嵐を呼ぶ男

2014年10月15日 23:59

台風予報

<独り言>

台風一過。

デルタ航空581便、羽田空港22時54分到着。

やっと台風が過ぎ去ったと思ったら、
アメリカ大陸から“嵐を呼ぶ男”ならぬ、“嵐のような男”が、
短パンにサンダルを履いて帰ってきた。

嵐のような男にとって十数年ぶりとなる、
雑司が谷の御会式が、明日から始まる。

台風を呼ぶ男
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次回

2014年04月25日 23:59

横顔


機内食


横顔その2


機内


去年の旅行写真です。

息子Kの家族と、息子Yのところへ行った旅行です。

日本時間、4月25日17時25分成田国際空港発、
現地時間、4月25日11時15分ロサンゼルス国際空港着、
約10時間のフライトでした。

あれから、一年が経ちました。

次は、いつ行けるでしょう?

ラーメン屋の息子

2013年05月30日 23:59

どんぶり

大きな段ボール箱に、どんぶりやらの食器類、調理器具類などを入れて、
息子Yが戻ってゆきました。

戻ったら、開店準備も佳境を迎えることでしょう。

なんか、文化祭の模擬店か、素人のおままごとのような簡易さですが、
ロサンゼルスに、正真正銘のラーメン屋が、新たに開店します。


元々、ラスベガスで事業展開する息子Yの会社は、
旅行客に、グランドキャニオンを始めとした大自然へのオプショナルツアーや、
ラスベガスの観光スポットなどを紹介したり、
各ホテルで繰り広げられるエンターテインメントのショーチケットの斡旋などが、
主な内容です。

近年、シルク・ドゥ・ソレイユと契約して、
日本企業では初めて、割引いた値段でチケットを提供したり、
代表作・ベラージオの「O(オー)」のVIP席を優先的に確保したり、
バックステージ・ツアーを企画したりできるようになりました。


しかし今度は、
昨日も書きましたが、その会社とは別に、ラーメン屋を始めるのだそうです。

わたしも、かみさんも、そんなに簡単にラーメン屋ができるのかと、
当然の疑念をもったのでありますが、
わたしたちの経験や価値観や感覚だけを常識と捉えなかったからこそ、
いまの息子Yがあります。

大いに苦労するのもまたよかろう、とも思っています。

チェックイン

こうして、
大荷物を持って、ラーメン屋の息子Yが戻ってゆきました。


WOW Las Vegas(ワオ ラスベガス)

2012年09月13日 21:36

ワオラスベガス

正式名称を記してもよいのではと思うのですが、プライベートなことなので伏せます。

ハワイには、現地で発行されているハワイの最新情報と “ お得クーポン ” が満載の、
頭文字 “ K ” というフリーマガジンが有ります。

押しかけてと云うと聞こえがワルイので、
所謂、企業間インターンシップみたいなことを頼み込んだと云えばよいでしょうか?
2年前でしたか?息子Yがその会社で研修をさせていただいたことがあります。

短い時間でしたが、社内ご多忙のなか、実に快く受け容れてくださって、
現場の営業や編集を体験させていただいた上に、
経営トップ自ら、経営のノウハウまでお話しくださったようでした。

そんな息子Yの一方的な、勝手な研修が功を奏したのか、
このほど、息子Yがラスベガスで、日本人向けフリーマガジンを発行しました。

「WOW Las Vegas」といいます。

WOWサイト

サイトから閲覧することも可能です。

あの頃、息子Yが、

「ビジネスに限らず、なんでも始めた時点で8割成功。
 始めなければ、その時点で失敗同然か、それ以下。」

なんて云っておりましたが、このビジネスの結果は、これからです。

WOW.jpg

再挑戦

2012年02月28日 12:07

アニキ

アニキがKOされ、負けたようです。

アニキというのは、息子Yの歌舞伎をやっている兄貴ではなく、
息子Yが「アニキ」と呼ぶジョー・シリングのことです。

息子Yは、アニキとともに、
ムエタイジムであるThe YARDのオーナーでトレーナーのマークを支えています。

そのアニキが、
ラスベガスで行われ全米中継された25日の試合で、KO負けしたと、
息子Yが酔って電話をかけてきたことを、かみさんから聴きました。


今回も、息子Yはセコンドについていたようです。

息子Yは、一昨年の試合を最後にムエタイ選手を辞めました。
しかし、学生時代からかかわったアニキやマークとムエタイジムとの関係は、つづいています。

3年前には、アニキと日本のヘビー級チャンピオンとの試合が
日本の後楽園ホールで実現するはずでした。

ところが、試合直前に別の試合に出場したアニキが足を怪我してしまって、
来日できず、日本での試合が流れてしまったことがありました。

大事な試合を前にして、他の試合に出たことだけでも問題ですが、
オマケに怪我をしてしまうなんてと、
アニキの試合出場を知らなくて責任のない息子Yを相手に、わたしは相当怒りました。
だって、かなりのチケットを購入して宣伝していたからです。

そんなことがあってから3年。
アニキは勝ち進んで、WBCムエタイ世界ライトヘビー級チャンピオンになりました。

地域がら、メキシカンの多いロサンゼルスでムエタイの指導を通じて、
貧しい子供たちに社会での生き方を教えたいと云っていた、
マークとアニキと息子Yの夢が叶いました。

アニキと呼んでも、アニキの歳は息子Yとたった一つ違いです。
まだまだリベンジできる年齢でしょう。

子どもたちに、
負けてもなお、再び挑戦する姿を見せてあげてほしいと、思っています。







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