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樹木希林という生き方

2018年09月17日 09:29

生きるのも日常、死んでいくのも日常。

死というのは悪いことではない。

それは当たり前にやってくるもので、

自分が生きたいように死んでいきたい。

最後は、もろとも宇宙の塵になりたい。

樹木希林



「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」


「わが母の記」


「万引き家族」







敬老の日に、
生き方、老後の送り方、死に方を考えさせられます。


合掌



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「また、再建しましょう!」

2018年07月28日 21:11

「シシュポス」

ギリシャ神話に “ シシュポスの岩 ” という話があります。

狡猾な男シシュポスは、二度も神々を欺いたので地獄に墜とされました。

シシュポスは、地獄で山の頂上まで岩を運ぶ責め苦を負わされますが、
苦労して岩を頂上まで運ぶと、岩は山の麓までころげ落ちてしまいます。

そこでまた苦労して麓から岩を運ぶのですが、岩は山頂に運ばれた途端に
またころげ落ちるといった具合で、永遠にこれを繰り返すことになります。

「徒労」という苦役、これがシシュポスが受けた罰だったのです。


さて、東日本大震災が起きたときに、岩手県大船渡市で旅館を経営していた只野さんご夫婦は、
津波で旅館の3階の下階段部分まで浸水するという事態に見舞われ、3階部分に孤立していましたが、
被災してから2日後に自衛隊によって無事救助されました。

しかし、旅館は基礎と鉄骨を残すだけになっていました。

それでも、只野さんが自衛隊に救助されるときに取材するマスコミに対して、
「また、再建しましょう!」と明るく応える只野さんの様子に多くの人々が励まされ、
その映像は瞬く間に拡散したのでした。

その後、只野さんは言葉通りに2012年6月に旅館の再建を果たしたのだそうですが、
旅館の営業再開を見届けてから約3か月後の同年9月中旬、83歳で亡くなったそうです。

お歳から想像すると、戦争と戦後を体験なさったことでしょう。
1960年のチリ地震のときにも、大船渡は津波被害に遭ったのだそうです。
1977年に旅館を創業されたのだそうですが、ご苦労も並大抵ではなかったと想像します。

その旅館が津波にやられた直後に「また、再建しましょう!」とおっしゃった前向きさに、
どれだけの人々が勇気づけられたでしょうか?
そのことだけでも、只野さんのお仕事は決して徒労ではなかったのです。


台風が、いま西日本に向かっています。
台風の被害が出ませんように。被災地の二次被害がありませんように。



寄り添うということ

2018年07月14日 10:52

「祝い事には遅れてもいい。ただし葬式には真っ先に駆けつけろ。
人が悲しんでいるときには寄り添うことが大事なんだ」

これは、田中角栄の遺した言葉だそうです。

“人が悲しんでいるときには寄り添うことが大事”


7月9日から東北の被災地を回ってボランティア活動をした妹夫婦が、
4泊5日の活動を終えて、昨日愛知県大府市の自宅に車で戻る途中、
「いま首都高に入りました」とメールしてきました。

その妹が、東北へ出発する前の7月7日の電話でこう言っていました。
「こんな大変なときに、東北へ行ってる場合じゃないんじゃないかって思うよ」


7月5日気象庁が、
「西日本と東日本では、記録的な大雨となるおそれがあります。
この状況は、8日ごろにかけて続く見込みです。
非常に激しい雨が断続的に数日間降り続き、記録的な大雨となるおそれがあります」
という会見を行い、各地自治体が避難指示を発令するなかで、
「赤坂自民亭」なる飲み会に参加した総理と国会議員たちの宴会の写真が拡散し、
非難を浴びています。

しかし、
飲み会を開いていたのは、なにも自民党の国会議員たちばかりではありません。

7月5日の夜は、
野党の主だった議員たちも或る議員の25周年感謝の集いという宴席に出席している様子が、
友人や知り合いの議員から発信され、わたしのSNSに流れていました。

斯く言うわたしだって、
毎日、被災地の報道を見ながら、料理を作ってビールを飲んでいます。


寄り添うというのは、どういうことでしょう?

天皇陛下は、
7月2日に脳貧血によるめまいと吐き気と軽い腹痛の症状があり公務日程を変更され、
主治医がしばらくのご静養と経過観察が必要と判断しましたが、5日には公務に復帰されました。

しかし、9日から予定されていた静岡県の肢体不自由児療護施設「ねむの木学園」へのご訪問は、
被災地を気遣われて取りやめになりました。

そして、
宮内庁は昨日13日、天皇、皇后両陛下が西日本豪雨による甚大な被害を案じられ、
17日から予定されていた那須御用邸でのご静養を取りやめられたと発表しました。

安否不明者の救出や捜索活動、復旧作業が続けられ、
猛暑の中で多くの被災者が避難所生活を余儀なくされていることを心配されているそうです。




最適解

2018年05月07日 18:52

一度現実となった事柄を無かった事にしたいと思ったことはありませんか?


アイドルグループの一人が、高校生を夜自宅に呼び出して無理やりキスを迫った事件。

アルコール依存症の所為だ。いや、酒が悪いんじゃない。
引退させるべきだ。甘すぎる。いつか復帰してほしい。
様々な意見が交差するなかで、被害に遭った高校生のご両親は、
「この過ちで一人の人間の未来がすべて奪われてしまうことは私達も望んでおりません」
というコメントを出されました。

“三方一両損”のような気分がいい解決など、なかなかあるものではありません。


ところで、
当事者にしてみれば決して小さな事件とは言えないことは承知で申し上げますが、
マスコミは、どうしてこうも大々的にこの事件を採り上げるのでしょうね?

総理と親しかったという、
ジャーナリストを告発したSさんの訴えをこれほど大々的に扱ったでしょうか?

財務省事務次官のセクハラ報道は、なぜ下火になっているのでしょうか?

当事者にしてみれば、いずれも「無かった事にしたい」事案ばかりでしょうが、
現実に起こってしまった事は「無かった事」にはなりません。

また、現実は“白黒ハッキリさせる”ような“勝か負けるか”の結果をみることもなく、
ドラマのように“腑に落ちる”解決を迎えることもないでしょう。


すべて物事は、
最適解」を目指すことしか出来ませんし、結果も「最適解」しかないのです。

仰木監督の言葉

2018年04月02日 23:59

ことし45歳になるイチローが、シアトル・マリナーズに復帰しました。

イチローの開幕戦先発がスコット・サーバイス監督から発表されましたが、
開幕戦先発はヤンキース時代以来で5年ぶりだそうです。

イチローは、それを監督から直接伝えられ、

「ここまで我慢してくれて、最終的にこの判断を下してくれた。怪我をした選手に対する扱いではない。なかなかこういう気持ちにさせられることはないですよ」

そして、イチローはオリックス時代の仰木監督の言葉を想い出し、こんなことを語りました。

「春の早い段階で、福岡でチームが負けて、帰りのバスの空気が真っ暗。僕も頭下げていたら、監督が『なに下向いてんだ。ヒット1本、二塁打打っておまえはそれでいいんだ。勝ち負けは俺が責任取るから選手は自分のことちゃんとやれ』と。そのとき、この人のために頑張りたいという思いが芽生えたんですね。レギュラー1年目、しかも20歳の選手になかなか言えることじゃない」

イチローシアトル・マリナーズに復帰して、そんな思いを抱かせてくれる監督と出会い、
3月31日(日本時間4月1日)、シアトルでのインディアンス戦に「9番・左翼」で出場し、
4打数2安打1得点を挙げ、守備では3回にあわやホームランになるかという飛球を、
ジャンプしてフェンスに激突しながらキャッチしてみせ、監督の期待に応えたのでした。

マネジメント

怒鳴ったり、批判したり、叱ったり、お説教したりする監督はいくらでもいます。
しかし、それで選手が成果を上げる効果が現れるとは限りません。

メロンパンのお店だって、同じです。

店長とマネージャーとアルバイトの人たちが、その才能を活かして
“自分の仕事をちゃんとやってくれ”たら、自ずと店は発展するでしょう。

船頭多くして船山に登るの喩えもあります。
わたしたちオーナーに求められるのは、黙って“勝ち負けの責任をとる”覚悟でしょう。





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