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名人伝

2013年11月30日 23:59

たまにはブラッシュアップをしなければと思い、
久しぶりに、コーチングのワークショップに参加しました。

思えば、1999年か2000年頃だったと思いますが、
日経ウーマンという雑誌に、その頃は聞き慣れない
コーチ業”の女性を紹介した記事が載っていまして、
それを読んだかみさんから、
「コレ、あなたに合ってるかも」と云って雑誌を渡されたのでした。

それが、
コーチ”と“コーチング”という言葉を認識した最初のキッカケでした。

その当時は、まだ演劇制作者として現場に立っておりましたので、
コーチやコーチングと自分とのマッチングは想像していなかったのですが、
制作団体を辞めることを決めたときに、その後のビジョンとして考えたのは、
それまでの仕事を辞めることは、何かを失うことではなく積み重ねなのだ、
自分自身のスキルアップのキッカケにすればいいのだ、ということでした。
そして、その手段として最初に食指が動いたのが、コーチングだったのです。

ですから、俳優と演劇制作者としての経験と積み重ねがなかったら、
たぶんコーチ業を選択しようとは思わなかったでしょうし、
わたしには、出来なかったと思います。

そして、コーチングの勉強を始めてから・・つまりはコーチになってから、
早くも13年目に入りました。

自分でも、マダマダ・ダメダメのマダメコーチだと思うのですが、
お陰さまで、信用を寄せてくださる奇特な方たちもいらっしゃいます。

それでも、自分で自身の顔が見えないので鏡を見るように、
わたしのセルフイメージを検証するために、
そして、策士策に溺れぬように、
ときどきのブラッシュアップはドキドキですが、勇気を出しました。

それでも参加した甲斐がありました。
10時から17時まで、みっちりコーチングのプールで泳いだ感じです。

気持ちのよい緊張がつづき、あたまが疲れてボーッとしていましたが、
ワークショップが終わってから駆けつけた後輩のライヴで、
彼女の歌を聴いておりましたら、なんとも云えない心の弛緩を味わいました。

コーチングでも歌でも、スキルが大切、策も大事ではありますが、
中島敦の名人伝に例えられるように、
スキルや策を弄しているうちはまだまだなのでありましょう。

イメージ通り

2013年08月20日 21:57

太閤園

案ずるより、産むが易し。

昨日までモヤモヤと覆っていた不安と焦りも、
杞憂に終わりました。

ワークショップ終了後、
参加してくださったみな様からフィードバックを伺って、
やっと落ち着きました。

ライブは、記録には残せても、やり直しはできません。

始まったら最後まで、
フリーハンドで一気に一筆描きするような気合いが必要です。

まぁ、これも無事に終わったからこそ、
言えることではありますが…。

イメージ通り

そこで、
始まる前にイメージしたとおり、
帰りに空港のラウンジで、一杯。

始まる前に、これをビジュアルでイメージしておくと、
大概その通りになります。

帰路

アンコーチャブル

2013年06月17日 21:49

アンコーチャブルな」という言葉は、
コーチングの対象として相応しくないテーマ、または、
コーチングを及ぼすことが出来ないタイプの人という意味で使われます。

では、どういうものがコーチングの対象として相応しくないテーマかと申しますと、
「議論」「単なる愚痴」「批判」などが主な目的である場合でしょう。

次に、どういう人にコーチングを及ぼすことが困難なのかと申しますと、
一言で云えば、「言葉による影響を受けない人」ということが言えましょう。

では、どういう人が「言葉の影響を受けない」のかと申しますと、
まだ言葉を使いこなせない年齢の子供。
会話が困難な障がいを負った状態の方。
そして、言葉に依る影響を感じなくなっている方。
ということが申せましょう。

さて、その、
「言葉に依る影響」ということですが、
人は、言葉や会話を道具にした、多分唯一の動物だろうと思います。

その道具の特徴は、相手にも自分自身にも、
その影響があることにあるのではないでしょうか?

例えば、
「てめぇなんか、居なくっていいんだ!死んじまえ!」
と、ダレかに云ったとします。

この発言には、
「居なくっていい」という覚悟と、「死んじまえ」と云った実感が残ります。

そんな言葉を発したら、
相手に対して、コミットメントしてしまったことになってしまいますから、
この発言を撤回するのは、相当に困難になるでしょう。

しかし、
そんな言葉を無意識であるかの如く使っている人がいるんじゃありませんか?


「左翼の〇〇ども」
とツイートした、復興庁の役人がいました。

「左翼の〇〇ども」と表現することで、
なにか溜飲を下げたかのように感じたのかもしれませんが、
その言葉は、めぐり巡って自分自身に返ってきてしまったのでした。


東京の新大久保駅周辺で、
ヘイトスピーチを繰り返していた人たちと、それに反発する人たちが、
多数逮捕されたというニュースが流れました。

無知で無神経な発言でも、無意識で無関心からくる発言でも、悪意からでも、
通常は、発せられた途端に、その言葉は自分自身に返ってくるものです。
自分自身の耳で、自分自身が発した言葉を自動的に聞いていること、
それを、オートクラインといいます。
そのことで、人間はリフレクション(自省)を起こします。
そんな風に、人間は自分の発言に依って、自身を成り立たせているのです。

しかし、
畏れ多くも、知らない人、理解できない人がいるものです。

そんな人のことを、アンコーチャブルな人と、わたしは呼びます。

経営者の孤独

2012年08月20日 23:59

太閤園

きょうは、全国的に猛暑の一日だったのでしょうか?
大阪でも、東京でも、そこにいた人が危ない暑さだったと云いました。

そんななか、
きょうは、「事業承継、話し合いの集い」に参加。
メイン企画「パネルディスカッション」のファシリテーターを仰せつかりました。

主催者が、「100人いれば、100通りの事業承継の形がある」と云うとおり、
同じ「事業承継」というキーワードでも、それぞれのご事情や特色があるものです。

しかし、
どなたにも共通しているのは、経営者の肩に乗っている責任の重さと、
経営者の苦悩と孤独でした。

「こんな思いは、ダレにも解ってもらえない。解ってもらえるハズがない」

そんな思いで、独り耐えていらっしゃる経営者の姿が浮き彫りになった集いでありました。
それは、生意気ながら思わず経営者の肩を抱きしめてあげたくなるほどです。

忌憚なくご自身のことをお話しくださった皆さまでありました。
3時間が、アッと云う間に過ぎたのでした。

集合写真

で、帰り道。

空港で待ち時間に、一気・・・飲み!

仕事のあとの、一気

飲み!


17歳のクライアント

2012年08月07日 23:59

幻の手羽先

きょうは、大変に珍しいことですが、クライアントとの食事会でした。
クライアントというのは、コーチングのクライアントのことです。

クライアントの名は、Kさん。
Kさんとのセッションが始まって、2年以上が経ちました。
始めたのは、Kさんが中学3年生になったばかりの4月1日でした。

コーチとしての守秘義務がありますから、詳しいことは書きませんが、
きょうは、Kさんのお母様もご一緒しての食事会でした。
そして、もうお一人、Kさんに或る指導をされている専門家ともご一緒しました。

普段のセッションで聴いていることについては、
たとえ相手がクライアントのお母様でも、わたしから話すことはできません。
しかし、クライアントご本人が、その話題を持ち出すのは構わないことです。

その意味で、
お母様や専門家の先生にとっても、Kさんから直接この2年間のことについて聴く、
よい機会になったのではないでしょうか?


ところで、
きょうの食事会のお店は、「世界の山ちゃん」南池袋店でした。
わたしが代表を務める、異業種交流会FTNの懇親会によく使ったお店ですが、
きょうは久しぶりに伺いました。

山ちゃんのビール

夕方5時から始まった食事会でしたが、
暑い日の早めの夕方から飲んだ 生ビールが、ノドに沁みたこと。

このお店の評判メニューは、やはり「幻の手羽先」でしょう。
お店の箸袋などに食べかたが記されているのですが、
手づかみで食らいつくその辛さの利いた手羽先は、病みつきになります。

こうやって、
気軽なお店で、気の置けない雰囲気で、気さくにお話しする機会があるというのも、
クライアントにとっては、たまにはいいことでしょう。

但し、酔いに任せて口がすべりやすくなるのが、わたしの困ったところではありますが・・、
Kさん、二十歳になったら、いっしょに飲みましょうね。





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