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24年

2019年01月16日 19:28

『BRIDGE』 はじまりは1995.1.17 神戸

カンテレ開局60周年特別ドラマ
『BRIDGE』 はじまりは1995.1.17 神戸
“過去から明日に、橋を架けるために”

関西テレビ放送カンテレ)が昨晩放送したドラマを観ました。


24年前の、
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分に起こった
阪神・淡路大震災により、神戸は甚大な被害に遭いました。

大阪から神戸など東西をつなぐ鉄道の要所であったJR六甲道駅は、
地震により高架だった駅舎と線路が崩落してしまいました。

六甲道駅が在ることで生活をしていた住民や商店街の人々は、
生活基盤が陸の孤島と化したことに絶望感をもっていました。

そこで、何年もかかると謂われた六甲道駅の再建を、
74日間という驚異的で奇跡的な働きによって成し遂げた人たちと、
それを支えた人たちの実話を基にしたドラマです。

わたしは、
この逸話をむかしNHKの「プロジェクトX」という番組を観て知りました。

あの状況で、あれだけの工事をわずか74日間で成し遂げた、
本当に凄い人たちがいたものだと驚嘆したことを覚えています。

このドラマも勿論事実を基にしているでしょうし、
大震災に由来する様々な逸話を再構成して創られたのでしょう。

メイキング・ドキュメンタリーも拝見しましたが、ドラマの脚本家が、
「決して被災された方々の気持ちが解かると思ってはいけない」
とご自身を戒めながら書いたとおっしゃっていたことが印象的でした。

様々な事実を一つひとつ丁寧に紡いでゆくと、
大震災という出来事が、あらゆる方向から見えてきます。
一人ひとりにとっての震災があったのだと再認識させられます。

それを、
できるだけ知ることと、忘れないことが大切だと思います。

昨夜のドラマを見逃した方やメイキング・ドキュメンタリーなど
ご覧になりたいかたは、こちらをお薦めします。

U-NEXT独占配信中
『BRIDGE』 はじまりは1995.1.17 神戸


きょうが終わって、
明日の未明に起こった出来事から24年が経ちますが、
同じような事が、新たにいつ何処で起こるか判りません。



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エビフライ

2019年01月11日 20:29

エビフライ

昨夜から、エビフライを想い出していた。


昨夜の献立は、カキフライだったが、
カキフライを揚げながら、エビフライの想い出に浸っていた。

というのも、
昼間、高校時代の友人の母上が危篤だという連絡があったからだ。

連絡をくれたのは他の友人だったが、
むかし、そいつ等と共に、その母上の手料理をご馳走になったことがある。

台所のテーブルを4~5人で囲んで、揚げたてのフライをご馳走になった。
山盛りになった様々なフライをみんなで山ほどいただいた。

生涯であれほどエビフライを食ったことはなかったんじゃないか?

だから、いまでもエビフライを見ると友人の母上のことを想い出す。


夕食を摂りながら、そんな話をカミさんにしていたら、携帯電話が鳴った。
昼間、連絡をくれた友人からだった。

やはり、亡くなったということだった。


カキフライを食べながら、「エビフライを食いたい!」と思った。


手間

2019年01月09日 17:35

片山みかん

此処、東京の雑司が谷は、
きょう未明の最低気温が3℃で乾燥していて時折強い風が吹いています。

世の中では、インフルエンザが流行しているのだそうで、
人混みを避けることと、手洗いの励行が肝心でしょう。

寒い日がつづいています。


さて、
この時季、みかん農家は出荷に追われています。

中生や晩生のみかんが主流の我が実家ですが、
値がよければ3月まで貯蔵することなく出荷されます。

きょう現在、
実家の貯蔵みかんの量も収穫量の5分の1程度だといいます。
早く出荷作業が終われば春先まで農閑期を過ごすことになります。

しかし、わたしが若い頃までは、
この時季、我が家はみかんの樹に薦(こも)かけ作業をしていました。

年内に収穫を終えたみかんの樹は衰弱しています。

そこで、
ワラを編んだ薦をみかんの樹に巻き防寒・防風対策としたのですが、
みかんの枝が混み合うみかん園の中で薦を巻く作業は大変でした。

しかし、現在では薦かけ作業をする農家はなくなりました。
作業が大変なのと、万が一寒波が来てもスプリンクラーで水を撒き
水を凍らせて寒気から樹を護る策がとられるからです。

技術革新とか機械化といえば聞こえはよいのですが、
手間のかかる非効率な作業は敬遠される時代になったのです。

ただでさえ人手が足りないのに、
手間のかかる農作業に人件費を割いても、働いてくれる人がいません。

その“手間”の違いが、どの程度品質に違いを生むのか・・・判りませんケド。


巣鴨の妙行寺

2018年12月14日 18:22

お岩様の墓

先日の胃の内視鏡検査のときに採取した生検と血液検査の結果を聞きに巣鴨の病院に行ったついでに、
きょうは巣鴨のお地蔵様の高岩寺ではなく巣鴨の妙行寺に寄ってみました。

此処には「東海道四谷怪談」の基となった「お岩さん」が祀られています。

元々「お岩さん」は、
幕府御先手組の組頭・諏訪左門の家が在ったことから名付けられた「左門殿町」、
いまの新宿区四谷左門町に住んでいた御先手組同心・田宮又左衛門の娘でした。

その田宮家は屋敷の敷地内にお稲荷さんを祀っていてお岩は篤く信仰しており、
田宮家の婿養子であった田宮伊右衛門とは仲睦まじい夫婦であったそうです。
お岩さんは夫を支えて商家に奉公に出るなどして家を再興したと謂れています。

そのことから、
家の復興にあやかろうと、人々はお稲荷さんを「お岩稲荷」と呼び信仰するように。
それが四谷の「於岩稲荷田宮神社」の由来です。

それから200年ちかく経って、
鶴屋南北の歌舞伎狂言「東海道四谷怪談」が江戸中村座で初演されました。

南北の台本では、四谷怪談の四谷は現在の新宿区の四谷ではなくて、
現在の豊島区雑司が谷の「四ツ家町」、いまわたしたちが住んでいる場所です。
なぜ鶴屋南北が、田宮家をこの場所に設定したのかは判りません。

いずれにしても、その歌舞伎が評判になった影響なのでしょう。
お岩さん」のエピソードは様々なフィクションが加えられて広がってゆきます。

田宮伊右衛門は婿養子でありながら上役の娘と重婚して子を儲けてしまい、
それを知ったお岩は発狂して失踪し、その後お岩の祟りで関係者が次々と死に、
田宮家は滅亡し、その跡地に越してきた者たちにも奇怪な事件が起きたので、
当時四谷に在った妙行寺で供養を行ったら祟りが止んだというようなものです。

いずれにしても妙行寺は、
元は四谷、その前は赤坂に在って現在は巣鴨に移されたお寺ですが「お岩さん」のお墓が在ります。

ついでに言えば、
鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の物語は「忠臣蔵」の外伝として描かれているのですが、
妙行寺には、播磨赤穂藩藩主・浅野内匠頭の妻・遥泉院のお墓も在ります。

きょうは12月14日、
「おのおの方、討ち入りでござる」

浅野家の墓




日本一のマスクメロン

2018年10月09日 23:59

西原メロン

高校時代の親友の一人Nが、自身が作ったマスクメロンを贈ってくれました。

さて、
日本一高い山といえば富士山ですが、富士山はむかしからわたしの身近に在りました。

わたしにとっては同様に、
日本一の温州みかんを作った人が父でしたし、日本一歌舞伎好きな息子を持ちました。

ことほど左様に、
日本一という存在は、存外身近にあるものです。

Nのマスクメロンは、東京の大田市場に出荷された箱にNの印がついていると、
そのまま別室に運ばれて、特別な仲買人しか競り落とせない品になるのだそうです。

したがって、
Nのマスクメロンは、高級フルーツ店やデパートの棚であっても、滅多に飾られることはありません。
金額に糸目をつけないバイヤーがまとめて買ってしまうからです。

さて、
その友人・Nですが、わたしの同級生ですから、ことし62歳になりました。

後継者はいません。

娘も息子もいますが、後を継がせませんでした。

N自身とNの妻の並々ならぬ労を考えると、後継者をつくらなかった理由は想像できます。

ですから、
いよいよをもって、貴重な日本一・・・つまりは世界一のマスクメロンなのであります。






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