減量中

2016年12月18日 18:42

2016年12月18日計測

風呂に入る時間帯はまちまちですが、
最近、入浴時に脱衣所に置いてある体重計に乗っています。

11月28日、67.1kg

11月29日、67.3kg

11月30日、66.7kg

12月1日、66.6kg

12月2日、66.4kg

12月6日、66.8kg

12月7日、66.2kg

12月8日、66.4kg

12月9日、66.4kg

12月11日、66.1kg

12月16日、65.7kg

12月17日、65.6kg

そして、
きょうは65.5kg・・でも、カメラ持ってますからねぇ。


効果ありますよね?
炭水化物と糖質を制限するダイエットで、減量中です。

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お焚きあげ

2016年11月30日 23:59

高岩寺

主治医に、血液検査の結果を聴いてきました。

検査結果で、新たな心配はないようですが、
今以て、相も変わらず、依然として、未だに、
総コレステロールγ-GTPがモンダイです。

尿酸値も上がっていますが、ギリです。

それでも、
中性脂肪は下がって基準値内に収まっていました。

血液検査

帰り道、
巣鴨の高岩寺、所謂「とげぬき地蔵尊」にお詣りしました。

お線香を買ってお焚きあげ。
お線香の煙を、タップリの腹にタップリ浴びせました。

お焚き上げ

炭水化物

2016年11月20日 23:59

以前から度々申し上げていることですが、
わたしの高校生時代から45歳くらいまでの体重は、ほぼ53キログラムでした。

高校時代には、一日5,000~6,000カロリーを摂っていましたが、
どんなに食べても55キログラムを超えることはなく、
病気や貧乏で痩せたといっても50キログラムを割ることもなかったのです。

ところが、45歳を過ぎた頃からですが、
体重は55キログラムを超えて増えつづけ、ウエストサイズは73センチだったのに、
75センチを超え、80センチも超えて久しく、いま測るのが怖くなってしまいました。

こうなると顕著なのが、飯や麺やパンが美味いことです。

痩せているときには特に食べたいとも思わず、肉の方が食べたかったのですが、
いまでは身体が炭水化物を欲しがります。

身体が欲しがっているところへ与えるのですから、美味いのであります。

そこで、目立ってきたのが腹周り、気になりだしたのが迫り出した腹であります。

メタバリア

というワケで、こういうものに手を出すのはいけないことだと知りつつも、
2週間分500円という誘い文句に惑わされ、つい出来心から手を出してしまいました。

まんまと、メーカーと広告代理店の戦略に乗ってしまったのであります。

体重が増えることは、若いころからの夢でしたが、こうなってみると“悪夢”です。


寝るほど楽はなかりけり

2016年10月01日 19:00

むぅむぅ(義父)のことです。

朝は、大体8時~9時ごろ起床するのですが、
先日は、二日つづけて昼ちかくまでベットから起き上がりませんでした。
心配して、声を掛けたほどです。

朝食はヨーグルトと牛乳だけを摂るという習慣です。

毎週月曜日の午前中は、マッサージの人が来てくれます。
木曜日には、体操の人が来てくれます。

昼食は、所謂一汁多菜を心掛けて、
出来るだけ品数を増やして、多くの食材を使うようにしています。

毎週月曜日の午後は、夕方までデイサービスに出掛けます。
デイサービスの車で送り迎えしてくれます。

火曜日と木曜日と土曜日の午後は入浴です。
見守ってはいますが、出来るだけ自分で洗ってもらいます。
お風呂から出たら、薬を付けます。

夕食は、夕方6時。
麺類やサンドイッチなど、なるべく軽い食事にしています。

夜は、
月に一度、映画人の集まる“寄り合い”に出掛けます。
月に一度、映画好きの教え子との食事会に出掛けます。

それ以外に出掛けるのは、病院と床屋と美容院です。
髭を剃ってもらうのは床屋ですが、髪を切るのは美容院です。
こだわりがあるのです。

このようにして、むぅむぅ(義父)は一日を過ごすのですが、
基本的には、一日中リクライニングシートに座っています。

テレビが点いていますが、
最近は、テレビを観るというよりは眺めているといった様子です。

そして、リクライニングシートで、ほとんど寝てばかりいます。

朝でも昼間でも、寝てばかりいるという状態は、
意欲を司る脳の前頭葉が萎縮しつつある状態だと考えられるのだそうです。
萎縮が起こるのは、前頭葉の血流が低下しているせいだと考えられています。
そのため、医師に前頭葉の血流を改善する薬を処方していただきました。


“朝寝して、宵寝するまで昼寝して、時々起きて居眠りをする”  <詠み人知らず>


87歳の腹

2016年09月05日 15:35

昭和19年10月、
わたしの父は、両親の反対を押し切って予科練に志願して入隊しました。

父が15歳のときです。

翌昭和20年5月に兵長になって、8月の終戦を迎えました。

兵士になったからには、明日の命はないものと、
15歳のときから煙草や酒の配給を受けていたといいます。

そして、
当時我が国は、食料が不足していたはずなのですが、
兵士である父は、一日5合の飯を食べていたといいます。

飯だけで5合ですから、副菜と合わせれば結構なカロリーだったでしょう。

戦時中の一般成人男性も、一日2合3勺の配給だったそうですが、
戦前の一般人の平均消費量は3合~3合5勺だったそうですから、
むかしの日本人は、よく米を食べていたと言えます。

そんな実家の父ですが、近年は食が細くなりました。
小さな子供と同じくらいしか食べません。

そこで、夏に栄養補助食品を贈ったのですが、
食後に125ml(200カロリー)のその飲み物が、腹が苦しくて飲めないというのです。

薬を飲むために水を飲んだら、お茶が入らないという始末です。


その父が、
きょう、大腸の内視鏡検査を行っているはずです。

2年前にも大腸の内視鏡検査をやったのですが、
あまり痛がるもので、約1時間もかけたのに十分検査ができず、
ポリープが数か所見つかったものの、生体検査のサンプルを
採取することもできなかったといいます。

そこで、きょうの検査が上手くできたかどうかが心配なのですが、
それより、2年間放っていたポリープがどうなっているかが気になります。





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