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映画「憲法を武器として」

2018年12月02日 23:59

映画「憲法を武器として」

「憲法を武器として 恵庭事件 知られざる50年目の真実」
というドキュメンタリー映画を観てきました。

この映画の監督兼プロデューサーは、
「二重被爆」(2006年)
「二重被爆~語り部・山口彊の遺言」(2011年)
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」(2012年)
「書くことの重さ 作家 佐藤泰志」 (2013年)
「仲代達矢“役者”を生きる」(2015年・上映中)
「NORIN TEN~稲塚権次郎物語」(2016年)
「奇跡の子どもたち」(2017年)
「ああ栄冠は君に輝く」(2018年)
といった作品をもつ映画監督・稲塚秀孝さんです。

わたしが初めて稲塚さんにお会いしたのは2010年11月のことでした。
ニューヨーク平和映画祭を主宰しているYさんから稲塚さんをご紹介いただき、
「二重被爆~語り部・山口彊の遺言」の完成試写会にご招待いただいたのでした。

さて、この映画のタイトルにある“憲法”と“恵庭事件”について、
公式サイトから転載させていただきます。

[ 恵庭事件 ]
北海道恵庭町、自衛隊島松演習場。近くで酪農を営む野崎牧場の兄弟が通信線を切断した。 長年戦闘機や大砲の騒音被害を受け、牛の乳量が落ち、家族の健康が損なわれ、約束が守られなかったことからやむにやまれぬ実力行使だった。 国(検察)は自衛隊法121条「防衛の用に供する物」で起訴。 自衛隊の公然化を国民に突き付けた。

[ 恵庭裁判 ]
恵庭裁判は札幌地方裁判所で、3年半、計40回の公判が開かれた。 被告と弁護団は自衛隊と自衛隊法は憲法第九条に違反すると主張。 裁判所は1967年3月29日判決(辻三雄裁判長)「被告は無罪」としたが、自衛隊の憲法判断は回避、「肩すかし判決」と言われた。 50年後の今、「自衛隊と日本国憲法」が問われることになった。


広島と長崎で被ばくした山口彊さんの遺言、
カタカナで表されるようになってしまった福島、
不遇の小説家・佐藤泰志の生涯、
稀代の俳優・仲代達矢のドキュメンタリー、
世界の食糧危機を救った小麦農林10号を作った男の物語、
日本で3人という希少難病の患者と家族を10年追った記録、
高校野球甲子園大会の大会歌「栄冠は君に輝く」の誕生秘話、
そして“憲法”と“自衛隊”を正面から問う今作。

稲塚さんのライフワークは果てしないのです。

それにしても、
自衛隊を日本国憲法に加えようと走りはじめるこの12月に、
この映画を観たのは遅きに失しました。

しかし、
護憲派も改憲派も、軍隊を認める者も認めない者も、
日本人としては、観ておいたほうがいいでしょう。

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津川はんの寝ずの番

2018年08月08日 23:59

「寝ずの番」


映画監督のマキノ雅弘はんの甥御はんが亡くならはりましたそうでんな。

そうだす、津川雅彦はんだす。78歳いいますんで、まだ若こうおますわ。


ところで、
津川はんは、マキノ雅彦ちゅう名で映画監督をやらはりました。
「寝ずの番」ちゅう映画で2006年に公開されました。

むぅむぅ(義父)の介護中、
むぅむぅ一人の映画館「文芸坐三浦館」でも上映いたしました。


「寝ずの番」は、中島らもさんの小説が原作でおます。

“寝ずの番”云いまんのは、
所謂、通夜の晩に故人を偲んで寝ずに夜明かしする風習のことだす。

映画は、故・六代目笑福亭松鶴師匠ご夫婦がモデルやそうでっけど、
或る落語の師匠の通夜で、その弟子である落語家連中が寝ずの番しながら、
みなで芸を披露し合うっちゅう、そんな趣向の映画になってまんにゃわ。

その出演者が、
中井貴一木村佳乃堺正章笹野高史岸部一徳高岡早紀
木下ほうか田中章土屋久美子真由子石田太郎蛭子能収
長門裕之富司純子といった面々でんねんけど、その“芸”の見事なこと。
俳優がここまでやれるかぁと、正直驚きましたで。

ご自身が俳優でっさかい、
俳優に要求される演技のクオリティーが高いんだっしゃろな?

黒澤明監督の「どん底」の馬鹿囃子のラストシーンを彷彿とさせます。

俳優としても数々の作品を遺され名優と評されました。
しかし、政治的発言は共感できないことも多かったんでっけどね、
この映画監督作品だけは支持させていただきま。


それにしても、やはり78歳は早ようおまんな。
アマチュアボクシングの78歳はえらい元気でっけどね。


合掌




「羅生門」

2018年07月24日 17:59

「羅生門」

きょうは、7月24日の“河童忌”です。

河童忌”は、芥川龍之介の命日。
彼の短編小説「河童」から、“河童忌”と称されるようになりました、


その芥川龍之介小説「羅生門」「藪の中」を原作とした映画「羅生門」

先日亡くなられた脚本家の橋本忍さんのデビュー作にして、
日本映画として初めてヴェネツィア国際映画祭金獅子賞アカデミー賞名誉賞を受賞、
黒澤映画を世界に知らしめるキッカケとなった名作です。

ところで・・・、

芥川の自殺の動機が、
「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」であったのかどうかは解りません。

しかし、
彼が亡くなってから23年後に創られた映画「羅生門」を彼が観たとしたら、
“ぼんやり”とでも、“希望”を見出したでしょうか?


橋本忍脚本を偲ぶ

2018年07月21日 16:16

羅生門(1950年8月26日公開、黒澤明監督、大映)

生きる(1952年10月9日公開、黒澤明監督、東宝)

七人の侍(1954年4月26日公開、黒澤明監督、東宝)

生きものの記録(1955年11月22日公開、黒澤明監督、東宝)

蜘蛛巣城(1957年1月15日公開、黒澤明監督、東宝)

張込み(1958年1月15日公開、野村芳太郎監督、松竹)

夜の鼓(1958年4月15日公開、今井正監督、松竹)

隠し砦の三悪人(1958年12月28日公開、黒澤明監督、東宝)

悪い奴ほどよく眠る(1960年9月15日公開、黒澤明監督、東宝)

ゼロの焦点(1961年3月19日公開、野村芳太郎監督、松竹)

切腹(1962年9月16日公開、小林正樹監督、松竹)

仇討(1964年11月1日公開、今井正監督、東映)

霧の旗(1965年5月28日公開、山田洋次監督、松竹)

大菩薩峠(1966年2月25日公開、岡本喜八監督、東宝)

白い巨塔(1966年10月15日公開、山本薩夫監督、大映)

上意討ち 拝領妻始末(1967年5月27日公開、小林正樹監督、東宝)

日本のいちばん長い日(1967年8月3日公開、岡本喜八監督、東宝)

太平洋の地獄 (1968年12月21日公開、ジョン・ブアマン監督、松竹)

風林火山(1969年3月1日公開、稲垣浩監督、東宝)

人斬り(1969年8月9日公開、五社英雄監督、大映)

どですかでん(1970年10月31日公開、黒澤明監督、東宝)

人間革命(1973年9月8日公開、舛田利雄監督、東宝)

日本沈没(1973年12月29日公開、森谷司郎監督、東宝)

砂の器(1974年10月19日公開、野村芳太郎監督、松竹)

続人間革命(1976年6月19日公開、舛田利雄監督、東宝)

八甲田山(1977年6月4日公開、森谷司郎監督、東宝)

八つ墓村(1977年10月29日公開、野村芳太郎監督、松竹)


以上、
わたしが観た橋本忍脚本の映画です。

名作、大作、話題作ばかりです。

監督も名匠と称される方々ばかりです。

100歳と云えば大往生でありますが、
惜しくも、悲しいことであります。

橋本忍さん
ありがとうございました。

合掌



「万引き家族」

2018年06月08日 17:58

「万引き家族」


公開初日を迎えた「万引き家族」を観てきました。


是枝裕和監督は、
養護施設で出逢ったある特定の“ひとりの女の子”に向けて映画を創ったと言っています。

悲しいことですが、映画を観たわたしたちは、
ある特定の“ひとりの女の子”を重ね合わせながら観ることになってしまいました。


もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします


子供は、親を選んで生まれることはできませんが、
次は、溢れる愛情と優しさを兼ね備えた両親と家族のもとに、
生まれ変われるように、祈りたいと思います。

もし、次もダメだったとしても、
溢れる愛情と優しさを兼ね備えた人たちといっしょに暮らせる処に、
生まれ変われるように、祈りたいと思います。

合掌






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