きょうの時点で、過去最大の危機だったあの88時間。

2016年03月16日 18:19

88時間

昨夜、
NHKスペシャル「原発メルトダウン 危機の88時間」という番組の再放送を観ました。

3月11日前後はテレビを観ないで、静かに過ごそうと思っていましたが、
出来事に目をつぶっていたワケではありません。


さて、
NHKスペシャル「原発メルトダウン 危機の88時間」を観た感想です。

やはり、ドラマ仕立てにするべきじゃないなと思いました。

出来事が収束したわけではなく、現在進行形で事態が推移していることで、
見解が分かれる点も多く、検証も不充分ですし、総括出来ていない内容です。

したがって、報道や表現として、リテラシーの面から不適当だと思います。
一番そう感じたのは、所長と総理の対応を比べたような描き方に関してです。

14時46分に地震が発生し、
15時35分には大津波が福島第一原発を襲い始めます。
15時37分には燃料タンクが流出して全交流電源が喪失します。
16時36分には1号機の冷却装置への注水不能が判明します。
19時29分にはメルトダウンが始まっていたと想像されています。
23時50分には1号機の原子炉格納容器の圧力が通常の6倍に上昇していると判明。
00時06分には所長が格納容器の圧力を下げるため、手動でのベント準備開始を指示。
07時11分には総理が現場に到着してベントを要請。
08時03分、所長が、9時からベント開始するように指示。
14時30分に所長が格納容器の圧力が下がったと判断。
15時36分に1号機の建屋が水素爆発。

これが、3月12までの1号機に関する経緯です。

所長と総理の描き方は、
不眠不休で事故の対応に追われている現場の所長と、
現場に負担をかけてでも視察を行った総理という対比です。

爆発を止めるため、圧力容器の圧力を下げるベント作業に関して、
タイミングを測っていた所長と、ベントを急いた総理という構図です。

別の見方をすれば、
現場の状況や情報が判らず、事態を把握できないなか指揮を執った総理と、
混乱し、状況を報告する余裕が無い現場の態勢との間で起きた齟齬でしょう。

現場と官邸との間に、意思の疎通を図る機能が存在していれば、
このような問題は起きなかったと思われます。

このように、ドラマが正確に事実の判明していない時点で上書きをして、
既成事実化させてしまうことの危険性を危惧しています。


そして、ドラマ仕立てで観ると、
当事者は、事故に対応した所長をはじめ作業員であるように見えます。

まるで、事故に対応した男たちの人間ドラマを描いているようです。
つい、感情移入して同化作用が起こります。

しかし、
福島第一原発で、命懸けで困難な作業に従事してくださった方々を
貶める気持ちがないことだけは申しあげておきますが、
事故対応してくださった方々や東京電力だけが当事者ではないでしょう?

少なくとも、あの88時間内で起こっていたことを知らされずにいた、
福島県浜通りの人々、福島県をはじめとした東日本に住んでいる人々、
もっといえば全国民、全世界の人々が当事者なのです。

以下は、
番組が紹介した、事故調査委員会の調査に応じた所長の証言です。

「飛行機を計器を全て消した状態で操縦しろと言われていうようなもの」

「俺と死ぬのはどいつだ」

「イメージは東日本壊滅ですよ」

「あとは神さまに祈るだけ」


わたしは、
きょうの時点で、この国の人たちにとって過去最大の危機だったあの出来事が、
上書きされないことだけを願っています。



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逡巡

2015年03月26日 21:46

インディアン・ポイント①

4年前の3月11日の、あのときは、 
池袋のホテルを出発する成田空港行きのリムジンバスに乗るために、
そろそろ家を出ようとしているときでした。

翌3月12日にハワイで行われる予定だったフラのフェスティバルに
初めて参加するかみさんの生徒さんたちをアテンドする予定でした。

しかし、モチロン旅行は中止、フラ・フェスティバルも中止されました。

後に聴いた話によると、ハワイにも津波が到達するというので、
ワイキキでも、避難を呼びかける警報が鳴っていたといいます。

ハワイ行きを諦めたわたしは、トランクの荷物を片付けながら、
テレビの中継で、容赦のない津波の映像をずっと見ていました。
そして、原発事故が起こりました。

インディアン・ポイント②

3月26日、つまり4年前のきょう。

わたしは、
ニューヨークのマンハッタンの西を流れるハドソン川の上流
約60㎞に位置する、インディアン・ポイントの見えるところにいました。

インディアン・ポイントは、アメリカでも最も旧くから在る原子力発電所です。

インディアン・ポイント③

そのときは、わたしはまだ戸惑っていました。

日本の現状を背負い、インディアン・ポイントを見ながら、
それでも、まだなにか割り切れないものが残っていたのです。

それまでの人生で、特別になにも考えてこなかった怠慢な自分。
豊かな電力の恩恵を得ながら愉しんで生きてきた自分。
そんな自分に対して、忸怩たる思いもありました。

今更、手の平を返したように原発を批判できる自分なのか、
迷っていました。

「初めてのニューヨーク旅行が、原発見学なんてお気の毒」
などと、同行してくれた友人にも云われました。

それから、帰国して被災地に行く機会を得ました。

福島にも度々行きました。

また、そこで考えてしまっていました。

原発は無いほうがいい。
それは、そう云うことができるようになりました。

しかし、
福島に住んでいる方や、住んでいた方に、
福島には、もう住まないほうがいいですよとは、云えません。

もう4年経ちますが、
わたしの逡巡は、まだつづいています。

脱力

2015年03月18日 18:36

守破離」という武道や芸事の心得があります。

先達や師の型(形)の基本を、正確に身につける「守」
「守」が達成できたら、変化や違いオリジナリティーをもつ「破」
そして、「守」にも「破」にも捉われない独自の境地「離」

型(基本)を守り、変化や違いを見つけ、
いずれ独自の境地に至る過程を表した言葉です。

しかし、難しいのは、
守るべき型を習う前に、予断や自己流を排除することでしょう。

身体で云えば、「脱力する」ことです。

一言で「脱力する」と云っても、やってみるとなかなか脱力できません。
脱力したつもりでも、どこかに力が入っているものです。
脱力したつもりでいることこそ、予断や自己流というものでしょう。

しかし、脱力を知って、はじめて真っ直ぐに立つということが解ります。
真っ直ぐに立つことを知らなければ、真っ直ぐに歩くこともできないワケです。

以上はメタファーです。


さて、福島について様々な言説が世間を飛び交っています。
云ってみれば、「歩き回った話」が飛び交っています。
その多くが、予断や先入観や自己判断に基づいて歩き回った話です。

そこで、
福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員の開沼博さんが書かれた、
はじめての福島学」というご本を読んでみようと思います。

Apprecaaite FUKUSHIMA Workers(AFW)吉川彰浩さんの
Facebookへシェアされた情報を読んで、そう思いました。

みなさんも、もしご興味がありましたら、「はじめての福島学」というご本について、
まずは、開沼博さんが書かれた文章↓を読んでみてください。
ポリタス2015年3月17日「難しく・面倒くさい」福島の復興

わたしは、この文章を読んで、
開沼博さんの著作「はじめての福島学」を読ませていただこうと思いました。

しかし、「はじめての福島学」を読む前に、
既に開沼博さんの文章を読んだので、先入観に囚われているかもしれませんがね。 

守破離」という過程は困難なものでしょうが、
その前に「脱力する」ことが、一番むずかしいかもしれませんよ。


冷静に客観的にバランスする

2015年02月26日 23:13

F1視察報告会

「Appreciate FUKUSHIMA WorKers (AFW)」
これは、アプリシエイト・フクシマ・ワーカーズ、と読みます。

訳すと、
「FUKUSHIMAの労働者の真価を認めよう」といった意味でしょうか?

この「AFW」という組織ですが、
組織といっても、ほとんど個人で活動しています。

吉川彰浩という人です。
吉川彰浩さんは、元・東京電力の社員でした。

しかし、大震災と原発事故以降、
福島第一原発事故の収束と、福島の復興を担うために、
あえて退職し、外部から収束作業の支援活動を行っています。

その吉川さんと、福島原発行動隊の縁は、
去年9月27日に開催した行動隊のシンポジウムがキッカケでした。

福島原発行動隊シンポジウム

吉川さんは、その場に参加されたワケではありませんが、
当時、吉川さんが書かれた文章が、シンポジウムのなかで、
会場に於いて朗読によって紹介されたのでした。

その内容は、
それを聴いた会場の参加者やパネリストの皆さんの胸を打ちました。

吉川彰浩氏

そして、
後日、吉川さんのお話を聴く集会が参議院議員会館で開かれたり、
現地である福島県浜通りの双葉郡各地を廻る視察旅行が催行され、
吉川さんに案内をお願いしたりしました。

そして、
きょうは、ことし2月16日に福島第一原発の敷地内に入って、
視察を行ったという吉川さんの報告を拝聴する院内集会を催しました。

その内容は、
本来、直接お話を伺ったほうが解りやすいのですが、
一応、事前に吉川さんが書かれた報告文をご紹介します。

↓ ここをクリックしてお読みください。
「2015年2月16日視察者が全員一民間人として
震災後初めて”福島第一原発視察”を行いました。」


わたしは、吉川さんのご報告やご説明を聴くうちに、
これまでに起きた事、いま起きていること、これから起こるであろう事、
そして、なにをどう捉え、なにをどう行動したらよいのか、
その答えを得るには、冷静に客観的にバランスすることだと思い至りました。


報告書

2015年01月30日 23:59

福島原発行動隊シンポジウム

昨年9月27日に開催した、
福島原発行動隊主催シンポジウム
「福島原発の収束・廃炉を考える~私たちに何ができるか~」

その報告書が出来上がりました。

3時間に及ぶシンポジウムの、
文字起こしだけでも大変な作業だったでしょうが、
この作業は、それ以上の価値があると思います。

長文ですが、
よろしかったら、お読みください。

<添付・報告書>

福島原発行動隊賛助会員・三浦秀和




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