「永曽信夫先生を偲ぶ会」

2017年12月27日 16:15

【永曽信夫先生を偲ぶ会】のご案内をさせていただきます。

ことし9月2日、演劇科の元教授・永曽信夫先生がご病気により急逝されました。

5月に催された演劇科同窓会のパーティーには富山から駆けつけて下さり、
とてもお元気なご様子でしたので、突然の訃報にただ驚くばかりでした。

ご葬儀は、お住まいだった富山でご親族葬として執り行われましたが、
未だに多くの人達は先生とのお別れが済んでおりません。

そこで、桐朋学園芸術短期大学、桐朋学園の退職者、
演劇科卒業生の中から有志が集まり「偲ぶ会」を計画いたしました。

有志代表は、
永曽信夫先生と同様に草創期から演劇科の礎を築いて下さった石澤秀二先生です。

つきましては、有志による5回の打ち合わせと2回の下見を経て、
以下のとおり「永曽信夫先生を偲ぶ会」を催す運びとなりましたので、
年度変わりの時期でご多用中とは存じますが、多くの皆様と共に永曽先生を偲びつつ、
お別れをしたいと思いご案内する次第です。

この偲ぶ会は、桐朋学園関係者が有志として企画しましたが、
演劇界をはじめ、ありとあらゆる分野の方々に呼びかけをしています。
永曽先生の影響を受けられた多くの皆さまにお集まりいただきたいと思ったからです。

つきましては、お誘い合わせの上ご参集いただければ幸甚に存じます。

日時:2018年3月24日(土)14時30分~16時(受付開始13時30分)
会場:桐朋学園演劇科「小劇場」
会費:3,000円(当日受付にて申し受けます)
お問い合わせ先:事務局・三浦秀和(演劇科12期)goodjobcoach@yahoo.co.jp 

※ご香典・ご供花などは固く辞退させて頂きます。
※当日は平服でご参加下さるようお願いします。

「永曽信夫先生を偲ぶ会」



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年賀欠礼

2017年11月26日 23:59


喪中はがき

死すときの記録

2015年10月29日 23:59

むかし、演劇科の学生時代のことでしたが、
狂言の授業を、井上靖さんと学長・生江義男先生が、
中国の、日本でいう文化庁長官一行を案内して観にいらしたことがありました。

井上靖(やすし)さんと、井上ひさしさんを間違えている輩もおりましたが、
重々しく狂言の授業が始まりました。

舞を披露する段になって、
舞を担当する学生が、静々と稽古場の中央に進み出ました。

扇を構え、立ち上がろうとした途端でした。
その男は、“お見事!”と叫びたくなるくらい鮮やかに転んだのでした。

ご一行を迎えるために、長い時間正座をしてお待ちしていたために、
足が痺れていたのでした。

しかし、
それがキッカケとなって、ご一行も井上靖さんも、生江先生も爆笑し、
その後、和やかな雰囲気で授業は進行したのでした。

あとで聴いたところでは、
その中国の“文化庁長官”は、所謂“笑わぬ殿下”で有名な方だったのだそうです。


さて、
そんな視察が実現したのも、生江義男学長と井上靖さんが、
所謂シルクロードの歴史研究者だったことからでした。

井上靖さんの小説「敦煌」は有名です。

その井上靖さんは、
古今東西の歴史を調べてみると、文明や王国の成立や繁栄を記した、
記録や資料はあるものの、衰退したり消滅した記録や資料は、
見つからないものだという主旨のことをおっしゃっています。

その一例が敦煌です。

そしてまた、
一人の人間の記録も同じで、
誕生した記録や成長した記録、生きているときの記録は存在しても、
死すときの記録は、曖昧なものになってしまうものだとおっしゃっています。

たとえ、遺書が存在しても、その遺書そのものが正確さを欠くのだといいます。


さて、
生きた証とは、死を描いてこそ正確なものと云えるのだとしたら、
わたしは、出来得る限り、わたしの死を正確に遺したいと思います。

誕生日

2013年12月10日 23:59

クリスマスツリー

この世に生をうけたことを、感謝します。

産んでくれた母に、生んでくれた父に、

ともに暮らした弟妹に、そして彼らの連れ合いに、

育んでくれた祖父母に、見守ってくれた祖父母に、

世話になった伯父・伯母に、

愛情を注いでくれた叔父・叔母に、

慕ってくれる甥っこや姪っこに、従姉妹たち、従兄弟たちに、

気のおけない友人たちに、

影響を与えてくださった師や、先達たちに、

出逢った二人の息子に、

みきちゃんに、みきちゃんに連なる人々に、

孫娘に、

これから出逢う、未来の人たちに、

そして、かみさんに、

感謝しています。

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道案内

2013年08月27日 19:22

硫黄島

拝啓 

Tクン、ご無沙汰しています。

あれから2年が経ちました。
ことしは、君の三回忌ですね。

早いものです。

一週間後の命日には、
君のお墓に行くつもりです。

誘ったら、何人か君の友だちが同行してくれるそうですよ。
女性ばっかりですワ・・。

しかし、
歌の文句じゃないけれど、
君が、あの墓の下で眠っているとは思っていません。

少し猫背になりながら首をすくめて、
Gパンのポケットに両手をつっこんで、
いまだに、この浮世をブラついているような気がしています。

もし、そうでなかったとしたら、
君は、まだ“あの島”に居るのでしょう。

むかし、熾烈を極めた戦があって、
敵も味方も激戦の末に何万人もの兵士が死んだ、
“あの島”のすり鉢山の上から、
360度見渡せる太平洋の水平線を、静かに見ているような気がします。

2年経つ間には、亡くなった友もいます。
あらたな病を得た友もいます。大きな手術をした友もいます。
まだ、みんな必死の思いで生きております。

生きていればこそ、いろいろな思いをいたします。

いつになるか判りませんが、わたしもいずれ“ヒマ”になりましたら、
君といっしょに、
“あの島”の、すり鉢山に登って、水平線を見たいと思っています。

そのときは、道案内をよろしく頼みます。



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