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できること

2020年04月09日 23:06

フラ

人はパンのみにて生くるものに非ず


日々、感染のリスクに晒され、生活の展望を失い、先が見えない現在、
恐怖と閉塞感に苛まれている人たちには、パンよりも癒しが必要だろう。

わたしが演奏家なら楽器を演奏する。
ダンサーなら踊ってみせる。
歌が歌えるなら歌うだろう。

だが、
元・俳優であったが、不幸なことに才能のないわたしにできることがない

しかし、
いま一人ひとりにできることはないだろうか?


ところで、
かみさんのフラ教室を自粛して休むことになった。
だが、生徒さんたち向けに動画を配信することにしたという。
そのための動画を撮ってほしいと頼まれた。

そこで、その動画をちょっとだけSNSで流したいと言うと、
おもむろに化粧をはじめるかみさんであった。

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お花まつり

2020年04月08日 16:00

お釈迦様

きょうも不要不急の雑司が谷散歩。

いつもと比べて人がいない雑司が谷鬼子母神の境内ですが、
それでもきょうはお花まつり灌仏会)、お釈迦さまの誕生日。
お詣りする人が途絶えることはありません。

例年ですと、
お釈迦さまの像に甘茶をかけたあとで甘茶をいただくのですが、
きょうは控えました。


さて、
雑司が谷鬼子母神参道のケヤキ並木は新緑に変わりました。

上を向いて歩こう!

前向きに歩こう!

ケヤキ並木の新緑

緊急事態宣言

2020年04月07日 16:03

床屋

昨日、総理の緊急事態宣言を発出する旨の会見があり、
きょう夕方にも、緊急事態宣言が発出される見通しです。

となると、
生活環境にどんな変化が起きるのかを想像し、床屋に行くことにしました。

今後、商売を自粛しそうな業種を想定するに、
床屋(理容店)は自粛して休業しそうだと思ったのですが、
確かに髪を切らなくても生き死にの問題ではありません。

所謂、不要不急ではあります。

しかし、
あとひと月ふた月床屋に行かなで我慢するストレスも問題なのであります。


床屋や美容院やネイルなども、居酒屋で飲むのも風俗店で遊ぶのも、
命と引き換えに考えるほどの価値はないのかもしれませんし、
利用していない人にとっては解らないかもしれません。

しかし、利用していようが利用していまいが、
世の中で誰にとっても要らない商売というものはないワケです。

資本主義、自由主義の社会にとって、
誰かのニーズがあるからこそ、商売が成り立っているのです。

それらの商売が誰かの役にたち社会を形成し経済を回すのです。
ミュージシャンも役者もキャバ嬢も、床屋さんもです。

これまで、繁華街を出歩いていた人たちだって、
馴染みの店の人たちが心配だから応援してあげたくて出歩いていたのかもしれません。

しかし、緊急事態においては優先順位があります。出歩くことは危険です。

しかし、無くてもいい商売というものはないと申し上げたかったのです。
もし、あるとすれば、詐欺師とヤクの売人くらいのもんでしょう。


というワケで床屋に行ったのですが、実はわたしにとっては初めてのお店。
ご近所に在るのですが、普段は息子が馴染みとして利用しているお店です。

どうせ行くなら、こういうときはお馴染みのお店を利用したくなりますよね。



果てない星の物語

2020年04月06日 10:14



わたしの妹が、ゆうべFacebookでシェアした動画、「果てない星の物語」

「すべてのはじまりがあるということ・・・」


むかし星空を見ながら聴いた親父の話を想い出した。


ゆうべ空を見上げたら、月も星も出ていた。

此の星で此の世で出逢ったすべての人に起きた奇跡。
この星に生まれた奇跡。この星で出逢ったという奇跡。

妹に此の世で出逢えたことを感謝している。



「果てない星の物語」
作曲・作詞・歌: 池田綾子
編曲: 林祐介
プラネタリウム番組「宇宙ヒストリア」より
(企画: 大阪市立科学館、制作: エクスプローラーズ ジャパン)
宇宙ヒストリア PV
https://youtu.be/mA80jV5i--k

宇宙映像: UNIVIEW/オリハルコンテクノロジーズ
写真: 跡部浩一(星つむぎの村)
テキスト・編集: 高橋真理子(星つむぎの村)



手洗い

2020年04月05日 12:26

手洗い

耳にタコというのは、
聞えていても聴いていないで事柄を無視(スルー)してしまう状態のこと。

「密閉」「密集」「密接」を避けなければいけないという「3密」の戒めも、
「手洗い」「うがい」の励行についても、その耳タコになりつつあります。

ということで、
今更ながら、わたしの「手洗い」をご紹介することにしました。

ブラシ手洗い

というのは、
なんと言っても「手洗い」することと、「手で顔(目・鼻・口)を触らない」ことが、
なによりも大事で感染防止対策として効果的だと思うからです。

さて、
披露したいのは、所謂「外科医の手洗い」と謂われる手順ではなく道具です。

スポンジタオル

ブラシ

バーテック

入浴のときに、カラダを洗う道具を使うことがありますよね?
ボディタオルやボディスポンジ、ボディブラシ、ボディタワシなどですが、
我が家では、ボディスポンジを小さく切った物と、友人企業のブラシ、
そういうものを使って手洗いしているというご紹介です。

そういう物を使って手洗いするのは、なによりも捗るから。

但し、
わたしのように無骨な手は耐えられますが、手荒れにはお気をつけて!


三密

2020年04月04日 13:13

お不動様

三密」という言葉をご存知ですか?

新型コロナウイルス対策として、
「密閉空間」「密集場所」「密接場面」の3つの「密」を避けなければいけないという、
あの「3密」のことではありません。


「三密」は、
仏教用語、密教の用語です。

真言密教では、
修行を「三密の行」と言い、修行で目指すものを「加持」といいます。

「三密」とは、
生命現象は身(身体)、口(言葉)、意(心)という三つから成り立っていると説いています。

「加持」とは、
人の心が、仏の光明(太陽)を感じ取るための修行のことです。

三密加持」とは、
手で仏の象徴である印を結び(身密)、
口で仏の言葉であるご真言を唱え(口密)、
心を仏の境地に置く(意密)努力をする修行です。

真言密教の御本尊である仏様とは「大日如来」を指しますが、
その大日如来が優しさだけでは通用しない人々を救済するために、
あえて怒りの形相に化身したのが「不動明王(お不動様)」です。

そんな、大日如来のご真言と不動明王のご真言を数年前から毎日唱えています。

大日如来ご真言光明真言
「おん あびら うんけん ばざら だと ばん」
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん」

不動明王ご真言
「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かん まん」


若い頃、元気で“一人”で生きていたときには怖いものなしでしたが、
齢をとるにしたがって、自分では抗えないどうすることもできない事柄が増えました。

我が身一つを心配するだけでしたら、大して怖くないのですが、
大切な人たち、手が届かない人たちのことを考えるだに心配で怖ろしくなります。

すると、自然と仏にすがりたくなって、
わたしの場合は、大日如来・不動明王のご真言に行きついたというワケです。

「仏にすがる」といっても、仏に頼り切るワケではありません。
自らの心を穏やかに、強くするための手段なのであります。

「おん あびら うんけん ばざら だと ばん」
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん」
「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かん まん」



「木挽町辨松」廃業

2020年04月03日 12:12

赤飯二重

連日、新型コロナウイルス関連の報道がつづくなか、
今朝なにがショックだったと言って、「木挽町辨松廃業」のニュースはショックだった。

「木挽町辨松」のホームページを見ると、
毎度ご利用いただき誠にありがとうございます。
「歌舞伎と共に今に伝える江戸の味」を信念に、百五十二年、多くのお客様にご愛顧いただきましたが、諸般の事情により四月二十日をもって閉店することにいたしました。
長きに渡りご愛顧賜り誠にありがとうございました。

という挨拶が載っていた。

この挨拶にあるように「木挽町辨松」は、歌舞伎座の正面に本店が在る。
歌舞伎座や新橋演舞場で観劇するときに買うことが多かった。

江戸風の濃い味付けの煮物が美味かった。惜しまれる。


但し、
わたしも混同していたのだが、「木挽町辨松」「日本橋弁松」は違う。

日本橋に「日本橋弁松総本店」という弁当屋が在る。
現存する中では日本で最古の弁当屋なのだそうだ。

日常的には、都内の各デパートやストアーでも購入するが、
東京駅から新幹線に乗るときには、東京駅大丸の弁松の弁当を買って車内で食べる。

ホームページの説明によると
文化7年(1810年)、越後生まれの樋口与一という男が日本橋の魚河岸に「樋口屋」という食事処を開きました。盛りのよさが評判で繁盛していましたが、時間のない魚河岸の人たちは、せっかく食事が出てきても全部食べ切る前に席を立たねばなりませんでした。
そこで、残った料理を経木(きょうぎ)や竹の皮に包んでお持ち帰りいただいたところ大好評で、持ち帰り用を所望するお客様が増えていきました。これが、弁松の折詰弁当の始まりなのです。

とある。

そして、「日本橋弁松総本店」になったのは嘉永3年(1850年)のことだったそうだから、
創業170年ということになるが、こちらは大丈夫のようだ。

但し、混同して「日本橋弁松」が廃業すると思う人は多いと思う。

並六
赤飯



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