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42年

2019年11月15日 12:44

1977年11月15日、
42年前、わたしは20歳だった。

その年の4月に2年遅れで母校・演劇科に入学し、
11月15日は、なにをやっていただろうか?


あれから42年。
それは、娘が失踪した両親にとってどれだけ辛く苦しい時間だっただろう。
そして、当時13歳、中学1年生だった横田めぐみさんにとっても・・・。

ことし母は83歳、昨日14日で父は87歳になった。
両親の人生で、残された時間はそれほど長くはないだろう。

昨日、母は自宅で記者会見し、
「42年というのは言うのも腹がたつほど長い年月。子どもたちを早く取り返してほしい」
そう訴えた。

下世話の話題だが、地元の後援会や支持者を招待して桜を見せるより、
横田めぐみさんたち拉致被害者にご家族と共に日本の桜を観せてあげようよ。


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俺は至らない男だ!

2019年11月14日 16:30

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<14日、千葉日報より>

江戸幕府の八代将軍・徳川吉宗が、
町火消“め組”に居候する貧乏旗本の三男坊・徳田新之助に姿を変え、
江戸市中を町民と交流しながら悪を斬る勧善懲悪時代劇「暴れん坊将軍

江戸幕府の五代将軍・徳川綱吉の治世。
隠居した水戸藩主・水戸光圀が助さん格さん(佐々木助三郎と渥美格之進)をお供に、
ちりめん問屋「越後屋」の隠居・光右衛門と身分を偽って諸国漫遊を兼ねて、
藩政視察の世直し旅に出る「水戸黄門

さて、将軍が江戸城を度々抜け出して江戸市中に現れるという設定自体が、
まずもって荒唐無稽だが、実際それをしようと思ったらどういったことになったか?

また、元・水戸藩主水戸光圀が引退したのが62歳だからいまのわたしと同い年だが、
各地に関所や番所が設置され、目的別に発行された手形を持っていないと旅ができない、
人の移動が厳格に制限されていた時代に、身分を隠して旅ができるワケがない。

これは、荒唐無稽なテレビ時代劇の話だが、
或る国の王女が滞在先のローマ市内で独りで街に飛び出して、
新聞記者と出逢いローマの街を冒険する24時間の恋を描いた「ローマの休日」などは、
もしかしたら“あり得る”ことかもしれないと思ってしまう。

しかし、
“あり得ない”のが、千葉県知事の台風15号襲来前後の対応と行動だ。

千葉県内に甚大な台風被害が出ているときに、“県庁を抜け出して自分のスタイルで視察を行った”、
そうおっしゃるのだが、「あんたは暴れん坊将軍か!?」


「俺は至らない男だ!」
これは、きょうの千葉日報新聞の記事の見出しだ。

千葉県の知事が、きょうの定例記者会見で
台風15号直撃翌日の動きを巡る週刊誌報道を受け、
「私は至らない男でございます。
ご意見を真摯に受け止め、教訓として次に備えることが大事」と述べた。

知事自ら新聞に言質を盗られ「俺は至らない男だ!」なんて見出しつけられていいの?



桜は愛でる

2019年11月13日 18:05

墓所の桜

総理主催の「桜を見る会」が話題だ。

総理大臣が毎年主催し、
「各界において功績や功労のあった人々を招待し慰労する」ことが目的なのだそうだ。


ところで、
日本人にとって「桜を見る」のは「桜を観る」ことであり「桜を愛でる」ことだと指摘したい。

ただ「見る」のではない。
花の咲き具合を観賞し、花が散るさまを愛で、重ねる季節や人生に想いを致すのだ。

独りで観てもよいが、一万人の人々が集って観るのもよかろう。
それが、本当に「桜を愛でる」ことであったらだ。


もしそれが、
誰かの人気取りであったり、花より団子だったとしたら、日本人としてこれほど野暮なことはない。
ましてや、税金を使って件の目的で会を催したのだとしたら、言語道断だ。

日本の桜を、そんなことに使うな!

また、
“招待者”は、何故招待され、なにを目的にして自費(全額自己負担だとして)を使って参加したのか?
新宿御苑の桜がそれほど観たかったのか?

「桜が観たかった」のではなく、「桜を見る会」が見たかったのではないか?



雹降って地固まる

2019年11月12日 18:11

極早生みかん

写真は、先日実家の弟が贈ってくれた極早生みかんです。
今年の極早生は、例年にも増して味が濃いみかんでした。


ところで、一昨年亡くなった親父がみかんを作っていた時代にも、
昭和33年の狩野川台風、34年の伊勢湾台風、36年の第二室戸台風、
昭和36年の寒波、37年の夏の長雨災害、38年の極東大寒波
それ以外に、豪雨、干ばつ、雹(ひょう)害など毎年のように災害がありました。

気象災害以外にも、
石油ショック、生産量右肩上がり時代と価格大暴落、時代が平成に変わっても
バブル崩壊などがあり、平成の大不況へとつづきました。

そんな自然環境・社会環境のなかでもみかん農家としてトップを走った父でした。

父は、「自然を相手にしているんだから」、「人間が相手だからな」と、
なにかある度に、自分自身に言い聞かせるように、そう言っていました。


さて、
昨日の午後、青天の霹靂の如く故郷・浜松に雹が降りました。

実家でみかん農園を経営している弟によると、5分から10分程度の降雹だったようですが、
少なくとも1.5ヘクタール在る家の周りのみかんみかん園の早生みかんは全滅したようです。

直径1~2センチ大の雹が空から降ってきて、みかんの実に当たれば商品価値はありません。
多分、ジュースや缶詰などの加工品に出来る品質をも下回ります。

それでも、樹のためには実を採ってやらなければなりませんから、収穫ではありませんが
実を摘み採る作業は必要になるでしょう。

もし正品として収穫していれば、金額にして多分300万程度の収益が見込めたでしょうが、
それを失った上に、経費はかかるというワケです。

点在している他の実家のみかん園が少しでも無事ならと願いますが、
弟は「流されたわけでも、家がなくなったわけでもないんだから、大丈夫だよ」と申しております。

こうして、弟はまた父に似てゆきます。頼もしいことです。



清廉潔白

2019年11月11日 23:59

東京地裁立川支部

清廉潔白」という言葉がある。

清廉とは、心が清らかで私欲がないこと。
潔白とは、心や行いがきれいで、後ろ暗いところがないこと。

言葉や概念はあるが、清廉潔白に生きることは難しい。

いや、
不可能なんじゃないか?

心が清らかかどうかは別にして、
「私欲がない」など不可能なことではないか?

なんせ、
人は三毒煩悩に凝り固まった存在だ。

後ろ暗いことばかりだ。

寧ろ、
三毒煩悩から解き放たれたら、さぞかし救われる。

だから、
清廉潔白を目指すより、三毒煩悩と葛藤する。

自分の身についてもいない清廉潔白を探すより、
自身の中に巣食っている三毒煩悩を相手に闘う。

それも生き方なんじゃないか?


きょう、東京地裁立川支部第〇号法廷で証言をした。

いつまでも

2019年11月10日 17:39

寝る子は育つ

アメリカ太平洋時間も11月10日になった。

君は9月10日生まれ、じぃじは12月10日生まれ。

君はきょう14か月目の誕生日。
じぃじは755か月目の誕生日・・・。

君が生きる“時代”の前途が平安であることを願うが、
じぃじは、いつまで君を見ていられるだろう?





身近な存在

2019年11月09日 18:14

我が家の近くを通る目白通りは、
沿道に学習院大学が在ることもあって、警察官が所々に立って警備することがある。

目白通りの駐車・停車は注意されるし、日常生活している人たちには判らない程度に緊張感がある。

しかし、
2002年に高円宮憲仁親王が急逝されたときには、落合斎場で火葬されたので目白通りを通過した。

それを目白駅前の路地から目白通りに出ようと差し掛かった車の中から拝見したのだが、
私の車の後ろから救急車が迫って来たので、道を空けて目白通りに並ぶように停車していた。

そこに車列がやってきたが、先導する白バイの警官は車列を制御しながらも救急車を先導した。


また現在は判らないが、
以前には、結婚されたばかりの黒田清子さんを近くのスーパーマーケットで何度もお見かけした。
お一人でお買い物されているように見えたが、警備の方が店内に馴染むように遠巻きにしていた。


さて、
「奉祝」という言葉は、「滅私奉公」など、前時代的なイメージがするので避けたいと思うのだが、
今宵、皇居前で天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」の祝賀式典が催されたらしい。

この日のために作られた曲を嵐のメンバーが熱唱し、皇后さまが涙ぐまれる一幕もあったという。

その様子を、愛子内親王がお忍びで正門の辺りからご覧になったのだという。

十重二十重に警備され隔たりを感じる存在でありながら、ときに国民が身近に感じることができるか、
それが期待される。




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