寿司政

2017年06月11日 18:15

煮貝

文久元年創業とかで、
約150年の歳月が流れ、当代で五代目だそうです。

文久元年は、861年。
日本橋に寿司好という屋号で開業し、
屋台を引きながら商売を始めたのが初代。

裏長屋に住みながら、
夜は日本橋界隈、上野の黒門町、神田の茅場町界隈で
屋台を出していたのだそうです。


きょうは、
その寿司政で、かみさんと待ち合わせしました。

待っているあいだに、
煮貝(つぶ貝)で、焼酎の水割りをいただきます。

この店は、
仕事がしてある物が美味いのですが、きょうは貝づくし。

かみさんが来て、
白ワインなんぞを飲みながら、あれやこれや話します。

そして、
久しぶりに、〆はばらちらし。

江戸前ならではのばらちらしは、
赤酢が効いたシャリを敷き、上にたっぷりの針海苔が乗り、
味に深みもたせる煮烏賊、かんぴょうのみじん切り、
シャキッとした食感の酢ばすを散らします。

再びシャリをそこへ酢ばす、かんぴょうに加えて、
今度はガリのみじん切りをのせます。

そして季節に合わせた魚貝類、
まぐろ、平目、烏賊、赤貝、海老、〆こはだ。
煮物は穴子、煮いか、しゃこ。

そこに白身魚で作った淡い桜色のおぼろをかけ、
うす焼き玉子、椎茸、青身の絹さやといった塩梅。

暫し、至福のときでありました。

バラちらし




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笹乃雪

2017年01月21日 23:40

笹乃雪

第111代天皇に後西天皇という方がいらしたのだそうです。

その第6皇子である貴宮秀憲親王は、
出家して僧籍に入り法親王となられ、公弁法親王と申されました。

公弁法親王は、
毘沙門堂門跡、日光東照宮輪王寺門跡、上野の寛永寺貫首、東叡山輪王寺門跡、
そして、比叡山延暦寺天台座主を兼任された高僧です。

その公弁法親王が、
元禄3年(1690年)、東叡山輪王寺門跡に就任し関東に下向されました。

そのときに、
公弁法親王の御供をして京から江戸に下って来た玉屋忠兵衛という人がいます。

その玉屋忠兵衛が、
世に謂う“絹ごし豆富(豆腐)”を発明した人なんだそうです。


きょうは、
その初代玉屋忠兵衛が開いたという根岸のお豆富(豆腐)のお店に行ってきました。

お豆富(豆腐)のお店といっても、“お豆腐屋さん”ではありません。
根岸に在る、豆富料理店「笹乃雪」です。

きょうは、この「笹乃雪」で、息子の後援会の新年会が催され、
舞台がある大広間で、息子が「供奴」を披露させていただきました。

後援会の新年会

ところで、
「笹乃雪」という屋号は、
初代玉屋忠兵衛が創った豆富をことのほか好まれた公弁法親王が、
「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛されたことが基だそうです。
その時賜ったという看板は、現在でも店内に掲げてありました。

看板

さて、
そのお豆富ですが、「笹乃雪」では豆腐が「豆富」と記されています。それは、
80年ほど前の9代目当主が料理店に「腐る」という字はふさわしくない思い、
それが理由で、以来「豆富」と記すようになったということです。

その豆富、
いまでも、井戸水とにがりを使用した昔乍らの製法で作られているそうです。

ところで、
元禄15年12月14日(1703年1月30日)に赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件が起こりました。
世に謂う赤穂事件ですが、大石内蔵助以下17人が討ち入り後に預けられた細川家の屋敷に、
公弁法親王から「笹乃雪」の豆富が義士たちに届けられたのだそうです。

将軍綱吉に、四十七士の切腹を進言したと謂われている公弁法親王ですが、
一方で、義士に対する心遣いをみせたというエピソードであります。

よくも悪しくも、赤穂浪士が行った主君の仇を討つという行為は、
その後の日本人のメンタリティーに大きな影響を及ぼしたのでした。

その背景には、公弁法親王「笹乃雪」の豆富の存在があったということです。

ところで、
討ち入った元禄15年12月14日は、いまの1月30日ということなんですが、
その後しばらくは寒い時季がつづいていたことでしょう。
大石内蔵助さんたちは、豆富を湯豆富にして食べたんでしょうかしら?



風評被害の原点

2016年09月13日 18:00

おんちゃま

相馬のおんちゃまが言います。

「豊洲の汚染が話題ですが、
築地にはビキニで被ばくしたマグロが眠っているのが忘れ去られてますね。
もしかすると築地の再開発をしたら 地下から出て来て、
次の話題は「築地 被ばくマグロ」とかになるでしょう。 ー 略 ー
私は特に原発反対派ではありませんが、
原発事故で嫌な思いを沢山しましたので、もう(原発は)要りません。」


おんちゃまの家の家業は、相馬の漁師でした。
しかし、おんちゃまは漁師を継がずに水産加工業で起業しました。
そして、20数人を雇用する水産加工会社を経営していました。

でも、
あの地震と津波で、家も会社も加工場も、全財産を無くしました。

しかし、
あの日から、おんちゃまは相馬の復興に向けて歩き出しました。

相馬の魚介類は、もともとクオリティーの高い高級魚として流通していました。
そんな相馬の魚たちを、麹菌等で熟成させて、添加物や保存料を使用しない、
古来からあった発酵食品として提供するべく、水産加工業を再興しました。

おんちゃまは、補償金も受け取っていません。
風評被害を払いのけながらも、魚の安全性を確保する努力も怠りません。

そんなおんちゃまにとって築地(豊洲)の問題は、他人事ではないのでしょう。

水爆実験による「被ばくマグロ」の問題は、風評被害の原点だったのでしょう。
築地市場を残すにしても、豊洲新市場に移転して築地を再開発するにしても、
いずれ解決しなければならない問題だと思います。


さて、
今朝も、我が家におんちゃまの美味くて安全な魚が届きました。

保存料、着色料、化学調味料、無添加の「サバの甘酒醤油漬」
脂の乗ったサバを甘酒麹と無添加醤油で一昼夜発酵させてあります。

宮城県産の養殖銀鮭を塩のみで熟成させた「昔ながらの塩引き銀鮭」

宮城県磯浜の定置ワラサを、西京漬風のタレに漬け込み、
三日間たっぷり熟成させた「ワラサ西京風味噌漬」

今年4月から復活した松川浦産のアサリを下処理後、
ヒートショック方で砂抜きし冷凍した、「松川浦産殻つき冷凍アサリ(大)」

そして、オマケが、
相馬産の柔らかい真イカで冷凍回数を抑えて作った「唐揚げ用イカリング」

相馬のおんちゃま
<相馬のおんちゃまがやっている水産加工食品通販ページ>


往年の味

2016年06月19日 23:25

光生軒の冷やし中華

きょうは、

2年前に閉店した「光生軒」の冷やし中華そば復活!!

それも、わたしだけのために 

少々、具材がむかしと違っているが、そのかわり具は大盛。

往年の味!!




ビストロ

2016年04月03日 23:59

グラポン

ドイツで人間国宝(マイスター)といえば、ほとんどエンジニアのことだが、
フランスで人間国宝と呼ばれている人の多くは、料理人である。

これは、わたしが勝手に想像したフランスのイメージであります。

事ほど左様に、フランスとドイツにおける哲学と料理の数を比べた諺や、
ニューヨークで働き、ロンドン郊外の家に住み、
フランス人の料理人とドイツ人の技師を雇い、
そして、日本人の妻をめとるという男性の理想を説いたものもあります。

さて、日本中、
オートキュイジーヌから、ビストロブラッスリーといった形態のお店が、
各地で数多く営業しています。

オートキュイジーヌは、フランスの高級伝統料理店。
ビストロは、大衆的な食堂といったら分かりやすいでしょう。
ブラッスリーは、ビールやワインも提供する軽食屋といった感じでしょうか。

ここ雑司が谷にも、数々のビストロブラッスリーが在りますが、
明治通り沿いの千登世橋近くに新しい“ ビストロ ”がオープンしましたので、
きょうは、日本人の妻を伴って行ってきました。

これが「グラポン」

例によって、料理の感想は述べませんが、悪しからず。

但し、行ってみて判ったのですが、
このお店は、ビストロ(フレンチ)というよりは、イタリアンでした。





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