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「雷船頭」

2019年03月13日 21:57

雷船頭

きょうは歌舞伎座「三月大歌舞伎」夜の部を観に行ってきました。

市川弘太郎は「雷船頭」に出演しています。

雷船頭
隅田川で舟を漕いでいるのは、いなせな女船頭(猿之助)です。

急に雲行きが怪しくなったかと思えば、青天の霹靂。
夕立とともに天から太鼓を背負った雷(弘太郎)が落ちてきます。

女船頭(猿之助)が雷(弘太郎)をつかまえて、
見世物にしようかとからかうと、気の弱い雷は泣き出してしまいます。

女船頭(猿之助)が手酌をしていると、雷(弘太郎)も横から酒を奪って・・・。


粋な女船頭(猿之助)とユーモラスな雷(弘太郎)という、
対照的なキャラクターのやりとりが楽しい洒脱な歌舞伎舞踊です。


※猿之助・弘太郎は奇数日出演。

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雑司が谷鬼子母神の豆まき2019

2019年02月03日 23:59

鬼子母神豆まき2019

きょうは、雑司が谷鬼子母神の節分会でした。

去年は歌舞伎座の公演中でした。一昨年は博多座の初日でしたが、
市川弘太郎が、2016年以来、豆まきをさせていただきました。

豆まき2019

ところで、
鬼子母神は、或る神さまの娘で美しい女神でした。
女神は千人もの子どもを産みました。

しかし、
人間の子をさらっては食べていました。
人間たちは、鬼子母神を怖れ憎んで、お釈迦様に相談をしました。

すると、お釈迦様は鬼子母神が最も可愛がっていた一番下の子を、
神通力によって隠してしまいました。

鬼子母神は、嘆き悲しみ気も狂わんばかりに子を探し回りましたが、
見つけることができず、お釈迦様にすがりました。

するとお釈迦様は、
「千人の子どものうち一人の子がいなくなっただけで、
おまえはこのように嘆き悲しみ私に助けを求めている。
おまえに子を食われた人の親の悲しみがどれほどであったか、
いまのおまえにも解るのではないか?」と諭されました。

そして、
「子どもへの愛情に、鬼神と人間の差はないのだ」と訓え、
鬼子母神の子を返したのでした。

鬼子母神は改心し、以後子どもの守護神になったということですが、
わたしの大好きなエピソードであります。


というワケで、
鬼子母神では、ホントは鬼子母神の“鬼”という字に角(ツノ)がありません。

豆まきするときにも、“鬼は外”は言いません。

雑司が谷鬼子母神の豆まき2019

「しとやかな獣」

2019年01月25日 23:59

「しとやかな獣」

東京芸術劇場で公演中の「しとやかな獣」という舞台を観てきました。

しとやかな獣」は、
元々、1962年(昭和37年)に公開された大映映画ですが、
監督は川島雄三、脚本は新藤兼人、出演は若尾文子
船越英二浜田ゆう子高松英郎川畑愛光伊藤雄之助
山岡久乃小沢昭一山茶花究ミヤコ蝶々といった面々。

否が応でも映画と比べてしまいます。

以前、映画では伊藤雄之助さんが演じた父親役を、
先輩が演じた舞台を観に行ったことがありますが、
今回は映画で山岡久乃さんが演じた母親役を、
友人の寺田有紀美ちゃんが演じているので観たのでした。

昭和37年といえば、わたしの弟が産まれた年ですが、
所得倍増計画の元、新卒者の就職率が最高値を記録し、
日本は戦後を抜け、右肩上がりの経済成長が著しい頃です。

戦争を生き残った人々が、
新たなサバイバルを始めていた時代なのかもしれません。

あの時代の、
一癖も二癖もある俗物たちの生きざまは、もしかしたら、
現代を生きる我々には一番足りない要素かもしれません。
“しとやかさ”より“したたかさ”のほうが重要です。

ところで、
要介護5の母上と、自宅で長年暮らす有紀美ちゃんも、
芝居をやったり、日本舞踊を習ったり、消防団に入ったり、
介護したり、そのことを書いて本を出したり。
どっこい生きてる逞しい女性です。



2019年1月大阪松竹座

2018年12月08日 18:28

2018年12月8日

77年前の日本時間きょう未明、日本は真珠湾攻撃を行いました。
未だに、真珠湾攻撃を輝かしい戦果と捉える向きもあるようですが、
それは何百万人もの人間が死んだ太平洋戦争の始まりだったのです。

何度考えても思っても、その戦禍に変わりはありません。

晩年、
父は戦争を扱ったドラマや小説やドキュメンタリーを観なくなっていました。
「だって、敗けることははじめから判っているからね」と申しました。


さて、お芝居のご案内です。

息子は、来月(新年)大阪松竹座の夜の部に出演させていただきます。

三代猿之助四十八撰の内
通し狂言「金門五三桐(きんもんごさんのきり)」石川五右衛門


『楼門 (さんもん) 五三桐』という名題でも上演される人気歌舞伎狂言ですが、
その顛末は判っていても、何度でもご覧になりたくなるのが舞台というもの。

新年早々、歌舞伎見物で新春を寿ぐというのは如何でしょうか?

大阪でっけどね。

2019年大阪松竹座「寿 初春大歌舞伎」


姨捨

2018年11月30日 23:59

2018年「姨捨」

若い友人から、
久しぶりに、芝居の案内をいただいたので観に行ってきました。

ヒガンノジカン公演「姨捨」

結婚し子供が生まれたばかりの、その友人が出演する芝居が、
姨捨(おばすて)」というのも、妙な気分になりました。


そもそもわたしが、
初めて「姨捨」の話を聴いたのは母方の祖父からだったと思います。

「年老いた者は役に立たないから山に捨てろ」
そんな殿様の命令に従うことが出来ず、母親を匿っていた息子の話。

或る日、
殿様が他国からの無理難題で困っているので、息子は母親に相談すると、
匿われていた母親が息子に知恵を授け、その解決法で男は褒美を得ます。
最後には、次々に名案を出していたのが殿様が「役に立たない」と思っていた
息子の年老いた母親だったことが判り、殿様が反省したというような話でした。

ですが、
姨捨」といえば、なんといっても印象深いのは深沢七郎の小説「楢山節考」です。
一時期、深沢七郎にハマって作品を読み漁っていたことがあります。

「むかし話」と違って、「楢山節考」を読んだときに衝撃的だったのは、
捨てられる母親がそのことを己が宿命と受け容れて生きていたということでした。

母親を山に捨てた帰りの下り道で雪が降りだすと、息子が、
「おっかー雪が降ってきたよ!」と、母親の“運がよい”ことを喜ぶ描写は壮絶です。


能の「姨捨」も、
山に捨てられた老女の霊が中秋の名月を愛でにきた男たちの前に現れるというお話です。
老婆が男にむかしの若かりしころを語り、月の美しさを讃えて舞うのですが、
夜が明けると、老婆の霊は去ってゆく男たちを山の上から見送るのでした。

そこには、捨てられた身の嘆きや恨みはなく、唯々哀しさだけがあるのでした。

もしかしたら、
現代に生きる我々も「姨捨」を前提として生きられたら、もっと心穏やかなのかもしれません。

姨捨


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