しまってあげる

2014年10月08日 19:35

ブログ 924  家で死ぬということ

2年前に、美佐子さんからいただいたハガキです。

美佐子さんというのは、女優の渡辺美佐子さんのことです。
わたしが演劇制作体地人会の制作者時代、
一人芝居「化粧-二幕-」を始め、朗読劇「この子たちの夏」
谷間の女たち」といった作品以来のお付き合いです。

ことしは、6月に座・高円寺で主演された「リア」を観劇し、
終演後にお食事をご一緒しました。


ハガキは、
美佐子さんが、当時出演されたNHKのドラマのご案内でした。

渡辺美佐子高橋克典主演 
NHK土曜ドラマスペシャル「家で死ぬということ」

岐阜県白川村が行っている、地域と家庭、医療と福祉が協力し合う、
地域密着型の高齢者福祉がベースになったドラマでした。

ところで、
白川郷では、最期を看取ることを、“ しまってあげる ” と云うのだそうです。
味わいのある、いい言葉です。

美佐子さんが、心配です。
美佐子さんは、“ しまって ” さしあげられたでしょうか?

大山勝美さんのご冥福を祈ります。

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大根役者

2013年07月04日 18:57

孫娘の好物と云えば、とうもろこし(本人は “ とうもころし ” と申しますが・・・)、
トマト、イチゴ、みかん、ぶどう、スイカ、カレー、ハンバーグ・・・などですが、
なんと云っても大スキなのが「大根」であります。

歌舞伎役者の娘が大根好きというのもなんですが、
大根のみそ汁、大根の煮物、大根の漬物・・・、大根おろし以外は大好物です。

昨夜も、かみさんが作った大根の肉そぼろ煮を頬張りながら、
「バァバ、ダイコンまたつくってね」とリクエストしておりました。

大根

さて、
大根役者」という言葉があります。

大根は、
食材の中でも食中毒を起こし難いので「中らない」
役者に人気や実力がないと興行が「当らない」
また、「大根卸し」と、芝居が下手で「役を降ろす」こと、
それらを掛け合わせて「大根役者」と謂うのだそうです。

しかし、
昭和の名優・宇野重吉は、大好物だった「大根」について、
こんな内容のことを書いておられたと記憶しています。

大根役者という言葉があるが、
大根は、煮て良し、干して良し、生で良し、
しかも、奥ゆかしい味の良さ、大根役者にこそ私はなりたい。


わたしが、名優・宇野重吉と同じことを申しましても重みに欠けますが、
大根は、抗菌作用があって、消化を助ける分解酵素も多く含んでおり、
大根そのものでも美味い食材です。
しかし、様々に料理され他の食材と掛け合わせますと、
他の食材を引き立てつつ、自の旨味も出すという変幻自在振りを発揮します。
サラダやマリネ、風呂吹き大根や大根ステーキ、煮物や炒め物、漬物、大根卸し、
主役も良し、脇役でも良し、変わった役もまた良し、
息子には、そんな大根役者になってもらいたいと、思っております。

因みに、イギリスやアメリカには、日本の「大根役者」と同じような意味で
Ham Actor」という言葉があるのだそうですが、孫娘は「ハム」もスキです。 

百人で一人を援けることはできる

2013年01月03日 23:59

取り立てて書くほどのことがない、呑気な、或る意味平和な正月三日です。

昼間から、かみさんと二人で駅伝を肴に飲みはじめ、ゴールも見ないでウトウトし、
また飲みはじめ、頂いた年賀状を分けて、拝読し、懐かしいあの人に想いを馳せ、
またウトウトして、起きてテレビで「相棒」を観ながら年賀状に返事を書き、
ゴロゴロしながらテレビのチャンネルを回しましたら、
池上彰の2013年を見に行く」という番組をやっておりました。

それも宛名書きしながら、何気なく観ていたのですが、
シリアから、レバノンへ逃げてきた難民を援けているレバノン人の言葉に、愕然としました。

「一人で百人の人を援けることはできないが、百人で一人を援けることはできる」

呑気な正月気分も吹き飛ぶような、強烈な一言でした。


自分は、誰かを援けているだろうか?
援けたつもりでも、ホントに援けたのだろうか?
そもそもわたしは、他人を援けられるほどの人間か?
なんのために援けるのか?
情けは人の為ならず・・・

頭のなかに、いろいろな自問自答が巻き起こります。

それでも、よい宿題を出してもらったような気がします。

“百人で一人を援けることはできる”




振り子の振幅

2012年07月08日 23:37

きょうは、
大阪で開催のワークショップ「表現力を鍛える基本の基本」の第2回目 、
“ 身体を動かすということ ” を行いました。

ところで、わたしが “ 身体を動かすということ ” のワークショップ講師でありながら、
わたし自身が日頃身体を動かしていませんから、
見本を示しながらのワークは、冷や汗ものでした

ところで、身体を動かすことを学ぶには、いくつか要点があります。

①身体の構造を知る。
②身体で知る。
③繰り返し繰り返す。
④言葉に因る概念に囚われない。
⑤無駄にエネルギーを使わないで効率的に動く。
⑥動作を所作にまで昇華させる。

このような点でしょうか。

石黒由美子さん

さて、話を変えますが、
昨日の株式会社バーテックの設立50周年記念パーティーで、
元・シンクロナイズドスイミングのオリンピック選手である、
石黒由美子さんの講演を拝聴する機会に恵まれました。

石黒由美子さんは、ことし29歳。
歌舞伎俳優の息子Kと、同じ歳です。

石黒由美子さんが小学2年生のときのことです。
バレエの練習に向かうため迎えに来てくれた母上の軽自動車に乗り込んだところに、
アクセル全開で正面から突っ込んできた車に因る事故に遭い、重傷を負いました。
そのときに負った怪我は、顔面粉砕骨折、眼球打撲、網膜剥離、手足骨折。
顔だけで540針、口の中も260針、計800針縫ったという想像を絶するものだったそうです。

ご講演は、
そこから、幾多の困難な壁を乗り越えて、大学に進学したり、
シンクロナイズドスイミング日本代表として、オリンピック北京大会に出場し、
現在の活動に至るまでの、貴重で興味深いお話しでした。

その中で、最もわたしの興味を引いたのは、
どのような逆境や困難や絶望的な状況のなかでも、
「諦めない」という気持ちを維持できたという点でした。

人は「あきらめないことが大切だ」と、よく申しますが、
それは実際、言葉で云うほど簡単なことではありません。

“ ワラにもすがる ” という形容がありますが、
溺れて必死なときに、本当にワラにもすがるほど前向きでいられるものでしょうか?
人はその手前で、つまり溺れた時点で諦めてしまうのではないでしょうか?

その意味で、繰り返し繰り返す絶望的な状況のなかで、
前向きな、諦めない心を維持できた石黒由美子さんとその母上に断然興味を持ちました。

負の方向に振り子が振れたら、シメタと思うのだと石黒さんは云います。
正の方向に振り子が戻るチャンスだからだそうです。
ですから、振り子の振幅が大きいほど楽しいのだと云われるのです。

末松仁彦氏と石黒由美子さん

彼女が語る身体の話に比べたら、
わたしの語る身体のハナシなどは、屁のようなものですワ。



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聖地

2011年04月03日 23:59

宮城県南三陸町は、石巻市の北、気仙沼市の南に位置した約17,000人の町です。
南三陸町の在る志津川湾は、リアス式海岸で景勝地としても有名だったそうですが、
その特徴から津波の被害も大きく、東日本大震災に伴う津波で、町民約1万人が
行方不明になったのだとか・・・

地震の後で、町役場別館の防災対策庁舎に残って、
最後まで防災無線で避難を呼び掛け続けていた危機管理課の女性職員も、
行方不明のままだそうです。

その防災無線のアンテナにしがみついて奇跡的に助かったのは、佐藤仁町長
定例町議会の閉会挨拶の最中に地震が起こり、
三階建ての防災対策庁舎の屋上で、町議や職員約40人と共に津波にのみ込まれ、
数名だけが一緒に防災無線のアンテナにしがみついて助かったのだそうです。

その南三陸町ではきょう、
避難所で暮らしていた住民のうち約1,100人の集団避難が始まったと報道がありました。
きょうは約500人が、同県の登米市、栗原市、大崎市と加美町に分かれた各避難所に、
車やバスで向かう様子が映し出されていました。

佐藤仁町長は、各バスを回って、
「皆さんを一日も早く、必ず迎えに行きます」
と声を掛けていました。

このような集団避難は、東日本大震災の多くの被災地で行われています。


また、福島第一原発から半径20キロ圏内に在る市町村の住民の皆さんの場合は・・
或いは、20キロ圏外に在って屋内退避を指示されている住民の皆さんたちの中にも、
地震と津波の影響だけでなく、放射線被害の懸念から故郷を離れざるを得ない人々が
大勢(8万人以上?)いらっしゃいます。

生活の場を、仕事場を、故郷を、
離れる人々のお気持ちを想像すると胸が詰まります。
いや、わたしが想像しても本当には解らないかもしれません。


さて、
後輩であるM子のブログにコメントを書きましたら、
こんな返事が返ってきました。

この悲しみ、不安の中で、「一番大切なことは?」、
「本当の安寧とは?」と、日々問われている気がします。

広島や長崎の街が、今や聖地に蘇ったように、
私たちは、必ずこの事態を乗り越えられると信じています。

冷静に判断し、何か私にできることを提案し、行動していこうと思います。



そうですね。

いま地震や津波で荒れ果ててしまった被災地や、
福島の避難勧告、或いは避難指示を出されている地域。

いつの日にか、そこは聖地になることでしょう。
また、そうなることを願っています。

広島と長崎の街が、そうであるように。




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