行年と享年

2017年07月11日 23:59

位牌を作るので、仏壇店に行ってきました。

仏壇が狭いので、3基までしか安置できません。
現在、祖父母それぞれと母の位牌の3基が安置されています。

祖父は僧籍があったので、祖母といっしょにはできないのだそうです。
そこで、母と先日亡くなった父の位牌をいっしょにしようと思っています。


ところで、
行年」と「享年」、「数え年」と「満年齢」の違いをご存知ですか?

これらは、それぞれ微妙に違う考え方をします。

お位牌やお墓に描くのも、

享年であったり、行年であったり、満年齢であったり、さまざまなのだそうです。

お墓でも、統一されていない場合があるのだとか。

我が家は、
お寺の過去帳に倣うことにします。



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小林麻央さんのオフィシャルブログ

2017年05月27日 23:01

「トキワツユクサ」

むぅむぅ(義父)の鼻にもワセリンを使ってます。

ワセリンの使い道、
小林麻央さんのブログで知りました。

入浴介助に来てくれたスタッフの皆さんに、
「このワセリン、小林麻央さんの知恵なんです」
と云ったら皆さんもご存知だったようで、笑っていました。

それにしても、
5月24日の「小林麻央さんのオフィシャルブログ」が、せつないです。

不謹慎ながら、
顧みれば、親を介護・看護できる幸せ・・・。


グリーフケア

2017年05月23日 18:19

トキワツユクサ


会うは別れの始め」という諺がありますよね。

これは、
生者必滅会者定離(しょうじゃひつめつえしゃじょうり)」
というお経の一文から生まれた諺だそうです。

「生まれた者は死に、会う者は離れる定めにある」と言っています。

この現実の世界が、いつまでも変わらずに永遠に続くということはありません。
親子でも、夫婦でも、友人でも、いずれは互いの別れの時が必ずやってきます。

つまり、諸行無常であります。


先日、何か月間もペットロスを抱えている友人と会いました。
会えるまでに何か月もかかりました。

大切な存在がいなくなったら、どうなるか?
わたしたちにとっても、誰にとっても他人事ではありません。

早く元気をとり戻さなくちゃ・・・。
考えても仕方がないのだから、思い出さないようにしなくちゃ・・・。
早く忘れなくちゃ・・・。
明るく笑って生きていかなくちゃ・・・。

そんな葛藤がつづき、
“なくちゃ、なくちゃ!”と自身を励まして疲れ果ててしまうのでしょう。

だから、
頑張らないでいいと、思います。

どっぷり悲しみに浸ればいいと思います。
悲しみが、貴方を癒してくれると思います。


先日、突然亡くなった人がいます。
古くからの友人たちは、それぞれのやり方で悲しもうとしています。

3日前、最愛の奥さんを病で亡くした先輩がいます。
先輩は、昨日その報告をFacebookに載せました。

まだ、
どう悲しんでよいのかさえ分からない状況なのではないでしょうか。

いまは、
わたしたちが会える状況かどうかも分かりません。
わたしたち夫婦で先輩と会うことだって躊躇われます。

いつか、先輩が話せるようになるまで、見守っていたいと思っています。


和解と寛容

2016年12月28日 23:59

わたしは、
上げ足を取ったり、水を注したりするつもりはありません。

歴史的な慰霊であり、感慨深いスピーチだったと思っています。

同じように、あの場に立った者として、
そのスピーチの内容にも大いに同意するものです。

そして、
あの場に行ってみれば、日米どちらの国民であったとしても、
多分、みな同じことを思うでしょう。

但し、雄弁なスピーチの美辞麗句だけに囚われるのは危険です。

なぜなら、
勇ましい美辞麗句によって、75年前に戦が始まったのであり、
憎しみの美辞麗句によって、報復が始まったのですから。

そしていまでも、
シリアでは、アメリカとロシアの代理戦争が進行中であり、
多くの子供や女性や老人を含む無辜(むこ)の民が亡くなっている現実があります。
また、次期アメリカ大統領は、核能力を強化する必要を説いています。

我が国の沖縄では、
日米地位協定の変更もされないまま、オスプレイが再び飛行を再開し、
辺野古の工事も再開されています。

これが、
本当の「和解と寛容」の姿でしょうか?

きょうの、総理のスピーチの全文を載せさせていただき、
あらためて、これらのことについて考えてみたいと思います。



オバマ大統領、ハリス司令官、ご列席の皆さま、そして、全ての、米国民の皆さま。
パールハーバー、真珠湾に、今私は、日本国総理大臣として立っています。
耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。
降り注ぐ陽の、柔らかな光に照らされた、青い、静かな入り江。
私の後ろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。
あの、慰霊の場を、オバマ大統領と共に訪れました。

そこは、私に、沈黙を促す場所でした。亡くなった、軍人たちの名が、記されています。
祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、
さまざまな地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、
あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いた時、紅蓮の炎の中で、死んでいった。

75年が経った今も、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。
耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と、波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。

あの日、日曜の朝の、明るくくつろいだ、弾む会話の声。
自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。
最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。生まれてくる子の、幸せを祈る声。
一人、ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。
愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子どもたちがいたでしょう。
それら、全ての思いが断たれてしまった。その厳粛な事実をかみしめる時、私は、言葉を失います。

そのみ霊よ、安らかなれ-。
思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。

オバマ大統領、米国民の皆さん、世界の、さまざまな国の皆さま。
私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々のみ霊に、
ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、
戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、
永劫(えいごう)の、哀悼の誠をささげます。

戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。私たちは、そう誓いました。
そして戦後、自由で民主的な国を造り上げ、法の支配を重んじ、
ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。
戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、
この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、米国民の皆さまに、世界の人々に、
固い、その決意を、日本国総理大臣として、表明いたします。

昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。
その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのを諦め、引き返し、戦死した、
戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。

彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。
攻撃を受けた側にいた、米軍の人々です。死者の、勇気をたたえ、石碑を建ててくれた。
碑には、祖国のため命をささげた軍人への敬意を込め、
「日本帝国海軍大尉(だいい)」と当時の階級を刻んであります。
The brave respect the brave. 「勇者は、勇者を敬う」。

アンブローズ・ビアスの、詩は言います。
戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
そこにあるのは、米国民の、寛容の心です。

戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、
食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、米国民でありました。
皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました。

そして米国は、日本が、戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。
米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは、平和と繁栄を享受することができました。
敵として熾烈に戦った、私たち日本人に差し伸べられた、こうした皆さんの善意と支援の手、
その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。
私たちも、覚えています。子や、孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。

オバマ大統領と共に訪れた、ワシントンのリンカーン・メモリアル。その壁に刻まれた言葉が、私の心に去来します。
 「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」。
 「永続する平和を、われわれ全ての間に打ち立て、大切に守る任務を、やり遂げる」。
エイブラハム・リンカーン大統領の、言葉です。

私は日本国民を代表し、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に、
改めて、ここに、心からの感謝を申し上げます。
あの「パールハーバー」から75年。
歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となりました。
それは、今までにも増して、世界を覆う幾多の困難に、共に立ち向かう同盟です。
あすを開く、「希望の同盟」です。

私たちを結び付けたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。
私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領と共に、世界の人々に対して訴えたいもの。
それは、この、和解の力です。戦争の惨禍は、いまだに世界から消えない。
憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。
 
寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。
憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米は、
今、今こそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています。
日本と米国の同盟は、だからこそ、「希望の同盟」なのです。

私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。
パールハーバー。真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。

私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さん米国人の子どもたちが、
またその子どもたち、孫たちが、そして世界中の人々が、
パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。
そのための努力を、私たちはこれからも、惜しみなく続けていく。
オバマ大統領とともに、ここに、固く、誓います。ありがとうございました。
(2016/12/28)

インフォームド・コンセント

2016年12月27日 18:22

わたしは、
むかし、ホームヘルパー2級の資格を取得したことがあります。

その学習・研修期間を通じて何度も聴いた言葉が、
QOL」つまり「クオリティ・オブ・ライフ(quality of life)」です。

介護や看護におけるベースとなる概念であり考え方です。

講師は、口が酸っぱくなるほどこの言葉を繰り返し、
わたしは、耳にタコができるほど聴いた言葉でした。

それには、単に“快適な環境を提供してあげましょうね”というよりは、
“その人らしい生き方を模索”することから始まる、利用者に向き合う姿勢が重要です。

なぜならば、その人の人生は、その人のものだからです。

同じく、
医療分野には、「インフォームド・コンセント」という概念があります。

これもまた、その人の人生はその人のものなのですから、
患者や患者の家族への「説明」と「合意」と「決定」を尊重した考え方に立っています。


この「QOL」と「インフォームド・コンセント」は、
医療従事者であれば、イロハのイとして習ったことでしょう。

しかし、
実際には、このイロハが徹底していないどころか、
高齢者の場合は軽んじられているように思います。

その背景には、
「医師の方が患者や患者の家族よりも判断が適切だ」という自惚れや、
「高齢者は難しい話が解らないだろう」、「高齢者は認知機能が下がっている」、
「高齢者は痛みに鈍い」、「高齢者は判断力が劣っている」といった偏見や、
医師の優位性意識が垣間見えます。


さて、今からわたしの家族に云っておこうと思うのですが、
もしわたしが病に倒れたら、それが終末期だったとしても、
必ず正確な病状と治療の選択肢とそのリスクを説明してくれる医師に掛かりたいと思います。

そして、全てを理解し、全てを自ら決定したいと思っています。
そこのところ、ヨロシク!






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