年の事故を教訓として、
更に培ったチーム力で難局の海を乗り越えてきた仲間たちのところに、
あの“ルフィ”が完全復活し合流して、独特の舞台になっておりました。

そして、
この人も、相変わらずお元気そうで・・・、なにより。
美味い中華に連れて行ってくれました。

ナリタカさん



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「おたふく」

2018年03月27日 23:59

「おたふく」

山本周五郎の中・短編小説
「おたふく」昭和24年、「妹の縁談」昭和25年 、「湯治」昭和26年
という三部作を原作とし構成されたお芝居「おたふく」を観てきました。

演劇倶楽部『座』の主催公演であります。(4月1日千穐楽)

演劇倶楽部『座』は、
俳優で演出家の壤晴彦さんが1992年に創立した劇団ですが、
能・歌舞伎・狂言・日本舞踊等を基本に、日本語を美しく語ること、
伝統的身体表現などに特化した作品創りが特徴でしょうか。

壤晴彦さんは、
劇団四季に在籍された当時から、去年亡くなったむぅむぅ(義父)と懇意で、
わたしも地人会の制作者時代に何本もの作品にご出演いただきました。

そして、
演劇倶楽部『座』の振り付けは、創立以来姉(義姉)が担当しています。

そんなワケで観に行ったのですが、
今回は、地人会の常連俳優だった鈴木慎平さんが客演されています。

というワケで、
客席にも地人会出演者が何人か観ていたりして、
さながら、地人会の同窓会のようになってしまったのでありました。 



「管理人」

2018年03月05日 18:36

「管理人」

未明に、
NHKのBSで、 舞台「管理人」(作 ハロルド・ピンター/演出 森新太郎)を観ました。

登場人物3人の会話劇ですが、
そのなかの一人、温水洋一さんが昨年度の紀伊國屋演劇賞・個人賞を受賞した作品です。

温水洋一さんといえば、
呑気に路線バスで旅をしているオジさんだというイメージをお持ちの方も多いことかと思いますが、
この舞台劇「管理人」をご覧になると、そのイメージは一掃されます。

それにしても、温水氏は確かに“オジさんキャラ”でありますが、
1964年(昭和39年)生まれだそうですから、わたしより8歳も齢下なのであります。

そういえば、彼のような“オジさんキャラ”が羨ましいと思ったこともありました。

ダレとは申しませんが、
むかし、なにかのオーディションがあると、見た目の“キャラ”で得をしているなぁと、
思った友人・知人が何人かいました。

そんな強烈“キャラ”の友人・知人たちは、モチロン実力もあって採用されたのでしたが、
どこにでもいるような特徴のない我が容姿を引け目に感じ、ヒゲを生やしてみましたが、
ヒゲを蓄えて見栄えがするほどヒゲも生えず、淡泊な顔立ちがコンプレックスでありました。



さて、
そんなことをブログに書こうと思ったワケではありません。

「管理人」を観て、
作者ハロルド・ピンターとその作品について想い出したことがあったのです。

わたしも、温水氏が演じた、
ホームレスのデーヴィスという役を演りたいと思ったことがありました。

と申しますのも、わたしはハロルド・ピンターが書いた登場人物二人の、
「ダム・ウェイター(料理昇降機)」という芝居を演じたことがありました。

男が二人登場するのですが、わたしはベンという兄貴分の男を演じました。
しかし、もう一人の弟分のガスという男も演じてみたいと思ったのでした。
それは、浅野和之がガスを演じた安部公房スタジオ公演を観ていたからです。

浅野和之は当時加藤斎孝という本名でしたが、彼の演じたガスは秀逸でした。

後年、浅野はベンも演じたことがあります(ガスは高橋克実)が、
比べることでもありませんけれど、浅野はガスを演じた方がいいと思いました。

ところで、
ベンは兄貴分でガスは弟分と書きましたが、台本にそんな指定はありません。
どこのダレで、ナニをやっている、いくつの男なのか、まったく明らかにされていません。
ハロルド・ピンターの作品は、ほとんどそういったリアリティが無く属性が書かれていないのです。

だからといって、役者が勝手自由に解釈してしまうワケにもいかず、
演出家と共演者と侃々諤々、喧々囂々の議論をしながら稽古したことを想い出しました。

最後に一つ。
浅野和之が「管理人」のデーヴィスを演っても、紀伊國屋演劇賞・個人賞を受賞したと思います。



これが最後

2018年02月27日 23:59

CIMG1436.jpg

昨日のブログにも書いたように、
1995年のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の3か月の再演公演で、
毎週1日だけ、主役のヤマトタケルを市川右近(当代・市川右團次)さんが演じ、
そのヤマトタケルを慕う少年・ヘタルベを息子・三浦弘太郎が演じました。

4・5月は新橋演舞場公演、6月が中日劇場公演でした。


1986年2・3月初演の三代目市川猿之助が創作した「ヤマトタケル」は、
スーパー歌舞伎の第1作で、それまでの歌舞伎の概念を変えたと謂われ、
多種の機構を使った大がかりな舞台や斬新な衣裳やスピーディーな演出が話題になりました。

三代目市川猿之助が主人公ヤマトタケルを演じ、
その三代目市川猿之助を慕って歌舞伎俳優になった市川右近がヘタルベを演じ、
その舞台を観ていた2歳の息子・弘太郎は、その市川右近に惚れたのでした。

本人は憶えていないと申しますが、
息子・弘太郎が歌舞伎俳優になりたいと言い出したのは、それがキッカケでした。

CIMG1438.jpg

きょうは、
そんな想い出の中日劇場で、そんな市川右團次(初世・市川右近)さんと、
これまでに何度も演らせていただいた「連獅子」を踊りました。

弘太郎が初めて「連獅子」を踊ったのは、17年前の2001年1月1日。

それはつまり、
21世紀の初日に憧れの右近さんと「連獅子」を踊るという奇跡的な出来事でした。

仔獅子のように右近さんに惚れ、右近さんを慕い、右近さんを追いかけて、
市川弘太郎はここまで来ました。

しかし、
弘太郎が中日劇場の舞台に立つのも、市川右團次さんとの「連獅子」も、
これが最後になってしまうことでしょう。

物事には、これが最後ということがあるものです。諸行無常というやつです。

しっかり目に焼きつけました。

CIMG1440.jpg

    

女神の痣

2018年02月20日 18:14

日本の美術

友人である詩人の若狹麻都佳が絵を描いたというで、観てきました。

場所は、上野の森美術館
展覧会「日本の美術 ~全国選抜作家展~」

今回、若狹麻都佳が出展したのは絵画「女神の痣」
若狹には、2006年に出版した「女神の痣」という詩集もあります。

さて、絵画「女神の痣」は、
どうやって描いたのか判りませんでしたので、作者に訊いたのですが、
絵画という概念の入口から観てしまう凡夫には解りませんでした。

しかし、
絵画でありながら作家の発露は詩的で、あらゆる可能性に満ちていて、
そして自由なのでありました。


但し、絵や詩を文章で説明するという愚は、避けたいと思っています。


女神の痣


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