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追悼式

2019年09月24日 18:21

追悼式

きょうは、
かみさんの、6年前に亡くなった従姉の追悼式でした。
仏教でいえば、七回忌です。

従姉は、高齢の母を独り遺して逝きました。


ところで、
キリスト教には、仏教と違い「供養」と言う考えがありません。
 
ですから、
仏教のような法事・法要はありませんが、追悼儀式はあります。

キリスト教では、
天に召されるという観念がありますので、
「ご愁傷様です」といったお悔やみの言葉はかけず、
「安らかにお眠りください」が一般的とされています。

キリスト教における追悼の意味合いは、
故人を想い、故人の死を受け容れ、神の御許に召されたことを歓び、
故人とのけじめをつけるために行います。

さて、
伯母は、けじめがつけられたでしょうか?

オリガさんの追悼式
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気がつけば10年

2019年03月24日 23:59

2019年2月18日

ことし5月の息子夫婦の結婚披露宴で、
両家の父親はモーニングを着ることになり、
銀座の店に試着に行って、
鏡に映る孫の乗ったベビーカーと撮った写真。

試着だから、自前の青い靴下を履いている。

それが、ことし2月18日のこと。

だから、その日のブログには、
その衣装合わせの写真を載せた。


だが、
きょうになって気づいたのであるが、
この日は、わたしがブログを始めて、
ちょうど10年経った記念の日であった。

その日の記事が3,653回目。
10年とプラス1日目の記事。

10年前に、
ブログを書くことを勧めてくれたのは、
息子(次男)とかみさんだった。

そう決めたワケではなかったが、
結局、10年間毎日ブログを更新した。

ブログで金を稼ぐワケでもないのに、
10年間毎日ブログを書いたことに、
一体どんな意味があるのか?

そんな見方もあるのかもしれない。


気づかなかったが、
2019年2月18日の記事が、めでたくてよかった。

そして、
ブログはきょうで10年と34日、3,686回目。

あと10年経つと、孫は10歳になっている。


ご縁

2018年04月08日 18:36

鬼子母神参道


きょうは、お花祭り灌仏会)の日。
お釈迦さまの誕生日です。


鬼子母神堂


そこで、
雑司が谷の鬼子母神堂へお参りに行ってきました。


お花まつり


お釈迦さまの像に甘茶をかけて、
わたしも、甘茶をいただきました。

毎日、
お釈迦さま、鬼子母神さま、お不動さま、ご先祖さまを拝んでおりますが、
おかげさまで、鬼子母神さまがつないでくださったご縁ができました。

そのお礼参りです。


鬼子母神
<鬼子母神像>

メイストームデー

2015年05月13日 23:59

クアロア

毎日が、だれかのお誕生日で、だれかのご命日です。

そして、毎日のようになにかの記念日が設けられていて、
それを、毎日知らせてくれるFacebookの友達もおります。

“毎日が記念日”というワケです。

そこで、
きょうは、なんの記念日かといいますと、
メイストームデー(May Storm Day)という記念日なのだそうです。

May Storm Dayですから、直訳すれば「5月の嵐の日」
確かに、昨夜春の嵐が吹き荒れましたが、この記念日の意味は、
“別れ話を切り出すのに最適な日”、“別れ話を切り出していい日”、
ということなのだそうです。

「八十八夜の別れの霜」という言葉を基にして、
立春から八十八日経った頃には霜がなくなっていることにちなんで、
バレンタインデーから八十八日目の5月13日が“別れ時”、
そんな設定をしたようです。

ちなみに、この記念日は日本で設けられた記念日なので、
外国では通用しません。


さて、
5月13日を、わざわざ別れの日に設定した理由なのですが、
二人がなんとか、この日を乗り切ることができれば、
6月12日の「恋人の日」で復縁できると戒めるためのようです。

しかし、乗り切ることも、復縁することも、
記念日に頼らず、自らの意志と理解と働きかけで叶えてほしいものです。


将来への教訓

2015年03月10日 18:58

「私の街も戦場だった」

昨夜は、
所謂、東京大空襲があってから70年目の夜でした。

東京が大規模な空襲を受けたのは、実に百回以上にのぼりますが、
東京大空襲と言う場合は、3月10日未明の空襲を指します。

1945年3月10日未明、
約10万人が一夜にして亡くなったという東京大空襲がありました。

4年前の3月10日の夜は、
近所の飲み屋で、独り東京大空襲の話を聴いていました。

飲み屋のママが、東京大空襲に遭っていた人だったからです。

人生というものは、そんな目に遭うこともあるのだと思いながら、
それでも、遠いむかしの話だと思って聴いていましたが、
翌日に、東日本大震災が起きたのでした。


さて、
昨夜テレビで、戦時中の各地の空襲の模様を収めた映像を見ました。

当時アメリカが、
戦闘機の操縦士の成果を見るために搭載したカメラによって撮られた映像です。

そこには、
日本全国の各市町村を120回以上襲ったとされる空襲の模様が、映っています。

その映像は、アメリカ軍の戦闘機の翼に搭載された「ガンカメラ」と謂われる
カメラによって撮影されたのだそうです。

その映像を見ると、
どうして、その照準の先に民間人がいることが想像できなかったのか、
不思議だと思いました。

明らかに、無抵抗な人々を的にしたような映像もありました。
民間人が乗っているであろう、機関車の客車を攻撃する映像もありました。

生存しているアメリカの元・航空兵たちにとっては、
もしかしたらそれは、それはそれで苦渋の記憶なのかもしれませんが、
機銃掃射やロケット弾の犠牲になった人々が生き返ることはありません。

そんな、戦闘中の狂気こそが戦争の本質なのであって、
平時に冷静に考えてみても、解ることではないのかもしれません。

いま、この映像を見ることで得られるのは、
過去の清算ではなく、未来への教訓でしかないでしょう。



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